バス憧れの大地へ

雑記ブログ

旅のこと、写真のこと、チベットのこと――日々の雑感をつれづれなるままに書いています。
最近は長文を書くゆとりが無く、更新が滞っています・・・短文ならTwitterでつぶやいていますので、右サイドナビのTwitterパーツをご覧下さい

薩埵峠

三保の松原からバスでJR清水駅へ移動。そこから東海道線で1駅東の興津へと向かう。
興津は更に1駅先の由比とともに東海道の宿場町として「興津宿」「由比宿」と呼ばれた街だ。この両者の間にある薩埵峠が今回の目標だ。
列車を下りて興津駅を出ると、右側に東海自然歩道の案内看板が見える(写真左)。それに従って、正面の道を進んで1つ目の信号で左折する。暫くは「これ本当に東海自然歩道?」という自動車道の歩道を歩くが、やがて薩埵峠への案内板が見えてくる(写真右)。
ここから先は要所要所で案内板が出ているので迷うことはない。但し、これらの案内板に書かれている所要時間はかなり適当。普通に歩けばそれよりもかなり早く到着することができる。

案内板

暫く舗装道路を歩いた後、山道の入り口に到着。
しかし…
薩埵峠入り口の墓場
ここから入るんですか??
めっちゃ不吉なんですけど…^^;

墓場の合間をぬって、本格的な峠への道が始まる。ここで杖のレンタル(無料)があったので、迷わず2本借りてトレッキングをやる人がやるように両手で杖を繰り出しながら山道を進む。そもそも長さも傾斜もそんなにきついコースではなかったが、おかげでかなり楽々にあるくことができ、「薩埵峠」の碑のあるビューポイントにはものの5分で到着することができた。
そして、そこから見えたのは…
薩埵峠からの景色
駿河湾!
東名高速!
東海道線!

今回、静岡側からいろいろな場所で富士山を見てきたが、ここからの風景は一際素晴らしかった。湖と富士山の取り合わせは何度も見てきているが、海との取り合わせは雄大さが違う。そして、大自然に挟まれた高速道路や鉄道という“文明”の取り合わせも面白い。昨日富士川で感じた『最先端の文明と言えども、地球の、宇宙の営みと比べれば小さい』という印象もあるにはあったが、何かうまく“文明”と“自然”が調和しているようにも思われた。

そして、このビューポイントから平坦な道をもう少し東へ進むと、もう一つのビューポイントがあった。
薩埵峠からの景色
ここでは、東名高速と国道1号線が絡み合うように交差している風景が見られた。写真の構図としては、こちらの方が面白いかもしれない。

暫く歩くと山道が終了し、駐車場に出る。ここから終点の由比駅までは舗装道路になるが、この道筋には古民家が幾つも残っていて、宿場町だった頃の由比の風情を感じることができる。
由比の古民家

興津駅を出発してから写真を撮りながらのゆったりペースで2時間45分。由比駅に到着。ここでハイキングを終えて清水に戻る。

いや、良い風景を見ることができた。良い写真を撮ることができた。
ちょっと時間はかかるし山道を歩くことにもなるが、富士山好きなら一度は訪れたいビューポイントである。

三保の松原~リベンジ編

清水で一夜を明かし、朝一番のバスで三保の松原へ。昨日の夕方に続いて、前回雲に阻まれて富士山を見ることができなかったリベンジに挑む。

三保の松原入り口バス停から、今回は「神の道」を通らずに最短距離で海辺へ向かう。
海辺に到着してみると、前回よりは富士山がよく見える。あとは、少しかかっている雲がどいてくれれば・・・
三保の松原からの富士山

ところが、雲は私の期待とは裏腹に、ますます富士山を覆い隠していく。
三保の松原

[今回も駄目か?]
一瞬そう思ったが、富士山は気まぐれだ。あと1時間ぐらいは待てるので、その間にまた機嫌を取り戻してくれるかもしれない。
気を取り直して待っていると…
三保の松原からの富士山
機嫌を取り戻してくれた
まだちょっとだけ雲がかかっているが、全くの許容範囲内。と言うか、これ以上求めるのは贅沢というものだ。

せっかくの海辺なので、できるだけ海を広く写したい。ということで、できるだけ海側に寄ってみる。時折足首まで波にのまれてしまうが、いい写真を撮るためにはこのくらい何ということはない。それどころか、私は波の隙を見計らって一番波打ち際近くにある岩の上に座り込み、その下を寄せては引く波の様子も取り込みながら富士の風景をカメラに収めていた(上の写真)。

ちょっと場所を変えて、そこまで無理しなくても波打ち際から海が広く撮れるポイントから撮ってみた。
三保の松原からの富士山
テトラポットが邪魔、と感じる人もいるかもしれない。確かに無粋で、無ければもっといい風景になるのは確かだ。
しかし、こうした護岸の努力をしないとこの浜辺を侵食から守れないのである。無粋で、一見景観を壊しているようにも見えるテトラポットだが、逆にこれが無いと世界遺産にもなったこの三保の松原の風景を守ることはできないのである。

ひとしきり写真を撮り終えたところで、松原の浜辺を後にすることにした。

途中、浜辺で焚き火をしている地元の人がいた。何を燃やしているのだろう、とふと覗き込んでみると、
――ゴミだった。
海から流れ着いたものもあるだろう。しかし、この浜辺には一見してマナーの悪い釣り人が捨てていったと分かるゴミも少なからずあるのである。
これまでずっとここで釣りをやっていた人々の仲には、あるいはそういうことが半ば習慣(悪習)として身に着いてしまった者もあるかもしれない。しかし、三保の松原は今や世界遺産なのだ。今までのようにはいかなくなったのである。そういった意識は改めていただかないと。

