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    <title>世界への旅（旅行記）【憧れの大地へ】</title>
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    <updated>2010-07-25T16:19:30Z</updated>
    <subtitle>チベット、ネパール、インド、パキスタン、シンガポール、タイ、カンボジア、ベトナム、ラオス、中国を巡ったアジア周遊の旅や香港、マカオ、韓国、エジプト、東トルキスタン（ウイグル）、南北モンゴル、ペルーなどの旅行記です。</subtitle>
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    <title>スラカルタ（ソロ）（2010年5月3日）</title>
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    <published>2010-07-25T14:54:01Z</published>
    <updated>2010-07-25T14:54:01Z<!--2010-07-25T16:19:30Z--></updated>

    <summary>スラカルタ（ソロ） ～王族たちの名残り 2010年5月3日 ジョグジャカルタから日帰りでスラカルタ（旧名・通称『ソロ』）を訪れる。 前日は「当日買って下さい」と言われたスラカルタへの列車チケットを買お...</summary>
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        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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        <![CDATA[<h2 class="midashi">スラカルタ（ソロ）
<span class="f2">～王族たちの名残り</span></h2>
<p class="hiduke">2010年5月3日</p>

<p>ジョグジャカルタから日帰りで<strong class="akaji">スラカルタ</strong>（旧名・通称『<strong class="akaji">ソロ</strong>』）を訪れる。<br />
前日は「当日買って下さい」と言われたスラカルタへの列車チケットを買おうとトゥグ駅の券売所に出向いてみるが、「急行の窓口は別」と別の券売所に案内された揚句にそこで言われたことは・・・<br />
「当日券は販売していません」<br />
　　　・<br />
　　　・<br />
　　　・<br />
<strong class="f4">ど　っ　ち　だ　！！</strong>
</p>
<p>
<span class="image_r"><img src="image/42surakarta1.jpg" width="300" height="200" alt="マンクヌガラン王宮" /><br />
マンクヌガラン王宮<br />
<img src="image/43surakarta2.jpg" width="300" height="200" alt="マンクヌガラン王宮内部" /><br />
同王宮内部
</span>
しかし、怒っていても時間の無駄遣いになるばかりである。私はさっさと頭を切り替えて、トランスジョグジャでプランバナンに行ってそこでスラカルタ行きのバスに乗り換えることにした。<br />
プランバナンまではスムーズだった。しかし、そこからのバスがやたらと時間をかけてのんびりと走る。列車なら10時に到着する予定だったが、スラカルタに着く頃には11時近くになっていた。</p>
<p class="mb0"><a href="03jog2.html">ジョグジャカルタの街巡り</a>の項目で先述したように、18世紀半ば、この地ではマタラム王国がジョグジャカルタとスラカルタの両王朝に分裂している。今回訪れたスラカルタの街は後者の中心都市であり、今でも当時の名残りを偲ぶことができる。<br />
<strong class="akaji">マンクヌガラン王宮</strong>はマンクヌガラン王家の初代王が建築した、その名残りを伝える遺跡の一つだ <span class="mspg">――</span> いや、&#8220;遺跡&#8221;という言い方は不適切だろう。なぜなら、ここには今でも王家の末裔が暮らしているのである。そんな訳で、内部は一部参観できるものの、ガイドを付けることが義務付けられる。<br />
王宮は外観こそ質素だが、規模の大きさと内部の豪華絢爛さがかつての王室の権勢を物語っている。内部では謁見の間、大食堂、王女の部屋、当時使われていた馬車などを参観することができ、正面の広間は展示室になっていて、剣やアクセサリー、一風変わった黄金の男性用貞操帯<span class="f2">（私に付いたガイドは日本語ができたが、『貞操帯』という日本語は知らなかった模様）</span>などのコレクションが展示されている。
<br />
ふと、<a href="/travelogue/2007_7_asia5/29jaipur2.html">インドのジャイプルで見たマハラジャの宮殿（シティ・パレス）</a>を思い出した。規模も豪華絢爛さもマハラジャの宮殿に比べれば足元にも及ばないのだが、どこかで文化の根っこが通じ合っているようにも思われた。</p>
<div class="ct clearboth">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/44surakarta3.jpg" width="300" height="200" alt="カスナナン王宮" /><br />
カスナナン王宮</span>
<span class="image_cr"><img src="image/45surakarta4.jpg" width="300" height="200" alt="カスナナン王宮内部の展示" /><br />
当時の文化や王族の暮らしぶりが窺い知れる展示</span>
</div>
</div>
<p class="below_image_c">
スラカルタにはもう一つ、王宮がある。マンクヌガラン王家より以前からあったススフナン王家（マンクヌガラン王家はススフナン王家から分裂して興ったもの）の<strong class="akaji">カスナナン王宮</strong>がそれだ。こちらは先ほどのマンクヌガラン王宮と比べて部屋の内部の詳細な様子までは見ることができなかったが、八角形の塔が建つ中庭から建物の外観を眺めたり、博物館として公開されている一部の部屋で当時の文化や王族の暮らしぶりを窺い知ることができる。</p>
<p>スラカルタには他にもラジャ・ブスタカ博物館のあるスリウェダリ公園などの見どころもあるのだが、この日はもう一つ訪れたい場所があったし、それにカスナナン王宮を出たところで雨が降ってきた。私はスラカルタ巡りはこれで終わらせることにして、<a href="05to_borobudur.html">ベチャ</a>でバスターミナルまで行ってもらって、そこでミー・バッソというインドネシア式麺の昼食を済ませた後、バスでジョグジャカルタ方面へと引き返した。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ボロブドゥール―ジョグジャカルタ（2010年5月2日）</title>
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    <published>2010-07-17T09:17:23Z</published>
    <updated>2010-07-17T09:17:23Z<!--2010-07-17T09:50:57Z--></updated>

    <summary>ボロブドゥール―ジョグジャカルタ ～スコールに濡れる街 ホテル・マノハラ経由でボロブドゥール遺跡からゲストハウスに戻る。夕べ洗濯した衣服が乾くのを待ちつつ、ゲストハウスの食堂で日本人の男性ツーリストと...</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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        <![CDATA[<h2 class="midashi">ボロブドゥール―ジョグジャカルタ
<span class="f2">～スコールに濡れる街</span></h2>

<p>ホテル・マノハラ経由でボロブドゥール遺跡からゲストハウスに戻る。夕べ洗濯した衣服が乾くのを待ちつつ、ゲストハウスの食堂で日本人の男性ツーリストと話をしながら時間を潰す。<br />
「このゲストハウスは今日までにして、マノハラに移ろうと思っています」<br />
と、彼は言う。<br />
「えー！　あそこに移るのか。いいなあ」<br />
貧乏旅行癖がすっかり身に染みついた私にはマノハラは敷居が高いと、その時は思っていたのだ。<br />
しかし・・・<br />
ここでちょっと計算してみよう。<br />
　マノハラの宿泊料金・・・約65米ドル～<br />
　ボロブドゥール遺跡の入場料・・・15米ドル<br />
マノハラに宿泊していればボロブドゥール遺跡には無料で何度でも出入りできるので、入場料分を宿泊料金から差し引いて考えてもいいことになる。<br />
すると・・・<br />
<strong>1泊の間に3回遺跡に出入りすれば、宿泊料金は実質20米ドル</strong>と、そんなに高くはない値段になるではないか！</p>
<p>
<strong>＜結論＞<br />
<span class="akaji">1泊の間に3回以上遺跡に出入りしてボロブドゥールを満喫したいのなら、マノハラに泊まるべきである。</span></strong>
</p>
<p>洗濯物がそこそこ乾いたところで、ジョグジャカルタへ引き返す。
</p>
<span class="image_l"><img src="image/41jog15.jpg" width="300" height="200" alt="突然のスコール" /><br />
突然のスコール
</span>
<p>ソスロビジャヤンの安宿に入り、暫く部屋でくつろいでいると、何かがトタン屋根を叩くような音が途切れることなく聞こえてくる <span class="mspg">――</span> いや、窓が無い部屋だったので外は見えないが、「何か」は明らかだ。<br />
部屋を出てテラスの外を見ると、案の定だった。<br />
<strong>激しいスコール</strong>・・・<br />
既に乾季に入っていたとはいえ、ここは熱帯雨林気候の国なのだ。出かけようかと思っていた矢先だったが、ここは雨がやむのを大人しく待つことにする。<br />
ジャワ特有の屋根瓦が雨にぬれて光沢を放つ。以前訪れた、やはり瓦屋根が印象的な<a href="/travelogue/2007_a_asia8/23hoian02.html">ベトナムのホイアンで雨が降った時</a>に同行者が言っていたように、瓦屋根には雨がよく似合う。</p>
<p>雨はすぐにやんでくれた。私はトゥグの鉄道駅に出向き、明日のソロ（スラカルタ）行きの切符を買おうとするが、「当日買って下さい」と言われたので明日出直すことにする。<br />
それから日本語が入力可能なインターネットカフェに行って今回の旅で初めて（そして最後となった）日本語でインターネットをするが、30分ほどで停電。停電はソスロビジャヤン一帯で夕方6時まで続いた。<br />
<span class="mspg">――</span> 今になって思えば、この時から何か、ちぐはぐになり始めていた。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ボロブドゥール-５（2010年5月2日）</title>
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    <published>2010-07-10T11:10:25Z</published>
    <updated>2010-07-10T11:10:25Z<!--2010-07-10T11:12:28Z--></updated>

