世界への旅(旅行記)
九江 ~白居易と周瑜
2002年4月30日
景徳鎮からはバスで九江に向かう。5時間ぐらいは覚悟していたのだが、1年前に購入した地図には載っていなかった高速道路ができていた。お陰で所要時間僅かに2時間。思いの外快適な移動ができた。
九江は、長江中流域に位置する港の街。最初の旅行の時、武漢から南京へ船で向かう際に通過したことはあるが、その土を踏みしめるのはこれが初めてになる。
バスが停まったのは、九江駅近くのターミナル。次の目的地・南昌へ行く便を考えると、列車にしろバスにしろ、この近くに泊まるのが上策だ。私は駅前の中景賓館に泊まることにした。一応、3ツ星ホテルだが、内装はそれ程きれいではない。
長江のほとりを歩いていると、水滸伝ゆかりの潯陽楼や、この地に左遷させられた白居易ゆかりの琵琶亭などがあり、中国史ファンの好奇心をかき立ててくれる。
琵琶亭の一角に、観光客が群がっている。覗いてみると、1人の男性が土産を売っている。
予め絵や文字を彫ってある黒い石の札に、その場で客の名前などを追加して彫ってくれるようだ。よく見ると、彼は左手が無い。しかし、右手だけで器用に彫刻刀を走らせて、石の札に文字を刻んでいく。
その手並みの良さに感心した私は、1つ買っていくことにした。私の目に留まったのは、「勤学」と書かれたやや小ぶりなもの。留学中の身にはうってつけの2文字だ。私がそれを選ぶと、彼が裏面に私の名と日付を刻むのに、30秒も要さなかった。
なぜ彼の左手が無いのかを尋ねるのは、さすがに気が引けた。しかし、彼の見事な技術を見ていると、誤解を恐れずに言えば、そんな障害も彼にとってはそれ程重大なことではないのかもしれない――そんな気すらした。
バスが停まったのは、九江駅近くのターミナル。次の目的地・南昌へ行く便を考えると、列車にしろバスにしろ、この近くに泊まるのが上策だ。私は駅前の中景賓館に泊まることにした。一応、3ツ星ホテルだが、内装はそれ程きれいではない。
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| 潯陽楼 | 琵琶亭。手前は白居易像 |
琵琶亭の一角に、観光客が群がっている。覗いてみると、1人の男性が土産を売っている。
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| 琵琶亭で買った記念品 |
その手並みの良さに感心した私は、1つ買っていくことにした。私の目に留まったのは、「勤学」と書かれたやや小ぶりなもの。留学中の身にはうってつけの2文字だ。私がそれを選ぶと、彼が裏面に私の名と日付を刻むのに、30秒も要さなかった。
なぜ彼の左手が無いのかを尋ねるのは、さすがに気が引けた。しかし、彼の見事な技術を見ていると、誤解を恐れずに言えば、そんな障害も彼にとってはそれ程重大なことではないのかもしれない――そんな気すらした。
長江を離れて街の中心に出ると、やはり河辺の街らしく、甘棠湖と南門湖という、比較的大きな池がある。甘棠湖の北端には、やはり中国史ファンの好奇心をかき立てる古跡がある。煙水亭だ。ここにゆかりのある人物は、先程も登場した白居易と「三国志」の呉の名将・周瑜である。
ここ九江は、三国時代には柴桑と呼ばれた、呉の要衝地である。赤壁の戦いの際、周瑜率いる孫呉の水軍は、ここから進軍した。そしてこの煙水亭は、周瑜がその水軍を錬兵した場所なのだ。
それを記念して、煙水亭内部にはちょっとした“周瑜・赤壁博物館”が設けられている。赤壁関連の展示は、絵図などを中心に、戦いの経緯を分かりやすく説明している。しかし、この博物館で最も目を引くのは、金色の周瑜像だ。
周瑜は文武に優れた武将であったばかりでなく“周美郎”の異名を持つように、その顔立ちも非常に整っていたという。夫人の小喬も美人の誉れ高い女性だったらしいので、絵に描いたような美男・美女の夫婦だったことになる。この金色の周瑜像は、そんな“周美郎”のイメージを見事に再現している。博物館の表にある壁画でも、周瑜はやはり美男子に描かれている。
なるほど、ここは確かに周瑜ゆかりの地だ。しかし、白居易ゆかりの地という雰囲気は、余り感じられない。それが少し、残念だった。
ここ九江は、三国時代には柴桑と呼ばれた、呉の要衝地である。赤壁の戦いの際、周瑜率いる孫呉の水軍は、ここから進軍した。そしてこの煙水亭は、周瑜がその水軍を錬兵した場所なのだ。
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| 上:煙水亭全景 下:煙水亭の周瑜像 |
周瑜は文武に優れた武将であったばかりでなく“周美郎”の異名を持つように、その顔立ちも非常に整っていたという。夫人の小喬も美人の誉れ高い女性だったらしいので、絵に描いたような美男・美女の夫婦だったことになる。この金色の周瑜像は、そんな“周美郎”のイメージを見事に再現している。博物館の表にある壁画でも、周瑜はやはり美男子に描かれている。
なるほど、ここは確かに周瑜ゆかりの地だ。しかし、白居易ゆかりの地という雰囲気は、余り感じられない。それが少し、残念だった。
煙水亭を離れ、甘棠湖・南門湖のあたりをぶらぶらと散歩してみた。
九江は、決して大きな街ではない。しかし、長江に面しているためか、比較的発展しており、街中はきれいで、ごみごみとしていない。落ち着いていて、かなり居心地のいい所だ。
街並みに満足しつつ散歩していたが、突然、それを中断せざるを得ない事態に見舞われた。大雨である。雲行きが怪しかったので心配してはいたが、ついに来てしまった。残念だが、ホテルに戻り、そのまま九江巡りは終了となった。
九江は、決して大きな街ではない。しかし、長江に面しているためか、比較的発展しており、街中はきれいで、ごみごみとしていない。落ち着いていて、かなり居心地のいい所だ。
街並みに満足しつつ散歩していたが、突然、それを中断せざるを得ない事態に見舞われた。大雨である。雲行きが怪しかったので心配してはいたが、ついに来てしまった。残念だが、ホテルに戻り、そのまま九江巡りは終了となった。
なお、九江の近くには廬山という名山があり、ここ九江からツアーも出ている。しかし、2日前に黄山を登ったばかりの私の脚に、再び山登りをする元気などあろうはずがない。ここまで来て残念ではあるが、廬山登りはパスせざるを得なかった。
南昌
~興味なし
2002年5月1日
朝10時10分発の列車で九江を出発。1時間20分で、次の目的地・南昌に到着した。
南昌の見どころは、唐代創建の滕王閣を除けば、あとはほぼ全て、共産党の革命関連のものばかりだ。その方面に対する関心が完全にゼロ、というより中共が大嫌いな私がここに来たのは、福州への飛行機に乗ることと、全省都到達への通過点、ということ以外、何の目的も存在しない。
取りあえず、遠目に滕王閣だけは見たが、空気は悪い、川は汚い、人は多い、蒸し暑い、面白くない――重慶・貴陽を訪れた時と同じ気分だった。
取りあえず、遠目に滕王閣だけは見たが、空気は悪い、川は汚い、人は多い、蒸し暑い、面白くない――重慶・貴陽を訪れた時と同じ気分だった。








