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    <title>世界への旅（旅行記）【憧れの大地へ】</title>
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    <updated>2011-12-27T03:14:10Z</updated>
    <subtitle>チベット、ネパール、インド、パキスタン、シンガポール、タイ、カンボジア、ベトナム、ラオス、中国を巡ったアジア周遊の旅や香港、マカオ、韓国、エジプト、東トルキスタン（ウイグル）、南北モンゴル、ペルーなどの旅行記です。</subtitle>
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    <title>初のヨーロッパ訪問を終えて</title>
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    <published>2011-09-04T13:56:09Z</published>
    <updated>2011-09-04T13:56:09Z<!--2011-12-27T03:14:10Z--></updated>

    <summary>さて、今回の旅は私にとって初のヨーロッパ訪問となった。これまで私の旅先は殆どがアジアだったが、別にヨーロッパが嫌いな訳ではない。確かに、仏教に対するシンパシーに比べてキリスト教に対するシンパシーは高くなく、近代帝国主義時代の侵略行為には一言も二言も百言も言いたいくらいだが、古代から続く洗練された文化には高い憧憬の念すら抱いていた。その代表が、ギリシャのパルテノン神殿だった。工事中の現場は確かに興ざめではあったが、それでもヨーロッパの一番古い時代に花開いた高度な文明に触れられたことは間違いなく感慨深いものがあった。では、初めて訪れたヨーロッパにはさぞ新鮮な思いを抱いたことだろう、と聞かれると・・・実は、そうでもないのである。むしろ、デジャヴみたいなものすら感じていたのだ。</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
        <uri>http://www.a-daichi.com/mt5/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=11&amp;id=1</uri>
    </author>
    
        <category term="エリア別・ギリシャ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ギリシャ、カタール、香港" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<h2 class="midashi">初のヨーロッパ訪問を終えて</h2>

<p>さて、今回の旅は私にとって初のヨーロッパ訪問となった。</p>

<p>これまで私の旅先は殆どがアジアだったが、別にヨーロッパが嫌いな訳ではない。確かに、仏教に対するシンパシーに比べてキリスト教に対するシンパシーは高くなく、近代帝国主義時代の侵略行為には一言も二言も百言も言いたいくらいだが、古代から続く洗練された文化には高い憧憬の念すら抱いていた。<br />
その代表が、ギリシャのパルテノン神殿だった。工事中の現場は確かに興ざめではあったが、それでもヨーロッパの一番古い時代に花開いた高度な文明に触れられたことは間違いなく感慨深いものがあった。<br />
今回の旅行記が、10日の日程で<strong>ページ数32ページ、写真148枚</strong>にもなったことが、私がギリシャから受けたインパクトを物語っている。</p>

<p>では、初めて訪れたヨーロッパにはさぞ新鮮な思いを抱いたことだろう、と聞かれると・・・</p>

<p><strong>実は、そうでもないのである。</strong></p>

<p>むしろ、デジャヴみたいなものすら感じていたのだ。</p>

<p>その理由の一つが、<a href="/travelogue/2004_1_macau/07macau1.html">マカオを訪れたことがある</a>ということだ。<br />
マカオはほんの十数年前までポルトガルの占領下にあり、今でも街の様子はヨーロッパの色彩が強く、街中ではポルトガル語が飛び交っている。私のイメージにある&#8220;ヨーロッパの色彩&#8221;は、ギリシャよりもむしろマカオで強烈に感じられたぐらいだ。<br />
即ち、<strong>ヨーロッパ訪問は初でもヨーロッパの町並みは初めてではなかった</strong>、ということなのだ。</p>

<p>もう一つ、特に都会で言えることなのだが、今ではヨーロッパでもアジアでも、世界中どこでも似たようなビルディングが建ち並ぶようになり、似たような風景になりつつある。つまり、<strong>全世界的に都会の風景が均質化している</strong>、ということを感じたのである。特にアテネの街中は、パルテノン神殿等の遺跡が見えなければ世界のどこにでもあるような街だった。今回の旅で、古い時代の趣が残る<a href="/travelogue/2011_1_greece/13hania.html">ハニア</a>に来てようやく心の底から&#8220;ヨーロッパ&#8221;を感じたのだが、それは即ちそういうことが原因だったのだろう。</p>

<p>そして、アジアとヨーロッパとの大きな違いの一つに民族や言語、ということが挙げられるだろうが・・・</p>

<p><strong>それは私にとって、さしたる問題ではなかった。</strong></p>

<p>今時西洋人の姿は世界中どこに行っても見ることができる。その地におけるその比率が高いというだけの話だ。それに、観光地に行ってしまえば街中と比べて多国籍になるのも全世界共通であるし、英語が少々でもできれば大抵何とかなるので、その意味でも他の国と比べて違和感は全く感じられない。</p>

<p id="last">どこに行こうと、&#8220;人間が住む場所&#8221;という意味では<br />
どこも一緒なのだ。</p>

<p>はっきりそう思えるようになったことが、今回の旅での一番の収穫だったと言えるだろう。</p>

<p class="rt f2">今度こそ本当に<img src="/travelogue/image/kan.gif" alt="完" width="111" height="42" /></p>]]>
        <![CDATA[<p>last_entry</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>香港-３（2011年5月8日）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.a-daichi.com/travelogue/2011_1_greece/32hk3.html" />
    <id>tag:www.a-daichi.com,2011:/travelogue//11.1239</id>

    <published>2011-08-28T12:46:11Z</published>
    <updated>2011-08-28T12:46:11Z<!--2011-08-28T12:49:25Z--></updated>

    <summary>旅の最終日。朝早くから外に出るが、日曜の早い時間だからかネイザン・ロードも人はいつもよりまばらだ。ネイザン・ロード界隈をぶらぶら歩き、手頃な食堂で朝食にワンタンラーメンを頂き、尖沙咀（チムシャツォイ）プロムナードに出てスターフェリーに乗船し、中環（セントラル）へ ―― やはり全くのワンパターンな行動になってしまっている。初めは、中環から香港島南側の香港仔へ行こうと思っていたのだが、どこからバスに乗ればいいかが分からず、無駄に時間ばかりが過ぎていく。日本へ戻る便は14時30分発。ギリシャを経った時のように搭乗時間を気にするのはもう御免だ ―― 既に2度も行ったことのある場所なので、香港仔はあっさり諦めて中環近くをぶらぶらすることにした。

時間を考えると、行ける場所は灣仔（ワンチャイ）ぐらいまでだが ―― そう言えば、スターフェリーは尖沙咀からは中環と灣仔に出ているけれど、ここのところ中環行きばかりで、灣仔方面の船には11年前に乗ったきりだな・・・ということで、灣仔からのスターフェリーに乗ることを目標に、私は東へと針路をとった。</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
        <uri>http://www.a-daichi.com/mt5/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=11&amp;id=1</uri>
    </author>
    
        <category term="エリア別・香港" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ギリシャ、カタール、香港" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<h2 class="midashi">香港-３
<span class="f2">～旅の終わりはアジアで</span></h2>
<p class="hiduke">2011年5月8日</p>
<p>
<span class="image_r">
<img src="image/145hongkong12.jpg" width="300" height="200" alt="日曜朝のネイザン・ロード" /><br />
日曜朝のネイザン・ロード</span>
旅の最終日。朝早くから外に出るが、日曜の早い時間だからかネイザン・ロードも人はいつもよりまばらだ。<br />
ネイザン・ロード界隈をぶらぶら歩き、手頃な食堂で朝食にワンタンラーメンを頂き、尖沙咀（チムシャツォイ）プロムナードに出てスターフェリーに乗船し、中環（セントラル）へ <span class="mspg">――</span> やはり全くのワンパターンな行動になってしまっている。</p>
<p>初めは、中環から香港島南側の香港仔へ行こうと思っていたのだが、どこからバスに乗ればいいかが分からず、無駄に時間ばかりが過ぎていく。<br />
日本へ戻る便は14時30分発。<a href="/travelogue/2011_1_greece/29korinthos.html">ギリシャを経った時</a>のように搭乗時間を気にするのはもう御免だ <span class="mspg">――</span> 既に2度も行ったことのある場所なので、香港仔はあっさり諦めて中環近くをぶらぶらすることにした。</p>
<p class="mb0">時間を考えると、行ける場所は灣仔（ワンチャイ）ぐらいまでだが <span class="mspg">――</span> そう言えば、スターフェリーは尖沙咀からは中環と灣仔に出ているけれど、ここのところ中環行きばかりで、灣仔方面の船には<a href="/travelogue/2000_1_hongkong/06hongkong6.html">11年前</a>に乗ったきりだな・・・<br />
ということで、灣仔からのスターフェリーに乗ることを目標に、私は東へと針路をとった。</p>
<div class="ct">
<div class="image_c" style="width:512px;">
<span class="image_cl"><img src="image/146hongkong13.jpg" width="300" height="200" alt="香港会展中心" /><br />
香港会展中心（スターフェリーから撮影）</span>
<span class="image_cr"><img src="image/147hongkong14.jpg" width="200" height="200" alt="香港会展中心のモニュメント" /><br />
会展中心のモニュメント</span></div>
</div>
<p class="below_image_c">なるべく海沿いになるようにコース取りして歩いていると、<strong class="akaji">会展中心</strong>に辿り着いた。対岸の九龍やスターフェリーからはしょちゅう見ていた建物だが、間近に見るのはこれが初めてだった。<br />
<span class="image_l">
<img src="image/148hongkong15.jpg" width="300" height="200" alt="会展中心から見た対岸の九龍" /><br />
会展中心から見た対岸の九龍</span>
しかし、これだけ大きな建物となると間近に見ても余りピンとこない。やはり遠目に見るのが面白い建物だ。その場にいた他の観光客もほぼ全員が、建物そのものよりも専らモニュメントや対岸の九龍の景色に熱中していた。
</p>
<p>
そろそろいい時間になってきた。私は会展中心にほど近い場所にあるスターフェリー乗り場に移動して乗船。九龍に戻って宿を引き払い、帰国便の待つ空港へと向かった。
</p>
<p>乗り継ぎのためのごく短時間の滞在だったとはいえ、もう少し考えてから香港巡りをすればよかった。会展中心以外はものの見事にこれまで訪れたことのある場所ばかりとなってしまった。<br />
香港にはまた確実に来ることになる。その時こそ、新たな場所を開拓しよう。
</p>
<p class="ct">※　　　　　　　　　　　　　　　　　※　　　　　　　　　　　　　　　　　※</p>