    <summary>ボロブドゥール-５ ～蘇った古代仏教遺跡 サンライズの景色を満喫したところで、あらためて遺跡の方をじっくり観察してみよう。 ボロブドゥール遺跡は1970年代にUNESCO主導で大規模な修復工事が施され...</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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        <![CDATA[<h2 class="midashi">ボロブドゥール-５
<span class="f2">～蘇った古代仏教遺跡</span></h2>

<p>サンライズの景色を満喫したところで、あらためて遺跡の方をじっくり観察してみよう。</p>
<p class="mb0">ボロブドゥール遺跡は1970年代にUNESCO主導で大規模な修復工事が施されたのだが、その時に敢えて完全に修復しなかったのではないか、と思われる部分もある。<br />
その一つが、<a href="09borobudur4.html">先述</a>した円壇部分で一体だけ表に露出してる仏像である。<br />
円壇部分に並ぶベル（鈴）のような形の仏塔には菱形の穴が規則正しくあけられているのだが、そこから中を覗いてみると、仏像が安置されているのである（但し、首から上が無いものも少なからずある）。その中の一つは「幸福の仏像」と呼ばれ、菱形の穴から手を伸ばして触れるとご利益があるといわれている。<br />
表に露出している仏像も、周りに仏塔の痕跡がしっかりとあるのだ。推測ではあるが、わざわざ仏塔の中を覗かないでも仏像の姿が見られるように、修復時にこの一体だけ仏塔を外して露出させたのではないだろうか。
</p>
<div class="ct clearboth">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/37borobudur17.jpg" width="300" height="200" alt="一体だけ表に露出してる仏像" /><br />
一体だけ表に露出してる仏像</span>
<span class="image_cr"><img src="image/38borobudur18.jpg" width="300" height="200" alt="仏塔の中の仏像" /><br />
仏塔の中の仏像</span>
</div>
</div>
<p class="below_image_c">
さて、開場時間の6時を回った。これからは来場者がどっと押し寄せてくることだろうから、そうならないうちに下りてしまおう。<br />
勿論、下りる時も途中の回廊をコルラして回る。ここに刻まれているレリーフのストーリーも気になったが、やはりガイドブックとにらめっこしながら歩く気にはなれなかったので、雰囲気だけ心で感じながらゆったりと歩いた。
<span class="image_l"><img src="image/39borobudur19.jpg" width="300" height="200" alt="「隠れた基壇」" /><br />
「隠れた基壇」
</span>
</p>
<p>遺跡を下りて一番下の基壇の周りを巡ってみると、東南の角の基壇が切れていて、その中に最初に造られた時の基壇といわれる「隠れた基壇」が見える。ここも恐らくは、遺跡の構造がよく分かるようにと修復の時に敢えて露出させたものだろう。</p>
<p>7時近くになると案の定、来場者が遺跡にどっと押し寄せてきた。外国人をはじめとする旅行客のほか、社会見学に来たインドネシアの子どもたちも大勢いる。<br />
しかし、この遺跡を信仰心を持って見つめる人々はどのくらいいるのだろうか。<br />
勿論、仏教徒でなければ信仰心は無くても構わない。ただ、どんな立場であろうと、「世界遺産」と
してだけではなく、「聖地」であるという意識で見てもらいたい、と思った。<br />
と言うのは、円壇部分の門番的存在である獅子の像にまたがるという不届きなことをする来場者がいたのである。遺跡保護の観点からも、宗教的観点からも、慎んでいただきたい行為である。<br />
そう言えば、以前訪れた<a href="/travelogue/2007_9_asia7/34ayutthaya1.html">タイのアユタヤ</a>でも<a href="image/ayutaya_caution.jpg" rel="lightbox">不届きで罰当たりなこと</a>をする輩が後を絶たないようだった。</p>
<p class="mb0">見るべきものは見たので引き揚げることにしたが、前日通ったあの土産屋街を通るのはもう嫌だった。そこで私は、この日入場したルートを逆戻りする形でホテル・マノハラに通じる出入り口から出ることにした。このルートにも物売りは数人いたが、あの土産屋街を通ることを思えば大したことは無い。</p>
<div class="ct clearboth">
<div class="blockct" style="width: 456px; margin-bottom: 3px;">
<div class="image_c1"><img src="image/40borobudur20.jpg" alt="ボロブドゥール遺跡" height="200" width="450"><br>
ボロブドゥール遺跡を振り返る
</div>
</div>
</div>
<p class="below_image_c">
途中、振り返ってみると木々の間にボロブドゥール遺跡がかなり広範囲にわたって見える。<br />
仏教遺跡というだけで神聖さと有難さが感じられたが、かつてここで栄えた仏教が大乗仏教だったことが、普段日本で大乗仏教に触れている私に親近感をも覚えさせてくれた。<br />
今ではイスラム教徒が多数を占めるこの国で仏教遺跡が蘇ったというのも嬉しい限りである。遺跡の修復に尽力してくれたUNESCOには、心の底からの謝意と敬意を表したい。
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ボロブドゥール-４（2010年5月2日）</title>
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    <published>2010-07-10T11:07:36Z</published>
    <updated>2010-07-10T11:07:36Z<!--2010-07-10T11:12:05Z--></updated>

    <summary>ボロブドゥール-４ ～サンライズ 2010年5月2日 まだ夜も明けきらぬ ―― と言うよりはまだ真夜中の午前4時。宿を出ようとするが、扉に南京錠が掛かっている。申し訳ないが宿のおばさんを起こして鍵を開...</summary>
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        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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        <![CDATA[<h2 class="midashi">ボロブドゥール-４
<span class="f2">～サンライズ</span></h2>
<p class="hiduke">2010年5月2日</p>

<p>まだ夜も明けきらぬ <span class="mspg">――</span> と言うよりはまだ真夜中の午前4時。宿を出ようとするが、扉に南京錠が掛かっている。申し訳ないが宿のおばさんを起こして鍵を開けてもらう。<br />
表は真っ暗で人通りも全く無いので、頭に強力なヘッドライト、右手にいざという時に武器になるよう三脚を握りしめて、昨日訪れたホテル・マノハラまで少しビクビクしながら歩く。<br />
<span class="image_l"><img src="image/34borobudur14.jpg" width="300" height="200" alt="夜明け前のボロブドゥール遺跡" /><br />
夜明け前のボロブドゥール遺跡
</span>
人通りは無くとも、コーランの音だけは響き渡っている。いかにイスラムが強い国とはいえ、仏教遺跡のすぐそばでコーランというのもいささかミスマッチだ。
</p>
<p class="mb0">4時30分。ガイドの「出発します」の言葉を合図に、マノハラのフロントに集まった数人の外国人旅行者たちは一般開場時間（6時）前のボロブドゥール史跡公園に入場する。園内では、表のコーランに負けじと仏教のお経が響き渡っていた。<br />
遺跡に到着し、ガイドと私以外の参加者は円壇のある最上部に直行するが、私は一人、途中の回廊をコルラしながらゆっくりと上った。<br />
最上部に上った5時前後はまだ辺りは真っ暗だったが、15分ほどすると、東の空がほのかに赤みを帯びてきた。そして5時半 <span class="mspg">――</span> 東の空は鮮やかなピンク色になり、日中は無骨な灰色の遺跡も空と同じピンク色に染め上げられた。</p>
<div class="ct clearboth">
<div class="blockct" style="width: 456px; margin-bottom: 3px;">
<div class="image_c1"><img src="image/35borobudur15.jpg" alt="ボロブドゥール遺跡" height="250" width="450"><br>
朝陽に染まるボロブドゥール遺跡
</div>
</div>
</div>
<p class="below_image_c">
<strong class="akaji">サンライズ</strong> <span class="mspg">――</span> 噂には聞いていたが、ボロブドゥールから見る朝焼けの風景はその噂通りの美しさだった。昨日の夕陽の風景はちょっとがっかりだったが、その「がっかり」もこの景色の前に完全にかき消された。<br />
この景色を見ようと、マノハラの「サンライズツアー」参加者以外にも、日本人を含めた大勢の外国人旅行者が集まった。
<span class="image_r"><img src="image/36borobudur16.jpg" width="300" height="200" alt="ボロブドゥール遺跡の仏様もサンライズを拝む" /><br />
仏様もサンライズを拝む
</span>
ツアー参加者以外は恐らく、史跡公園にいつでも何度でも出入りすることができるマノハラの宿泊者だろう。<br />
旅行客のほかにもう1人、朝陽を見つめる者がいた <span class="mspg">――</span> いや、いらっしゃった。この円壇部分には一体だけ表に露出している仏像があるのだが、この仏像がちょうど東を向いていて、あたかも朝陽に祈りを捧げるような格好になっているのである。</p>
<p>
仏教の聖地でかくも見事な景色を見ることができたことに感謝をしたい <span class="mspg">――</span> <a href="/travelogue/2007_5_asia3/28shigatse.html">2007年にチベット・シガツェのタシルンポ僧院で青空が見えた時</a>と同じような衝動に駆られ、私は用意していたマニ車を回し、マントラを唱えながら円壇の周りをコルラすることでその感謝の意を表した。
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ボロブドゥール-３（2010年5月1日）</title>
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    <id>tag:www.a-daichi.com,2010:/travelogue//11.1125</id>

    <published>2010-06-27T03:32:45Z</published>
    <updated>2010-06-27T03:32:45Z<!--2010-06-27T03:35:03Z--></updated>

