バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

アジア周遊第3部 チベット

チョモランマ・ベースキャンプ-ティンリー ~断腸の予定変更

2007年7月21日

この日はエベレストベースキャンプ(EBC)からオールド・ティンリーに移動し、そこで1泊する予定になっていた。オールド・ティンリーからなら晴れてくれさえすればエベレストが見られるかもしれない  ――  そう思っていた私たちに、ガイド氏が青天の霹靂と言ってもいい衝撃的な事を告げてきた。
「パーミット(旅行許可証)の期限が明日までだし、道路の状態も悪いので、今日はオールド・ティンリーに寄らずにそのままダムへ直行します
おいちょっと待て。話が違うではないか!
私たちは即座に、抗議モードに入った。

食い違いの一番の理由は、旅行許可証に対する認識の相違だった。私たちは、ダムに入った時点で旅行許可証はお役御免となる、と考えていた。しかしガイド氏は、ダムを出るまで旅行許可証は必要だという。しかも道路工事の影響でダム到着は夜となり、着いたその日に国境越えをするのは不可能とのことだった。
「最初に契約した時はティンリーで1泊ということになっていたぞ! 大体、そういうことなら何でもっと早く言わないんだ?」
通訳という立場にあって冷静さを保たなければならない私までが熱くなって、ついつい人差し指を振りかざしながら抗議していた。
「私は仏教徒で争いは好まない。そういう風に指を振りかざすのはやめてくれませんか」
そう言われて、興奮しすぎたことは反省して指を引っ込めたが、皆の憤りは収まらない。女性陣の1人などは「こんなの詐欺と一緒じゃないですか!」と涙ながらに訴える程である(さすがにこれは通訳しなかった)。
しかし結局、どちらの主張が正しいかがはっきりとしない以上、安全策を取ることを余儀なくされてしまった。
エベレストの全貌を見ることができないままの予定変更  ――  断腸の思いだったが、進まざるを得ない。私たちはそのままダムへ向かうことになった。

ロンボク寺
ロンボク寺
ヤクの大移動
ヤクの大移動

10時半、食事を作ってもらったり寝床(と言ってもソファだが)を整えてもらったりとお世話になった宿の主人夫妻に別れを告げ、テント村を出発。途中何度か寄り道して、EBC最寄りの寺院・ロンボク寺ヤクの大移動の写真を撮ったりして気分を紛らす。
物乞いの子どもが寄ってくる一幕があった。私たちが相手にせず、そのまま車で立ち去ろうとすると、その車を必死で追いかけてくる子どもすらいる。
「可哀想だとは思うけれど  ――  子どものうちから『金は他人から貰うもの』っていう考え方を身に染み付けさせることもよくないんだよな」
「そう…」
私の言葉に、サトコも複雑な表情で同意した。
とは言え、生きることに必死なあの子どもの姿に、誰が胸を痛めずにいられるだろうか。
何が子どもたちをあのような行為に駆り立てるのだろうか。
チベットが元々貧しい地域だったということもあるだろう。しかしそれと同時に、この地を不法占拠している中国政府による大都市偏重の発展や、漢民族至上主義とチベット民族軽視という背景もあるような気がしてならない。
賽の河原
"賽の河原"でオフロード車も立ち往生

やがて、行きにも通った川原に出る。白っぽい石が無数に転がる川原で、"賽の河原"というのがちょうどこんな感じではないかとも思われるほど殺風景だ。
ここから先に進むには小さな川を渡らなければならないのだが、橋が無いので車で川を突っ切ることになる。しかし、川底も川原同様、粗い石が転がっているのでオフロード車とはいえ進むのには苦労を要する。中には川を渡りきれずに立ち往生する車すらあった(ガイド氏曰く『経験が足りないとああいう風になる』)。
私たちの車は難なく川を渡り、やがて道らしい道が見えてきた。しかし、昨日通った時は比較的きれいだった道が雨のために一夜で泥道になってしまっていた。
泥道
昨日きれいだった道が一夜で泥道に
「これがチベットというものですよ」
ガイド氏が言う。彼の言うところは即ち、チベットは天気がコロコロ変わりやすい、ということである。それは既に嫌と言うほどよく分かっていた。移り気なチベットの天気に何度、泣き笑いさせられたことだろうか。
しかし、いかに変わりやすいチベットの天候といえども、チョモランマにかかるあの余りに厚すぎる雲だけはすぐには動かしてくれそうにもない。
私たちが最後の望みを託したオールド・ティンリー  ――  果たしてそこに着くまでの間に、雲は消えていてくれるだろうか。

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