<p>最後はいつものアジアになったが、今回の旅は何と言っても初のヨーロッパとなったギリシャである。<br />
  初ヨーロッパの感想はまた別ページに纏めることにするが、幾つかここで書くとすれば、ヨーロッパも確かに良かったが、物価がやはりアジアに比べると高いこと、それも含めて、やはり自分にはどちらかと言えばアジアの方が性に合っているかな、ということを感じた。</p>
<p>実は、次の旅の行先はもう決まっている。</p>
<p id="last">次はまた、アジアに回帰だ。</p>
<p class="rt f2">取りあえず<img src="/travelogue/image/kan.gif" width="111" height="42" alt="完" /></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>香港-２（2011年5月7日）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.a-daichi.com/travelogue/2011_1_greece/31hk2.html" />
    <id>tag:www.a-daichi.com,2011:/travelogue//11.1238</id>

    <published>2011-08-27T13:56:57Z</published>
    <updated>2011-08-27T13:56:57Z<!--2011-08-27T14:10:21Z--></updated>

    <summary>そのままネイザン・ロードを南へと進んでビクトリア湾に出る。土曜日のプロムナードには実に大勢の人々が集まっていた。内外からの観光客が一番多いが、その他にもジョギングをする人、似顔絵を描く人、観光客相手に写真撮影の商売をする人、愛を語らう恋人たち ―― さまざまな人が、さまざまな目的で、夕刻のこの一時を過ごしている。陽が西へと傾き、空が、ビクトリア湾が、対岸の香港島が、ピンク色に染まっていく。5度も訪れている香港だが、夕陽に染まるビクトリア湾というのは初めて見る気がする。この日の空は、雲が少なくよく晴れている。これなら、いい夜景を見ることができるだろう ―― 私は飽きもせず、ビクトリア・ピークに向かうことにした。</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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        <![CDATA[<h2 class="midashi">香港-２
<span class="f2">～プロムナード、ビクトリア・ピーク</span></h2>

<p class="mb0">そのままネイザン・ロードを南へと進んで<strong class="akaji">ビクトリア湾</strong>に出る。<br />
土曜日のプロムナードには実に大勢の人々が集まっていた。内外からの観光客が一番多いが、その他にもジョギングをする人、似顔絵を描く人、観光客相手に写真撮影の商売をする人、愛を語らう恋人たち <span class="mspg">――</span> さまざまな人が、さまざまな目的で、夕刻のこの一時を過ごしている。</p>
<div class="ct">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/139hongkong06.jpg" width="300" height="200" alt="香港・プロムナードの似顔絵描き" /><br />
プロムナードの似顔絵描き</span>
<span class="image_cr"><img src="image/140hongkong07.jpg" width="300" height="200" alt="香港島の眺めを楽しむカップル" /><br />
香港島の眺めを楽しむカップル</span></div>
</div>
<p class="below_image_c">
陽が西へと傾き、空が、ビクトリア湾が、対岸の香港島が、ピンク色に染まっていく。5度も訪れている香港だが、夕陽に染まるビクトリア湾というのは初めて見る気がする。<br />
<span class="image_l">
<img src="image/141hongkong08.jpg" width="300" height="200" alt="夕陽に染まるビクトリア湾" /><br />
夕陽に染まるビクトリア湾</span>
</p>
<p>この日の空は、雲が少なくよく晴れている。これなら、いい夜景を見ることができるだろう <span class="mspg">――</span> 私は飽きもせず、<strong class="akaji">ビクトリア・ピーク</strong>に向かうことにした。<br />
それにはまず、香港島に渡らなければならないが、幸いにもビクトリア湾の渡し船であるスター・フェリーの乗り場はすぐそこだ。<br />
乗り場に行ってみると、中国共産党にカルト扱いされて迫害を受けている法輪功が壁新聞等を貼り出して反中国共産党キャンペーンを展開していた。中華人民共和国に返還されたとはいえ、香港にはまだ自由が生きているのだ。</p>
<p>スター・フェリーで対岸の中環へ。ビクトリア・ピークはもうすぐそこなのだが、<br />
［まだ明るいから急ぐ必要はない］<br />
と、のんびり構えてフラフラと歩きまわっていたらいつの間にか上環まで来てしまった。<br />
［あれ？　ここからどうやって行けばいいんだっけ・・・］<br />
幾ら歩き慣れた街とはいえ、地図も何も持たずに出歩いてしまったのは失敗だった。ビクトリア・ピークへの道が分からなくなってしまった。<br />
［行き方が分からない時は・・・］<br />
もはや、「タクシーは無駄遣い」と冷たく切って捨てる考え方は、昨日のギリシャ巡りで無くなっていた。金よりも時間の無駄遣いの方こそ致命的である。私はタクシーを拾ってビクトリア・ピークへの足であるピーク・トラムの乗り場に行ってもらった。<br />
<span class="image_r">
<img src="image/142hongkong09.jpg" width="300" height="200" alt="ピーク・トラム乗り場には長蛇の列" /><br />
ピーク・トラム乗り場には長蛇の列<br />
<img src="image/143hongkong10.jpg" width="300" height="200" alt="ピーク・トラム乗り場には長蛇の列" /><br />
今回見た香港の夜景はいまひとつ</span>
</p>
<p>しかし、この日は土曜日 <span class="mspg">――</span> ピーク・トラム乗り場は呆れるほどの長蛇の列ができていた。<br />
列に並んでゆっくりと進むこと約30分。ようやくピーク・トラムに乗車。ケーブルカーの車窓から見える風景は、既に完全な漆黒の闇の中に浮かぶ夜景となっていた。</p>
<p>頂上に建つ展望台・ピークタワーは来る度にショッピングモール色が強くなっている。ショッピングはどうでもいい。とにかく、夜景の見える場所を求めて歩き回った。<br />
しかし、ようやく見つけた展望ポイントから見える夜景は、どこかもの足りない。以前見た時（<a href="/travelogue/2004_1_macau/03vpeak.html">2004年</a>、<a href="/travelogue/2007_1_hongkong/02hk2007_2.html">2007年</a>）に比べて華やかさに欠けるのである。</p>
<p>そうだった・・・</p>
<p><strong>今日は<span class="akaji">土曜日</span>だ。<br />
営業しているオフィスが少なく、香港島のビルに窓の明かりが少ないのである。</strong></p>
<p>せっかく長い待ち時間を費やしてピーク・トラムに乗ったというのに、これでは報われない。</p>
<p class="ct"><strong>教訓　：　<span class="akaji">ビクトリア・ピークには土日・休日に上るものではない</span>。</strong></p>
<p>消化不良のまま、ビクトリア・ピークを後にする。下りのピーク・トラムの乗車もかなりの待ち時間を費やさせられた。</p>
<p>山を下りたところで、さて、地下鉄はどこだったかな？とウロウロしながら探す。まあ、取りあえず海の方に行けば近づくだろう、と思いつつ中環の港に向かって足を進める、と、中国人（香港人、台湾人、大陸人の区別不明）の少女たちに北京語で声をかけられた。<br />
「すいません。地下鉄の駅どちらだか分かりますか？」<br />
「僕も知らない。僕も探しているところだよ」<br />
尋ねる相手が悪い(笑)。外国人だよ。<br />
それにしても、大陸中国と決別し、中国語を使わなくなってはや3年半以上になるが、まだこれくらいの中国語会話ならできるようだ。<br />
<span class="image_l">
<img src="image/144hongkong11.jpg" width="200" height="300" alt="廟街の夜市" /><br />
廟街の夜市</span>
</p>
<p>
ようやく地下鉄の駅が見つかり、宿のあるジョーダン（佐敦）に戻る。<br />
宿の近くには夜市で有名な<strong class="akaji">廟街</strong>がある。このへんには私の好物である<span lang="zh-tw">煲仔飯</span>（ボウチャイファン）という釜飯の店があるはずだが・・・<br />
［あれ？　無い］<br />
どういう訳か見つからない。次第に<span lang="zh-tw">煲仔飯</span>よりも空腹を満たすことの方が大切になってきて、結局ラーメンで済ませてしまった。
</p>
<p>
さて、4年ぶりの香港の1日目が終了。この日回ったのは・・・</p>
<p class="ct">ネイザン・ロード、重慶大厦、プロムナード、中環、ビクトリア・ピーク、廟街<br />
　・<br />
　・<br />
　・<br />
<strong>全部前に行ったことのある場所ばかりではないか！</strong></p>
<p>これでは面白くない。明日の午前いっぱいまで時間があるので、どこでもいいから未経験の場所を開拓しよう。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>香港-１（2011年5月7日）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.a-daichi.com/travelogue/2011_1_greece/30hk1.html" />
    <id>tag:www.a-daichi.com,2011:/travelogue//11.1235</id>

    <published>2011-08-27T05:11:29Z</published>
    <updated>2011-08-27T05:11:29Z<!--2011-08-27T14:11:35Z--></updated>

    <summary>夜中にカタール・ドーハで飛行機を乗り継ぎ、香港には午後2時40分に到着した。接続の関係で日本へ戻るのは翌日。往路では空港施設から出ることすらなかった香港だったが今回はここで1泊することになる。香港は2007年以来4年ぶり、5度目の訪問となる。5度も訪れていながら、日本人定番の安宿にはまだ泊まったことがない。今回はその1つであるラッキー・ゲストハウスに泊まることにした。ジョーダン（佐敦）通りから上海路を少し北に入った場所にある、廟街近くの雑居ビルの前に来ると、「ラッキーハウス」とカタカナで書かれた看板が目に入る。その先の階段を2階に上がった場所にそのゲストハウスはあった。かなりのオンボロだが、宿泊費はドミトリーで80HK＄と格安。「安く泊まれるのならどんな所でも寝られる」というバックパッカーにはうってつけの宿だ。日本語が分かる初老の男性が番頭をやっているが、この時は英語のみOKの中年女性が仕切っていた。
「どう？　あなたもやってみない？　好きな番号を選べば私が券を買っておくわよ」と、女性は新聞を広げてそう誘ってくる。香港で人気の、競馬だ。残念ながらギャンブル、特にレース系のギャンブルには余り興味が無かったので丁重にお断りした。</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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    </author>
    
        <category term="エリア別・香港" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ギリシャ、カタール、香港" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">香港-１
<span class="f2">～香港最後の&#8220;魔窟&#8221;は今・・・</span></h2>