    <summary>ボロブドゥール-３ ～夕刻のボロブドゥール遺跡 「のど元過ぎて・・・」とはよく言ったもので、ムンドゥット寺院からバスでゆったりと座ってボロブドゥールバスターミナルに着くまでに幾分体力が回復した私は、時...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">ボロブドゥール-３
<span class="f2">～夕刻のボロブドゥール遺跡</span></h2>

<p>
「のど元過ぎて・・・」とはよく言ったもので、ムンドゥット寺院からバスでゆったりと座ってボロブドゥールバスターミナルに着くまでに幾分体力が回復した私は、時計を見た。まだボロブドゥール遺跡の閉門時間まで十分時間がある。薄暗くなってきたので宿に戻ってカメラの三脚を準備すると、今回の旅で断トツの本命であるボロブドゥールの遺跡へと急いだ。<br />
入場口は外国人とインドネシア人で別々になっている。外国人の入場料は15米ドル。インドネシア人料金は確認していないが、恐らく外国人はインドネシア人の数倍の料金を払わされているのだろう。
<span class="image_r"><img src="image/30borobudur10.jpg" width="300" height="200" alt="ボロブドゥール遺跡" /><br />
ボロブドゥール遺跡
</span></p>
<p>入場口から参道を進んでいくと遺跡と上り階段が見えてくる。しかし、左右を木々に阻まれてまだ全貌は見えない。<br />
このポイントでひとまず写真を撮っていると、通りかかった僧侶が<br />
「こんにちは。どちらから？」<br />
と、英語で語りかけてきた。私が「日本からです」と答えると、<br />
「ああ、日本からですか！　私、『オボーサン』です」<br />
今度は『オボーサン』だけ日本語で返してきた。</p>
<p>階段を上った先には、ボロブドゥール遺跡がもう目の前にある。高さ33m、四方124mということだが、目の前に立ってみるともっと大きいのではないかと思われるほどの迫力だ。この建造物全体で1つのストゥーパとされるが、その上に更に幾つものストゥーパが建ち並ぶという多重構造になっている。
<span class="image_l"><img src="image/31borobudur11.jpg" width="300" height="200" alt="ボロブドゥールの回廊" /><br />
レリーフで彩られた回廊
</span>
最上段の円壇の下部に正方形に近い多角形の層が6段、円壇も3段あるので、合計すると「9重のストゥーパ」ということになる。遺跡全体で仏教の「三界（欲界、色界、無色界）」を表しているとされ、言わば巨大な立体マンダラだ。<br />
円壇の下の4段は回廊になっていて、仏教説話を描いたレリーフで彩られている。ガイドブックを見ながらじっくり見ればそのストーリーまでじっくり味わうことができそうだが、私はそこまではせず、取りあえず雰囲気だけ楽しみつつ1段1段上がる。<br />
そして、最上部の円壇に到着する。文字通り円形の壇にはそれぞれ、一番外側にベル（鈴）のような形をしたストゥーパが並べられ、一番上にある第3円壇のストゥーパ群の内側、即ちボロブドゥールの頂点には、一際大きなストゥーパが置かれている。先ほど見た<a href="06borobudur1.html">パオン寺院</a>や<a href="07borobudur2.html">ムンドゥット寺院</a>にも共通する様式である。</p>
<p class="mb0">
円壇から西の空を望むと、陽が大きく地平線へと傾いて行くのが見える。ボロブドゥールはサンライズ・サンセットの景色が美しいことでも有名なのだ。この時は、太陽が赤い光を放っているのははっきりと見えたが、雲が少し厚すぎて空全体を赤く染めるまでには至らなかったが、それでも円壇の上のストゥーパがほのかに赤く色づいているのが分かる。<br />
遺跡そっちのけで暫くサンセットの景色を眺めていたが、<br />
「間もなく閉園です。速やかに遺跡から下りてください」<br />
と、係員が退園を促しに来た。もう少しこの遺跡とここからの景色を見ていたかったが、明日ももう一度ここに来ることにしていたので、ここは素直に退散することにした。
</p>
<div class="ct clearboth">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/32borobudur12.jpg" width="300" height="200" alt="ボロブドゥールの円壇" /><br />
ボロブドゥールの円壇</span>
<span class="image_cr"><img src="image/33borobudur13.jpg" width="300" height="200" alt="ボロブドゥールから望むサンセット" /><br />
ボロブドゥールから望むサンセット</span>
</div>
</div>
<p class="below_image_c">
しかし、出口に問題があった。<br />
先ほど通ってきた入場口は入るだけの門で、出口は別の場所を指示される。ところが指示されてきた場所が土産屋街で、しかも中が入り組んでいて迷路のようになっていて、「出口はこちら」の案内板一つ見当たらない。一度通った道をまた通ったり、土産屋街を抜けたと思ったら遺跡側に戻っていたりを繰り返してようやく正しい道が分かる。<br />
出たら出たで、今度は個人の物売りが「土産はどうだい？」と押し寄せてくる。<br />
これも&#8220;観光地&#8221;の宿命なのかもしれないが <span class="mspg">――</span> 仏教遺跡という&#8220;聖&#8221;に群がる金儲けという&#8220;俗&#8221;の構図に、少々やるせなさを感じた。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ボロブドゥール-２（2010年5月1日）</title>
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    <published>2010-06-13T13:46:30Z</published>
    <updated>2010-06-13T13:46:30Z<!--2010-06-13T13:48:03Z--></updated>

    <summary>ボロブドゥール-２ ～ムンドゥット寺院 次に目指すムンドゥット寺院は、地図上で見るとボロブドゥールとパオン寺院を結ぶ直線のちょうど延長線上にあり、最短距離で言えばボロブドゥール―パオン寺院間よりもパオ...</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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    </author>
    
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        <category term="ジャワ島（インドネシア）、シンガポール" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">ボロブドゥール-２
<span class="f2">～ムンドゥット寺院</span></h2>
<p>次に目指す<strong class="akaji">ムンドゥット寺院</strong>は、地図上で見るとボロブドゥールとパオン寺院を結ぶ直線のちょうど延長線上にあり、最短距離で言えばボロブドゥール―パオン寺院間よりもパオン寺院―ムンドゥット寺院間の方が近そうに見える。
<span class="image_l"><img src="image/26borobudur06.jpg" width="300" height="200" alt="ムンドゥット寺院" /><br />
ムンドゥット寺院
</span>
ところが、パオン寺院―ムンドゥット寺院間の道は逆Ｓ字型に湾曲していて、最短距離の2倍ほど歩かされた。</p>
<p>ムンドゥット寺院はボロブドゥールとジョグジャカルタを結ぶ幹線のすぐわきに建っていた。先ほど乗ってきたばかりのジョグジャカルタからのバスから見えていたはずなのだが、どうやら見落としてしまっていたようである。<br />
先ほど見たパオン寺院よりも、敷地は広いし建物の規模も一回り大きい。屋根の上にはやはり、ボロブドゥールやパオン寺院同様、中央を取り囲むようにしてミニチュアの仏塔が並んでいる。肝心の中央部分には何も無いのだが、恐らく、元々はやはり大きめの仏塔が載っていたのではないかと想像される。これが言わば「ボロブドゥール様式」みたいなものなのだろうか。<br />
<span class="image_r"><img src="image/27borobudur07.jpg" width="200" height="300" alt="ムンドゥット寺院内部の仏像" /><br />
ムンドゥット寺院内部の仏像
</span>
壁面はやはり、細緻なレリーフで彩られている。パオン寺院では空っぽだった内部だが、こちらは仏像が3体安置されていた。<br />
仏像の前では、私よりも先に入っていた人々が熱心に祈りを捧げていた。見た目と祈りのスタイルからすると中国系なのだが、お隣のシンガポールあたりから来た華人だろうか。
</p>
<p class="mb0">ここはパオン寺院よりも訪問客が多かったが、その大部分はメインの遺跡を見終わるとすぐに立ち去っていく。しかし、私を引き付けたのは遺跡よりもむしろそのわきにある小さな参道だった。<br />
参道の両脇には仏塔が並び立ち、一番奥には石仏が座している。ここでも、1人の華人が熱心に祈りを捧げる一幕があった。<br />
参道の両わきには仏堂が立ち並んでいる。<a href="/travelogue/2007_5_asia3/06lhasa03.html">チベット・ラサのジョカン</a>などに見られる「2頭の鹿と法輪」（仏陀による<a href="/travelogue/2007_8_asia6/13sarnath.html">サールナート</a>での初転法輪を表す）が施された堂もあって、ふとチベットのことを思い出させられた。また、参道正面のもの以外にも野外に安置されている仏像が見られる。中には<a href="/travelogue/2007_7_asia5/17lahore2.html">パキスタンのラホール博物館</a>で見たことのある「断食するブッダ」のレプリカもあった。<br />
いや、いいものを見させてもらったと、門番の男性に手を合わせて挨拶をして出ようとすると、彼は<br />
「あちらも見て行って下さい」<br />
と、一番手前の堂を指差す。まだ新しい堂の中に入ってみると、立派な仏陀入滅の像が安置されていた。<br />
この参道一帯は明らかに最近になって新しく造られたものではあるが、少しでも仏教への信仰心があるのであれば、遺跡だけでなくここも忘れずに訪れておきたい。</p>
<div class="ct clearboth">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/28borobudur08.jpg" width="300" height="200" alt="ムンドゥット寺院わきの参道" /><br />
ムンドゥット寺院わきの参道</span>
<span class="image_cr"><img src="image/29borobudur09.jpg" width="300" height="200" alt="「2頭の鹿と法輪」が施された堂" /><br />
「2頭の鹿と法輪」が施された堂</span>
</div>
</div>
<p class="below_image_c">
さて、後はボロブドゥール遺跡のあるエリアに戻るばかりだ。いつもの私なら歩いて戻るところなのだが、今回はいつもよりも疲労が激しい。<br />
それもそのはずだ。ここは赤道直下の国インドネシアなのである。しかもこの日は、午前中はジョグジャカルタの街中を、午後はボロブドゥールの周辺を、かなり精力的に歩いてきた。少しずつ暑さに体力を削り取られ、疲労がピークに達したようだった。<br />
自力での遺跡巡りで行き来の足が定まっていない私を尻目に、旅行社の世話になっている訪問客たちが車で次々と立ち去っていく。<br />
［そうだ <span class="mspg">――</span> ジョグジャカルタからのバスが通っているはずじゃないか］<br />
しかし、そのバスがなかなか通りかかってくれない。いつまでも同じ場所で待っているのも飽きたので、少し前に進んだところ、三叉路にあるバイク屋の男性が<br />
「バイク？　バス？」<br />
と声をかけてくる。<br />
「バスで・・・」<br />
私が答えると彼は更に続けた。<br />
「バスならここを通るからもう少しここで・・・」<br />
と話しているうちにちょうど、バスが通りかかった。彼は私のために合図を出し、バスを止めてくれた。お陰で私はバスに乗って楽にボロブドゥールまで戻ることができた。<br />
［インドネシアの人って、本当に温かで、親切だな］<br />
<a href="05to_borobudur.html">先ほどジョグジャカルタで受けた親切</a>もあって、私はインドネシアの人々が心底好きになった。<br />
しかし <span class="mspg">――</span> ボロブドゥールのバスターミナルに着くや否や観光客目当てに押し寄せてくる客引きたちが、そんな嬉しい余韻をぶち壊しにしてくれた。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ボロブドゥール-１（2010年5月1日）</title>
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    <published>2010-06-13T13:43:25Z</published>
    <updated>2010-06-13T13:43:25Z<!--2010-06-13T13:45:11Z--></updated>

