バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

ペルー

リマ-5 ~キリスト教への複雑な思い

残り時間が僅かとなった。私はタクシーでセントロに戻り、行き残した場所を足早に回った。

真っ先に訪れたのが、ボリバール広場のそばにあるラ・インキシシオン。日本語では「宗教裁判所博物館」という。その名の通り、かつてペルーで征服者スペインのキリスト教勢力が行った異教徒弾圧の様子を伝える施設だ。

拷問の様子を再現したラ・インキシシオンの展示
拷問の様子を再現したラ・インキシシオンの展示
拷問用具
当時使われた拷問用具の数々

蝋人形で再現されていたのは、裁判と言うよりは拷問の情景だった。一度に大勢を拘束できるような巨大な足かせに繋がれた者、天井から吊り下げられた者、両手足を縛られてテーブルの上に寝かされた者、無理矢理水を口の中に注がれる者  ――  見ていて気分が悪くなってくる。最後には実際に使われていた拷問用具が展示されており、先ほどの蝋人形の展示に重ねて思い浮かべると生々しさが増幅される。中国共産党がチベット人に対して行っている拷問もこのようなものなのだろうか。
サン・フランシスコ教会
サン・フランシスコ教会
イエス・キリストの教えそのものは慈愛に満ちたものだったはずなのに、なぜその教えを受け継ぐ者たちがこのような愚行に走ったのか  ――  これこそが、私がキリスト教に惹き付けられなかった最大の理由だ。宗教の名の下に侵略を繰り返し、果てはキリスト教内部で内ゲバと言っていい宗教戦争まで引き起こしている。
現在ではそのような愚行も行われなくなり、キリスト教は純粋に素晴らしい宗教として存在しているが、その血塗られた過去の歴史に、私はどうしてもシンパシーを感じ得ないのである。

その後サン・フランシスコ教会の前まで足を進めたが、元よりこの地に建つキリスト教会に「征服の象徴」という不愉快さを感じていた上に、あのような展示を見た後ではどうしても感動を覚えることができず、敷地内には入ったもののとうとう建物内部には入ることができなかった。
これがキリスト教発祥の地であるヨーロッパなら、もっと素直に感動することができたのだろうが…。

アルマス広場に出てみると、ペルー政庁に面した一角に人だかりができていた。見ると、鉄柵の向こう側にある政庁前の広場で衛兵交代式が行われている。
ペルー政庁で行われていた衛兵交代式
ペルー政庁で行われていた衛兵交代式
衛兵交代式と言えばイギリスのバッキンガム宮殿のものが有名だが、王国であるスペインのマドリードでも行われているという。これもまた、ペルーのヨーロッパ化の象徴なのかもしれない。

リマを経つのは夜遅くになる。その前に腹ごしらえをした方がよさそうだった。宿の近くに安そうな食堂があり、夜はここでと目を付けていたのだが…
 ――  閉店済み。
仕方なくラ・ウニオン通りの入り口にあるファストフード店で安上がりに済ませたが  ――  ペルー最後の晩餐がこれかと思うと何とも侘びしい。

そして、帰国の時となる。帰りは行きより遠回りのニューヨーク経由でLANペルー航空、アメリカン航空と乗り継いで、1日がかりで成田に舞い戻った。

ペルーに期待していたのはマチュピチュやナスカ・ラインなど土着の文化、今も昔も変わらぬ自然の姿だった。それは確かに楽しめたし、私を十分に感動させてくれた。
しかし、実際に巡ってみて目にしたのは、ペルー伝統の情景が4、ヨーロッパ的情景が6ぐらいの印象で、スペインによる征服に憤りを覚えたこともしばしばあった。
街はヨーロッパ化され、人々は土着の人々とヒスパニックが混在している。言葉は完全にスペイン語だ。

ふと、と言うよりは当然のように、中国共産党に支配・抑圧され、中国化が推し進められている、私が支援するチベットのことに心が向いた。

チベットには、ペルーと同じ轍を踏んでほしくない…

<完>

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