マチュピチュ

2009年09月21日(月)

まる1日かけて、クスコからマチュピチュへ日帰りで出かけてきた。

列車で3時間弱。マチュピチュ村の駅から更にバスで山道を約20分かけて入場口に到着し、そこから少しばかり歩くと・・・

マチュピチュ

眼下に、そこそこ大規模な、当時の様子がよく分かる「天空の都市」が姿を現した。

「そこそこ大規模」と書いたものの、それは飽くまで「普通の感覚で言えば」ということであって、山の上の限られたスペースという地形や造られた時代(15世紀)を考えると、やはりその規模、そして石造りの建造物の精巧さには驚嘆させられざるを得ない。この遺跡が冬の離宮であったと考えられていることを思えば、十分な規模である
段々畑があり、貴族や技術者の居住区があり、宗教的設備あり――太陽の神を信仰してきたインカの人々の暮らしぶりが目に浮かんできそうだった。アルカパやリャマが少しばかり放牧されてもいたが、これらの動物もきっと、この都市が栄えていた当時にも放牧されていたことだろう。

そして、高台でこの都市遺跡を見下ろしながら、私はやはり、インドの北、中国の西にある、他民族に征服された天空の国のことに思いを馳せていた。

中央アジアの天空の城・ポタラ宮の主ダライ・ラマ14世猊下は他民族の侵略・征服の後にインドへと亡命した。
猊下がポタラ宮にお戻りになり、今では”遺跡”と化してしまったポタラ宮が再び”遺跡”の地位から脱却する日はいつ来るのだろうか・・・

※一部のエントリーにて写真をアップさせました!

マチュピチュ” への1件のコメント

  1. マチュピチュ写真、とりあえずネット上の無料写真でパンフレット試作品をつくり(パソコンプリントでわずか数枚ですが)、サイレントマーチと上野に持って行きました。

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