    <summary>ボロブドゥール-１ ～田園風景、パオン寺院、笑顔 ボロブドゥール遺跡の敷地内にあるマノハラ まず遺跡敷地内にあるホテル・マノハラに出向いて翌日に参加するツアーの集合場所と時間を確認する。 ここから早速...</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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        <category term="エリア別・インドネシア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ジャワ島（インドネシア）、シンガポール" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">ボロブドゥール-１
<span class="f2">～田園風景、パオン寺院、笑顔</span></h2>
<p>
<span class="image_r"><img src="image/21borobudur01.jpg" width="300" height="200" alt="ボロブドゥール遺跡の敷地内にあるマノハラ" /><br />
ボロブドゥール遺跡の敷地内にあるマノハラ
</span>
まず遺跡敷地内にあるホテル・マノハラに出向いて翌日に参加するツアーの集合場所と時間を確認する。<br />
ここから早速ボロブドゥールの遺跡が目に入った。しかし、はやる心を抑え、楽しみは後に回すことにしてまずは近くにある寺院遺跡を訪れる。</p>
<p class="mb0">ボロブドゥール遺跡から最初に目指す寺院への道は、のどかな農村の間を通るものだった。両側には、まだ稲が植えられたばかりの緑の水田が横たわっている。その横では、女性がざるを使って収穫された米からもみ殻をふるい落としている。ということは、二期作が行われているようだ。<br />
人が生きていく上で最も重要な「食」を生み出すという作業だからだろうか。農業が営まれる風景やそれに従事する人の姿を見ていると、何か心に安らぎを覚える。</p>
<div class="ct clearboth">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/22borobudur02.jpg" width="300" height="200" alt="のどかな農村風景" /><br />
のどかな農村風景</span>
<span class="image_cr"><img src="image/23borobudur03.jpg" width="300" height="200" alt="もみ殻をふるい落とす作業をする女性" /><br />
もみ殻をふるい落とす作業をする女性</span>
</div>
</div>
<p class="below_image_c">
歩いて20分ほどで、目指す<strong class="akaji">パオン寺院</strong>に到着した。幹線道路から外れた場所にあり、建物そのものも小ぢんまりとしていて「ひっそりたたずんでいる」という言い方がしっくりくるような寺院だ。
<span class="image_l"><img src="image/24borobudur04.jpg" width="300" height="223" alt="パオン寺院と壁面のレリーフ" /><br />
(左)パオン寺院 (右)同寺院壁面のレリーフ
</span>
私以外に来訪者は無く、チケット売り場の職員も暇そうにしている。<br />
だからと言って存在感が薄いのかというと、そんなことはない。建物の屋根の上には、中心となるミニチュア仏塔と、それより更に一回り小さな仏塔がそれを囲むようにして配置されているが、この様式は先ほどマノハラからちらりと見えたボロブドゥール遺跡の最上段とよく似ている。<br />
外壁のレリーフも精緻だ。滑らかな曲線で描かれていて、柔和で心が落ち着かされる。<br />
しかし内部は <span class="mspg">――</span> 何も無く、がらんとしている。恐らくは、創建当時は仏像やら何やら安置されていたのだろうが・・・。</p>
<p class="clearboth">
<span class="image_l"><img src="image/25borobudur05.jpg" width="300" height="200" alt="インドネシア少女の笑顔" /><br />
最高の笑顔を見せてくれた少女たち
</span>
次の寺院を目指して歩き始めるとすぐ、小さな女の子3人が「Hello！」と声をかけてきた。こちらも「Hello！」と返し、「撮っていい？」とカメラを向けてみた。<br />
「キャハハハッ！」<br />
1人は恥ずかしがって柱の陰に隠れてしまった。もう1人も逃げかけるが、最後の1人がしっかりと肩を捉まえてその場に引き留めた。<br />
これで交渉成立。シャッターを切って、照れ臭そうな笑顔をカメラに収めた。<br />
心の通い合い、信頼感が無い所に笑顔は生まれない。これまで撮ってきた中でも最高の笑顔が映し出されたこの写真は、地元の子どもたちと心の触れ合いができた証しである。何度見てもその喜びが蘇ってくる、私にとって宝物と言ってもいい1枚となった。
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ジョグジャカルタ―ボロブドゥール（2010年5月1日）</title>
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    <published>2010-05-30T13:43:42Z</published>
    <updated>2010-05-30T13:43:42Z<!--2010-05-30T13:44:38Z--></updated>

    <summary>ジョグジャカルタ―ボロブドゥール ～仏の棲み家へ ベチャから見るジョグジャカルタの風景 暑い中を歩き回ってさすがに疲れたので、宿まではベチャで戻ることにした。 座席が運転台の後ろにある通常のリキシャと...</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
        <uri>http://www.a-daichi.com/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=11&amp;id=1</uri>
    </author>
    
        <category term="エリア別・インドネシア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">ジョグジャカルタ―ボロブドゥール
<span class="f2">～仏の棲み家へ</span></h2>
<p>
<span class="image_r"><img src="image/18jog14.jpg" width="300" height="200" alt="ベチャから見るジョグジャカルタの風景" /><br />
ベチャから見るジョグジャカルタの風景
</span>
暑い中を歩き回ってさすがに疲れたので、宿まではベチャで戻ることにした。<br />
座席が運転台の後ろにある通常のリキシャと違い、インドネシアのベチャは運転台の前に座席が置かれている。前を遮るものが何一つ無いので、車道からの目線で街の風景を一番くっきりと楽しむことができる交通機関はこのベチャに違いない。<br />
但し、料金は1万ルピア単位でかなり吹っかけられる。トランスジョグジャが僅か3000ルピアで済むことを考えるとかなり割高だ。6日間のインドネシア滞在中、私がベチャを利用したのは結局この時を含めて2回だけとなった。
</p>
<p>宿に戻った私は荷物を纏めとてすぐにチェックアウトし、次の場所へと向かうことにした。<br />
その場所は、ジョグジャカルタの北へ40kmほどの地点にある<strong class="akaji">ボロブドゥール</strong>。今でこそイスラムが圧倒的多数で仏教徒は人口の1％ほどしかいないインドネシアだが、かつてはこの国でも仏教が栄えたこともあることを物語る仏教遺跡である。<br />
情報によると、ジョグジャカルタからは街の南にあるギワガン・バスターミナルでボロブドゥール行きのバスに乗ることができるという。ギワガン・バスターミナルならトランスジョグジャで行くことができるので、まずは最寄りのトランスジョグジャ乗り場へと赴いた。<br />
「どこまで行きますか？」<br />
と乗り場の係員に尋ねられたので<br />
「ギワガン・バスターミナルまで」<br />
と答えると<br />
「ギワガンからどちらへ？　ボロブドゥールですか？」<br />
とさらに尋ねられたので「そうです」と答えた。すると、<br />
「ギワガンは街の南側で、ボロブドゥールは北なので、ギワガンから乗るとまた北に戻ることになって時間的にも料金的にもロスが出てしまいますよ。ボロブドゥールに行くのなら、街の北にあるジョンボル・バスターミナルから乗った方が効率的です」<br />
という大変ありがたいアドバイスを頂いた。更にはジョンボル・バスターミナルへ行くための乗り換えポイントとその次に乗るべき路線番号のメモまで書いてもらい、お陰で最適なバスターミナルまで実にスムーズに行くことができた。
<span class="image_l"><img src="image/19to_borobudur01.jpg" width="300" height="200" alt="仏像を彫る店" /><br />
仏像を彫る工房が路線上に見える<br />
<img src="image/20to_borobudur02.jpg" width="300" height="200" alt="道標のようにして立つ小さなストゥーパ" /><br />
道標のようにして立つ小さなストゥーパ（後から撮影）
</span>
</p>
<p>ジョンボルからボロブドゥールへの足は、典型的なオンボロローカルバスだった。途中で何度も停車して客を乗降させながら少しずつボロブドゥールに近づいていく。<br />
<br />
途中から、石の仏像などを彫る工房が沿線に幾つも見られるようになった。仏教の力が弱い国でこうした風景が見えてきたということは、仏の棲み家に近づいている証拠である。<br />
車窓の外はやがて田園風景へと変わり、続いて森を切り開いて道を通したようなものへと変わっていく。そして、道標のようにして立つ小さなストゥーパを通り過ぎた先にボロブドゥールのバスターミナルはあった。</p>
<p>バスを下りるや否や、旅行客が下りてくることを知った客引きたちがどっと押し寄せてくるが、既に泊まる宿を決めていた私は、彼らを振り切り、無視して足を動かす。観光バスが列をなして停車している遺跡公園駐車場前の道を奥へと進み、バスの列が途切れた更に先の場所にあるゲストハウスを一夜の宿に定めた。</p>
<p>ボロブドゥールの村は、旅行客を迎え入れるためにできた村だ。宿や食堂や売店、駐車場やバイク駐輪場など、その役割を満たす最低限のものがあるばかりで面白みは感じられない。<br />
ここへ来たからにはやはり仏教遺跡だ。宿の部屋でほんの少し休んだ後、私は早速観光 <span class="mspg">――</span> 否 <span class="mspg">――</span> 巡礼へと再び表に出た。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ジョグジャカルタ-３（2010年5月1日）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.a-daichi.com/travelogue/2010_1_indonesia/04jog3.html" />
    <id>tag:www.a-daichi.com,2010:/travelogue//11.1113</id>

