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    <title>憧れの大地へ―海外の旅行記とチベットのこと</title>
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    <subtitle>アジア旅行記（チベット旅行記、ウイグル旅行記、アジア周遊など）、エジプト旅行記、ペルー旅行記や知っていると便利な“個人旅行のツボ”、中国に占領・抑圧されているチベットのこと（チベット問題）の考察などを紹介しています。</subtitle>




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    <title>雑記ブログ：ダライ・ラマ法王長野講演チケット</title>

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    <published>2010-03-10T13:22:44Z</published>
    <updated>2010-03-10T13:22:44Z<!--2010-03-10T13:30:55Z--></updated>

    <summary>チベット民族蜂起記念日のこの日に合わせたという訳でもないが、6月20日に長野で行われるダライ・ラマ法王講演のチケット購入に動き出す。 チケット発売開始は3月1日。 まだ10日しかたっていないな♪ 　・...</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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        <category term="チベット" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        チベット民族蜂起記念日のこの日に合わせたという訳でもないが、6月20日に長野で行われるダライ・ラマ法王講演のチケット購入に動き出す。

チケット発売開始は3月1日。
まだ10日しかたっていないな♪
　・
　・
　・
まだ10日・・・
　・
　・
　・
うそ・・・
　・
　・
　・
ネットでチケットぴあ、ローソンチケット、その他いずれを見ても・・・
完売。

前言撤回。

もう10日・・・ (T_T)

どこかないか？
　・
　・
　・
あった！
ｅ＋（イープラス）で3階A席だけ、わずかながら残っていた。
ショボイ席だが、この際仕方が無い。
勿論、
即購入！

チケットを受け取ったところ、3階席の最前列。まあ、最前列ならいいだろう。

まだ購入されていない皆さん、こちらであと少し売ってますよ！！
http://eplus.jp/sys/main.jsp?prm=U=82:P6=001:P1=0003:
P2=038659:P5=0001:P7=1:P0=GGWC01:P3=0001

――と、そのURLを貼り付けようとしてイープラスのサイトにアクセスしてみたら・・・

アリーナＳＳ席　×
アリーナＳ席 　 ○
２階席　　　　　　○
３階席Ａ　　　　　○
３階席B　　　　　×
※3月10日22:20現在

補充されとるやん！！
チケットぴあでもほぼ同様の状況だった。

即、アリーナＳ席を申し込み直したのは言うまでもない。

という訳で、現在３階席Ａのチケットが宙に浮いている。

最後に、講演会情報を。

=================
■日時
平成22年6月20日（日）　14:00～16:00（開場11:00）
■場所
ビッグハット（長野市若里多目的スポーツアリーナ）
長野市若里3-22-2
■テーマ
善き光に導かれて－今、伝えたい心－
（日本語通訳付）
■主催
善光寺
■共催
ダライ・ラマ法王日本代表部事務所（チベットハウス）
http://www.tibethouse.jp/
■後援
全日本仏教会、長野県仏教会、長野市仏教会、全国善光寺会
■協力
長野県仏教青年会
=================
        
    </content>
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    <title>雑記ブログ：March 10,Tibetan Uprising Day（チベット民族蜂起記念日）</title>

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    <published>2010-03-10T12:09:32Z</published>
    <updated>2010-03-10T12:09:32Z<!--2010-03-10T12:22:47Z--></updated>

    <summary>彼らに自由と平和を…...</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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        <category term="チベット" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        彼らに自由と平和を…
        
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    <title>雑記ブログ：ロサル・パーティー～チベット料理の夜</title>

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    <published>2010-02-27T14:54:17Z</published>
    <updated>2010-02-27T14:54:17Z<!--2010-02-27T15:23:39Z--></updated>

    <summary>2月14日に「本日はチベット正月ロサル」という記事を書いたが、この日は2週間遅れ（会場確保などの都合でこの日にずれ込んだとのこと）でロサル・パーティーが東京都内で開かれ、在日チベット人の方々がチベット...</summary>
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        2月14日に「本日はチベット正月ロサル」という記事を書いたが、この日は2週間遅れ（会場確保などの都合でこの日にずれ込んだとのこと）でロサル・パーティーが東京都内で開かれ、在日チベット人の方々がチベット料理を作って私たち日本人をもてなしてくれた。

会場に来てみると、祭壇が設けられてダライ・ラマ14世猊下のお写真が飾られている。来訪者は一人ひとり、その祭壇に相対してチベットの伝統的な作法で法皇様に祈りを捧げる。
そして会場中央のテーブルにはモモ（チベットのギョーザ）、チョメイン（チベット式焼きそば）、フィンシャ（春雨と野菜のスープ料理）、シャドクツォ（ゆで肉）、スウェン（肉団子）、カプセ（チベットのクッキー）、ツァンパ（麦こがし）、バター茶など、ロサルに欠かせないチベット料理の数々が並ぶ。
・・・
        
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    <title>雑記ブログ：Happy Losar !</title>

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    <published>2010-02-14T07:27:55Z</published>
    <updated>2010-02-14T07:27:55Z<!--2010-02-14T07:30:54Z--></updated>

    <summary>明けましておめでとうございます。 ってこの時期に何を言うか？という声が聞こえてきそうだが・・・。 最初に断わっておくが、旧暦の正月だからでは断じてない。某カルト国で暮らしていた数年前ならまだしも、今や...</summary>
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        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/z/">
        明けましておめでとうございます。

ってこの時期に何を言うか？という声が聞こえてきそうだが・・・。

最初に断わっておくが、旧暦の正月だからでは断じてない。某カルト国で暮らしていた数年前ならまだしも、今や旧暦の正月を祝う趣味は完全に無くなった。

では、なぜ「明けましておめでとう」なのかというと・・・

本日はチベット暦の正月＝ロサル（Losar）なのである☆

チベットが、そしてチベットの人々が、新しい年を迎えたわけだ。
チベットの新しい1年は、どのようなものになるか――チベットは相変わらず難しい状況に置かれているが、ほんの少しでも、いやできれば劇的に、昨年よりもいい1年になってほしいと願うばかりである。

ところが・・・
冒頭でも書いたが、今年はたまたまロサルが旧暦の正月＝春節と重なってしまった。それをいいことに、某カルト国お抱えプロパガンダ機関は、チベット人が春節を祝っているかのように見せる記事を躍起になって報道している。
例：http://japanese.cri.cn/881/2010/02/12/144s154727.htm
チベット文化と中国文化は全く別ものなのだし、今年ロサルと春節が同日になったのはあくまで偶然なのだから、リンクさせるのはやめていただきたい。
チベットの人々が祝うのは、あくまでロサルであり、春節ではないのだから。

