世界への旅(旅行記)
泉州・2 ~街角の国際
日差しの色に赤みが差してきた。夕方が近くなってきたようである。私は見残した旧跡を訪れに再度、ホテルを後にした。
街中の様子を観察すると、福州と共通した特徴を発見できる。道路の歩道部分がやはり、アーケード状になっているのである。
こうした造りはもしかすると、日差しの強い福建全体の街に共通するものなのかもしれない。
街中の様子を観察すると、福州と共通した特徴を発見できる。道路の歩道部分がやはり、アーケード状になっているのである。
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| 上:関岳廟 下:清浄寺 |
関廟、あるいは関帝廟なるものは、中国に関心があれば知っている人も多いことだろう。また、杭州を訪れたことがある人なら、岳廟も必ず知っていることだろう。しかし、関岳廟となるとどうだろうか。
泉州の街角にあるこの廟は、関羽と岳飛を同時に祀ったものである。いずれも中国史上の人物で、民間信仰の対象となっている。私が訪れたこの時も、大勢の中国人が線香の束を手に祈りを捧げていた。しかし、時代も背景も違う2人を一緒に祀るというのは、いくら同じ民族的英雄だからと言っていかがなものだろうか。
泉州の街角にあるこの廟は、関羽と岳飛を同時に祀ったものである。いずれも中国史上の人物で、民間信仰の対象となっている。私が訪れたこの時も、大勢の中国人が線香の束を手に祈りを捧げていた。しかし、時代も背景も違う2人を一緒に祀るというのは、いくら同じ民族的英雄だからと言っていかがなものだろうか。
関岳廟から少し西に進むと、周囲の雰囲気とは全く異なった、異国情緒溢れる建造物がある。イスラム寺院・清浄寺だ。
私はこれまでも、中国でイスラム寺院を幾つか見たことがある。しかし、それらは全て、西安・銀川・西寧といった西北地域ばかりだ。このような東南地区には一見、似つかわしくないのだが、それもかつての「海のシルクロード」の起点・ここ泉州ならうなずける。
この寺院は、上記の他のイスラム寺院ほど大きくはなく、内部も小さな庭に柱が何本か立っている位で、寂寞とした雰囲気すら感じさせる。しかし、古(いにしえ)の泉州の雰囲気を思い起こさせる“街角の国際”であることは疑いない。
私はこれまでも、中国でイスラム寺院を幾つか見たことがある。しかし、それらは全て、西安・銀川・西寧といった西北地域ばかりだ。このような東南地区には一見、似つかわしくないのだが、それもかつての「海のシルクロード」の起点・ここ泉州ならうなずける。
この寺院は、上記の他のイスラム寺院ほど大きくはなく、内部も小さな庭に柱が何本か立っている位で、寂寞とした雰囲気すら感じさせる。しかし、古(いにしえ)の泉州の雰囲気を思い起こさせる“街角の国際”であることは疑いない。
異国情緒が濃いとはいえ、ここはやはり中国。最後に訪れたのも、清源山、関岳廟に続いて道教の遺跡である。清浄寺から南へ20分程歩いたところにある、天后宮だ。
泉州の遺跡の入場料は、清源山を除いておおむね安いのだが、ここに到っては完全に入場無料だ。それだけに、目を見張るほど素晴らしい寺院という訳ではない。しかし、屋根の上に並ぶ龍の装飾は非常に印象的だ。
そう言えば、先程見た関岳廟の屋根にも、同じような龍の装飾が施されていた。開元寺にも、数こそ少ないもののそのような装飾がなされている。他の街では余り見なかった気がするが、泉州独特の様式なのだろうか。
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| 天后宮 |
そう言えば、先程見た関岳廟の屋根にも、同じような龍の装飾が施されていた。開元寺にも、数こそ少ないもののそのような装飾がなされている。他の街では余り見なかった気がするが、泉州独特の様式なのだろうか。
日もかなり傾いてきた。私は宿に戻ることにした。
泉州の昔日の雰囲気は、存分に楽しむことができた。しかし、昔日は昔日。かつての海運の中心地も、今では福建省の一地方都市に過ぎない。今この時の空と同様の“斜陽”と言ってしまっては言い過ぎかもしれないが、一見にぎやかなこの街も、心なしかどこか寂しげに見えて仕方がない。
泉州の昔日の雰囲気は、存分に楽しむことができた。しかし、昔日は昔日。かつての海運の中心地も、今では福建省の一地方都市に過ぎない。今この時の空と同様の“斜陽”と言ってしまっては言い過ぎかもしれないが、一見にぎやかなこの街も、心なしかどこか寂しげに見えて仕方がない。