    <published>2010-05-30T13:40:26Z</published>
    <updated>2010-05-30T13:40:26Z<!--2010-05-30T13:41:36Z--></updated>

    <summary>ジョグジャカルタ-３ ～スルタンの離宮と影絵芝居 ガスン市場 クラトン（王宮）から次の目的地へと移動する間の場所に、ガスン市場があった。地元民が食糧や生活必需品を買うための市場で旅行客が必要とするもの...</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
        <uri>http://www.a-daichi.com/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=11&amp;id=1</uri>
    </author>
    
        <category term="エリア別・インドネシア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ジャワ島（インドネシア）、シンガポール" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">ジョグジャカルタ-３
<span class="f2">～スルタンの離宮と影絵芝居</span></h2>

<p><span class="image_r"><img src="image/14jog10.jpg" width="300" height="200" alt="ガスン市場" /><br />ガスン市場
</span>
クラトン（王宮）から次の目的地へと移動する間の場所に、<strong class="akaji">ガスン市場</strong>があった。地元民が食糧や生活必需品を買うための市場で旅行客が必要とするものは少ないが、その地の人々がどのような暮らしをしているのか、どのようなものを食べているのかなどが垣間見えるので、私は市場を覗くことが結構好きである。インドネシアの市場で目を引いたのはやはりフルーツ。パイナップルやドリアンやココヤシなど、赤道直下ならではのフルーツが山積みになっている。
</p>
<p>市場を抜けて訪れた次の場所は、<strong class="akaji">タマン・サリ</strong>というスルタンの離宮。こちらはほぼ白一色の
ヨーロッパ風建築で、ジャワ文化とヨーロッパ文化が混合した王宮とは趣を異にしている。4年前のジャワ島中部地震で損壊したそうだが、修復が完了したようで、私の見た限りにおいては地震の爪跡は感じられなかった。<br />
「ここは王様家族のプール・・・ここは女官のプールです」<br />
無料でついてくれたガイドが説明する。
<span class="image_l"><img src="image/15jog11.jpg" width="300" height="200" alt="タマン・サリ" /><br />タマン・サリ
</span>
そう。この離宮を特色づけているのは、スルタンや王妃、女官たちの水浴びのために使われていたというプールだ。しっかりと水が入れられていて、当時の様子が再現されている。30度を超す暑さの中、建築物の白壁と澄んだプールの水は一服の清涼感をもたらしてくれている。<br />
建物の中にある小さな部屋にも案内された。同じような部屋が幾つもあるが・・・<br />
「ここには女官が暮らしていました。そこの窓から王様が覗いて、お気に入りの女官を選んでいました」<br />
ということは <span class="mspg">――</span> かなり「ハーレム」の色彩が強い離宮だったようだ。スルタンの華麗なる生活ぶりが垣間見える離宮である（まさか知事をやっている現在のスルタンはこういうことはやっていないだろうが）。
</p>
<p class="mb0">タマン・サリから東へ少しばかりあるくと広場があり、その広場に何かのゲートがある。何だろうと思って近づいてみたところ、先ほど王宮に入場した時にカメラに付けた使用許可の札を見つけた係員が「チケットはありますか？」と尋ねてくる。もしや、と思って王宮のチケットを提示したところ、「どうぞ」と促された。<br />
入った先にあったのは・・・<br />
やはり・・・<br />
先ほど見たばかりのクラトン（王宮）だった。<br />
別に2度入場する必要も無かったのにな <span class="mspg">――</span> と入った直後は思ったのだが、程なくして「このタイミングで入場してよかった」と思わせられる場面に遭遇した。</p>
<div class="ct clearboth">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/16jog12.jpg" width="300" height="200" alt="インドネシア伝統の影絵芝居ワヤン・クリッ" /><br />
インドネシア伝統の影絵芝居ワヤン・クリッ</span>
<span class="image_cr"><img src="image/17jog13.jpg" width="300" height="200" alt="ワヤン・クリッの伴奏" /><br />
ワヤン・クリッの伴奏</span>
</div>
</div>
<p class="below_image_c">
インドネシア伝統の影絵芝居<strong class="akaji">ワヤン・クリッ</strong>だった。伝統楽器の生演奏に乗せて叙事詩「ラーマーヤナ」を題材にした人形芝居の影がスクリーンに映し出されている。「ラーマーヤナ」を題材にした影絵芝居といえば<a href="/travelogue/2007_a_asia8/13phunom_penh03.html">カンボジアのプノンペン</a>で見たことがあるが、手足が動いたりはしないカンボジアのものと比べてこちらは手足の関節の動作まで再現されていて、完成度が一段と高い。<br />
ほんの少し見た程度だったが、意図していなかった再入場で思いがけずインドネシアの伝統の一端に触れることができたのは嬉しい幸運だった。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ジョグジャカルタ-２（2010年5月1日）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.a-daichi.com/travelogue/2010_1_indonesia/03jog2.html" />
    <id>tag:www.a-daichi.com,2010:/travelogue//11.1111</id>

    <published>2010-05-29T11:04:40Z</published>
    <updated>2010-05-29T11:04:40Z<!--2010-05-29T13:31:59Z--></updated>