さて、年明け早々、ビッグイベントが開催される。
ダライ・ラマ法皇とオバマ米大統領の会談だ。
チベットのリーダーとアメリカのリーダーとの会談、ということ以外に、この会談はもう一つ、重要な意味がある。
ダライ・ラマ法王は1989年の、オバマ大統領は2009年の、ともにノーベル平和賞受賞者であるという点だ。
ちょうど20年の時を経て同じ平和賞を受賞した者同士の会談ということで、このイベントは単に世界に影響力を持つリーダー同士の会談、ということにとどまらず、平和イベントとしての会談たり得ることが期待される。
案の定、某カルト国が恫喝同然の横やり＝内政干渉を展開しているが、これに屈することなく、実りある会談を実現させてほしい。


　　　　　　　　チベットに平和を！
　　　　　　　　世界に平和を！
        
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    <title>雑記ブログ：マチュピチュ付近で集中豪雨</title>

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    <published>2010-01-27T11:55:23Z</published>
    <updated>2010-01-27T11:55:23Z<!--2010-01-27T12:30:18Z--></updated>

    <summary>    マチュピチュ遺跡で集中豪雨、観光客ら1900人孤立     【1月27日 AFP】ペルーのマチュピチュ（Machu Picchu）遺跡近郊で26日までに、集中豪雨による洪水や土砂崩れが発生し、...</summary>
    <author>
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            マチュピチュ遺跡で集中豪雨、観光客ら1900人孤立
    【1月27日 AFP】ペルーのマチュピチュ（Machu Picchu）遺跡近郊で26日までに、集中豪雨による洪水や土砂崩れが発生し、少なくとも5人が死亡、観光客ら1900人が孤立している。地元当局が同日、明らかにした。

    　土砂崩れによって、マチュピチュへ通じる鉄道や道路が寸断された。現地ではヘリコプターなどによる外国人観光客らの輸送が行われていたが、75人が輸送されたところで激しい雨のために中断された。

    　地元当局によると、増水した川で2人が溺死したほか、土砂崩れで1人が死亡した。また、マチュピチュ近郊のクスコ（Cusco）では、激しい雨で住宅が倒壊し、この家に住む母子2人が死亡した。死者は全て、地元のペルー人住民とみられる。

    　クスコでは、2つの橋が崩落し、住宅250棟が倒壊した。同地には60日間の非常事態が宣言された。

    　一方、地元メディアは、マチュピチュへ通じるアンデス山脈の有名なトレッキングコース「インカトレイル（Inca Trail）」でトレッキングをしていた、20歳のアルゼンチン人旅行客と33歳のペルー人ガイドが死亡したと報じており、警察が確認作業を進めている。

    　クスコから70キロ離れたマチュピチュ遺跡は、山の尾根上にある15世紀のインカ帝国の遺跡で、南米で最も人気のある観光地の1つ。年間40万以上の観光客が訪れる。 

ほんの4カ月前に訪れたばかりの場所なので、他人事ではない思いで記事に接した。えらいことが起きてしまったものだ。

ペルーは南半球なので日本とは逆に今が夏で、しかも雨季。特にクスコのあたりは、1月が他のどの月よりも雨量が多いのである。
旅行記にも書いたが、クスコ―マチュピチュを結ぶ鉄道のマチュピチュ側の半分は文字通り谷あいの川沿いを通っている。あそこで集中豪雨なんぞあったら、あの鉄道はひとたまりもない。そして、マチュピチュと下界を結ぶ唯一のルートがこの谷である。ここを塞がれてしまえば簡単に孤立してしまう。
空港も勿論無いので頼みはヘリコプターのみだが、いかにピストン輸送したとしても1900人もの人数を運ぶのは容易ではないだろう。孤立した人々の健康状態が気遣われる。

マチュピチュ経験者であり、しかもこういうことが起きてしまったから言えることなのだが、雨季にマチュピチュへ行くのは避けるべきだろう。
        
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    <title>世界への旅（旅行記）：チチカカ湖-１（2009年9月22日）</title>

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    <published>2010-01-17T08:20:26Z</published>
    <updated>2010-01-17T08:20:26Z<!--2010-01-17T09:12:47Z--></updated>

    <summary>6時50分、チチカカ湖（ティティカカ湖）ツアーのピックアップが来る。ワゴン車の中には運転手がいるだけ。どうやらこのホテルが最初で、これから別のホテルをあちこち回るようだ。
次に乗ってきたのはやはり日本...</summary>
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        <category term="エリア別・ペルー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ペルー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">チチカカ湖-１
<span class="f2">～葦の浮島・ウロス島</span></h2>
<p class="hiduke">2009年9月22日</p>

