バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

東トルキスタン、大陸中国西北

トルファン-3 ~郊外1日ツアー(1)

2002年7月24日

昨日トルファン郊外1日ツアーを申し込んだトルファン賓館に出向くと、フロントには日本人を中心とした外国人観光客が大勢出てきていた。皆、1日ツアーに参加するのだろう。その他にも、早朝に中国・敦煌方面から到着した列車を降りたばかりなのだろうか、新たにチェックインしている者もいる。
「あれ、Mさん!」
そこにいたのは、敦煌の飛天飯店のドミトリーで同室だった1人・Mさんではないか。私より2日遅れで敦煌を離れて今朝トルファンに到着し、ここトルファン賓館のドミトリーに宿を取ることにしたらしい。
「これから1日ツアーに出掛けるんですよ」
「へえ ―― 今からでも参加できるかな?」
フロントに問い合わせてみると、問題ないという。そんな経緯(いきさつ)で、Mさんも急遽、1日ツアーに参加することになった。
さて、バスに乗り込んで ―― と思っていたら、ホテルの前に停まっていたのは小さなミニバンとセダンだった。どうやら、豪華バスの方は満席なのか、貸し切りだったらしい。私はMさんと、北京大学留学生の日本人1人、同大学留学生のタイ人1人、そして3人のトルコ人と一緒にミニバンで出発。豪華バスでの旅、の期待は空回りに終わったが、考えようによっては、こちらの方が私たちのような貧乏旅行者らしくて良かったかもしれない。

1)高昌故城
高昌故城
高昌故城。城内ではロバ車が観光客の足だ
最初に訪れた高昌故城は、トルファン市街から東へ40kmほど行った所にある。この近辺にかつて栄えた、高昌国や西ウイグル帝国の国都の城趾遺跡だ。
土産店が軒を並べる入り口をくぐると、眼前には荒涼とした砂漠が広がっていた。その中に、地面と同じ色をした廃墟が点在している。高昌国の昔からこのような色をしていたのだろうか、それとも、砂漠の砂に染め上げられたのだろうか。風化が激しく、どの遺跡がどんな建築物だったのかの説明もされておらず、当時の栄華を想起することは難しい。観光客の足として城内を走るロバ車が、いにしえの姿を演出するばかりだ。
(かつてこの地を訪れた玄奘三蔵も、あんなロバ車に揺られていたのだろうか…)
―― そんなことを想像するのが精いっぱいだった。

2)アスターナ古墳群
ここも荒涼とした場所だ。遠目に見ていると、高昌故城のような建物が見えない分、一層殺風景である。
アスターナ古墳
アスターナの古墳入り口
この古墳群は、高昌国および唐代西州の住民たちが埋葬されているという。しかし、ここが墓地であると言われても、一見しただけでは余りピンとこない。ここでは地下墳墓の形態が用いられているのだ。
傍らに石碑のある墓の入り口から階段を下っていくと、薄暗く、やや冷え冷えとした墓室にたどり着く。壁には壁画が描かれているが、かなり風化している。ただ肝心の主人はここにはおらず、ウルムチやトルファン市内の博物館で保存されているらしい。もしかしたら、昨日トルファン博物館で見たミイラがそれだったのだろうか。
保存のためとはいえ、墓から離されるというのは、故人にとっては少しばかりやり切れない措置かもしれない。しかし、あのミイラがこの墓室に横たわっている光景を想像すると、それこそお化けでも出てきそうでぞっとする。
歴史的価値のある遺跡であることは疑いない。しかし、余りに殺風景で観光客にとってはいささか退屈にも感じられよう。もしかしたら、この殺風景さは「静かにしておいてくれ」という、故人たちの声なき声なのかもしれない。

3)ベゼクリク千仏洞
ベゼクリク千仏洞
ベゼクリク千仏洞
東トルキスタンはイスラムを主な宗教とする地だ。しかし、この地にもかつて仏教が栄えた証がある。 この日3つ目に訪れた、ベゼクリク千仏洞がそれだ。
敦煌の莫高窟のように、山肌にあけられた洞穴の中に、仏像と仏画が安置されている ―― はずだった。しかし、仏画は風化し、所々はがれており、仏像に至ってはことごとく失われている。莫高窟同様、外国人に奪われたという。
雰囲気や歴史的価値は、先程訪れた2つよりもはるかに上だが、ここにもやはり、いるべき主がいないのは寂しい限りである。

4)火焔山
ベゼクリクから西へ戻る道すがら、火焔山を望むビューポイントに立ち寄った。
火焔山が見えるはずの場所
天気が良ければ火焔山が見えるのだが…
そこには「火焔山」と書かれた石碑があり、観光用のラクダがたむろしていて、間違いなく観光スポットだ。条件が良ければ、その名の由来となった、陽炎に揺られて燃えているように見える様子を見ることができるはずだった。しかし、山があるはずの北の方角は、すっかりかすんでしまっている。ゆらめいている様子どころか、山の輪郭すら見ることができない。
この山は「西遊記」の中で、その燃えさかる火を消すための芭蕉扇を得るために、孫悟空が牛魔王や羅刹女と対決する場面で有名(蛇足だが、鳥山明の漫画『ドラゴンボール』に登場するフライパン山のモデルでもある)なのだが、これではその情景をイメージすることもかなわない。

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