世界への旅(旅行記)

モンゴル

※見出し部分の旗のうち、左がモンゴル国国旗、右が南モンゴル国旗。
※上記の地図で南モンゴルの領域は現在の"内蒙古自治区"と同じになっていますが、実際には旧満州国の領域が含まれていたり中国・河北省等に組み込まれてしまった部分があったりし、「南モンゴルの領域=内蒙古自治区の領域」と単純に言うことはできません。
| 概要 |
ロシアと中国、東トルキスタンの間に位置する、モンゴル族の住む高原の国。現在、独立国であるモンゴル国と、中国共産党に占拠されている南モンゴル(中国では「内蒙古自治区」と呼ばれているが、中国から見て"内側"という余りに中華思想的で一方的な呼称である)とに分かれている。
清朝滅亡後、北モンゴルでは王侯たちが独立を宣言。チベット仏教の活仏を君主とした政権を樹立する。その後も中華民国やロシアに翻弄されるが、1924年、ソビエトの後ろ盾を得たモンゴル人民党によりモンゴル人民共和国が成立する。 一方の南モンゴルではチャハル部出身のデムチュクドンロブ(徳王)を中心に独立運動が行われ、1939年、日本の関東軍の援助で現在の中国河北省・張家口にモンゴル連合自治政府が成立する。しかし日本の敗戦後、北モンゴルの支援を得られないまま中国共産党の支配下に置かれ、1947年、初の自治区として中国の一部に組み込まれてしまった。その後20世紀末に中国共産党による支配後も続いていたモンゴル独自の「盟」「旗」といった地方名を無理矢理中国風の行政単位名に変えられるなど、露骨な同化政策にさらされ、モンゴル人は漢人に駆逐されつつある。
地形の大部分は高原で、緑の広がる草原が多くの観光客を引き付けている一方、ゴビという大砂漠も横たわっている。特に南モンゴルでは、チベット同様の中国による無計画な森林伐採もあって、草原の砂漠化が年々深刻化している。
モンゴル国: 南モンゴル: |
| ビザ(日本人の場合) |
モンゴル国:期間・渡航目的の如何に問わず、ビザが必要。 南モンゴル:中国に占拠されているので、ビザに関しては中国と同じ。(中国ビザに関しては、中国大陸のページを参照) |
| 日本からのアクセス |
モンゴル国:成田からウランバートルに直行便が出ている。韓国や中国を経由して行くこともできる。 南モンゴル:日本からの直行便はなし。中国・北京などで乗り継ぎを。 |
| 主な都市・観光地 (青字は到達済み) |
モンゴル国:
ウランバートル、ダルハン、スフバートル、テレルジ、ビンデル、ダダル、チョイバルサン
南モンゴル:
サインシャンダ、ダランザドガド バヤンホンゴル、ハラホリン、アルタイ、オリヤスタイ、ホブド、オラーンゴム、ウルギー フフホト、パオトウ、エレンホト、シリンホト、マンチュリ、ハイラル
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| リンク | |
| 当旅行記の 該当部分 |
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