<p>
<img src="image/map_titicaca.gif" alt="チチカカ湖地図" width="250" height="227" class="flrt" />
6時50分、<strong class="akaji">チチカカ湖</strong>（ティティカカ湖）ツアーのピックアップが来る。ワゴン車の中には運転手がいるだけ。どうやらこのホテルが最初で、これから別のホテルをあちこち回るようだ。<br />
次に乗ってきたのはやはり日本人の男性。その後は別の国の方々が次々と乗車していく。10人ほどの参加者を拾った後、港へと向かう。
<br />
30人乗りのモーターボートの船内で更に10数人の参加客たちと合流。歓迎の音楽が演奏された後、出発。ガイドがスペイン語と英語でツアーの説明をする。
</p>
<p class="mb0">抜けるような青空の下、プーノの港を離れ、広々とした湖面に出るが、すぐに葦の生い茂る細い水道へと入っていく。<br />
最初の目的地は、プーノからほど近い場所にある<strong class="akaji">ウロス島</strong>。しかし、島とはいっても湖底から隆起した陸地ではなく、トトラという葦で造られた<strong>浮島</strong>の集合体なのだ。</p>
<div class="ct clearboth">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/titicaca02.jpg" width="300" height="200" alt="ウロス島" /><br />
葦で造られた浮島・ウロス島</span>
<span class="image_cr"><img src="image/titicaca03.jpg" width="300" height="200" alt="葦のブロック" /><br />
ウロス島はこのような葦のブロックでつくられている</span>
</div>
</div>
<p class="below_image_c">
島の一つに降り立ってみると、ふわりとした、地に足がついていないような感触を受ける。この島が水に浮いている証拠だ。<br />
現地の方から、ウロス島の造り方について説明を受ける。トトラを固めてブロック状にし、それを寄せ集めてその上にまたトトラを敷き詰めて島にしているという。
<span class="image_l"><img src="image/titicaca05.jpg" width="300" height="200" alt="ウロス島に暮らす人々" /><br />
島に暮らす人々<br />
<img src="image/titicaca04.jpg" width="300" height="200" alt="トトラ舟" /><br />
葦で造られたトトラ舟</span>
そのブロックを水に沈めるとどうなるか、という実験もしてくれた。水深10数メートルの湖水にドボン！とブロックを投げ込むと、一瞬沈んだ後、プカリと浮かび上がって水面から顔を出す。なるほど、これを幾つも組み合わせればその上で人も生活できるだろう。
</p>
<p>ここでの水上の移動手段は、やはり葦で造られた手漕ぎの<strong class="akaji">トトラ舟</strong>になる。私たちも体験乗船することになった（別料金）。標準的なものは10数人ぐらい乗れそうな大きさだが、私たちは大人数だったので、2艘のボートを横に2つ並べて繋いだ上に櫓を載せた大型のものに乗る。<br />
ゆったりとした水面を、ゆったりと進む。<br />
舟だけではない。ここでは時間そのものがゆったりと進んでいる。スローライフが展開されているウロス島にふさわしい移動手段だ。</p>
<p>対岸の島に到着したところでモーターボートに乗り換え、ウロス島を後にする。</p>
<p>ゆったりとしたのどかさが印象的な島だったが、一つ気になったことがあった。</p>
<p><strong>なぜ、このような島が造られるようになったのか。</strong></p>
<p>ツアー中、その根本的な部分は語られず、気になって帰国後調べてみた。<br />
すると、愕然とさせられる説があることが分かった。<br />
かつてこの地域に暮らしていた<strong class="akaji">ウル族</strong>の人々は、<strong>差別を受けて陸地に住むことを許されず、人工の島で暮らすことを余儀なくされた</strong>というのだ。そして純血なウル族は、混血が進んで20世紀半ばには絶えてしまったという。<br />
あくまで一説にすぎないのだが、こののどかな風景の裏にそんな悲しい背景が存在する可能性があると分かると、途端に胸が痛くなってきた。<br />
差別はスペイン人と原住民の間だけではなく、原住民の中でも存在していたのだ。</p>
<p>なぜ人間は、差別という愚行を繰り返すのか・・・。</p>]]>
        6時50分、チチカカ湖（ティティカカ湖）ツアーのピックアップが来る。ワゴン車の中には運転手がいるだけ。どうやらこのホテルが最初で、これから別のホテルをあちこち回るようだ。
次に乗ってきたのはやはり日本人の男性。その後は別の国の方々が次々と乗車していく。10人ほどの参加者を拾った後、港へと向かう。
30人乗りのモーターボートの船内で更に10数人の参加客たちと合流。歓迎の音楽が演奏された後、出発。ガイドがスペイン語と英語でツアーの説明をする。

抜けるような青空の下、プーノの港を離れ、広々とした湖面に出るが、すぐに葦の生い茂る細い水道へと入っていく。
最初の目的地は、プーノからほど近い場所にあるウロス島。しかし、島とはいっても湖底から隆起した陸地ではなく、トトラという葦で造られた浮島の集合体なのだ。
    </content>
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    <title>雑記ブログ：本日、渋谷駅で・・・</title>

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    <published>2010-01-14T14:28:40Z</published>
    <updated>2010-01-14T14:28:40Z<!--2010-01-14T14:36:41Z--></updated>

    <summary>いや、終わったんだしもうええやろ。 さっさと撤去しろよ。 （東京メトロ半蔵門線渋谷駅にて携帯電話で撮影）...</summary>
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        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/z/">
        いや、終わったんだしもうええやろ。
さっさと撤去しろよ。

（東京メトロ半蔵門線渋谷駅にて携帯電話で撮影）
        
    </content>
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    <title>雑記ブログ：「聖地チベット展」最終日をチベット人と参観(2)</title>

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    <published>2010-01-14T14:04:38Z</published>
    <updated>2010-01-14T14:04:38Z<!--2010-01-14T14:34:24Z--></updated>

    <summary>さて、「聖地チベット展」参観後の懇親会。時間ぎりぎりで到着してみたら私たちが最後だった。 「あれ？　人数増えてる？」 と、よく見たら、赤い袈裟を着たお坊さんたちが加わっていた。そう言えば展覧会会場で、...</summary>
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        さて、「聖地チベット展」参観後の懇親会。時間ぎりぎりで到着してみたら私たちが最後だった。
「あれ？　人数増えてる？」
と、よく見たら、赤い袈裟を着たお坊さんたちが加わっていた。そう言えば展覧会会場で、口を何かでふさぎながら（なぜ口をふさいでいたかということについてはこちらの記事をご参照ください）参観していたお姿をお見かけした。
「ブータンの一番大きなお寺のお坊さんだそうですよ」
と、今回の主催者が言う。会場で見た時はチベット人かと思ったが、ブータン人だったか。ブータンの方とお会いするのはこれが初めてのことだった。
お坊さんたちは食事が終わったらすぐに引き揚げたが、私たちは食後が本番だ。「聖地チベット展」の感想を話し合う。
        
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    <title>雑記ブログ：「聖地チベット展」最終日をチベット人と参観(1)</title>

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    <published>2010-01-11T13:02:52Z</published>
    <updated>2010-01-11T13:02:52Z<!--2010-01-11T15:13:26Z--></updated>

    <summary>チベット人やチベット支援者を中心に大ひんしゅくを買った「聖地チベット展」がこの日、やっと最終日を迎えた。チベットサポート仲間の知人に誘われたこともあり、私は同展最終日をチベット人と参観する企画に参加し...</summary>
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        チベット人やチベット支援者を中心に大ひんしゅくを買った「聖地チベット展」がこの日、やっと最終日を迎えた。チベットサポート仲間の知人に誘われたこともあり、私は同展最終日をチベット人と参観する企画に参加した。混雑はイベント最終日の常である。私が参加した企画は混雑のピークを避けるため？に午前10時という割と早い時間の集合で始まったが、それでも入り口には既に行列ができていて、中に入るまでに10分ほどかかった。午後はどのくらい混雑したやら・・・。10人以上で入場したが、中に入ると人波の中、案の定バラバラに。私は上記の知人とペアでWツッコミ体制にて参観する。会場内ではチベットの方とご一緒できなかったのが残念。
        
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    <title>世界への旅（旅行記）：プーノ-２（2009年9月21日）</title>

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    <published>2010-01-09T11:22:22Z</published>
    <updated>2010-01-09T11:22:22Z<!--2010-01-09T11:41:57Z--></updated>

