世界への旅(旅行記)
ネパール

| 概要 |
東西南はインドと、北はチベットと国境を接するヒマラヤ山脈南の国。 古代には4世紀に初の王朝・リッチャヴィ王朝が成立。その後8世紀に成立したマッラ王朝がやがてカトマンズ盆地を統一し、ネワール文化が栄える。その後三国鼎立時代を経て18世紀、西のゴルカ国(これがネパール人傭兵グルカ兵の名前の由来)がカトマンズに侵攻し、ネパールを統一して1769年にシャハ王朝が成立。シャハ王朝はその後も領土を拡大するが、1816年、ネパール・イギリス戦争に敗北後ほぼ現在の国境線内に縮小する。その後宰相の座を代々受け継いだラナ家が実権を握るが1951年に国王が亡命先のインドから復帰し、立憲君主制となる。しかしその後も議会の停止・再開が繰り返され、更にはマオイスト(毛沢東主義者)どもが内戦を起こしたり王族殺害事件が起きるなど、混乱状態が続く。2006年、国王が直接統治放棄と議会の復活を宣言し、2008年、王制が廃止され連邦民主共和制に移行するが、こともあろうにマオイストどもが政権をとってしまった。しかし2009年、陸軍参謀総長解任問題を巡り統一毛派を中心とする連立政権は崩壊し、現在ではネパール会議派、統一共産党などの非マオイスト勢力による連立政権が政治を運営している。 紀元前に仏教の開祖であるゴータマ・シッダールタが現在のルンビニにて生まれているが、現在この国で最も盛んなのは、一時国教にも指定されたヒンドゥー教。しかしチベット仏教も割合盛んである。 主産業は農業だが耕地面積は小さく、また失業率が高い、識字率が低いなど、問題は山積している。
人口約3000万人、面積14万平方km、首都はカトマンズ。通貨はネパール・ルピー。公用語はネパール語。日本との時差は-3時間15分。 |
| ビザ(日本人の場合) | 以前は「3泊4日まではビザ不要」もしくは「60日有効のツーリストビザ」ということになっていたが、2008年7月に制度が変更され、日程の如何にかかわらずビザが必要になった(インド国籍除く)。取得できるのは15日、30日、90日のマルチビザ。空港や国境でのアライバルビザ取得も可能。 |
| 日本からのアクセス | 関空からカトマンズへロイヤルネパール航空の直行便あり。タイ航空でバンコク経由、インドから陸路で、などの方法もある。 |
| 主な都市・観光地 (青字は到達済み) |
カトマンズ盆地:カトマンズ、パタン、バクタプル、ナガルコット 中部:ポカラ、バイラワ、ルンビニ、スノウリ、チトワン国立公園、コダリ 東部:ジャナクプル、ビラドナガル 西部:ネパールガンジ |
| リンク | |
| 当旅行記の 該当部分 |
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