バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

アジア周遊第7部 マレー半島、タイ

ムラカ-3 ~日本との関わり

2007年9月26日

セント・ジョンの砦
セント・ジョンの砦
その後もムラカ(英語名マラッカ)の街を西へ東へと歩き、オランダ軍が18世紀に築いた、当時の砲台も残るセント・ジョンの砦、明の特使派遣を記念して建てられたポー・サン・テン寺院(宝山亭)、マラッカ王に嫁いできた皇女が造らせたといわれるムラカで最も古い井戸であるスルタンの井戸などを巡る。
ポー・サン・テン寺院の隣に、何か大きな碑が立っている。その傍らに説明が書かれた石碑があったので読んでみると、「日本によるマラッカ統治時の不運な中国人犠牲者の記念碑」と書かれている。 そう。上記の歴史博物館でも説明がなされていたが、ムラカも戦時中、日本の侵略を受けていたのだ。そしてその犠牲者は、中国人だけではあるまい。
これらの場所を訪れていなければ、マレーシアの地がかつて日本に侵略されていたこと忘れたままこの国を立ち去っていたかもしれない。

ポー・サン・テン寺院
ポー・サン・テン寺院
スルタンの井戸
スルタンの井戸

「自国の歴史の恥部に対し蓋をせず、目をそむけず、真正面から受け止め、なおかつそれを胸にポジティブな未来へ向けて」 ―― これが私の一貫した考えである。ここでも、過去は過去として素直に受け止め、それを乗り越えるには何をすべきか  ――  まだ答は出ていないが、私はこの碑の前でそのことについて思いを巡らせていた。

セント・フランシス・ザビエル教会の前を通り、しばらく進むと、オランダ広場に戻ってきた。
更に足を進め、先ほど高台から望んだ海へと向かう。
ムツゴロウ
ムツゴロウ
マラッカ海峡
マラッカ海峡

途中、川沿いの泥地に目をやると、泥の上で何やら小さな生き物がうごめいている。
日本では有明海や八代海に棲息する、干潟をはね回る魚・ムツゴロウだ。
こんな所にもムツゴロウがいるのか ―― 遠く離れたムラカと日本の意外な接点を見た思いだった。

マラッカ海峡の海辺に到着した。今回の旅は内陸を移動することが多く、海を見たのは中国・大連(大連市と開発区の間)とシンガポール(ジョホール海峡)のみで、いずれも対岸の見える狭い海峡しか見ていない。
ここも海峡ではあるがさすがに対岸は見えず、これだけ広々とした海を見るのは今回の旅では初めてだった。
水平線の向こうにはスマトラ島(インドネシア)があり、ムラカからは対岸のドゥマイまで船も出ている。
そして、この海は日本へと続いてもいる。

日本の海は、いつ見ることになるだろうか。

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