    <summary>一旦宿に戻って一休みし、さて食事をと、宿の支配人に「どこかいい店ありませんか？」
と尋ねたところ、「リマ通りにレストランがたくさんありますよ」ということだったので、再びリマ通りに赴く。しかし、いかにも...</summary>
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        <category term="ペルー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<h2 class="midashi">プーノ-２
<span class="f2">～フォルクローレの夜</span></h2>
<p>一旦宿に戻って一休みし、さて食事をと、宿の支配人に<br />
「どこかいい店ありませんか？」<br />
と尋ねたところ、<br />
「リマ通りにレストランがたくさんありますよ」<br />
ということだったので、再びリマ通りに赴く。しかし、いかにも高そうな店ばかり。どこも一品20ソルはする。しかし、せっかくだからチチカカ湖（ティティカカ湖）で捕れた魚を美味しく頂きたい。<br />
<span class="image_r"><img src="image/puno06.jpg" width="300" height="200" alt="トゥルチャ（マス）の串料理" /><br />
トゥルチャ（マス）の串料理
</span>
［まあいいか・・・］<br />
私は何となく、リマ通りからリベルタード通りを少し東に行ったところにある<a href="http://www.balconesdepuno.com/" target="_blank">Balcones de Puno</a>という店を選んで中に入った。</p>
<p>注文したのは、チチカカ湖名物トゥルチャ（マス）の串料理。値段は23ソル。<br />
やはり、安いとは言い難い。
</p>
<p class="mb0">と、料理が来るのを待っていると、ケーナ（横笛）、サンポーニャ（長さの違うパイプを束ねた笛）といったインディオ伝統の楽器やギターなどを持った男たちが現れ、演奏を始めた。すると今度は、民族衣装で身を包んだ男女が踊りながら入場してくるではないか。<br />
<span class="image_l"><img src="image/puno07.jpg" width="300" height="200" alt="フォルクローレの生演奏" /><br />
フォルクローレの生演奏
</span>
アンデスの民族音楽・<strong class="akaji">フォルクローレ</strong>の生演奏だ。<br />
凛とした音色ながらどこか優しさのようなものも感じられる南米独特のケーナやサンポーニャと、征服者スペインがもたらしたギターという組み合わせだが、これが見事に融合している。<br />
スペインの征服に眉をひそめ続けている私だったが、これだけは素直に楽しむことができた。文化・芸術の融合など世界中どこにでもあることだ。それに、彼らの伝統は決して死滅してはおらず、スペイン文化を取り入れつつもしっかりと生きているのである。<br />
演奏以上に印象的だったのが踊りだ。いろいろな曲に合わせて踊られたが、いずれも明るく、生き生きとしたものだった。音楽や踊りだけではない。踊り子たちの表情もまた明るく、生き生きとしている。<br />
「どう？私たちはアンデスの伝統文化を引き継いでいるのよ！」<br />
そんな誇りを抱きながら踊っているように思われた。<br />
踊り子たちの衣装もバリエーションがあり、時には清楚に、時にはセクシーに、また鳥のマスクや鳥の翼を模したマントなどを身につけての踊りもあった。
</p>
<div class="ct clearboth">
<div class="image_c" style="width:732px;">
<span class="image_cl"><img src="image/puno08.jpg" width="240" height="160" alt="フォルクローレ　音楽と踊り" /><br />
時には清楚に</span>
<span class="image_cl" style="border-left:none;"><img src="image/puno09.jpg" width="240" height="160" alt="フォルクローレ　音楽と踊り" /><br />
時にはセクシーに</span>
<span class="image_cr"><img src="image/puno10.jpg" width="240" height="160" alt="フォルクローレ　音楽と踊り" /><br />
鳥のマスクを身につけての踊りも</span>
</div>
</div>
<p class="below_image_c">
料理だけに23ソルと考えてしまうと確かに安くはない。しかし、このフォルクローレの音楽と踊りに払ったと思えば、むしろ得をした気分にすらなる。
</p>
<p>歌と踊りはエンドレスに続くが、美味しいマス料理も頂き終わったし、アンデスの伝統芸能も十分に満喫できたので、私は切りのいいところで退席して宿に戻り、明日のチチカカ湖行きに備えた。</p>]]>
        一旦宿に戻って一休みし、さて食事をと、宿の支配人に「どこかいい店ありませんか？」
と尋ねたところ、「リマ通りにレストランがたくさんありますよ」ということだったので、再びリマ通りに赴く。しかし、いかにも高そうな店ばかり。どこも一品20ソルはする。しかし、せっかくだからチチカカ湖（ティティカカ湖）で捕れた魚を美味しく頂きたい。［まあいいか・・・］私は何となく、リマ通りからリベルタード通りを少し東に行ったところにあるBalcones de Punoという店を選んで中に入った。
    </content>
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    <title>世界への旅（旅行記）：プーノ-１（2009年9月21日）</title>

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    <published>2009-12-31T07:56:30Z</published>
    <updated>2009-12-31T07:56:30Z<!--2010-01-06T06:31:42Z--></updated>

    <summary>プーノの街に繰り出して、まずは宿からすぐのピノ広場とサン・ファン・バティスタ教会、そしてそこから南へと延びる街の中心街・リマ通り一帯を歩いてみる。しかし、このあたりもやはり、クスコでうんざりさせられた...</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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    </author>
    
