バス憧れの大地へ

富士山

山麓ぶらり

富士山マラソン

2017年11月26日

朝5時半、起床。身支度を整えてドミトリーの部屋を出て、共用スペースでパンとバナナの朝食をとる。 共用スペースの窓からは、威風堂々たる富士山の姿。天気は上々だ。 早朝、宿から見えた富士山
早朝、宿から見えた富士山
この日の宿の住人は6人中5人がマラソン出場者だった。ありがたいことに、会場となる船津の河口湖畔までは宿の主人が私たちを纏めて車で送って下さった。

余裕を持って会場入りできたので、まずは富士山が見える場所までウォーミングアップがてら軽く走ってみた。
すると、富士山が河口湖の向こうに屹立しているのが見えるばかりでなく、湖面に逆さ富士がかなりいい感じで見えるではないか!
逆さ富士
逆さ富士
こうして富士山が湖面に映るということは、波が立っていないということ、即ち、風が穏やかであることを示している。これは、いいコンディションで走ることができそうだ。

試合着に着替え、試合前の最後の補給としてアミノバイタル パーフェクトエネルギーを1本、胃に流し込む。
昨日頂いた荷物預け袋に入れた荷物を預け、トイレに寄って、集合時間の8時30分に十分に間に合うよう、所定のスタート地点に赴いた。
試合に備える選手の皆さん
試合に備える選手の皆さん
スタートライン地点に集まった選手の皆さん
スタートライン地点に集まった選手の皆さん
8時40分、開会式。スペシャルゲストの瀬古利彦さんと有森裕子さんたちの激励を受ける。
そして、午前9時――号砲が鳴る。42.195㎞のレースのスタートだ。後ろの方になると号砲からスタートラインまで10分以上かかってしまうこともあるようだが、私は号砲から1分もかからずにスタートラインを越えることができた。

前回のフルマラソンは、走りに復帰して初のフルとなった同年4月の掛川・新茶マラソンだった。その時は、ハーフ過ぎでガタッと減速して、28km地点で走り続けることができなくなって歩いたり走ったりになってしまい、ゴールタイムは4時間45分だった。
今回は歩かずに走り続け、4時間を切るのは難しいにしても、その時を大きく上回る4時間台前半でゴールすることが目標だった。

富士山マラソンのコース(公式サイト)

河口湖の南東端をスタートした直後は、南湖畔を少し西へ行って、河口湖大橋に通じる道を一旦南下する。ここは走っている正面に富士山がドンと見える最初の絶景ポイントだ。 序盤で正面に見えた富士山
序盤で正面に見えた富士山
序盤の15kmまでは、自重して走っていたつもりだったにもかかわらず5分40秒/kmぐらいのまずまずのペースが出て、下り坂では5分15秒/kmぐらいが出るほどだった。

[もしかして、自分レベル上がってる?」

そんな勘違いが頭をもたげてくるほど、気持ちよく走れていた。

7㎞を過ぎたところで、筋肉疲労を予防するため、アミノバイタル アミノショットを補給。

暫くは河口湖南側の街中を走っていたが、12㎞すぎ、再び川口湖畔へ。河口湖大橋を渡って湖の北側へと舞台を移す。
河口湖大橋を渡る
河口湖大橋を渡る(主催者撮影)

調子よく走っていたが、15kmを過ぎたところで、ここ最近気になっていた右足首が痛み始めてきた。

16㎞近くで、スタミナを維持するため、パワープロダクション ワンセコンドCCDを補給。

中間点を通過。2時間2分35秒かかってしまっていたので、ここから先の難所を考えるとやはり4時間を切るのは無理。後はどれだけ余裕を持って4時間半を切れるかだが...
心臓破りの坂
一番の難所「心臓破りの坂」
(下見時に撮影)

そして、その中間点を過ぎた所に、このコース最大の「難所」が待っていた。
1.2kmで100mを上る心臓破りの坂だ。
この坂は先日下見に来ていて心の準備はできていた――はずなのだが、21kmを走った後でこの坂に差し掛かると全く印象が違う。みるみるうちにペースが落ち、後続のランナーに次々と抜かれていく。
それでも何とか走ることはやめず、坂を上り切って文化洞トンネルを抜けた。