貴重な世界遺産。
世界に誇る、日本の遺産。
だから、
みんなで守りたい。

富士川、清水~リベンジ編

9月に、富士川と清水で富士山撮影に挑むも雲に阻まれるという非常に悔しい出来事があった。
何とか年内にリベンジしたいという気持ちが強かったが、冬になってしまうと厳しいので何とか秋のうちにやりたかった。
毎度のように富士山頂の天気予報をチェックしていると、この3連休はどうやら条件がよさそうだ。とはいえ、裏切られたらつまらないので、取りあえず宿は予約せずに出かけてみた。

東海道線で西へと向かっていると、前回の静岡行きでは一度もくっきりと見ることができなかった富士山が、今日はくっきりと見える。
よし、今日こそはいけるだろう。ここで私は列車内で携帯電話でネットに接続し、清水の宿を予約した。

11時前、富士川駅に到着。
富士川駅近く
富士山の見え方に異常なし。

歩いて富士川の河川敷へ。
逆さ富士
富士川の川面に映る逆さ富士が私を出迎えてくれた。

既に先客のカメラが並んでいる川岸に下りて撮り始めたのが、今回の本命であるこれ。
富士山と新幹線
定番の撮り方ではあるが、富士山と新幹線のコラボレーション

角度を変えて。
富士山と新幹線
ちょっと雲がかかってきたけれど、これくらいなら全くの許容範囲。

今年が東海道新幹線50周年だったこともあって、何とか今年中に撮り終えたかった図式だった。
50周年というと私が生まれる前のことであり、そう考えると長く感じられるが、今その向こうに見える富士山は、それとは比べ物にならないくらい前からそこに居るのだ。何万年もの歴史のある自然の造形と、生まれてほんの50年の文明の象徴――考えてみれば不思議な取り合わせだ。いかに最先端の文明と言えども、地球の、宇宙の営みと比べればちっぽけなものだ。

ひとしきり撮影したところで、再び東海道線で清水へ。

清水で富士山といえばやはり三保の松原。バスで行くのが常道だが、清水駅近くの河岸の市から「三保」行きの水上バスを見つけたので、話のタネにと乗ってみた。
海の上から富士山を見るのは、実はこれが初めて(多分)。
水上バスから見る富士山

ただ、この水上バスが到着する「三保桟橋」は、同じ三保半島とは言っても三保の松原からはかなり離れていた。
まあ、夕日には間に合うだろう、と思っていたのだが、確かに西の空は赤くなってきたが、富士山の辺りは全く赤くならない。それどころか、形は識別できるもののだんだん霞んでくる。
夕霞の富士山

三保の松原はちょっとうまくいかなかったが、いい撮影スポットは見つかった。明日の朝もう一度来てチャレンジすることにしよう。

チベット本土の矛盾を垣間見る――映画「オールド・ドッグ」

軽食の屋台やライブのステージで活気を帯びる、11月初頭の早稲田大学。
「早稲田祭」で賑わうキャンパスの一角で、アカデミックな映画上演と講演会が行われていた。

その映画は、「オールド・ドッグOld Dog)」。中国共産党に不法占拠されているチベット本土に在住するペマ・ツェテン氏によって撮影された作品だ。

舞台は、アムドと呼ばれるチベット北部(中国に『青海省』と呼ばれている地域)のある場所。そこに暮らす遊牧民のチベット人老人は、中国でもてはやされるようになっていたチベタン・マスティフの老犬を飼っていた。一方、彼の息子はそのチベタン・マスティフを高値で売ろうとする。老人は「犬は遊牧民の命綱」と頑として売ることを拒むが、犬の仲買人も老人にまとわりつき、犬泥棒も出没し、老人は重苦しいプレッシャーに悩まされる。そして彼は…

中国の占拠下で撮影・上映される映画なので露骨には表現できないが、そこに垣間見えるチベット本土の矛盾を、同大学の石濱裕美子教授が上映後、解説して下さった。

  • 馬にのる老人 VS バイクに乗る若者
  • 高原で遊牧するチベット人 VS 町で教師や公安の職につくチベット人
  • ブローカーはチベット犬の値段を相手によって変える。犬の時価は?
    →チベット人には最低額を提示=チベット人を二級市民として軽んじている
  • なぜ町はいつも暗く人気がなく曇天なのか?
    →チベット本土の重苦しい、どこにも出口がない状況を暗示
  • 老人はなぜタバコを断るのか
    →中国においてタバコはコミュニケーションツール。それを断るということは、中国人とのコミュニケーションを拒んでいるということ
  • 老人の息子はどちら側の人か?
    →両者の境界の人
  • 不妊のチベット人
    →チベット人に対しては意図的な不妊治療が往々にして行われている(チベット民族を絶やすため?)
  • テレビから流れる貴金属の宣伝
    →中国に蔓延する拝金主義
  • テレビを見る無気力な視線
  • そして・・・マスチフ犬は何を象徴しているのか?
    →チベット独自の伝統や生活の終焉

結末はここでは書かないが、とにかく、重苦しく、救いの無い悲しい映画だった。
そして、この重苦しさ、救いの無さ、悲しさこそが、現在のチベット本土を覆っているものなのだ

いつかDVDが発売されることがあるだろうか。決して明るい映画ではなく、「問題作」とも言える作品だが、その時は上記のようなことを踏まえた上でぜひ見ていただければと考える。

※参考サイト:チベット文学と映画制作の現在「オールド・ドッグ」

Google

WWWを検索a-daichi.comを検索

<新着記事>