        <category term="エリア別・ペルー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ペルー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">プーノ-１
<span class="f2">～レイクビューの丘で一触即発</span></h2>
<p class="mb0">プーノの街に繰り出して、まずは宿からすぐの<strong class="akaji">ピノ広場</strong>とサン・ファン・バティスタ教会、そしてそこから南へと延びる街の中心街・<strong class="akaji">リマ通り</strong>一帯を歩いてみる。しかし、このあたりもやはり、クスコでうんざりさせられた征服者スペインの風景ばかりだ。</p>
<div class="ct clearboth">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/puno02.jpg" width="300" height="200" alt="ピノ広場とサン・ファン・バティスタ教会" /><br />
ピノ広場とサン・ファン・バティスタ教会</span>
<span class="image_cr"><img src="image/puno03.jpg" width="300" height="200" alt="リマ通り" /><br />
リマ通り</span>
</div>
</div>
<p class="below_image_c">
ここはやはり、高台からチチカカ湖（ティティカカ湖）を見たいな、と思い、<a href="/travelogue/2009_1_peru/05cuzco2.html">クスコの時</a>に続いて坂道を上る。<br />
プーノは標高3800mと、クスコ（3400m）よりも更に高く（ついでに言えば富士山よりも高い）、坂道もクスコ同様洒落にならないほどの急勾配なのだが、既にクスコで体が高地に順応してくれたのか、上り坂を歩いても先日に比べれば息苦しさは軽い。
<span class="image_r"><img src="image/puno04.jpg" width="300" height="200" alt="プーノの坂道" /><br />
プーノの坂道もかなりの急勾配だ。<br />
電線が邪魔でチチカカ湖の眺めはいまひとつ。
</span>
<br />
上がれば上がるほど、チチカカ湖ははっきりと見えてくる。しかし、電線が邪魔で眺めとしてはいまひとつだ。電線の無いレイクビューを求めてひたすら坂道を這うようにして上がったところ、広場に行きあたった。そこから少し横道に入ったところで、ようやく電線が殆ど無いすっきりとしたレイクビューを見ることができた。<br />
チチカカ湖はここから見るだけでも十分に広大なのだが、実はここから見えるのは全体の数十分の一にしかすぎないほんの一部なのである。そう考えると、この湖の広大さは底知れないものがある。明日のツアーでは、そのとてつもない広大さを肌で感じることになるだろう。<br />
さあ、このへんで記念写真でも1枚、とカメラの三脚を立てる。スタンバイ完了 <span class="mspg">――</span> と、その時、<br />
「＠＃＆％＠＊！！！」<br />
2人の地元男性が、恐ろしい剣幕でどなりつけてくる。何を言っているのか全く分からなかったが、「写真を撮るな」とでも言っているのだろうか。そういうことなら穏やかに言ってくれればいいものを、余りに攻撃的で非友好的な態度である。身の危険を感じたためカメラこそバックに収めたが、その態度が気に入らず、私は襲いかかられても武器として使えるように三脚だけは手にしたまま、<br />
「<strong>何だよ、写真撮ったらいけないっていう決まりでもあんのか！？　この野郎！！</strong>」<br />
負けずに怒鳴り返した。一触即発の険悪な状況だったが、敵も私が「武器」を手にしているからか、暴力に訴えてくることはせず、無事そこから退散することができた。
<span class="image_l"><img src="image/puno05.jpg" width="300" height="200" alt="プーノの坂道" /><br />
地元のおばさんたちが手招きしてくれた場所<br />
から見た、電線の少ないチチカカ湖の景色</span>
</p>
<p>憤然としたまま坂道を下りていると、地元のおばさん2人が手招きする。相変わらず言っていることは全く分からないのだが、今度は「こっちに来てごらん。いい眺めが見えるよ」といった友好的な態度が感じられた。<br />
誘われるがままにそちらに行ってみると、完全に電線フリーとはいかなかったが、確かに電線の障害が比較的少ないチチカカ湖の風景を楽しむことができた。<br />
「Gracias（グラシアス＝ありがとう）」<br />
私は彼女たちにお礼の言葉を送った。しかし、それは「いい景色をありがとう」ということよりも、先ほどの騒動でささくれ立った気持ちを和ませてくれたことに対するお礼の気持ちの方が強かった。
</p>]]>
        プーノの街に繰り出して、まずは宿からすぐのピノ広場とサン・ファン・バティスタ教会、そしてそこから南へと延びる街の中心街・リマ通り一帯を歩いてみる。しかし、このあたりもやはり、クスコでうんざりさせられた征服者スペインの風景ばかりだ。ここはやはり、高台からチチカカ湖（ティティカカ湖）を見たいな、と思い、クスコの時に続いて坂道を上る。
    </content>
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<entry>


    <title>世界への旅（旅行記）：クスコ―プーノ（2009年9月21日）</title>

    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.a-daichi.com/travelogue/2009_1_peru/13to_puno.html" />

    <id>tag:www.a-daichi.com,2009:/travelogue//11.1061</id>

    <published>2009-12-30T09:37:02Z</published>
    <updated>2009-12-30T09:37:02Z<!--2010-01-09T09:27:54Z--></updated>

    <summary>早朝、宿の中庭に日本人女性がいたので少しばかり話をする。
「これからプーノに行くんですよ」
「あ、本当ですか？　僕もです」
しかし、目的地は同じだが、彼女は40ドルのデラックスバスであちこち立ち寄りな...</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
        <uri>http://www.a-daichi.com/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=11&amp;id=1</uri>
    </author>
    
        <category term="エリア別・ペルー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ペルー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">クスコ―プーノ
<span class="f2">～荒野を越えて湖畔の街へ</span></h2>
<p class="hiduke">2009年9月21日</p>
<p class="mb0">
早朝、宿の中庭に日本人女性がいたので少しばかり話をする。<br />
「これから<strong class="akaji">プーノ</strong>に行くんですよ」<br />
「あ、本当ですか？　僕もです」<br />
しかし、目的地は同じだが、彼女は40ドルのデラックスバスであちこち立ち寄りながら向かうとのことである。そういう行き方もあるのだが、私は途中の訪問地にはそれほど興味がわかないため、ダイレクトで向かう。<br />
彼女を見送った後、7時すぎ、宿を出てタクシーでプーノ行きの長距離バスターミナルへ。5ソルだったが小銭が無く、50ソル札で支払うと、運転手は45ソルのお釣りをきちんと渡してくれた上に、その50ソル札と自分が持っていた50ソル札を私の100ソル札と交換してくれた。これでお金が一気に細かくなった。ありがたい。<br />
8時発のバスでプーノへ向かう。40ソルのダイレクトバスだが2階建てのかなり快適なバスだった。
</p>
<div class="ct clearboth">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/to_puno01.jpg" width="300" height="200" alt="アンデスの荒野" /><br />
アンデスの荒野をいく</span>
<span class="image_cr"><img src="image/to_puno02.jpg" width="300" height="200" alt="雪山やバザール" /><br />
雪山やバザールの様子なども見える</span>
</div>
</div>
<p class="below_image_c">
車窓の外には、アンデスの風景が広がる。初めのうちは畑なども見えていたが、シクアニを過ぎたあたりからいかにも南米のイメージに合う荒野となる。しかし、退屈に思うどころか、時には放牧されたリャマなどの家畜がゆったりと草をはんでいたり、時には「コンドルは飛んでいく」さながらに鳥が空を飛ぶ姿が見えたり、時には雪山が見えたり、時にはバザールが開かれていて人の生活感が感じられたりと、さまざまな顔を見せる風景に私はすっかり引きつけられ、片時もカメラを手放すことなく車窓の風景を眺めていた。<br />
<span class="image_r"><img src="image/to_puno03.jpg" width="300" height="200" alt="スペイン語の新聞を読むペルーの少年" /><br />
スペイン語の新聞を読むペルーの少年</span>
道中最高峰のラ・ラヤ（4335m）を過ぎ、プカラ、プリアカで客を乗降させたりして進む。<br />
空席だった私の隣に、途中から乗ってきた現地の少年が座る。暫くすると、新聞を取り出して読み始めた。その新聞で使われている言語は <span class="mspg">――</span> スペイン語だ。<br />
そう。インカの人々はスペインの征服によって、独自の言語すら奪われてしまったのである。褐色の肌をした少年がスペイン語の新聞を読む姿に、私は言い知れぬ違和感を感じていた。
</p>
<p class="mb0">
出発から約7時間。最後の峠を越えると、眼下に広大な湖が見えてきた。ペルー・ボリビアの国境を跨ぐ大湖・<strong class="akaji">チチカカ湖</strong>（ティティカカ湖）である。目指すプーノは、このチチカカ湖西岸に位置する湖畔の街だ。</p>
<div class="ct">
<div class="blockct" style="width: 506px; margin-bottom: 3px;">
<div class="image_c1">
<img src="/travelogue/2009_1_peru/image/titicaca01.jpg" alt="チチカカ湖とプーノの街" height="250" width="500"><br>
チチカカ湖とプーノの街
</div>
</div>
</div>
<p class="mt0">
峠の下にあるプーノの街を目指して、バスは山道を下る。そうしていくうちにプーノの町並みも次第にはっきりと見えてきたが、途中、街を見下ろすイエス・キリストの像が目に入った。イエスその人は素晴らしい聖人だとは思うのだが、ここペルーで彼の姿を見てしまうと、やはり<a href="/travelogue/2009_1_peru/08cuzco5.html">クスコ</a>で感じた時のよう&#8220;征服の爪痕&#8221;というネガティブな思いを持ってしか見ることができない。
<span class="image_l"><img src="image/puno01.jpg" width="300" height="200" alt="イエス・キリスト像に見下ろされるプーノの街" /><br />
イエス・キリスト像に見下ろされるプーノの街</span>
</p>
<p>
山道を下りきって、プーノのバスターミナルに到着。街中のホステル・ロス・ウロスに宿を決める。本来なら1泊30ソルだが、私は手持ちのガイド本を支配人に見せて、<br />
「ここに、『本書提示でディスカウント』と書かれています」<br />
と言うと、<br />
「OK！25ソル」
と、快く値引きに応じてくれた。<br />
この支配人が気さくで親切で、スペイン語交じりながらも一生懸命英語で応対してくれる。まず翌日のチチカカ湖1日ツアーを紹介してもらい、更にプーノから先の移動についても相談させてもらう。<br />
「明後日は、アレキパを経由してナスカに行くつもりです」<br />
と私が言うと<br />
「プーノからナスカまで直行バスがありますよ」と教えてくれた。ダイレクトがあるのならありがたい。そのバスを予約させてもらった。</p>
<p>日没まではまだ時間がある。私はプーノの街を、そしてチチカカ湖を見に出かけることにした。</p>]]>
        早朝、宿の中庭に日本人女性がいたので少しばかり話をする。
「これからプーノに行くんですよ」
「あ、本当ですか？　僕もです」
しかし、目的地は同じだが、彼女は40ドルのデラックスバスであちこち立ち寄りながら向かうとのことである。そういう行き方もあるのだが、私は途中の訪問地にはそれほど興味がわかないため、ダイレクトで向かう。
彼女を見送った後、7時すぎ、宿を出てタクシーでプーノ行きの長距離バスターミナルへ（5ソル）。8時発のバスでプーノへ向かう。40ソルのダイレクトバスだが2階建てのかなり快適なバスだった。 
    </content>
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<entry>