トンネルの先に広がるは、西湖。ここから暫くは、その北湖畔の比較的平坦な道だ。
それでも、一度落ちたペースはなかなか戻らない。20kmまでは5㎞を30分以内で走れていたのが、坂道を上った20~25㎞では32分30秒、上り終わった後の25㎞~30㎞では、割と平坦な道だったにもかかわらず、更に落ちて35分かかってしまう。
明らかに、心臓破りの坂に体力を削られていた。
西湖西端を走る筆者
西湖西端を走る筆者(主催者撮影)

24㎞地点で、再びアミノバイタル アミノショットを補給。
28㎞地点の西湖いやしの里の給水ポイントではバナナも頂く。
32㎞地点では、再びパワープロダクション ワンセコンドCCDを補給。

しかし、筋肉のダメージはリカバーし切れない。西湖周遊が終わる目前の33㎞地点でついに、右脚太腿内側に痙攣が来て、走りが一時止まってしまった。
痛みが走った瞬間は「ここでリタイアか?」とも一瞬思ってしまったが、立ち止まって少し休むうちに痛みは薄れたので再び走り始めた。
しかし、文化洞トンネルを抜けた先の、心臓破りの坂・下り編を少し走った所の34.2km給水ポイント手前で、再び痙攣に襲われた。痙攣で2度にわたって足が止まった影響で、30~35㎞は38分52秒かかってしまった。

このピンチを救ったのが、「給水」だった。
今大会の給水ポイントで配られていたスポーツドリンクは、アミノ酸飲料のVAAMだった。アミノ酸はタンパク質を構成する物質で、これを摂取することは筋肉疲労の回復に繋がる。これを飲んだところ、想像以上の即効性で痛みが引いて、再び走れるようになった。
とはいえ、筋肉の状態は悪いので、いつ再発するか分からない。私はその後、全ての給水ポイントでVAAMを摂取した。給水ポイントばかりではない。私は予め、やはりアミノ酸ドリンクであるアミノバリューのペットボトルをウェストポーチに付けて走っていた。給水ポイントではない場所で体に渇きを感じた時、脚に痙攣が来た時にはこれで給水すると、やはり脚が楽になっていた。

心臓破りの坂を、地元の応援団に励まされながら今度は下る。程なくして河口湖畔に到着。ここからはフラットなコースが続く。

35km~40㎞は、3回ほどまた脚に痙攣が来て立ち止まり、歩くこともあったが、全体的には持ち直すことができ、時には。序盤並みの5分40秒台のペースが出るほど調子よく走ることができた。
沿道の声援もあったが、私にとってはやはり富士山の存在が大きかった。
これまでも写真撮影や登山で足しげく通った、大好きな富士山...

その富士山の目の前で、無様な走りはできない。

そう思うと、自然と足が動いてくれた。

41㎞すぎで、河口湖大橋の下をくぐる。残りあと1㎞だ。

そして、42㎞地点。車道を離れてマラソンゲートへの道に入る。この時点で、号砲から4時間28分と少し。4時間30分以内は確実だったが、私は1秒でも早いタイムで4時間30分を切りたかった。ここで私は残った力を振り絞って、最大3分/㎞ペース(時速20㎞!)の猛スパートをかけた。

ゴール!!
号砲からのグロスタイム4時間28分32秒、スタートラインからのネットタイム4時間27分40秒で、42.195㎞を完走した。 ゴール直後の筆者
ゴール直後の筆者
何とか復帰後ベストの記録を出すことができ、前回よりも「歩き」の割合を大幅に減らすことができたが、本当はもっと余裕で4時間30分を切りたかったので、最高に満足とまではいかなかった。とはいえ、力を出し切れたのでまずまず満足することができた。

ゴール後は、振る舞われたコッペパンや屋台の吉田うどん、自分で用意していたアミノバイタル GOLDゼリードリンクで、枯渇したエネルギーとアミノ酸を補給。特に吉田うどんは前日食べそびれていただけに、美味しく頂けた。

坂道がきつく、記録を狙える大会ではないが、

沿道の応援が温かい。
何より、富士山と湖の景色が美しい。

天候に恵まれたのもラッキーだった。

苦しかったが、印象に強く残るいい大会だった。

よし、

来年も走ろう。

コメント(0)、トラックバック(0)

コメントする

トラックバックURL: http://www.a-daichi.com/mt6/mt-tb.cgi/2002

Google

WWWを検索a-daichi.comを検索

<新着記事>