世界への旅(旅行記)
三江―龍勝~悪路を越えて
2005年5月3日
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| 三江―龍勝間の悪路 |
しかし、雨はすぐにやんでくれた。それに、交通量が少なかったことも幸いして、5時間かかるとの情報もあった道を、前日に行動を共にした中国人女性が言っていた通り、バスは3時間で龍勝に到着してくれた。
龍勝はチワン族や瑶族など、多様な民族が住む街である。先ほどまでいた三江は建築物に民俗的特色が色濃く表れていたが、この地区では農業に特色が表れている。それを見ることができる場所の一つが、龍脊だ。
龍勝市街地から南30kmにあるこの地には、元代から続いて耕されてきた棚田が広がっている。
高台まで登って棚田を見下ろしてみる。山肌に描かてた等高線は美しく、山がちな地形に生きる術を切り開いてきた先人たちの知恵と実行力には感心させられるばかりだった。
ただ、田植えがまだ行われていないようである。期待していた緑あふれる棚田というものは拝めず、田の底の黄土色か、雑草の緑が目立つばかりだった。
龍勝市街地から南30kmにあるこの地には、元代から続いて耕されてきた棚田が広がっている。
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| 龍脊の棚田 |
ただ、田植えがまだ行われていないようである。期待していた緑あふれる棚田というものは拝めず、田の底の黄土色か、雑草の緑が目立つばかりだった。
棚田の光景をいろいろな角度から楽しんでいるうちに、雨模様になってきた。先ほど龍勝への途上で豪雨に見舞われた記憶が新しかった私は、そそくさと下山を始めた。
山を下りる道のわきに目をやると、水田の水面に雨粒の跡が幾つも刻まれている。游客にとっては迷惑でしかない雨も、農地にとっては恵みの雨である。田植えが行われておらず空だったとはいえ、雨を受ける水田の表情はどこか嬉しそうにも見えた。
乗り合いタクシーで龍勝市内に戻るまでの間に、雨はまたも止んでくれた。三江からのバスの車窓からも風雨橋が目に入った、街外れにある銀水トン(侗)族寨にそのまま向かう。
既に歌舞の出し物が終了していたということで、料金を安くして入場させてもらった。しかし、三江で本格的な風雨橋や鼓楼を幾つも見てきた私にとって、出し物も終わってしまったここのトン族寨は余りに退屈だった。
それよりも私の心を引いたのは、トン族寨を出てしばらく歩いた場所から見えた、棚田で農作業をする地元民の姿だった。先ほど訪れた龍脊の棚田ではこうした風景を遠目にしか見ることができなかったことから、ここでようやく、生活の営みの一部として、この地の棚田を実感できた。
山を下りる道のわきに目をやると、水田の水面に雨粒の跡が幾つも刻まれている。游客にとっては迷惑でしかない雨も、農地にとっては恵みの雨である。田植えが行われておらず空だったとはいえ、雨を受ける水田の表情はどこか嬉しそうにも見えた。
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| (上)銀水トン族寨の風雨橋 (下)棚田で農作業をする地元民 |
乗り合いタクシーで龍勝市内に戻るまでの間に、雨はまたも止んでくれた。三江からのバスの車窓からも風雨橋が目に入った、街外れにある銀水トン(侗)族寨にそのまま向かう。
既に歌舞の出し物が終了していたということで、料金を安くして入場させてもらった。しかし、三江で本格的な風雨橋や鼓楼を幾つも見てきた私にとって、出し物も終わってしまったここのトン族寨は余りに退屈だった。
それよりも私の心を引いたのは、トン族寨を出てしばらく歩いた場所から見えた、棚田で農作業をする地元民の姿だった。先ほど訪れた龍脊の棚田ではこうした風景を遠目にしか見ることができなかったことから、ここでようやく、生活の営みの一部として、この地の棚田を実感できた。
さて、ここまでの道中、宿代がどんどん安くなってきていたが、ここ龍勝ではついに、仙桃大酒店で30元のツインという、14年間の中国旅行歴の中でもほとんど記憶に無い程格安の部屋に泊まることができた。安宿ならではのサービスの悪さも、全く気にならないようになっていた。
“バックパッカー魂”が完全に復活したようである。
“バックパッカー魂”が完全に復活したようである。