<p class="hiduke">2011年5月7日</p>
<p>夜中にカタール・ドーハで飛行機を乗り継ぎ、香港には午後2時40分に到着した。<br />
接続の関係で日本へ戻るのは翌日。往路では空港施設から出ることすらなかった香港だったが今回はここで1泊することになる。香港は<a href="/travelogue/2007_3_asia1/01hongkong.html">2007年</a>以来4年ぶり、5度目の訪問となる。</p>
<p>5度も訪れていながら、日本人定番の安宿にはまだ泊まったことがない。今回はその1つである<strong class="akaji">ラッキー・ゲストハウス</strong>に泊まることにした。<br />
ジョーダン（佐敦）通りから上海路を少し北に入った場所にある、廟街近くの雑居ビルの前に来ると、「ラッキーハウス」と<strong>カタカナで</strong>書かれた看板が目に入る。その先の階段を2階に上がった場所にそのゲストハウスはあった。かなりのオンボロだが、宿泊費はドミトリーで80HK＄と格安。「安く泊まれるのならどんな所でも寝られる」というバックパッカーにはうってつけの宿だ。<br />
日本語が分かる初老の男性が番頭をやっているが、この時は英語のみOKの中年女性が仕切っていた。<br />
「どう？　あなたもやってみない？　好きな番号を選べば私が券を買っておくわよ」<br />
と、女性は新聞を広げてそう誘ってくる。香港で人気の、<strong class="akaji">競馬</strong>だ。残念ながらギャンブル、特にレース系のギャンブルには余り興味が無かったので丁重にお断りした。</p>
<p class="f2">参考：<a href="http://www.geocities.jp/vajrasatwa2007/" target="_blank">ラッキー・ゲストハウス紹介ページ</a></p>
<p>
<span class="image_r" style="margin-left:0; border-left:none">
<img src="image/135hongkong02.jpg" width="200" height="300" alt="重慶大厦＠工事中" /><br />
重慶大厦＠工事中</span>
<span class="image_r">
<img src="image/136hongkong03.jpg" width="200" height="300" alt="小奇麗に変貌した美麗都大厦" /><br />
小奇麗に変貌した美麗都大厦</span>
宿も決まったところで早速、九龍の街へと繰り出した。<br />
照りつける日差しの下、街にあふれる人波（土曜日だったということもあるが）、2階建てバスなど車がひっきりなしに走る道路、その両側に並ぶ高層ビル、そこから道路へ突き出すように掲げられているネオンの看板等、相変わらずの&#8220;香港らしさ&#8221;の洪水に身を流される。しかし、心なしか、来る度に小奇麗さが増してきているようにも感じられる。<br />
中でも驚いたのが、<strong class="akaji">美麗都大厦</strong>（ミラドーマンション）の変貌ぶりだった。2007年に訪れた時（<a href="image/137hongkong04.jpg" rel="lightbox">写真</a>）は赤茶けていて今にも壊れそうな老朽化ぶりだったのが、白を基調とした割としっかりとしたビルディングに生まれ変わっている。<br />
少し南へ行った所にある有名な<strong class="akaji">重慶大厦</strong>（チョンキンマンション）も美麗都大厦同様のビルディングで、その怪しげな外観・雰囲気は九龍城無き今となっては香港最後の&#8220;魔窟&#8221;と言うべき存在だが、今回見ると全館改装工事中である。重慶大厦もいずれ、美麗都大厦同様毒気の無い外観へと生まれ変わるのだろう。<br />
<span class="image_l">
<img src="image/138hongkong05.jpg" width="300" height="200" alt="重慶大厦内部" /><br />
重慶大厦内部</span>
重慶大厦の中に入ってみると、やはり以前よりも垢ぬけた印象を覚えた。しかし、ハードが変わったとはいえ、中にある施設、中にいる人間には変わりは無いのである。入り口から続く通路の左右には両替商や商店が立ち並んでいる。中央のエレベーターホールに行くと各階案内の掲示には相変わらず、私もかつて利用したことのある安宿の名前がずらりと並び、「泊まらないかい？」と客引きたちが押し寄せてくる。勿論、入り口の前の客引きも相変わらず手ぐすねを引いている。ちょっと落ち着いた感があるとはいえ、混沌とした雰囲気はまだまだは健在だ。<br />
幾ら見かけが変わったところで、根っこは変わっていない。重慶大厦はやはり&#8220;重慶大厦&#8221;なのである。このビルディングは今後も恐らく、香港最後の&#8220;魔窟&#8221;であり続けることだろう。
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>コリントス（2011年5月6日）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.a-daichi.com/travelogue/2011_1_greece/29korinthos.html" />
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    <published>2011-08-21T14:07:06Z</published>
    <updated>2011-08-21T14:07:06Z<!--2011-08-21T14:08:54Z--></updated>

    <summary>次に目指すは旧コリントス遺跡だったが、バスが停まったのはガイド本の地図外の場所と思われるバスターミナルだった。ここがどこなのかすらよく分からない。帰りの飛行機の時間が迫ってきているので、余りぐずぐずはしていられない。　場所が分からない・・・　時間が無い・・・とるべき手は一つしかあるまい。私はバスターミナルで客待ちしていたタクシーに乗り込んだ。「Ancient Korinthosに行ってくれ！」するとタクシーは、ハイウェイに入ってインターチェンジ1区間をすっ飛ばす。どうやらタクシーにして正解の距離だったようだ。</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
        <uri>http://www.a-daichi.com/mt5/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=11&amp;id=1</uri>
    </author>
    
        <category term="エリア別・ギリシャ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ギリシャ、カタール、香港" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">コリントス
<span class="f2">～古代の遺跡に人々の息吹</span></h2>

<p>次に目指すは<strong class="akaji">旧コリントス遺跡</strong>だったが、バスが停まったのはガイド本の地図外の場所と思われるバスターミナルだった。ここがどこなのかすらよく分からない。<br />
帰りの飛行機の時間が迫ってきているので、余りぐずぐずはしていられない。</p>
<p>
　場所が分からない・・・<br />
　時間が無い・・・
</p>
<p class="mb0">とるべき手は一つしかあるまい。<br />
私はバスターミナルで客待ちしていたタクシーに乗り込んだ。<br />
「Ancient Korinthosに行ってくれ！」<br />
するとタクシーは、ハイウェイに入ってインターチェンジ1区間をすっ飛ばす。どうやらタクシーにして正解の距離だったようだ。</p>
<div class="ct">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/130korinthos01.jpg" width="300" height="200" alt="旧コリントス遺跡のアポロン神殿" /><br />
旧コリントス遺跡のアポロン神殿</span>
<span class="image_cr"><img src="image/132korinthos03.jpg" width="300" height="200" alt="旧コリントス遺跡のグラウケの泉" /><br />
同じくグラウケの泉</span></div>
</div>
<p class="below_image_c">
遺跡に到着して入場門をくぐると、アポロン神殿とグラウケの泉が出迎えてくれる。そして、それらに見守られるようにして、かつて市街があった広いエリアが一段低い場所に横たわっている。<br />
1858年に地震に見舞われて崩壊してしまっているが、先程訪れた<a href="/travelogue/2011_1_greece/28mikines.html">ミケーネ</a>よりはかつての建物や区画が分かりやすい状態だ。また、丘の上にあったミケーネとは逆に一段高い場所から見下ろせる位置にあるので、遺跡の全体像も分かりやすい。<br />
<span class="image_r">
<img src="image/131korinthos02.jpg" width="300" height="200" alt="旧コリントス遺跡" /><br />
上から見下ろした旧コリントス遺跡<br />
<img src="image/133korinthos04.jpg" width="300" height="200" alt="旧コリントス遺跡の音楽堂" /><br />
旧コリントス遺跡の音楽堂</span>
&#8220;街&#8221;に下りてみると、なぜだかかつて商工業都市として栄えた往時の息吹が伝わってくる感覚を覚える。市場だったとされる場所に立ってみると、辛うじて建物の痕跡が残っている程度であるにもかかわらず、商人たちの威勢のいい声が聞こえてくるような気がした。<br />
地面には建物の残骸が横たわり、むき出しの土には雑草が生い茂っているが、それらに交じって鮮やかな赤い花が至る所で咲いていて、殺風景な遺跡に彩りを与えている。もしかしたらこの綺麗な花が、廃墟となった遺跡に&#8220;生命&#8221;を感じさせた一つの要因だったのかもしれない。
</p>
<p>遺跡公園として囲われている外側にも、音楽堂や古代劇場といった遺跡があり、古代コリントスにエンターテイメントが花開いていた様子を物語っている。</p>
<p>これでギリシャ巡りは終了。結果論ではあるが、ややがっかりさが交じってしまったミケーネではなく大いに満足できたコリントスを最後に持ってきたことがいい締めくくりを演じてくれた。</p>
<p>さて、後はアテネに戻るばかりだが <span class="mspg">――</span> それにはバスステーションのあるコリントスの新市街へ行かなければならない。まずは街中へのバスを探してみたが、発着地点が分からない。<br />
帰りの飛行機の時間が迫ってきているので、余りぐずぐずはしていられない <span class="mspg">――</span> と、先程と同じことが頭をよぎった時点で、とるべき手は一つだけだった。私は遺跡近くでタクシーを探し、新市街のステーションへ急いでもらった。<br />
しかし、アテネ行きの次のバスまでやや時間が空いてしまい、16時半の出発となってしまった。飛行機の時間は19時半 <span class="mspg">――</span> ぎりぎりで何とかなりそうな時間である。</p>
<p>幸いなことに、バスは郊外のターミナルではなく、市内のオモニア広場に到着してくれた。バスを下りてすぐの場所に入り口があった地下鉄でプラカ地区に戻り、宿へ急いで駆け付けてバックパックを受け取り、またまた急いでシンタグマの地下鉄駅に駆け付けて地下鉄に飛び乗る。<br />
ところがこの地下鉄が空港直通ではなく、ドゥキシス・プラケンティアス止まりのもので、同駅での乗り継ぎに時間を取られてしまった。恐らく間に合わないことは無いだろうが、この時は待ち時間に結構イライラしてしまった。</p>
<p>空港には18時に到着。どうにか間に合った。</p>
<p>19時半。カタール航空機がアテネを飛び立つ。8日間に亘った、私にとって初ヨーロッパとなるギリシャの旅に、これでピリオドが打たれた。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ミケーネ（2011年5月6日）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.a-daichi.com/travelogue/2011_1_greece/28mikines.html" />
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    <published>2011-08-21T03:51:48Z</published>
    <updated>2011-08-21T03:51:48Z<!--2011-08-21T03:55:10Z--></updated>

