バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

アジア周遊第5部 北インド、パキスタン

アムリトサル-ワガ ~パキスタン入り

2007年8月9日

朝、アムリトサルの宿で何気なく英字新聞を見てみると、1面トップで「バラナシ大洪水」を報じていた。ガンガーの水が溢れて逃げ惑う人々や、川辺の祠が水没して屋根だけ水面に顔を出している様子などの写真が洪水の規模を物語っている。
私もバラナシには行くつもりにしているが、少し心配になってきた。

この日はインドからパキスタンへ向かう。ということで、パキスタンの通貨が必要だ。宿で両替をしてくれるということだったので申し出てみたが、6000インド・ルピーが840パキスタン・ルピーと、明らかに交換比率がおかしい。ここでの両替はやめることにした。

アムリトサルからワガには1時間弱で到着した。入り口前の商店で両替してみたところ、6000インド・ルピーが8400パキスタン・ルピーになって戻ってきた。先ほどのはゼロが一つ足りなかったことになる。すぐに気が付いて本当によかった。

国境のゲートをくぐり、インド側のイミグレーションに着くが、まだ開いていない。10時15分ごろ、ようやく人が来て窓口が開き、出国手続きを開始する。
ここでの手続きは、ネパール-インド間での国境越えの時よりもチェックが厳しい。
「職業は?」
「[今は無職なんだけど ―― ええい、面倒臭い]Translator」
出国審査を終えて先に向かう。更にインド側だけでも税関で、2つ目のゲートでパスポートチェックを受ける。
2つ目のゲートを抜けると、その先にもまたゲートがある。そしてそのゲートとゲートのちょうど真ん中 ―― これこそ正真正銘の国境だ。私はそれを歩いて越え、いざ、パキスタンに入国した。

パキスタン側のイミグレーションでもチェックは結構厳しかった。
「父親の名前を書いて下さい」
「父は既に他界しているんですけど…」
「それでも書いて下さい」
父親の名前については、ネパール・カトマンズでパキスタンビザを申請した時にも用紙に書かされた。どうやらイスラム国では父親が誰なのか、ということが重視されるようである。
税関では、今回の旅で一番徹底した荷物チェックと所持金チェックも行われた。パキスタンは首都イスラマバード等でテロ事件が頻発するなど国情は緊張している。チェックの厳しさはそうしたことの表れなのだろう。

しかし、全ての手続きを終えてワガのパキスタン側に出ると、そこで待っていたのは人々の温かさだった。
「ラホール行きのバスがもう少しで来るから、そこで待ってな」
若い男に声をかけられ、バスが来るまで近くの売店で休ませてもらうことにする。そこの主人は日本語を割とよく話すことができ、思わぬところで日本語会話となった。
ところが、ラホールへ直行するバスはなかなかやって来ない。すると、「Lonley Planet」にも載っている隠れた名店である古本屋の爺さんが、
「待てないんだったらあのミニバスに乗って終点で下りて、4番のバスに乗り換えな」
と、ありがたいアドバイスをくれた。本当に皆親切で、パキスタンという国に対してどこか構えていた私の心は、お陰で鎖が一つ切れたような感じがした。
教えてもらったミニバスに乗り込み、いざパキスタンへの第一歩を踏み出した。

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