世界への旅(旅行記)
桂林~変化と不変
2005年5月7日
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| すっかりモダンになった桂林の街並み |
9時すぎ、陽朔を離れ、バスで再び桂林に戻る。
すっかりバックパッカー気分が戻った私は、陽朔に続いて宿をユースホステル(漓江近くの後街青年旅舎)に決めた。
すっかりバックパッカー気分が戻った私は、陽朔に続いて宿をユースホステル(漓江近くの後街青年旅舎)に決めた。
桂林中心街の中山路は、中心広場ができるなど、すっかりモダンになっていた。
14年の歳月はやはり長い。
そのまま歩いて、広西師範大学敷地内の靖江府を訪れる。ここは明初に太祖洪武帝(朱元璋)の甥の子である朱守謙が靖江王としてこの地に封ぜられた時に造営された王府だ。
ここにある博物館は、明の洪武帝以降をメーンに、桂林の歴史を紹介している。中国史に興味があるなら、見て損は無い。
靖江府の北の端には、以前にも訪れた独秀峰がそびえ立っている。14年ぶりに登ってみた。高台から見る桂林の街は、それ程変わっているとも思えなかった。
ここにある博物館は、明の洪武帝以降をメーンに、桂林の歴史を紹介している。中国史に興味があるなら、見て損は無い。
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| 独秀峰 |
靖江府を離れる際に、大学で日本語を学んでいる学生に話しかけられ、こちらは“あいうえお”に始まる日本語を、向こうは桂林の状況を教えあった。しかし、実のところ彼の話す桂林情報は私が既に知っていることばかりだった。
このような交流は嫌いではないのだが、私にはもう余り時間が無い。ユース近くまで一緒に歩いたところで、彼とは別れて宿に戻った。
このような交流は嫌いではないのだが、私にはもう余り時間が無い。ユース近くまで一緒に歩いたところで、彼とは別れて宿に戻った。
1時間ほど休んだ後、再び外出。やはり14年ぶりの七星公園を訪れる。
駱駝岩は以前にも見たが、ちょっとした滝や花橋、動物園(パンダがいたり、虎にまたがって記念撮影したり)を訪れたりして、新しい発見もあった。
駱駝岩は以前にも見たが、ちょっとした滝や花橋、動物園(パンダがいたり、虎にまたがって記念撮影したり)を訪れたりして、新しい発見もあった。
その後、14年前には無かった民族風情園へ。広西チワン族自治区はその名から察することができるように、非漢民族が多く住むエリアだ。ここではそれら民族の風俗を垣間見ることができる。
ショーがあったり、非漢民族のお嬢さんたちと記念撮影したり、風情のある光景があったりして楽しめたのは確かだが、想像していたより小さかったのが残念だった。
そんな風に感じるのは、昆明の雲南民族村と比べてしまったからだろう。多くの場所を訪れていると、こういう悪い癖がついてしまう。
ショーがあったり、非漢民族のお嬢さんたちと記念撮影したり、風情のある光景があったりして楽しめたのは確かだが、想像していたより小さかったのが残念だった。
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| 民族風情園 |
中心広場近くの歩行者天国を通って宿に戻り、しばらく休んだ後、夕食に出る。陽朔の余韻を求めて、オープンテラスの店を選ぶ。とは言っても、注文したのは焼きそばと、陽朔の時とはランクがえらく下がったが、これが本来の私のスタイルである。
桂林は確かに、14年前と比べると大きく変化している。それでも独秀峰から望んだ桂林の光景が以前とそれほど変わっていなかったのは、それが桂林の一貫した風土ということなのだろう。
桂林は桂林で悪くない。しかし、陽朔に比べると、かなり物足りなさを感じる。
早くもあの西街の雰囲気が懐かしく思われ始めていた。