    <summary>ギリシャ最終日。アテネは見尽くした感があったので、近郊の歴史遺産を見て回る。目指すはペロポネソス半島である。アテネからペロポネソス半島各地へは、中心から少し離れた場所にあるキフィスウ・バスターミナル（バスターミナルA）からバスで行くことになる。中心街からキフィスウまで直通バスが出ているようだが、どこから出ているのか分かりづらい。地下鉄3号線終点のエガレオ駅から歩いても2km程らしいので、私はエガレオ経由でバスターミナルへと向かった。キフィスウ・バスターミナルはかなりの規模で、目当てのバスがどこから出るのか分かりづらい。あちこちで聞いて回って、ようやくターミナルの隅の方にある乗車ポイントに行き着いた。まず目指したのは、かのシュリーマンが「古代への情熱」に魅せられて発掘に成功した、ミケーネ遺跡。</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
        <uri>http://www.a-daichi.com/mt5/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=11&amp;id=1</uri>
    </author>
    
        <category term="エリア別・ギリシャ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ギリシャ、カタール、香港" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">ミケーネ
<span class="f2">～&#8220;古代への情熱&#8221;が見つけた遺跡</span></h2>
<p class="hiduke">2011年5月6日</p>

<p>ギリシャ最終日。アテネは見尽くした感があったので、近郊の歴史遺産を見て回る。</p>
<p>目指すは<strong class="akaji">ペロポネソス半島</strong>である。<br />
アテネからペロポネソス半島各地へは、中心から少し離れた場所にあるキフィスウ・バスターミナル（バスターミナルA）からバスで行くことになる。中心街からキフィスウまで直通バスが出ているようだが、どこから出ているのか分かりづらい。地下鉄3号線終点のエガレオ駅から歩いても2km程らしいので、私はエガレオ経由でバスターミナルへと向かった。<br />
キフィスウ・バスターミナルはかなりの規模で、目当てのバスがどこから出るのか分かりづらい。あちこちで聞いて回って、ようやくターミナルの隅の方にある乗車ポイントに行き着いた。<br />
<span class="image_l">
<img src="image/124mikines01.jpg" width="300" height="200" alt="ギリシャの道祖神" /><br />
ギリシャの道祖神</span></p>
<p>まず目指したのは、かのシュリーマンが「古代への情熱」に魅せられて発掘に成功した、<strong class="akaji">ミケーネ遺跡</strong>。アルゴス行きのバスで途中下車し、そこから4kmほど緩やかな山道を上った場所にある。しかし、バスを下りた場所が既に辺鄙な田舎町で、タクシーもろくに見つからない。<br />
［4km程度なら、歩くか］<br />
いつもの癖が出た。私は、山の上の遺跡へ向けて足を動かした。</p>
<p>道すがら、路傍に教会の形を模した道祖神があった。先日メテオラで一緒になったチエコから、こういうものをよく見るという話を聞いてはいたが、私はこれまで全く気づいていなかった。意識して見てみると、なるほど一度や二度ではなく、幾度も見ることができる。小さいながらもリアルな造りで、内部にはイコンもしっかり飾られている。</p>
<p class="mb0">ミケーネ遺跡への道は、初めこそ両側に建物もある平坦な&#8220;田舎道&#8221;だったが、やがて建物も何も無い、やや傾斜のあるカーブの続く&#8220;山道&#8221;へと変わっていった。やがて、大きな山に抱かれるようにして、小高い丘の上に建つミケーネ遺跡が右手に見えてきた。</p>
<div class="ct">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/125mikines02.jpg" width="300" height="200" alt="ミケーネ遺跡" /><br />
ミケーネ遺跡が見えてきた</span>
<span class="image_cr"><img src="image/126mikines03.jpg" width="300" height="200" alt="ミケーネ遺跡の獅子門" /><br />
獅子門</span></div>
</div>
<p class="below_image_c">
歩き始めて1時間弱。ミケーネ遺跡に到着した。しかし、<a href="/travelogue/2011_1_greece/26sounion.html">先日のアテネ考古学博物館の時</a>と同様、団体客、特に社会科見学の小中学生が大勢いる。入り口である獅子門をくぐるだけでも少しばかり時間がかかった。<br />
<span class="image_r">
<img src="image/127mikines04.jpg" width="300" height="200" alt="ミケーネ遺跡の円形墓地" /><br />
円形墓地<br />
<img src="image/128mikines05.jpg" width="300" height="200" alt="ミケーネ遺跡の王座の間と大広間<" /><br />
王座の間と大広間</span>
</p>
<p>獅子門をくぐって城壁内部に入ると、まず右手に円形墓地や住居跡が目に入る。そこから丘を上がると、最上部には下界を見下ろすような位置に王座の間と大広間があり、反対側へ下った場所には職人たちの作業場がある。<br />
いずれの場所も、今となっては廃墟である。壁は半壊もしくはほぼ全壊し、柱の跡はあっても柱は無い。とは言っても、シュリーマンによって発掘されるまでは土の下にあったのである。むしろこの保存状態は良い方の部類に入るのかもしれない。<br />
残念だったのは、この遺跡の全体像を見ることができるポイントが観光コースの中に無かったことだ。丘の上の遺跡なので、周りの高い山に上らないと全体像は見ることができないが、それをやってしまうとコースアウトになってしまう。併設されている博物館でミニチュアが展示されてはいるが、やはり実物の全体像を見ることができるようなコース設定をしてほしかった。<br />
あと、私はこの手の遺跡を訪れた時には、往時の人々の息吹をイメージするということをよくやるのだが、ここでは全体像が見えず、存在感が感じられるのが墓地や王座の間といった場所ばかりだったこともあって、いまひとつそれを心の中に思い浮かべることができなかったのも残念だった。</p>
<p>考古学的には貴重極まりない遺跡であることは確かだが、期待して来ただけに、それらの残念感から少々もの足りない思いが残ってしまった。<br />
<span class="image_l">
<img src="image/129mikines06.jpg" width="300" height="200" alt="アトレウスの宝庫" /><br />
アトレウスの宝庫</span>
</p>
<p>遺跡を後にして、来た道をほんの少し戻った場所に、<strong class="akaji">アトレウスの宝庫</strong>と呼ばれる遺跡がある。先程の遺跡よりは保存状態がいい。通路の先に口を開いた扉の中に入ってみると、がらんどうではあるが広々としている。これが本当に宝物庫で、びっしりと宝物が収められていたとすればとてつもない蓄財量となるだろうが、実はここ、「<strong class="akaji">アガメムノンの墓</strong>」
という呼び名もあることから分かるように、宝庫と言うよりは陵墓と言った方が実情に近いらしいのだ。</p>
<p>先程上って来た山道を下って、バスを下りた地点に戻る。<br />
20分程待ったところでバスがやって来た。私は、アテネ方面に少し戻った場所にある次なる歴史遺産を目指してバスに乗り込んだ。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

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    <title>アテネ-７（2011年5月5日）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.a-daichi.com/travelogue/2011_1_greece/27athens7.html" />
    <id>tag:www.a-daichi.com,2011:/travelogue//11.1227</id>

    <published>2011-08-20T03:06:49Z</published>
    <updated>2011-08-20T03:06:49Z<!--2011-08-20T03:09:21Z--></updated>

    <summary>アテネに戻って宿で少しばかり休んでいるうちに、空は晴れてきた。結局、今回の旅で雨に見舞われたのはメテオラ巡りをした昨日とこの日だけとなった。買い物をしようと宿を出たところで、見覚えのある後ろ姿が目に入った。「お～い！」と声をかけて振り返ったその顔は、思った通り、メテオラで行動を共にしたチエコだった。この日午前のバスでアテネに入ったようだった。「そうそう、あの後行った（カランバカの）11世紀のビザンティン教会、中に入ったんですけど、壁画がすごく良かったです。すすけているのを修復もせずに、昔のままの姿が残っていたんですよ」
あの教会、中はそんな風になっていたんだ ―― タイミングに恵まれず中へは入れなかったことがあらためて残念に思われた。夜はチエコと、宿で同室のヨウスケを誘って近くのタベルナで夕食。2人以上で食事をするのは今回の旅で実にこれが初めてとなり、そして同時に、最後の1回となった。</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
        <uri>http://www.a-daichi.com/mt5/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=11&amp;id=1</uri>
    </author>
    
        <category term="エリア別・ギリシャ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ギリシャ、カタール、香港" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">アテネ-７
<span class="f2">～ギリシャ料理に舌鼓</span></h2>
<p>アテネに戻って宿で少しばかり休んでいるうちに、空は晴れてきた。結局、今回の旅で雨に見舞われたのは<a href="/travelogue/2011_1_greece/23meteora4.html">メテオラ巡りをした昨日</a>とこの日だけとなった。</p>
<p>買い物をしようと宿を出たところで、見覚えのある後ろ姿が目に入った。<br />
「お～い！」<br />
と声をかけて振り返ったその顔は、思った通り、メテオラで行動を共にしたチエコだった。この日午前のバスでアテネに入ったようだった。<br />
「そうそう、あの後行った<a href="/travelogue/2011_1_greece/18to_meteora.html">（カランバカの）11世紀のビザンティン教会</a>、中に入ったんですけど、壁画がすごく良かったです。すすけているのを修復もせずに、昔のままの姿が残っていたんですよ」<br />
あの教会、中はそんな風になっていたんだ <span class="mspg">――</span> タイミングに恵まれず中へは入れなかったことがあらためて残念に思われた。</p>
<p>
夜はチエコと、宿で同室のヨウスケを誘って近くのタベルナで夕食。2人以上で食事をするのは今回の旅で実にこれが初めてとなり、そして同時に、最後の1回となった。<br />
<span class="image_l">
<img src="image/123athens37.jpg" width="300" height="200" alt="ギリシャ料理" /><br />
ギリシャでの"最後の晩餐"</span>
<a href="/travelogue/2011_1_greece/13hania.html">先日のハニア</a>でも食べてすっかり気に入ったカラマリア（イカの唐揚げ）をはじめ、バカリャロス・ティガニトス（干しタラのフライ）、ギロス（ケバブのようなそぎ落とし肉）を注文。特にイェミスタ（トマトの中にご飯を詰めて焼いた料理）は、トマトの甘酸っぱさと中のご飯の味付けされたハーブの香りが口の中でふわっと広がってくる味が気に入った。<br />
ギリシャ料理に舌鼓を打ちながら、旅談議に花を咲かせる。チエコは初のオープンジョー航空券でトルコから入ってギリシャへと抜ける旅を、ヨウスケはシンガポールからドイツへと4か月かけて向かう旅の途中だった。行程はそれぞれだが、2人に共通していたのはこの日パルテノン神殿に行って大雨に見舞われたこと（<a href="/travelogue/2011_1_greece/06athens2.html">私の時</a>はすっきり晴れていて本当に良かった）、そして、<br />
「ここまでの旅ではパンとかで食費をかけずにきていました。こんなにいい食事をすることは殆ど無かったです」<br />
ということだった。<br />
金の無い学生さんや長期旅行者なら、そう頻繁にいい食事ができないのも自然なことである。しかし、私の中では<br />
「&#8220;バックパッカー&#8221;とは必ずしも&#8220;貧乏旅行者&#8221;とは限らない」<br />
という考え方が確立していた。勿論、私もできるだけ安上がりに済ませたいと思いながら旅をして、宿なども安い所を探して選んでいる。しかし、余りに貧乏臭く過ごしすぎても味気が無い。特に、今回は短期旅行でギリシャの「食」を楽しむ機会は限られてくる。<br />
「楽しむべき時には楽しもう。食べたい時には食べよう」<br />
<span class="mspg">――</span> ということで、今回の旅では結構食事にお金をかける結果となった。特にこの日の夜は、明日の夕食が機内食となってしまうので、ギリシャでの&#8220;最後の晩餐&#8221;となる。その最後の晩餐を、美味しく、賑やかに過ごすことができたのは実に幸運だった。</p>
<p>そう。明日がギリシャ最後の1日となるのだ。最終日は、飛行機の時間ぎりぎりまでアテネ近郊の歴史ある場所を巡ることになる。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>アテネ、スニオン岬（2011年5月5日）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.a-daichi.com/travelogue/2011_1_greece/26sounion.html" />
    <id>tag:www.a-daichi.com,2011:/travelogue//11.1225</id>