    <summary>ジョグジャカルタ-２ ～スルタンの住む王宮 2010年5月1日 今日も忙しい一日になりそうだ。まずはしっかり腹ごしらえをしなければ ―― と、起床後早速朝食に出かけた。 ナシチャンプルを売る女性たち ...</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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        <category term="エリア別・インドネシア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ジャワ島（インドネシア）、シンガポール" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">ジョグジャカルタ-２
<span class="f2">～スルタンの住む王宮</span></h2>
<p class="hiduke">2010年5月1日</p>
<p>今日も忙しい一日になりそうだ。まずはしっかり腹ごしらえをしなければ <span class="mspg">――</span> と、起床後早速朝食に出かけた。<br />
<span class="image_l"><img src="image/09jog05.jpg" width="300" height="200" alt="ナシチャンプルを売る女性たち" /><br />
ナシチャンプルを売る女性たち</span>
どこで何にしようか、と考えて歩いているとすぐに屋台が1つ見つかった。料理の入った鍋が幾つも並んでいる向こうに、親子だろうか、お婆さんと中年の女性がいる。お婆さんは左手に持ったバナナの葉の上にまず白飯や粥を載せ、更にその上に客のリクエストに応じて料理を何品か載せていく。インドネシアの庶民の味である混ぜご飯・<strong class="akaji">ナシチャンプル</strong>である。出来上がったナシチャンプルは、娘さん？に手渡され、バナナの葉できれいに包んで客に売られていく。値段は3000ルピア程度だったか。<br />
作り方といい食器といい、一切の無駄を排除したシンプルな料理である。私はこれを朝食にして体にエネルギーを蓄えると、ジョグジャカルタの街中へと繰り出していった。
</p>
<p>ソスロヴィジャヤンあたりはまだ落ち着いていたが、目的の王宮広場に近づくにつれ、まだ7時半と早い時間だというのにオートバイが激しく行き交うようになってきた。<br />
<span class="image_r"><img src="image/10jog06.jpg" width="300" height="200" alt="朝からバイクで賑やかな王宮広場手前の交差点" /><br />
朝からバイクで賑やかな王宮広場手前の交差点<br />
<img src="image/11jog07.jpg" width="300" height="200" alt="王宮広場から見えるクラトン（王宮）" /><br />
王宮広場から見えるクラトン（王宮）</span>
東南アジアでバイクの多い風景といえば<a href="/travelogue/2007_asia_index.html">2007年</a>に訪れた<a href="/travelogue/2007_a_asia8/11phunom_penh01.html">カンボジアのプノンペン</a>や<a href="/travelogue/2007_a_asia8/16saigon01.html">ベトナムのホーチミン（サイゴン）</a>などを思い出すが、それらの街と大きく異なっていたのがヘルメットの着用率だった。プノンペンやホーチミンでは2007年当時、大半のライダーがノーヘルだったのに比べ、ここジョグジャカルタではヘルメットの着用が徹底されていた。中にはヘルメットで自己主張するかのように派手なヘルメットを被っているライダーもいる。<br />
ここ数年で上記の国（特にベトナム）でもヘルメット着用が徹底化されているようである。しかし、インドネシアの「ヘルメット文化」はここ数年で定着したもののようには見えなかったので帰国後調べてみたところ、やはり2006年の時点で既に着用率は9割だったらしい。</p>
<p>昼前にはジョグジャカルタを一旦離れたい。午前のうちに行ける場所には行っておこうと、まずは午前7時からオープンしているという王宮広場北側にある<strong class="akaji">ソノブドヨ博物館</strong>へと行ってみたのだが・・・<br />
「今日は土曜日だからcloseだよ」<br />
と、門番の男性から無情な言葉。しまった。曜日のことをすっかり忘れていた。目の前にある<strong class="akaji">クラトン</strong>（<strong class="akaji">王宮</strong>）は土曜日もオープンするらしいが、開場時間は8時半と、まだ1時間もある。時間を無駄にするまいと早めに出たというのに、逆に1時間という長い時間を無駄に過ごす羽目になってしまった。</p>
<p class="mb0">8時半、ようやく王宮が開場。既に社会見学に来た地元の子どもたちをはじめ大勢の訪問客が並んでいた。<br />
ジョグジャカルタ王宮は、マタラム王国がジョグジャカルタとスラカルタに分裂した直後の1756年に建造されたもので、歴代スルタンが居住し、現在でもジョグジャカルタ州知事の任にあるハメンクブウォノ10世がここに暮らしている。昨日空の上からも見たジャワ様式の瓦屋根を載せている一方でヨーロッパの建築様式も採り入れられているが、異なる文化がうまい具合に融合していて特に違和感は無い。瓦屋根に白壁という外観は一見すると質実とした印象を覚えるが、柱や屋根裏に金の装飾がなされていたりして絢爛さもちりばめられている。</p>
<div class="ct clearboth">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/12jog08.jpg" width="300" height="200" alt="王宮入り口" /><br />
王宮入り口</span>
<span class="image_cr"><img src="image/13jog09.jpg" width="300" height="200" alt="王宮内部" /><br />
王宮内部</span>
</div>
</div>
<p class="below_image_c">
入り口手前の中庭には伝統楽器の展示があり、内部の公開されている部分は博物館になっていて歴代スルタンの肖像や生活用品、調度品、伝統芸能の道具などが展示されている。ジョグジャカルタの歴史と文化を垣間見ることができる展示だったが、社会見学に来た大勢の子どもたちとかち合ってしまい余り落ち着いて見ることができなかった。
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ジョグジャカルタ-１（2010年4月30日）</title>
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    <published>2010-05-22T14:20:51Z</published>
    <updated>2010-05-22T14:20:51Z<!--2010-05-22T14:29:27Z--></updated>

    <summary>ジョグジャカルタ-１ ～赤屋根の街 着陸直前の機内から眼下に見えたのは、赤茶けた瓦屋根が建ち並ぶ町並みだった。一軒家ばかりではない。マンションのようなビルディングに赤屋根を載せているものもある。 これ...</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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        <![CDATA[<h2 class="midashi">ジョグジャカルタ-１
<span class="f2">～赤屋根の街</span></h2>
<p>着陸直前の機内から眼下に見えたのは、赤茶けた瓦屋根が建ち並ぶ町並みだった。一軒家ばかりではない。マンションのようなビルディングに赤屋根を載せているものもある。<br />
これがジャワの、ジョグジャカルタの風景だ。着陸したジョグジャカルタ空港のターミナルビルまでもが赤屋根を載せている。
<span class="image_l"><img src="image/05jog01.jpg" width="300" height="200" alt="トランスジョグジャ" /><br />
トランスジョグジャ</span>
</p>
<p>空港から市内までは<strong class="akaji">トランスジョグジャ</strong>という路線バスを利用した。路線バスとは言っても、このトランスジョグジャは普通の路線バスとは少し違う。まず、車体が最新式で、中は適度にエアコンが効いている。次に、東西南北とも郊外の方まで路線が延びていて、運行範囲が広い。また、バス停は列車のような改札口＋プラットホームになっているのも特徴的だ。路線は全部で6つあるが、乗り換えポイントのバス停で下車してそのままプラットホームで待っていれば追加料金なしで別路線に乗り継ぐことができる。そして料金は、どこまで行こうと何路線乗り継ごうと3000ルピア（約30円）である。バス停間が長い快速路線なので乗降できる場所は少ないが、空港、バスターミナル、観光名所、市内といった要所を結んでいるので、これを乗りこなせばジョグジャカルタを効率よく巡ることができる。（<a href="image/transjogja_map.jpg" rel="lightbox">路線図はこちら</a>）</p>
<p class="mb0">鉄道の下をくぐり、マリオボロ通りに入ってすぐのバス停で下車するとすぐそこに、目指す安宿街<strong class="akaji">ソスロヴィジャヤン通り</strong>がある。東京の自宅からまる1日がかりの移動がここでやっと終わった。</p>
<div class="ct clearboth">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/06jog02.jpg" width="300" height="200" alt="ソスロヴィジャヤン通り" /><br />
ソスロヴィジャヤン通り</span>
<span class="image_cr"><img src="image/07jog03.jpg" width="300" height="200" alt="ソスロヴィジャヤン通り" /><br />
客待ちをしているベチャの運転手たち</span>
</div>
</div>
<p class="below_image_c mb0">
安宿街とは言っても、同じ東南アジアであるタイ・バンコクのカオサン通りやベトナム・ホーチミンシティ（サイゴン）のデタム通りのような国際色豊かな賑わいと比べると少し寂しい。どちらかと言うとごく普通のインドネシアの民家街に外国人が紛れ込んできたというような印象である。脇道に入るとレストランや宿よりも地元民の民家と、子どもたちが遊ぶ広場の方が印象に残る程だ。
<span class="image_r"><img src="image/08jog04.jpg" width="300" height="200" alt="子どもたちが遊ぶ脇道沿いの広場" /><br />
子どもたちが遊ぶ脇道沿いの広場</span>
道端には屋台よりも<strong class="akaji">ベチャ</strong>（リキシャ。ベトナムのシクロと同じように座席が自転車の前部に設置されている）の運転手たちが、客が少ないからなのか暑いからなのか、気だるそうな様子で客待ちをしている姿の方が目立つ。<br />
ベチャの需要と供給のアンバランスぶりを見ていると、普段は今よりもう少し旅人が多いのかもしれないな、とも思われた。
</p>
<p>この日はもう時間も遅かったし、移動疲れもあったので、この界隈で数日後のエンターテイメントショーの予約をしたり、近くにあるトゥグ駅に行ってジャカルタへ戻る列車のチケットを買ったり、レストランでチャプチャイ（インドネシア風野菜炒め）をつまみにビールを飲んだりした後は、宿で扇風機を回して涼を取りながらゆっくりと翌日に備えた。<br />
明日は明日で、短距離ながらまた移動が待っているのである。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>シンガポール－ジャカルタ（2010年4月30日）</title>
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    <published>2010-05-16T12:37:31Z</published>
    <updated>2010-05-16T12:37:31Z<!--2010-05-29T11:12:50Z--></updated>