    <title>雑記ブログ：「聖地チベット展」を参観して(まとめ)</title>

    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.a-daichi.com/zakkiblog/2009/12/20091228_2.html" />

    <id>tag:www.a-daichi.com,2009:/z//17.1060</id>

    <published>2009-12-28T14:16:14Z</published>
    <updated>2009-12-28T14:16:14Z<!--2009-12-29T05:00:57Z--></updated>

    <summary>6回にわたって「聖地チベット展」参観レビューを書いてきたが、ここでまとめを。 第6回の記事でアンケートに書いた内容が、私の率直な感想である。 　・信仰の対象としての敬意が払われていない 　・展示物があ...</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
        <uri>http://www.a-daichi.com/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=17&amp;id=1</uri>
    </author>
    
        <category term="イベントレポート（チベット関連）" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="チベット" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/z/">
        <![CDATA[<p>6回にわたって「聖地チベット展」参観レビューを書いてきたが、ここでまとめを。</p>

<p>第6回の記事でアンケートに書いた内容が、私の率直な感想である。</p>

<p>　・信仰の対象としての敬意が払われていない<br />
　・展示物があった寺院などがどうなったのか説明されていない<br />
　・チベットの現状について一切触れられていない</p>

<p>(1)信仰の対象としての敬意が払われていない</p>

<p>同展を参観した方々のブログには、<br />
「（芸術品として）素晴らしかった」<br />
という声が多く掲載されている。確かに、同展の出品物はどれも一級品であり、心を奪われる美しさがあることは認める。<br />
しかし、繰り返し書いてきたように、丸裸で展示されている、仏様にくさい息がかかってしまうような展示のし方がされているなど、チベット仏教を信仰する者にとっては考えられないやり方で展示されている。<br />
そもそも、当の展覧会を持ち込んだ連中が「宗教はアヘン」という考え方なのだ。こういう風になってしまうのもある意味自然なことか。</p>

<p>この展覧会は、単純に美を鑑賞する、という態度で見ていいものなのか。<br />
それでは足りないだろう。<br />
なぜなら、同展の出品物は信仰の対象だからだ。ほんの少しでも構わない。信仰の心、もしくは神仏を敬う心、あるいは宗教的な関心を持って見る必要があるのではないか。<br />
そうでなければ、信仰心を失った日本人（私もチベット仏教と邂逅するまではその一人だったが）が、この展覧会を持ち込んだ中国当局の罠にまんまとかかってお金を払ってしまった、という図式になりかねない。</p>

<p>(2)展示物があった寺院などがどうなったのか説明されていない</p>

<p>まあ、真実の通りに「中共軍はチベットに6000以上あった寺院の99.9%を破壊し、そこにあった仏像・仏具を破壊もしくは略奪していった。ここに展示されているのは、そうした仏像の一部です」なんて書けないわな(笑)。<br />
有難みを感じさせる仏様たちだが、実はそうした侵略・破壊の血に染まっているという風にも言うことができるのである。</p>

<p>(3)チベットの現状について一切触れられていない</p>

<p>これに関しては、連載第6回で</p>

<p>「チベットは中国によって平和的に解放された。ダライ・ラマは悪者である」などと考える馬鹿は日本人の中にはいない（真実をきちんと知っているか、チベットことを全く知らないかのいずれか）訳で、この展覧会を日本に持ち込んだ連中の歴史観でこの時代を語れば展覧会も信用を失ってしまう。そこで20世紀後半の歴史には一切触れないでおこうということにした――といったところか。</p>

<p>と書いたとおりである。<br />
危ないのは、上記の「チベットことを全く知らない」方。チベット人とチベット仏教は中国共産党の侵略で虐げられているにもかかわらず、「チベット仏教は中国の統治下で手厚く保護されている」という誤解を植え付けられかねない。</p>