    <published>2011-08-14T13:09:57Z</published>
    <updated>2011-08-14T13:09:57Z<!--2011-08-14T13:11:44Z--></updated>

    <summary>宿の中庭で朝食をとるが、椅子がことごとく濡れている。夜のうちにかなりの雨が降ったようだ。午前中は先日見損ねた国立考古学博物館を訪れる。この日は開館時間に踊らされることなく入場することができたが、団体客、特に社会科見学の地元の学生たちが多く、余り落ち着いて参観することができなかった。先日訪れたイラクリオンの考古学博物館が小規模で展示品も&#8220;目玉&#8221;に欠けていた印象を受けたのに比べ、こちらは60以上もの展示室を有するとてつもなく広い敷地面積と、&#8220;目玉&#8221;が幾つもある充実した展示品の数々が目を引く。
レリーフや陶器、黄金のマスクなどが並ぶ中、量・質共に最も充実しているのが大理石やブロンズの像だ。「ポセイドンのブロンズ像」「アフロディデとパンとエロスの像」「馬に乗る少年」など、髪の毛や腹筋の割れ目まで忠実に描き出している写実性には目をみはるばかりだ。</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
        <uri>http://www.a-daichi.com/mt5/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=11&amp;id=1</uri>
    </author>
    
        <category term="エリア別・ギリシャ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ギリシャ、カタール、香港" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">アテネ、スニオン岬
<span class="f2">～国立考古学博物館とアッティカ半島最南端</span></h2>
<p class="hiduke">2011年5月5日</p>
<p>宿の中庭で朝食をとるが、椅子がことごとく濡れている。夜のうちにかなりの雨が降ったようだ。</p>
<p class="mb0">午前中は<a href="09athens5.html">先日</a>見損ねた<strong class="akaji">国立考古学博物館</strong>を訪れる。この日は開館時間に踊らされることなく入場することができたが、団体客、特に社会科見学の地元の学生たちが多く、余り落ち着いて参観することができなかった。</p>
<div class="ct">
<div class="blockct" style="width:732px; margin-bottom: 3px;">
<div class="image_c1"><img src="image/118athens34.jpg" alt="国立考古学博物館の展示" width="240" height="180" style="float:left; border-right:3px ridge #eeeeee;"><img src="image/119athens35.jpg" alt="国立考古学博物館の展示" width="240" height="180" style="float:left; border-right:3px ridge #eeeeee;">
<img src="image/120athens36.jpg" alt="国立考古学博物館の展示" width="240" height="180" style="float:right;">
<br class="clearboth">
国立考古学博物館の展示
</div>
</div>
</div>
<p class="below_image_c">
先日訪れたイラクリオンの考古学博物館が小規模で展示品も&#8220;目玉&#8221;に欠けていた印象を受けたのに比べ、こちらは60以上もの展示室を有するとてつもなく広い敷地面積と、&#8220;目玉&#8221;が幾つもある充実した展示品の数々が目を引く。<br />
レリーフや陶器、黄金のマスクなどが並ぶ中、量・質共に最も充実しているのが大理石やブロンズの像だ。「ポセイドンのブロンズ像」「アフロディデとパンとエロスの像」「馬に乗る少年」など、髪の毛や腹筋の割れ目まで忠実に描き出している写実性には目をみはるばかりだ。<br />
唯一残念だったのは、全ての展示室を見ることができなかったこと。「エジプトコレクション」など興味深い部屋もあったのだが、メンテナンスのためか閉鎖されていて中に入ることができなかった。<br />
<span class="image_r">
<img src="image/121sounion01.jpg" width="300" height="200" alt="スニオン岬" /><br />
スニオン岬<br />
<img src="image/122sounion02.jpg" width="300" height="200" alt="スニオン岬のポセイドン神殿" /><br />
スニオン岬のポセイドン神殿</span>
</p>
<p>以上で、アテネ市内で訪れたかった場所は全て訪れた。あとの1日半はアテネ近郊を巡ることになる。<br />
半日でどこか行くことができる場所は <span class="mspg">――</span> と、ガイド本のページをめくっていると、「<strong class="akaji">スニオン岬</strong>」という文字が目に留まった。アッティカ半島最南端の岬で、考古学博物館近くから出ているバスで約2時間だという。夕陽の景色が美しいらしいが、折しも天気は雨模様で夕陽は全く期待できない。しかし、もう一度エーゲ海を眺めたい思いに駆られて、行くことにした。</p>
<p>スニオン岬にはアポロ・コーストの海辺の道を1時間半程バスに揺られて到着した。<br />
  ひとまず雨はやんでくれたが、空は相変わらずどんよりと曇っている。エーゲ海も灰色がかって美しいオーシャンブルーとはいかなかったが、曇っている割には水平線だけは遥か向こうにくっきりと見ることができた。<br />
この岬で存在感を示しているのが、<strong class="akaji">ポセイドンの神殿</strong>だ。ポセイドンは海の神なので、この場所に祀られるのはなるほど、と思わされる。この神殿が夕陽に染まる光景こそスニオン岬の一番の魅力らしいのだが <span class="mspg">――</span> それはもはや、求めるまい。</p>
<p>暫く海と神殿が奏でるハーモニーを楽しんでいると <span class="mspg">――</span> また雨が降り出した。<br />
［このくらいでいいだろう］<br />
雨宿りをしながらバスを待つが、なかなかやって来ない。もはや海よりも、眼下に見えるアテネ方面への道路をバスが走って来ないかということの方が気になるようになっていた。ようやくやって来たバスに乗り込み、アテネへの帰途に就く。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

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    <title>カランバカ―アテネ（2011年5月4日）</title>
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    <published>2011-08-13T03:25:39Z</published>
    <updated>2011-08-13T03:25:39Z<!--2011-08-13T03:29:15Z--></updated>

    <summary>トレッキングコースを下り切ってカランバカの街に到着したところで、チエコはビザンティン時代の教会へと向かった。私も昨日訪れたものの内部は見ていなかったので行きたかったのだが、アテネに戻る列車の時間がぎりぎりだった。残念だったが、ビザンティン時代の教会は断念し、チエコとはここで別れて駅へと向かった。車まで僅か30分程のぎりぎりのタイミングだったが、列車の切符はまだ売り切れてはいなかった。無事確保したところで宿に戻ってバックパックをピックアップし、再び駅に急いで列車に飛び乗る。来る時と同じコンパートメントタイプの座席を期待していたが、今度は日本でも普通に見られる、仕切りの無い2人掛けシートが通路を挟んで両側に並んでいるいわゆるオープンサロンタイプだった。ちょっと残念。長距離移動となるとこれが普通なのか、アテネ到着はやはり20分程遅れての22時半すぎとなった。地下鉄でアクロポリへと移動。4日ぶりに神の住む丘の下へと戻って来た。</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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    </author>
    
        <category term="エリア別・ギリシャ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ギリシャ、カタール、香港" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">カランバカ―アテネ
<span class="f2">～再び神の住む丘の下へ</span></h2>

<p>トレッキングコースを下り切ってカランバカの街に到着したところで、チエコはビザンティン時代の教会へと向かった。私も昨日訪れたものの内部は見ていなかったので行きたかったのだが、アテネに戻る列車の時間がぎりぎりだった。残念だったが、ビザンティン時代の教会は断念し、チエコとはここで別れて駅へと向かった。<br />
発車まで僅か30分程のぎりぎりのタイミングだったが、列車の切符はまだ売り切れてはいなかった。無事確保したところで宿に戻ってバックパックをピックアップし、再び駅に急いで列車に飛び乗る。</p>
<p>来る時と同じコンパートメントタイプの座席を期待していたが、今度は日本でも普通に見られる、仕切りの無い2人掛けシートが通路を挟んで両側に並んでいるいわゆるオープンサロンタイプだった。ちょっと残念。</p>
<p>長距離移動となるとこれが普通なのか、アテネ到着はやはり20分程遅れての22時半すぎとなった。</p>
<p>地下鉄でアクロポリへと移動。4日ぶりに神の住む丘の下へと戻って来た。<br />
先日も宿泊した<a href="http://www.studenttravellersinn.com/" target="_blank">STUDENT &amp; TRAVELLERS INN</a>に入る。前回は窓の無い地下のドミトリーしか無かったが、今度は窓のある地上のドミトリーに案内される。<br />
同室のツーリストは日本人とのことだったが、既に就寝中で部屋は真っ暗だった。眠りを妨げないように気を遣いつつ荷物を開け閉めしてシャワーを浴びに行き、近くの店で買ったビールを中庭でひっそり飲んだところで、私も明日に備えて休むことにした。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>メテオラ・５（2011年5月4日）</title>
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    <published>2011-08-10T13:22:33Z</published>
    <updated>2011-08-10T13:22:33Z<!--2011-08-10T13:27:33Z--></updated>

    <summary>ヴァルラーム修道院からアギオス・ステファノス修道院へと続く道は想像以上に平坦で歩きやすかった。加えて、先程まであれだけ気になっていた雨がぴたりとやんでくれ、至極快適な行程となった。眼下には、先程までいたアギオス・ニコラオス修道院が、そして先程は見上げていたルサヌー修道院が見える。かなりの高低差だ。それに、どちらの修道院も、赤い瓦屋根が雨に濡れて輝いているのが遠目にも見てとることができる。「この高低差にさっきまでの雨 ―― 歩かずに済んで本当に良かった・・・」私もチエコも、絶景を愛でると同時に、心の底からそう言い合った。ヴァルラーム修道院を出発してからアギア・トリナダ修道院やアギオス・ステファノス修道院のある一帯に到着するまでは1時間とかからなかった。今まで辿ってきたルートと比べながら地図を見ているともっとかかりそうな気がしていたが、そこはやはり勾配の有無の差なのだろう。</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">メテオラ・５
<span class="f2">～再びアギア・トリナダ修道院</span></h2>