    <summary>シンガポール－ジャカルタ ～乗り継ぎ、また乗り継ぎ 2010年4月30日 夜も更け切った午前1時すぎ・・・ 前日夕方成田を出発したシンガポール航空便はシンガポール・チャンギ空港に到着した。普段は賑やか...</summary>
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        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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        <![CDATA[<h2 class="midashi">シンガポール－ジャカルタ
<span class="f2">～乗り継ぎ、また乗り継ぎ</span></h2>
<p class="hiduke">2010年4月30日</p>
<p>夜も更け切った午前1時すぎ・・・<br />
前日夕方成田を出発したシンガポール航空便はシンガポール・チャンギ空港に到着した。普段は賑やかであろうこの空港も、時間が時間だけに人も少なく、ややひっそりとしている。
</p>
<p class="mb0">しかし、今回の目的地はここではない。更に国際線を乗り継ぐ必要があるが、その出発時間は午前7時50分 <span class="mspg">――</span> となると、入国はせずにそのまま空港内で待機していた方が得策だ。無料のインターネットサービス（日本語は使用できない）を利用したりバーでビールを飲んだりもしたが、やはり体内時計に逆らうことなくソファで軽く仮眠をとることに大部分の時間を費やした。<br />
これまで経験の無かった空港で一夜を過ごすということに出発前は一抹の不安を感じていたが、ここの空港は平穏・安全そのもので安心して休むことができた。</p>
<div class="ct clearboth">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/01changi1.jpg" width="300" height="200" alt="夜のチャンギ空港" /><br />
夜のチャンギ空港</span>
<span class="image_cr"><img src="image/02changi2.jpg" width="300" height="200" alt="夜のチャンギ空港" /><br />
人も少なく、ひっそりとしている</span>
</div>
</div>
<p class="below_image_c mb0">
午前6時。利用客が増え、場内アナウンスも頻繁に聞こえるようになる。東南アジアのハブ空港がようやくお目覚めだ。私はもう少しだけ休んだ後、乗り継ぎのゲートへと向かった。</p>
<p>乗り継ぎ便の行き先は、<strong class="akaji">インドネシア</strong>の首都<strong class="akaji">ジャカルタ</strong>。国際線とはいえ、ものの1時間半で着いてしまう近距離である。よく晴れた窓の下に海と、その上に浮かぶリアウ諸島やスマトラ島を眺めているうちに、8時半、ジャカルタのスカルノ・ハッタ空港に到着した。<br />
アライバルビザを取得し、入国審査を経てインドネシアに入国。しかし私は空港の外には出ず、今度は国内線のチェックインカウンターへと向かった。今回の一番の目当ては、ジャカルタではなく他の街にあったのである。<br />
その街へ向かう便のチケットは、オンラインで予約してあった。ただ出発時間について、ガルーダ航空の便で到着時刻に一番近いのは10時発、その次の便は13時20分発と結構開きがある。10時発の便となると、到着から出発まで僅か1時間半。万一遅延があったりした場合確実に乗り遅れてしまう。そこで私は安全策をとって13時20分発の便を予約しておいたのだが、実際に来てみると、9時前には到着ゲートをくぐることができた。<br />
<span class="image_l"><img src="image/03cgk1.jpg" width="300" height="200" alt="スカルノ・ハッタ空港内" /><br />
スカルノ・ハッタ空港で出発時間を待つ地元女性たち</span>
［10時の便に変えてもらうことはできないかな？］<br />
淡い期待を抱いてチェックインカウンターに行って尋ねてみたが、残念ながらエコノミークラスは既に満席。予定通り13時20分発の便でチェックイン手続きを済ませ、それまでの間はまたも空港内で時間を潰すことにした。</p>
<p> スカルノ・ハッタ空港は首都空港としては規模も小さく、先ほどまでいたシンガポール・チャンギ空港と比べてしまえば貧相だが、そこここにインドネシアの伝統がちりばめられていて、ただ近代的なだけな空港とは違った趣がある。<br />
  待合ホールの一角に目をやると、何かの女性団体だろうか、大勢のインドネシア人女性たちが床に座り込んで（ベンチが余りに少ないのだ）案内アナウンスを待っている。彼女たちは一様に、長袖長ズボン、そしてジルバブと呼ばれる頭巾といういでたちだ。露出しているのは顔と腕の手首から先と足の甲だけ <span class="mspg">――</span> そう。ここインドネシアは女性の肌の露出を厳しく制限するイスラム教が強い国なのである。これもまたインドネシア文化ということなのだが、この暑い国でこのような服装を強いられるのは少々気の毒な気もする。
</p>
<p>ベンチで休んでいると、隣にいた男性が英語で話しかけてきた。<br />
<span class="image_r"><img src="image/04cgk2.jpg" width="300" height="200" alt="ナシゴレン" /><br />
インドネシアでの第一食ナシ・ゴレン</span>
「どちらからですか？」「日本からです」<br />
「これからどちらへ？」「ジョグジャカルタへ」<br />
「ボロブドゥールへ？」「はい！　ボロブドゥールが一番の目的です」<br />
などと話を交わす中で、ふと現地の人に尋ねてみたいことが頭に浮かんだ。<br />
「お勧めのインドネシア料理は何ですか？」<br />
「そうだね <span class="mspg">――</span> ナシ・ゴレン（インドネシア風焼き飯）とか、ミー・バッソとか、イカン・バカール（魚の丸焼き）もいいですね」<br />
取りとめの無い会話だったが、フレンドリーな物腰で、インドネシア人に対する好印象を私に抱かせてくれた。<br />
その会話が終わって時計を見ると12時。お昼時である。近くのカフェテリアで、先ほど話の中に出てきたナシ・ゴレンを早速注文してみた。小エビやシラスなど海の幸がふんだんに使われていて、口の中に入れると海の香りが広がってくる。海洋国インドネシアならではの味だ。</p>
<p>食事をしている間にちょうどいい時間になった。私はジョグジャカルタ行きのガルーダ便に乗り込み、三たび機上の人となって空へと舞い上がった。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>リマ-５（2009年9月26日）</title>
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    <id>tag:www.a-daichi.com,2010:/travelogue//11.1097</id>

    <published>2010-04-26T14:13:52Z</published>
    <updated>2010-04-26T14:13:52Z<!--2010-04-26T14:16:50Z--></updated>

    <summary>リマ-５ ～キリスト教への複雑な思い 残り時間が僅かとなった。私はタクシーでセントロに戻り、行き残した場所を足早に回った。 真っ先に訪れたのが、ボリバール広場のそばにあるラ・インキシシオン。日本語では...</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
        <uri>http://www.a-daichi.com/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=11&amp;id=1</uri>
    </author>
    
        <category term="エリア別・ペルー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ペルー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">リマ-５
<span class="f2">～キリスト教への複雑な思い</span></h2>

<p>残り時間が僅かとなった。私はタクシーでセントロに戻り、行き残した場所を足早に回った。</p>
<p class="mb0">真っ先に訪れたのが、ボリバール広場のそばにある<strong class="akaji">ラ・インキシシオン</strong>。日本語では「<strong class="akaji">宗教裁判所博物館</strong>」という。その名の通り、かつてペルーで征服者スペインのキリスト教勢力が行った異教徒弾圧の様子を伝える施設だ。</p>
<div class="ct clearboth">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/lima14.jpg" width="300" height="200" alt="拷問の様子を再現したラ・インキシシオンの展示" /><br />
拷問の様子を再現したラ・インキシシオンの展示</span>
<span class="image_cr"><img src="image/lima15.jpg" width="300" height="200" alt="拷問用具" /><br />
当時使われた拷問用具の数々</span>
</div>
</div>
<p class="below_image_c mb0">
蝋人形で再現されていたのは、裁判と言うよりは拷問の情景だった。一度に大勢を拘束できるような巨大な足かせに繋がれた者、天井から吊り下げられた者、両手足を縛られてテーブルの上に寝かされた者、無理矢理水を口の中に注がれる者 <span class="mspg">――</span> 見ていて気分が悪くなってくる。最後には実際に使われていた拷問用具が展示されており、先ほどの蝋人形の展示に重ねて思い浮かべると生々しさが増幅される。中国共産党がチベット人に対して行っている拷問もこのようなものなのだろうか。<br />
<span class="image_l"><img src="image/lima16.jpg" width="300" height="200" alt="サン・フランシスコ教会" /><br />
サン・フランシスコ教会
</span>
イエス・キリストの教えそのものは慈愛に満ちたものだったはずなのに、なぜその教えを受け継ぐ者たちがこのような愚行に走ったのか <span class="mspg">――</span> これこそが、私がキリスト教に惹き付けられなかった最大の理由だ。宗教の名の下に侵略を繰り返し、果てはキリスト教内部で内ゲバと言っていい宗教戦争まで引き起こしている。<br />
現在ではそのような愚行も行われなくなり、キリスト教は純粋に素晴らしい宗教として存在しているが、その血塗られた過去の歴史に、私はどうしてもシンパシーを感じ得ないのである。
</p>
<p>その後<strong class="akaji">サン・フランシスコ教会</strong>の前まで足を進めたが、元よりこの地に建つキリスト教会に「征服の象徴」という不愉快さを感じていた上に、あのような展示を見た後ではどうしても感動を覚えることができず、敷地内には入ったもののとうとう建物内部には入ることができなかった。<br />
これがキリスト教発祥の地であるヨーロッパなら、もっと素直に感動することができたのだろうが・・・。
</p>
<p>アルマス広場に出てみると、<strong class="akaji">ペルー政庁</strong>に面した一角に人だかりができていた。見ると、鉄柵の向こう側にある政庁前の広場で<strong class="akaji">衛兵交代式</strong>が行われている。<br />
<span class="image_r"><img src="image/lima17.jpg" width="300" height="200" alt="ペルー政庁で行われていた衛兵交代式" /><br />
ペルー政庁で行われていた衛兵交代式
</span>
衛兵交代式と言えばイギリスのバッキンガム宮殿のものが有名だが、王国であるスペインのマドリードでも行われているという。これもまた、ペルーのヨーロッパ化の象徴なのかもしれない。</p>
<p>リマを経つのは夜遅くになる。その前に腹ごしらえをした方がよさそうだった。宿の近くに安そうな食堂があり、夜はここでと目を付けていたのだが・・・<br />
<span class="mspg">――</span> 閉店済み。<br />
仕方なくラ・ウニオン通りの入り口にあるファストフード店で安上がりに済ませたが <span class="mspg">――</span> ペルー最後の晩餐がこれかと思うと何とも侘びしい。</p>
<p>そして、帰国の時となる。帰りは行きより遠回りのニューヨーク経由でLANペルー航空、アメリカン航空と乗り継いで、1日がかりで成田に舞い戻った。</p>
<p>ペルーに期待していたのはマチュピチュやナスカ・ラインなど土着の文化、今も昔も変わらぬ自然の姿だった。それは確かに楽しめたし、私を十分に感動させてくれた。<br />
しかし、実際に巡ってみて目にしたのは、ペルー伝統の情景が4、ヨーロッパ的情景が6ぐらいの印象で、スペインによる征服に憤りを覚えたこともしばしばあった。<br />
街はヨーロッパ化され、人々は土着の人々とヒスパニックが混在している。言葉は完全にスペイン語だ。</p>
<p>ふと、と言うよりは当然のように、中国共産党に支配・抑圧され、中国化が推し進められている、私が支援するチベットのことに心が向いた。</p>
<p id="last">チベットには、ペルーと同じ轍を踏んでほしくない・・・</p>
<div id="kan"><img src="../image/kan.gif" width="111" height="42" alt="＜完＞" /></div>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>リマ-４（2009年9月26日）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.a-daichi.com/travelogue/2009_1_peru/22lima4.html" />
    <id>tag:www.a-daichi.com,2010:/travelogue//11.1096</id>