<p>ある方が「思ったほどプロパガンダ色が無くて拍子抜けした」という感想を述べていた。確かに、多くの部分は客観的なことを淡々と述べているように見える。しかし、「語らないことによるプロパガンダ」というのもあり得るのではないだろうか。<br />
※　　　　　　　　　　　　※　　　　　　　　　　　　※</p>

<p>最後に、この展覧会は見るべきか見ざるべきか。</p>

<p>見に行きたいという方を無理やり止める権利はありません。見に行きたいのであればどうぞ行ってください。但し、行くのであれば上記の観点を心の片隅にでも置いていただければと思う。</p>]]>
        
    </content>
</entry>





<entry>


    <title>雑記ブログ：「聖地チベット展」を参観して(6)</title>

    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.a-daichi.com/zakkiblog/2009/12/20091228_1.html" />

    <id>tag:www.a-daichi.com,2009:/z//17.1059</id>

    <published>2009-12-28T13:20:02Z</published>
    <updated>2009-12-28T13:20:02Z<!--2009-12-29T04:56:14Z--></updated>

    <summary>展示の最終部分は「チベットの暮らし」。しかし、展示されているのはチャム（チベットのオペラ）の衣装や楽器、装身具といったものばかり。 「おかしいな――ラサのチベット博物館には衣服とか、もっとチベット人の...</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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        <![CDATA[<p>展示の最終部分は「チベットの暮らし」。しかし、展示されているのはチャム（チベットのオペラ）の衣装や楽器、装身具といったものばかり。<br />
「おかしいな――ラサのチベット博物館には衣服とか、もっとチベット人の“暮らし”が垣間見えるものがあったはずなのだが・・・」<br />
恐らくは、アートとしてビジュアル的に見栄えのあるものだけを選んできたのではないだろうか。<br />
いずれにせよ、これでは「チベットの芸能・芸術」は垣間見えても、「チベットの暮らし」は全く見えてこない。</p>

<p>さて、参観を終えて出口へ。しっかりと物販に誘導される仕組みになっている。物販の売り子は皆、中国人だ。<br />
物販スペースに入るとすぐに、書籍のコーナーがある。仏教に関するもののほか、地図を盗作（あれは『参考』で済むレベルではない）しておきながら図録の「参考文献」にはその書名が掲載されていない「チベット―全チベット文化圏完全ガイド（旅行人ノート）」もなぜか置かれていた。<br />
「でも、ダライ・ラマ法王に関する本は無いですね」<br />
この件に関しては、物販ばかりではない。展示でも、「ダライ・ラマ」というチベット指導者の名前は「ダライラマ1世坐像」のあたりで使われている以外は一切使われていない。図録の年表には「ダライラマの時代」という時代区分がされているものの、その年表も「ダライラマ14世生まれる（1935）」という訳の分からない所で終わっている。<br />
「チベットは中国によって平和的に解放された。ダライ・ラマは悪者である」などと考える馬鹿は日本人の中にはいない（真実をきちんと知っているか、チベットことを全く知らないかのいずれか）訳で、この展覧会を日本に持ち込んだ連中の歴史観でこの時代を語れば展覧会も信用を失ってしまう。そこで20世紀後半の歴史には一切触れないでおこうということにした――といったところか。</p>

<p>その他、仏像・仏具などが売られていたが、質の低いものが多い、チベット製ではなく中国製のものが多い、偽物が売られている、などと聞いていたので殆ど見向きもしなかった。<br />
一つだけ、マニ車に気持ちが引かれて、手にとって回してみたら、中国人の売り子が<br />
「それは中にお経が入っていて・・・」</p>

<p>知ってるよ！！<br />
中国人にチベットの蘊蓄を偉そうに語ってほしくないぞ！！<br />
チベットのことならお前らよりもずっとよく知っているっつーの！！</p>

<p>口にこそ出さなかったが、はらわたが煮えくり返った。</p>

<p>さて、これで参観終了。表に出て、抗議活動をしている顔見知りのチベットサポーターと言葉を交わす。<br />
「アンケート書いてきましたか？」<br />
「え？アンケートありましたっけ？」<br />
「出口にありますよ！　戻って書いてきて下さい」<br />
出口から再入場するのは本来、マナーに欠けた行為だが、やはりここはきちんと意見しないと、と思い、出口の内側に入ってアンケートに記入する。<br />
まず、「この展覧会はどうでしたか？」という質問項目だが<br />
　　□とても良い　□良い　□普通　□良くない<br />
なぜか「とても良い」はあって「とても良くない」は無かったので、私は「良くない」の上に「とても」と書き足した上でそこにチェックを入れた。<br />
そして、「感想を具体的に書いてください」との項目には<br />
　　信仰の対象としての敬意が払われていない<br />
　　展示物があった寺院などがどうなったのか説明されていない<br />
　　チベットの現状について一切触れられていない<br />
などと、同展を見て感じたことを率直に書いた。<br />
そして、それを回収箱の中に・・・<br />
いや、それでは面白くない。私は、記入済みの用紙を回収箱の中に入れることはせず、ここを通った人の目に入るように、回収箱の上に置いて会場を後にした。</p>]]>
        
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    <title>雑記ブログ：「聖地チベット展」を参観して(5)</title>

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    <published>2009-12-27T12:23:21Z</published>
    <updated>2009-12-27T12:23:21Z<!--2009-12-27T12:26:59Z--></updated>

    <summary>地図などにツッコミを入れ続けてブースを出たところで、1階部分は終了。2階へと移動する。 1階部分は金色の仏像を中心とした展示だった（中にはどう考えてもとってつけたように修繕したような不自然なものもあっ...</summary>
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        地図などにツッコミを入れ続けてブースを出たところで、1階部分は終了。2階へと移動する。

1階部分は金色の仏像を中心とした展示だった（中にはどう考えてもとってつけたように修繕したような不自然なものもあったが）一方、2階部分は金色のみにとどまらず、赤が印象的なタンカ（仏教画）や仏具などの展示も行われていた。

タンカの中には、宗教画のほか、チベット医学に関するものもある。
「チベット医学――お世話になったことあるんですよね・・・」
「来年1月10日に、このタンカをテーマに講演会がありますので、興味があればぜひ」

また、蓮の花を開くと仏像が出てくるという、装飾の細やかな仏具があったが、名前を見ると「蓮マンダラ」。
「曼荼羅なら、上から見た図が分かるような展示をしてほしんですけれど」
こういうところにも、仏様を信仰の対象としてではなくアートとしか扱っていない主催者側の態度が垣間見える。

仏具の中には「香炉」があったが、
「チベット仏教の香炉ってどんな使い方をすると思います？　仏様を拝む際に、くさい息が仏様にかからないように、香炉から出る煙で息を清めるんです。でも、ここでは仏様にくさい息がかかってしまうような展示のし方がされてしまていますよね」
この展覧会を参観したチベット人の方が感じたという違和感を、いいタイミングと感じて同行者に語り伝えた。