<p>
<span class="image_r" style="margin-left:0;">
<img src="image/114meteora16.jpg" width="200" height="300" alt="ルサヌー修道院を見下ろす" /><br />
ルサヌー修道院を見下ろす</span>
<span class="image_r" style="border-right:none;">
<img src="image/113meteora15.jpg" width="300" height="200" alt="アギオス・ニコラオス修道院を見下ろす" /><br />
アギオス・ニコラオス修道院を見下ろす</span>
ヴァルラーム修道院からアギオス・ステファノス修道院へと続く道は想像以上に平坦で歩きやすかった。加えて、先程まであれだけ気になっていた雨がぴたりとやんでくれ、至極快適な行程となった。<br />
眼下には、先程までいたアギオス・ニコラオス修道院が、そして先程は見上げていたルサヌー修道院が見える。かなりの高低差だ。それに、どちらの修道院も、赤い瓦屋根が雨に濡れて輝いているのが遠目にも見てとることができる。<br />
「この高低差にさっきまでの雨 <span class="mspg">――</span> 歩かずに済んで本当に良かった・・・」<br />
私もチエコも、絶景を愛でると同時に、心の底からそう言い合った。
</p>
<p>ヴァルラーム修道院を出発してからアギア・トリナダ修道院やアギオス・ステファノス修道院のある一帯に到着するまでは1時間とかからなかった。今まで辿ってきたルートと比べながら地図を見ているともっとかかりそうな気がしていたが、そこはやはり勾配の有無の差なのだろう。</p>
<p>そして、あの場所も見えてきた。<br />
「あそこに梯子がかかっているのが見えますか？　下りてみましょう」<br />
<span class="image_l">
<img src="image/115meteora17.jpg" width="300" height="200" alt="アギオス・ステファノス修道院" /><br />
再び"梯子の下"から<br />
アギオス・ステファノス修道院を望む</span>
梯子の下 <span class="mspg">――</span> <a href="/travelogue/2011_1_greece/19meteora1.html">昨日</a>見つけたお勧めスポットである。昨日はここからの風景を独占させてもらったが、独占するよりも誰かとシェアしたい、誰かに教えたい、という気持ちが強く、この日はチエコを誘って下りた。<br />
チエコもこの場所が気に入ったようで、テンション高めにここからの風景を楽しみ、写真を撮っていた。私も2度目ながら、今回は同行者がいたこともあってか、昨日とはまた違った心持ちで目の前の修道院と眼下の街を見つめていた。昨日は余り気を留めなかった足元に咲く黄色や白の花にも今回は結構気持ちを引きつけられたが、それはもしかしたら花を愛でる心の篤い女性が一緒だったからなのかもしれない。</p>
<p class="mb0">昨日は門前払いを食らってしまったアギオス・ステファノス修道院だったが、この日は問題無く中に入ることができた。ここも博物館として内部の一部が公開されており、メテオラの文化や歴史を垣間見ることができる。中でも礼拝堂の天井画と壁画（割と新しく描かれたもののように見えたが）が見事な美しさだった。余りの素晴らしさに、こうした絵画をここメテオラで何度も見てきた私も驚嘆の声を上げずにはいられなかった。<br />
「うわ～～～！　すげ～～～！」<br />
「シーッ！」<br />
声の大きさを西洋人の観光客にたしなめられてしまった。そうだった。ここは観光地である以前に神聖な宗教施設だった。</p>
<div class="ct">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/116meteora18.jpg" width="300" height="200" alt="アギオス・ステファノス修道院" /><br />
アギオス・ステファノス修道院敷地内</span>
<span class="image_cr"><img src="image/117meteora19.jpg" width="300" height="200" alt="アギオス・ステファノス修道院" /><br />
同修道院中庭</span></div>
</div>
<p class="below_image_c">
あとはアギア・トリナダ修道院だが、私は既に昨日訪れていたし、チエコも「ここはもういいかな」と言う。それに何より、私はアテネに戻る列車の時間があった。メテオラ巡りはここで打ち切り、昨日も往復したトレッキングコースを辿ってカランバカに戻る。
</p>
<p>実は、ギリシャに来る1か月前まではメテオラの名前すら知らなかったのだが、「ギリシャならメテオラに行ってみたい」という知人の言葉に引かれて予定に組み込んだのだった。<br />
予定を変更した甲斐はあった。確かに一見の価値はある。<br />
　　中世の色彩がそのまま残っている「歴史」<br />
　　礼拝堂の天井画・壁画などに見られる「芸術」<br />
　　厳かな雰囲気の「宗教」<br />
　　断崖絶壁の上に修道院が建つ「景観」<br />
実に様々な側面を持っている。さすがは、UNESCOの世界遺産に「文化・自然複合遺産」として登録されているだけのことはある。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>メテオラ・４（2011年5月4日）</title>
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    <published>2011-08-07T12:28:22Z</published>
    <updated>2011-08-07T12:28:22Z<!--2011-08-07T12:29:51Z--></updated>

    <summary>次に目指すはアギオス・ニコラオス修道院だったが、普通に幹線道路を歩くとかなりの遠回りになってしまう。そこで、私とチエコはインフォメーションセンターでもらってきた地図に載っていた近道を行くことにした。この近道、昨日歩いたトレッキングコースよりも更に歩きにくかった。下りだったからまだ良かったが、登りのルートになると後半、壁のような急勾配が行く手に立ちふさがることになる。途中すれ違った登りの人々には心の底から同情した。前半の険しい下りを過ぎると目標の幹線道路が見えてくるようになり、道もなだらかで歩きやすくなった。程なくして幹線道路に到着。少し右へと歩いたところでアギオス・ニコラオス修道院に到着した。この修道院も、昨日訪れたアギア・トリナダ修道院に負けず劣らず、上るのにエネルギーを費やされる。内部を彩る16世紀のフレスコ画が素晴らしく、周りに見える千変万化の奇岩の景色も見事だったが、それよりも急な階段ばかりが印象に残ってしまった。</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
        <uri>http://www.a-daichi.com/mt5/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=11&amp;id=1</uri>
    </author>
    
        <category term="エリア別・ギリシャ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ギリシャ、カタール、香港" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">メテオラ・４
<span class="f2">～アギオス・ニコラオス修道院、ルサヌー修道院</span></h2>

<p>次に目指すは<strong class="akaji">アギオス・ニコラオス修道院</strong>だったが、普通に幹線道路を歩くとかなりの遠回りになってしまう。そこで、私とチエコはインフォメーションセンターでもらってきた地図に載っていた近道を行くことにした。<br />
<span class="image_r">
<img src="image/111meteora13.jpg" width="200" height="300" alt="アギオス・ニコラオス修道院" /><br />
アギオス・ニコラオス修道院</span>
この近道、昨日歩いたトレッキングコースよりも更に歩きにくかった。下りだったからまだ良かったが、登りのルートになると後半、壁のような急勾配が行く手に立ちふさがることになる。途中すれ違った登りの人々には心の底から同情した。<br />
前半の険しい下りを過ぎると目標の幹線道路が見えてくるようになり、道もなだらかで歩きやすくなった。程なくして幹線道路に到着。少し右へと歩いたところでアギオス・ニコラオス修道院に到着した。<br />
この修道院も、<a href="/travelogue/2011_1_greece/20meteora2.html">昨日訪れたアギア・トリナダ修道院</a>に負けず劣らず、上るのにエネルギーを費やされる。内部を彩る16世紀のフレスコ画が素晴らしく、周りに見える千変万化の奇岩の景色も見事だったが、それよりも急な階段ばかりが印象に残ってしまった。</p>
<p>ここでの参観を終えたところで、この日最大の懸念事項が現実味を帯びてきた。どこからともなく雷鳴が聞こえてくる。そしてついに、雨が降り出した。暫く待っているうちに出発できる位には収まってくれたが、再び幹線道路を歩き始めた後も雨は時折私たちを悩ませる。</p>
<p><strong class="akaji">ルサヌー修道院</strong>に向かって歩いているうちに、雨は強さを増してきた。それだけでも気分が萎えてくるが、更に目の前の道が曲がりくねっていて傾斜も急である。<br />
<span class="image_l">
<img src="image/112meteora14.jpg" width="300" height="200" alt="ルサヌー修道院" /><br />
ルサヌー修道院</span>
2人とも少しネガティブになり始めていた丁度その時だった。後ろから私たちを追い越して行った乗用車が、クラクションを鳴らしながらスッと停車した。<br />
「あ～～～～～～～～！！」<br />
車の中にいた人を見て、チエコが叫んだ。どうやら顔見知りらしい。話を聞くと、前日お世話になったフランス人の夫妻だという。<br />
チエコが夫妻に現在の状況を説明すると、<br />
「上まで車にお乗りなさいよ」<br />
ということになった。<br />
渡りに舟とはこのことである。ルサヌー修道院は既に写真撮影も完了したことなので、この際スキップしても構わないだろう <span class="mspg">――</span> ということで、一も二もなくご厚意に甘えることにした。
</p>
<p>ご夫妻は私たちを、先程訪れたヴァルラーム修道院まで送ってくれた。ちょっと行き過ぎだが、ここからなら上り坂も無く、比較的楽に次のアギオス・ステファノス修道院方面へ歩くことができる。私たちは夫妻にお礼を言いながら車を下りた。<br />
その時 <span class="mspg">――</span> この日2つ目の"壊れ系"トラブルが発生した。下車する際にデジタル一眼レフカメラを地面に落とし、液晶を壊してしまったのである。幸い、撮影機能に影響は無かったが、プレビューなどが利用できなくなり、以降今回の旅が終わるまで、久々にフィルムカメラの感覚での撮影を余儀なくされる。<br />
それにしても、先程リュックが壊れたのもこの場所だった。何かの呪いでもあるのだろうか？</p>]]>
        
    </content>
</entry>

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    <title>メテオラ・３（2011年5月4日）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.a-daichi.com/travelogue/2011_1_greece/22meteora3.html" />
    <id>tag:www.a-daichi.com,2011:/travelogue//11.1219</id>

    <published>2011-08-07T07:14:04Z</published>
    <updated>2011-08-07T07:14:04Z<!--2011-08-14T13:35:42Z--></updated>