    <published>2010-04-25T14:15:28Z</published>
    <updated>2010-04-25T14:15:28Z<!--2010-04-25T16:17:34Z--></updated>

    <summary>リマ-４ ～博物館巡り 2009年9月26日 ラファエル・ラルコ・エレラ博物館 セックスを題材とした土器の数々（自主規制） 旅の最終日。リマで行き残した場所を一日かけて巡る。 同じ宿の日本人男性2人と...</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
        <uri>http://www.a-daichi.com/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=11&amp;id=1</uri>
    </author>
    
        <category term="エリア別・ペルー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ペルー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">リマ-４
<span class="f2">～博物館巡り</span></h2>
<p class="hiduke">2009年9月26日</p>

<p>
<span class="image_r"><img src="image/lima09.jpg" width="300" height="200" alt="ラファエル・ラルコ・エレラ博物館" /><br />
ラファエル・ラルコ・エレラ博物館<br />
<img src="image/lima10.jpg" width="300" height="200" alt="セックスを題材とした土器" /><br />
セックスを題材とした土器の数々（自主規制）
</span>
旅の最終日。リマで行き残した場所を一日かけて巡る。</p>
<p>同じ宿の日本人男性2人と、セントロから市バスで西へ。カトリカ大学で1人が知り合いの日本人留学生に会いに行き、そこからは残る1人と博物館巡りをした。</p>
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最初に訪れたのは<strong class="akaji">ラファエル・ラルコ・エレラ博物館</strong>。スペイン人の古代ペルー研究家ラファエル・ラルコが収集した土器、装身具、日用品などの出土品が展示されている。古代ペルーの成熟した文明レベルがいか程のものか、展示品を見ているだけでも感じ取ることができる。<br />
展示室だけでなく倉庫も公開されていたが、こちらもテーマ毎に整理されて、おびただしい数の出土品が置かれていた。こちらは質よりも量の方に圧倒される。<br />
展示室がもう一つあった。こちらにはセックスを題材とした土器ばかりを集めて展示していた。見ていて面白いのは確かなのだが、なぜこのような題材を殊更に集めて展示しているのか、その意図は理解に苦しむ。
</p>
<p class="mb0">ラファエル・ラルコ・エレラ博物館から今度は<strong class="akaji">国立人類学考古学歴史博物館</strong>へと向かう。この2つの博物館の間は歩いて行くことができる距離で、セットで参観する来訪者が多いためか、道に引かれた青いラインを辿って行けば次の目的地に着くことができる仕組みになっている。<br />
土器の量が際立った先ほどの博物館と比べ、こちらは土器、装身具、日用品のほか遺構の一部、当時の建築物のミニチュア、結び目で数を記録したキープなど、よりバランスの取れた内容になっている。スペインによる征服の様子を伝える展示もあったが、征服を賛美する内容にはなっていない。</p>
<div class="ct clearboth">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/lima11.jpg" width="300" height="200" alt="国立人類学考古学歴史博物館の展示" /><br />
国立人類学考古学歴史博物館の展示</span>
<span class="image_cr"><img src="image/lima12.jpg" width="300" height="200" alt="スペインによる征服の様子を伝える展示" /><br />
スペインによる征服の様子を伝える展示</span>
</div>
</div>
<p class="below_image_c mb0">
その後、連れの日本人男性は<strong class="akaji">国立博物館</strong>へと向かったが、私は他にどうしても行きたい場所があったので、ここからは別行動となった。<br />
その場所とは、<strong class="akaji">日本人移住史資料館</strong>だった。<br />
<span class="image_l"><img src="image/lima13.jpg" width="300" height="200" alt="ワカ・ワヤマルカ" /><br />
ワカ・ワヤマルカ
</span>
<a href="02lima1.html">以前</a>にも書いたように、ペルーには19世紀末から多くの日本人移民が渡ってきた。彼らのペルーでの生活がどのようなものだったか、日本人として知りたかったのである。<br />
1時間歩いて日本ペルー文化会館内部にある同資料館に到着したが <span class="mspg">――</span> この日は休館日だった。残念ながら、この地に渡ってきた先人たちの生活ぶりを知ることはできなかった。</p>
<p>そこから歩いて30分ほどの場所にあるリマ文化時代の遺跡ワカ・ワヤマルカを訪れるが、<a href="03lima2.html">先日</a>訪れたワカ・プクヤーナによく似ていて、しかも規模はそれよりも小さいように思われた。ここは外から見ただけでよしとし、タクシーを拾って閉館時間が近い次の場所へと向かった。</p>]]>
        
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    <title>リマ-３（2009年9月25日）</title>
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    <published>2010-04-18T14:33:54Z</published>
    <updated>2010-04-18T14:33:54Z<!--2010-04-18T15:10:59Z--></updated>

    <summary>リマ-３ ～犯罪にはご注意 2009年9月25日 前日の興奮冷めやらぬ中、この日は昼以降の時間のほぼ全てをリマへの移動に費やす。 リマに着く頃には辺りは既に真っ暗になっていた。バスは中心街からかなり離...</summary>
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        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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        <category term="エリア別・ペルー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ペルー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<h2 class="midashi">リマ-３
<span class="f2">～犯罪にはご注意</span></h2>
<p class="hiduke">2009年9月25日</p>
<p>前日の興奮冷めやらぬ中、この日は昼以降の時間のほぼ全てをリマへの移動に費やす。</p>
<p>リマに着く頃には辺りは既に真っ暗になっていた。バスは中心街からかなり離れたバスターミナルに到着したので、ここから先はタクシーを利用することにした。<br />
客待ちをしている一人の運転手について行こうとすると、ネームプレートをつけた正規の運転手とおぼしき男がその運転手に二言三言声をかけると、運転手は脱兎の如く逃げ出して車に乗り込み、急発進して立ち去って行った。どうやら違法な白タクだったようである。<br />
結局、ネームプレートをつけたその男性の車で街中まで出ることにしたが、<br />
［このドラ―バーも実は白タクだった、ということはないだろうな・・・］<br />
と、一応用心してみる。しかし、法外な値段を要求されることも目的地とは別の方向に連れて行かれることもなく、無事目的地に到着することができた。
<span class="image_r"><img src="image/lima08.jpg" width="300" height="200" alt="リマのアルマス広場とカテドラル" /><br />
リマのアルマス広場とカテドラル
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</p>
<p>先日リマに1泊だけした時は新市街のミラ・フローレンスに宿泊したが、今回はリマの別の顔を求めて旧市街のセントロに泊まることにした。<strong class="akaji">カテドラル</strong>と対をなしている<strong class="akaji">アルマス広場</strong>で下車し、その近くにある宿沖縄に入る。<br />
クスコ、プーノ、ナスカ、そして先日通過しただけのアレキパいずれにも、カテドラルとセットになったアルマス広場があった。リマのものはその元祖である。征服者スペイン人はいずれの都市でも、アルマス広場とカテドラルを中心とした街づくりをしていたのだ。</p>
<p>宿沖縄はその名から分かるように日本人宿だ。この時も大勢の日本人バックパッカーが集まっていた。<br />
その中の一人である青年がこんなことを言う。<br />
「リマック川の向こうの闘牛場あたりで <span class="mspg">――</span> <strong class="akaji">首絞め強盗</strong>に遭いました」<br />
ペルーは治安に注意すべき国だが、その中でも首絞め強盗は特に悪質な犯罪である。また、闘牛場、サン・クリストバルの丘などがあるリマック川北側は特に注意すべき場所なのだ。<br />
「よく無事でしたね。何か盗られましたか？」<br />
話を聞いていた一人が尋ねたところ、<br />
「いえ、全てを守り切りました！」<br />
それなら何よりだが <span class="mspg">――</span> 彼のように全てを守り抜けることができるたのは極めて稀なケースだろう。首絞め強盗は生命すら危機にさらされるので、特に注意が必要だ。
</p>
<p>
あ・・・<br />
そういえば、犯罪に巻き込まれるというと・・・<br />
身に覚えが・・・
</p>
<p>皆に注意を喚起しようと、私は自分の経験を話した。<br />
「僕は <span class="mspg">――</span> 偽札掴まされました」<br />
首絞め強盗に比べれば命にはかかわらないものの、これも注意を払うべき犯罪である。皆強い関心を示してきたので、<a href="18to_nazca.html">先日</a>旅行社の職員に教えられた見分け方を伝授した。</p>
<p>日本のように治安がいい国の方が稀なのである。分かり切ったことかもしれないが、海外に行く時には、犯罪だけにはくれぐれもご注意を。</p>]]>
        
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