そして中には、どこかの壁からひっぺがしてきたかのような石仏などもあり、
「寺を破壊しない限り、ここに在ることはあり得ないんじゃないか？」
などと思わされた。

やはり、「信仰の対象」であるはずの仏様への敬意が感じられない展示である。

そして、仏教関連の部分が終わり、その先には――嫌な文字が目に入ってきた。
「元・明・清との往来」
中身を見るまでもなく、中国のチベット侵略を正当化する内容であることは明らかだ。

さて、まず元の部分でツッコミ開始。この部分では主に、クビライとパクパの関係に重点が置かれているが、
「中国側は『元』と言っていますけれど、モンゴル帝国がチベットに影響力を及ぼし始めるのは、（モンゴルが中原を支配する以前の）オゴディの頃のことなんですよ。それにモンゴルとチベットの関係は支配・被支配というよりはお寺と檀家の関係でした。そもそもモンゴル帝国は（元も含めて）モンゴルであって中国ではないので、モンゴルとの関係は中国のチベット支配を正当化する根拠とはなりません」

続いて、明との関係。ここではチベット人が明朝から封号を授けられたことと、チベットに明代の陶磁器（景徳鎮等）贈られたことの展示・・・
以上、終わり。
明国とチベットの関係がモンゴル帝国や満洲清朝のものと比べて希薄であったことを暴露しているようなものだった。
「封号やら朝貢貿易ということなら当時の日本（足利幕府）と明国の間でも行われていました。これを以て『チベットは中国と不可分』という考え方の根拠になるのであれば、『日本と中国は不可分』ということも成り立ってしまうのです」

最後は、清との関係。ここでは清朝皇帝の別荘地であり、外八廟と呼ばれるチベット寺院群のある中国河北省・承徳の蔵品が展示されている。
「チベットと清国の関係も、モンゴルと同じお寺と檀家の関係でした。しかしその関係も、20世紀初めの一時期に清軍がラサを侵略し、ダライ・ラマ13世が亡命するに至って崩壊します。ところがその直後に清国ま滅亡し、ダライ・ラマ13世が帰還して独立を宣言したんですよ」

当サイトの「嘘八百　中国官製『チベットの50年』」でも既に論破しているが、中国サイドが主張する「チベットは中国と不可分」の根拠は余りに脆弱すぎる。
        
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    <title>雑記ブログ：「聖地チベット展」を参観して(4)</title>

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    <published>2009-12-26T04:09:22Z</published>
    <updated>2009-12-26T04:09:22Z<!--2009-12-26T04:19:48Z--></updated>

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        多くの仏像が「展示」されている（本来仏像は『安置』されるべきものである、との思いからの皮肉）大部屋から1階部分最後のブースへ。ブースの壁には「チベット文化圏」の大きな地図が展示されていた。私に言わせれば「チベット文化圏」と言うよりは「チベット」そのものなのだが・・・。
「カズさんはこの地図のどこに行ったのですか？」
と、同行者に尋ねられ、
「えーと、2001年は西寧からゴルムド、ラサと行って、そこから（中国・四川省の）成都へ。2007年は（中国・雲南省の）昆明から・・・」
と指差しながら説明し、それから次の行き先へと指を動かした時、
「あれ？」
あることに気がつき、地図全体を見回してみた。
「ハハハ！」
思わず大きな笑い声が出てしまった。
        
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    <title>雑記ブログ：「０８憲章」起草者に有罪判決</title>

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    <published>2009-12-25T14:51:52Z</published>
    <updated>2009-12-25T14:51:52Z<!--2009-12-25T15:00:08Z--></updated>

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        当サイトのアクセスログを見ていると、検索エンジンで「08憲章　全文」をキーワードに「０８憲章全文（日本語）」のページを訪れてくれる方が昨日から急増している。このキーワードで検索するとGoogleでは1位、Yahoo Japanでは2位に表示されるのでアクセスアップに繋がっているが、このキーワードからのアクセスが急増したのはどういうことか。
昨日から、中国当局に拘束されている「０８憲章」起草者劉暁波氏の初公判が行われる、という記事がニュースで流れ、この日判決を伝える報道がされたことから、「０８憲章」というキーフレーズに関心を抱いた方が増えた、ということだろう。
        
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    <title>雑記ブログ：「聖地チベット展」を参観して(3)</title>

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    <published>2009-12-23T12:06:55Z</published>
    <updated>2009-12-23T12:06:55Z<!--2009-12-23T12:07:41Z--></updated>

    <summary>前回の記事で書いたように、「聖地チベット展」で出品されている仏像等は中国共産党がチベットから略奪したものである。では、どこから略奪してきたのか・・・。...</summary>
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        前回の記事で書いたように、「聖地チベット展」で出品されている仏像等は中国共産党がチベットから略奪したものである。では、どこから略奪してきたのか・・・。
        
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    <title>雑記ブログ：「聖地チベット展」を参観して(2)</title>

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    <published>2009-12-21T14:22:15Z</published>
    <updated>2009-12-21T14:22:15Z<!--2009-12-21T14:25:30Z--></updated>

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        さて、「聖地チベット展」は冒頭のあいさつからいきなりツッコミどころ満載だった。いよいよ展示を拝見――と、その前に、あいさつの横に並べて貼られていた写真について触れることにしよう。それらの写真はチベット文化に関するものだったが、2枚目が「聖地チベット展」にも出品物を多く出している、ラサにあるチベット博物館のものだった。今回の私も2007年に訪れている博物館だったが、当時は「チベットと中国の歴史が『不可分』であるという立場を示しており、不愉快極まりないが、それを除けば非常に秀逸な博物館だった」という印象を受けたものだ。しかし今では「略奪品の殿堂」という評価である。
        
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    <title>雑記ブログ：「聖地チベット展」を参観して(1)</title>

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    <published>2009-12-20T10:14:00Z</published>
    <updated>2009-12-20T10:14:00Z<!--2009-12-20T15:39:19Z--></updated>

    <summary>以前から書いていたように、ツッコミを入れながらの「聖地チベット展」参観を本日決行。 体調不良でドタキャンした人が出てしまって参加者2人という寂しい結果となったが、めげずに上野の森美術館に出陣した。入り...</summary>
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        以前から書いていたように、ツッコミを入れながらの「聖地チベット展」参観を本日決行。
体調不良でドタキャンした人が出てしまって参加者2人という寂しい結果となったが、めげずに上野の森美術館に出陣した。入り口こそ閑散としていたが、中に入ると結構な人出。
まずは主催者あいさつや祝辞が掲示されていたが、その中の「中国チベット自治区文物局」なるもののあいさつがまずツッコミどころ満載。
        
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