    <summary>先にチェックアウトを済ませるためバックパックを持ってフロントに出てくると、昨日エレベーターで一緒になった日本人女性が朝食をとっていた。そう言えば、この宿は朝食付きだった。私もチェックアウトを済ませるとすぐに、彼女と一緒に朝食にありついた。「今日はメテオラまでのバスが運休みたいですので、よろしかったらタクシーをシェアしませんか？」ありがたい申し出だった。バスが運休ならその方がいいだろう。この日のメテオラ巡りは、チエコというその日本人女性と行動を共にすることになった。念のため宿の近くのインフォメーションセンターで確認したところ、やはりバスは運休とのことだった。近くで路駐していたタクシーの運転手にメガロ・メテオロン（メタモルフォシス）修道院までの料金を尋ねたところ、9ユーロとのこと。どうやらこれが相場らしかったので、1ユーロのチップをプラスした10ユーロで行ってもらうことにした。道すがら、運転手から簡単なメテオラの解説を受けつつ、カストラキの街を経由してメガロ・メテオロン修道院に到着した。</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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    </author>
    
        <category term="エリア別・ギリシャ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ギリシャ、カタール、香港" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">メテオラ・３
<span class="f2">～メガロ・メテオロン修道院、ヴァルラーム修道院</span></h2>
<p class="hiduke">2011年5月4日</p>
<p>先にチェックアウトを済ませるためバックパックを持ってフロントに出てくると、昨日エレベーターで一緒になった日本人女性が朝食をとっていた。そう言えば、この宿は朝食付きだった。私もチェックアウトを済ませるとすぐに、彼女と一緒に朝食にありついた。<br />
「今日はメテオラまでのバスが運休みたいですので、よろしかったらタクシーをシェアしませんか？」<br />
ありがたい申し出だった。バスが運休ならその方がいいだろう。この日のメテオラ巡りは、チエコというその日本人女性と行動を共にすることになった。<br />
<span class="image_l">
<img src="image/104meteora07.jpg" width="300" height="200" alt="メガロ・メテオロン修道院" /><br />
メガロ・メテオロン修道院</span>
念のため宿の近くのインフォメーションセンターで確認したところ、やはりバスは運休とのことだった。近くで路駐していたタクシーの運転手にメガロ・メテオロン（メタモルフォシス）修道院までの料金を尋ねたところ、9ユーロとのこと。どうやらこれが相場らしかったので、1ユーロのチップをプラスした10ユーロで行ってもらうことにした。
</p>
<p class="mb0">道すがら、運転手から簡単なメテオラの解説を受けつつ、カストラキの街を経由して<strong class="akaji">メガロ・メテオロン修道院</strong>に到着した。<br />
暫くは外から眺めるが、やはり奇岩の上に建つ修道院の姿は壮観であり不可思議だ。メテオラ初日のチエコは特に興奮気味にテンションを上げていた。<br />
そして、いざ内部へ。修道院までは階段を上らなければならないが、<a href="/travelogue/2011_1_greece/20meteora2.html">昨日訪れたアギア・トリナダ修道院</a>ほど急傾斜ではない。<br />
入り口で、チエコはレンタルの巻きスカートを借りて腰に巻く。女性がメテオラの修道院に入場する際には丈の長いスカートをはくことを要求されるのだ。女性にとってはちょっと面倒である。</p>
<div class="ct">
<div class="image_c" style="width:732px;">
<span class="image_cl"><img src="image/106meteora09.jpg" width="240" height="159" alt="修道院の中庭" /><br />
修道院の中庭</span>
<span class="image_cl" style="border-left:none;"><img src="image/105meteora08.jpg" width="240" height="159" alt="修道院の生活がしのばれる展示" /><br />
修道院の生活がしのばれる展示</span>
<span class="image_cr"><img src="image/107meteora10.jpg" width="240" height="159" alt="ドクロが並ぶ納骨堂" /><br />
ドクロが並ぶ納骨堂</span></div>
</div>
<p class="below_image_c">
修道院内部はちょっとした博物館になっていた。かつての修道院の生活がしのばれる部屋や道具の数々が公開されていて、14世紀創建という歴史の深さを感じさせる。中には無数のドクロがむき出しに並べられている納骨堂もあり、慣れていないとギョッとさせられるかもしれない。<br />
<span class="image_r">
<img src="image/108meteora11.jpg" width="200" height="300" alt="ヴァルラーム修道院" /><br />
ヴァルラーム修道院</span>
きれいに整えられた中庭に出ると、周りの景色を一望することができる。眼下にはカストラキの街を、すぐ隣にはヴァルラーム修道院を見ることができる。
</p>
<p>次に、その<strong class="akaji">ヴァルラーム修道院</strong>を訪れる。細長くかなりの高さがある岩山の上に建っているが、隣接する山からかなり高い位置に橋が架かっているため、入場してからの高低差はそんなに無い。<br />
先程訪れたメガロ・メテオロン修道院が余りに素晴らしすぎてかすみがちだったが、こちらの修道院もレベルは高い。白亜の立派な鐘楼や美しいイコンなど、見るべきものは少なくない。周りの風景も良く、アギア・トリナダ修道院からは死角になって見えなかったルサヌー修道院をここからは見ることができる。<br />
中でも気になったのが、エレベーターだった。エレベーターとは言っても人が乗れるような代物ではなく、専ら荷物を上げ下げするためのものとみられる。今でこそ電動モーターで動かしているようだが、電気の無かった昔は恐らく、滑車だけの人力で上げ下げしていたのではないかと想像できる。</p>
<p class="mb0">ヴァルラーム修道院を出たところでこの日1つ目の&#8220;壊れ系&#8221;トラブルが発生した。長年愛用してきたリュックサックのメイン部分のファスナーが壊れてしまったのだ。カタールにいた5日前あたりから怪しかったのだが、ここにきてとうとう修復不能となってしまった。幸い、ノートパソコン用のスペースとカメラ用のスペースのファスナーはまだ無事だったので、メイン部分に入っていた物を全部それらのスペースにねじ込んでしのぐことにした。</p>
<div class="ct">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="/travelogue/2011_1_greece/image/109meteora11.jpg" width="300" height="200" alt="ヴァルラーム修道院のエレベーター" /><br />
エレベーター、稼働中</span>
<span class="image_cr"><img src="image/110meteora12.jpg" width="300" height="200" alt="メガロ・メテオロン修道院のロープウェイ" /><br />
ロープウェイ、稼働中</span></div>
</div>
<p class="below_image_c">
荷物を入れ替えつつヴァルラーム修道院の方に目をやると・・・<br />
「あ、動いている！」<br />
先程修道院内で見かけたエレベーターが、するすると上がって行くではないか。エレベーターだけではない。10分ほど後には、メガロ・メテオロン修道院へと続くロープウェイが動いているのも見ることができた。<br />
自然の地形が厳しい中で人の知恵を駆使しながら生きているのである。それはエレベーターやロープウェイにばかり言えることではなく、これらの修道院がこうした地形の場所に建てられたこと自体が、人の知恵の証しなのだ。
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>カランバカ（2011年5月3日）</title>
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    <id>tag:www.a-daichi.com,2011:/travelogue//11.1217</id>

    <published>2011-08-07T03:00:08Z</published>
    <updated>2011-08-07T03:00:08Z<!--2011-08-07T03:01:48Z--></updated>

    <summary>アギア・トリナダ修道院で補給した水分も、トレッキングコースを下っているうちに枯渇寸前になっていた。カランバカの街に出るや否や、まず最寄りのゲストハウスに飛び込んでドリンクを売っていないか尋ねてみたが、ここでは買うことができなかった。しかし、少し坂道を下って行った所にようやく売店を見つけ、炭酸入りのスポーツドリンクを1本買い求めた。水分が、糖分が、ミネラルが体にしみ渡り、炭酸がのどに爽快な刺激を与えてくれる。500mlのペットボトルはものの10分で空になってしまった。別の売店で同じものを更に1本買い求める。山を登る前にも気が付いてはいたが、カランバカの東側から北の奇岩を眺めてみると、遥か上に先程までいたアギア・トリナダ修道院の姿を確認することができる。山の上で見た時でさえ既に「何て高い場所にあるんだ！」と思わせられたが、麓の街から見るとその感慨もひとしおだ。</summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
        <uri>http://www.a-daichi.com/mt5/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=11&amp;id=1</uri>
    </author>
    
        <category term="エリア別・ギリシャ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ギリシャ、カタール、香港" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">カランバカ
<span class="f2">～メテオラの麓</span></h2>

<p>
<span class="image_r">
<img src="/travelogue/2011_1_greece/image/100kalambaka05.jpg" width="200" height="300" alt="カランバカからもアギア・トリナダ修道院が見える" /><br />
カランバカの街からも<br />
アギア・トリナダ
修道院が<br />
見える（右側の岩の上）</span>
アギア・トリナダ修道院で補給した水分も、トレッキングコースを下っているうちに枯渇寸前になっていた。カランバカの街に出るや否や、まず最寄りのゲストハウスに飛び込んでドリンクを売っていないか尋ねてみたが、ここでは買うことができなかった。しかし、少し坂道を下って行った所にようやく売店を見つけ、炭酸入りのスポーツドリンクを1本買い求めた。<br />
水分が、糖分が、ミネラルが体にしみ渡り、炭酸がのどに爽快な刺激を与えてくれる。500mlのペットボトルはものの10分で空になってしまった。別の売店で同じものを更に1本買い求める。</p>
<p>山を登る前にも気が付いてはいたが、カランバカの東側から北の奇岩を眺めてみると、遥か上に先程までいたアギア・トリナダ修道院の姿を確認することができる。山の上で見た時でさえ既に「何て高い場所にあるんだ！」と思わせられたが、麓の街から見るとその感慨もひとしおだ。</p>
<p>宿に戻り、ベッドでごろ寝をしながら休んでいると <span class="mspg">――</span> 太腿につりそうな痛みが走った。久々の山歩きで知らず知らずのうちに疲れが蓄積されていたようである。そろそろ夕食時だというのに、暫くは部屋を出ることもできない有様だった。</p>
<p class="mb0">夜の8時半を過ぎたあたりで、ようやく痛みが和らいでくれた。とはいえ油断は禁物。夕食は近くの広場で営業していたオープンカフェで済ませる。<br />
「○○オイシイヨ！」「××オイシイヨ！」<br />
店の主人が片言の日本語でお薦めメニューを教えてくれる。その中に丁度食べたいと思っていた料理があったのでそれを注文した。<br />
出てきた料理はパスティチオ。<a href="05athens1.html">先日</a>アテネで頂いたムサカに似ているが、具にマカロニが使われているのが特徴。パイ生地とマカロニとホワイトクリームのアンサンブルが絶妙な一品。ワイングラスを片手に、夜闇に浮かび上がる奇岩を眺めながら舌鼓を打つ。</p>
<div class="ct">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="/travelogue/2011_1_greece/image/103kalambaka08.jpg" width="300" height="200" alt="パスティチオ" /><br />
この日のディナーはパスティチオ</span>
<span class="image_cr"><img src="image/102kalambaka07.jpg" width="300" height="200" alt="夜闇に浮かび上がる奇岩" /><br />
夜闇に浮かび上がる奇岩</span></div>
</div>
<p class="below_image_c">宿に戻ると、到着したばかりの日本人女性バックパッカーがいた。この時は一緒になったエレベーターの中で二言三言会話をするにとどまったが、翌日のメテオラ巡りは彼女と行動を共にすることになる。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>メテオラ・２（2011年5月3日）</title>
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    <published>2011-08-06T14:20:17Z</published>
    <updated>2011-08-06T14:20:17Z<!--2011-08-06T14:21:35Z--></updated>

    <summary>アギア・トリナダ修道院の石段は想像に違わない急傾斜だった。しかし、苦労して上った先には絶景があるのが常である。ご多分に漏れず、修道院の南に目をやると箱庭のようなカランバカの町並みが、北に目をやると奇岩、そしてその上にヴァルラーム修道院やアギオス・ニコラオス修道院などが建つ大パノラマの風景を見ることができる。同じ場所からの風景でも、町並みを見ていると人の営みなんてちっぽけなものだな、と思え、奇岩の風景を見ていると自然の営みは壮大だな、と思えてくるから不思議なものだ。一方、修道院本体の方は規模も小さく、内装も壁画等あるものの余り印象に残っていない。やや周りの風景に食われてしまっている格好だ。 </summary>
    <author>
        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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    </author>
    
        <category term="エリア別・ギリシャ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ギリシャ、カタール、香港" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<h2 class="midashi">メテオラ・２
<span class="f2">～アギア・トリナダ修道院</span></h2>

<p class="mb0">
<strong class="akaji">アギア・トリナダ修道院</strong>の石段は想像に違わない急傾斜だった。しかし、苦労して上った先には絶景があるのが常である。ご多分に漏れず、修道院の南に目をやると箱庭のようなカランバカの町並みが、北に目をやると奇岩、そしてその上にヴァルラーム修道院やアギオス・ニコラオス修道院などが建つ大パノラマの風景を見ることができる。同じ場所からの風景でも、町並みを見ていると人の営みなんてちっぽけなものだな、と思え、奇岩の風景を見ていると自然の営みは壮大だな、と思えてくるから不思議なものだ。</p>
<div class="ct">
<div class="image_c">
<span class="image_cl"><img src="image/96meteora03.jpg" width="300" height="200" alt="アギア・トリナダ修道院" /><br />
アギア・トリナダ修道院</span>
<span class="image_cr"><img src="image/97meteora04.jpg" width="300" height="200" alt="箱庭のようなカランバカの街" /><br />
箱庭のようなカランバカの街</span>

<div class="image_c1 clearboth">
<img src="image/98meteora05.jpg" width="603" height="250" alt="アギオス・奇岩と修道院が織りなすメテオラの大パノラマ" /><br />
奇岩と修道院が織りなすメテオラの大パノラマ</div>

</div>

</div>
<p class="below_image_c">
一方、修道院本体の方は規模も小さく、内装も壁画等あるものの余り印象に残っていない。やや周りの風景に食われてしまっている格好だ。
</p>
<p>それよりも、渇きが限界に近づいている。とにかく、水が欲しい。期待していた売店も見当たらなかったが、中庭に<br />
「さあ、お飲み」<br />
と言わんばかりに蛇口が設置されているのが目に入った。<br />
このささやきは、天使の声か、悪魔の声か <span class="mspg">――</span> どっちだって構わない。多少お腹がゆるくなったって知ったことか。私は蛇口をひねり、そこから噴き出す甘露の水で存分に渇きを癒した。<br />
（結論から言うと、腹の調子が悪くなることは全く無かった）<br />
<span class="image_r">
<img src="image/99meteora06.jpg" width="300" height="200" alt="メテオラの奇岩" /><br />
帰りのトレッキングコースで見たメテオラの奇岩</span>
</p>
<p>気がつけば午後5時になっていた。帰りもトレッキングコースを歩いて下りることになるので、そろそろ日没が気になる。続きは明日に回すことにして、今日のところは引き揚げよう。<br />
カランバカに向けて南へとトレッキングコースを進んでいると、夕焼けにはならないものの、まばゆい西日が右側から降り注いでくる。右手にそそり立つ奇岩が、西日を背後から受けて幻想的な逆光の風景を創り出している。</p>
<p>上りは30分かかった道を、帰りは写真撮影で寄り道しながらも25分で下りることができた。<br />
日没を気にしつつ下りてきたが、まだまだ明るい。それもそのはずで、この季節のギリシャはサマータイム。普通の感覚よりも1時間時が来るのが遅かったのだ。</p>]]>
        
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    <title>メテオラ・１（2011年5月3日）</title>
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    <published>2011-08-06T09:22:10Z</published>
    <updated>2011-08-06T09:22:10Z<!--2011-08-07T03:46:36Z--></updated>

    <summary>トレッキングコースを抜け出た地点の舗装道路を右側に向かう方向には、杭のように地面から生え出るが如く聳え立つ細長い岩山があった。この一帯にはそうした岩山が幾つも見られるという点で、ベトナムのハロン湾や大陸中国に似ていなくもないが、それらが滑らかで女性的な印象を受けるのに比べ、メテオラの岩山はゴツゴツとしていて男性的・野性的だ。しかし、ここでの主役は岩山ではない。主役は、その上に建つ修道院である。目の前に見える岩の上にも、アギア・トリナダ修道院がある。恐らくは俗世から距離を置くためではあろうが、誰が、何を考えてこんな場所に建てたのだろう、という思いを禁じ得ない。思わず想像してしまったのは、雲を突くような巨人が岩の上に、積み木を載せるが如くちょこんと修道院を載せている、という情景だった。</summary>
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        <name>カズ＠憧れの大地</name>
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    </author>
    
        <category term="エリア別・ギリシャ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ギリシャ、カタール、香港" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.a-daichi.com/travelogue/">
        <![CDATA[<h2 class="midashi">メテオラ・１
<span class="f2">～岩上の修道院</span></h2>

<p>
トレッキングコースを抜け出た地点の舗装道路を右側に向かう方向には、杭のように地面から生え出るが如く聳え立つ細長い岩山があった。この一帯にはそうした岩山が幾つも見られるという点で、ベトナムのハロン湾や大陸中国に似ていなくもないが、それらが滑らかで女性的な印象を受けるのに比べ、メテオラの岩山はゴツゴツとしていて男性的・野性的だ。<br />
<span class="image_r">
<img src="image/94meteora01.jpg" width="300" height="200" alt="岩山の上に建つアギア・トリナダ修道院" /><br />
岩山の上に建つアギア・トリナダ修道院</span>
しかし、ここでの主役は岩山ではない。主役は、その上に建つ修道院である。目の前に見える岩の上にも、<strong class="akaji">アギア・トリナダ修道院</strong>がある。<br />
恐らくは俗世から距離を置くためではあろうが、誰が、何を考えてこんな場所に建てたのだろう、という思いを禁じ得ない。思わず想像してしまったのは、雲を突くような巨人が岩の上に、積み木を載せるが如くちょこんと修道院を載せている、という情景だった。<br />
早速上ってみたかったが、岩の壁面に急な階段が見える。心臓破りのトレッキングコースを歩いてきたばかりとあって、今からあそこまで上るということを心も体も拒絶した。まずはゆったりとした道を歩きながらメテオラの光景を楽しむことにしよう。</p>
<p>メテオラの修道院の中で一番南にある<strong class="akaji">アギオス・ステファノス修道院</strong>を目指して歩く。幹線道路に出る途中、1人の日本人女性とすれ違い、声をかけられた。<br />
  「こんにちは。日本からですか？」<br />
  「はい。さっきアテネから列車でここまで来て、1泊してメテオラを巡る予定です」<br />
  「あ！私もその列車で来たんですよ。でも、私は時間が無いので、タクシーをチャーターして急ぎ足で回って、今日の夕方の列車でアテネに戻るのですよ」<br />
  そう。そのやり方なら確かにアテネから日帰りでメテオラを訪れることも可能なのだ。しかし、それでは余りにせわしない。やはりメテオラは、最低でもまる1日かけてじっくりと巡りたい場所である。<br />
  <span class="image_l">
    <img src="image/95meteora02.jpg" width="300" height="200" alt="アギオス・ステファノス修道院" /><br />
    "梯子の下"から見たアギオス・ステファノス修道院</span></p>
<p>
  幹線道路に出てしばらく進むと、1か所ガードレールの無い場所があり、そこから下に降りる梯子が立て掛けられているのが見えた。<br />
  「こっちへおいでよ・・・」<br />
  そう誘う声が聞こえたような気がした。下りてみると案の定、アギオス・ステファノス修道院を見下ろす絶景が見える場所に出た。<br />
  修道院の足元はやはり切り立った岩山であり、遥か下に見えるカランバカの町並みは、まさしく&#8220;下界&#8221;。メテオラの修道院は&#8220;天上の修道院&#8221;と言っても全く大げさではない。<br />
  梯子を上って道路に戻り、修道院に向かう。この修道院は今いる山から極近い場所にあり、階段を上らなくても山から渡された橋を歩けばすぐにアクセスすることができる。いざ中へ <span class="mspg">――</span> と思ったら、中から出て来た修道僧に制止された。<br />
  「Close！」<br />
  見ると、修道僧や尼さんたちが続々と橋の向こうの門から出て来て車でどこかに去って行き、そして門は目の前で冷たく閉じられてしまった。<br />
  どうやら最悪のタイミングで来てしまったらしい。仕方が無い。明日もメテオラを巡る予定なので、時間があればもう一度来てみることにしよう。</p>
<p>ここで、大きなミスを犯していたことに気がついた。ミネラルウォーターを切らしてしまったのである。アギオス・ステファノス修道院の門前には売店らしき施設はあるものの、ここも「Close！」。暫く道沿いを歩いてみたが、何かを売っている気配は全く無い。<br />
［修道院の中に入れば、売店の一つぐらいあるかも・・・］<br />
私は、先程パスしたアギア・トリナダ修道院へ向かうことにした。</p>]]>
        
    </content>
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