チベット合同写真展開きます!@東京・西荻窪【終了】

昨年は単独でチベット写真展という無謀な試みを実施してしまいましたが・・・
今年は合同写真展に参加します!

チベット写真展~笑顔・祈り・大地~

チベット写真展~笑顔・祈り・大地~

チベットに魅せられた人々が必ず口にする、「人々の溢れる笑顔」「尊き仏教文化」そして「美しい大地」。それらをテーマにチベットに魅せられた旅人達がとっておきのワンシーンを持ちよりました。チベットの魅力を写真を通じて多くの方と共有したく写真展を開催致します。


期間:2010年6月5日(土)~6月27日(日)
場所:旅茶箱(西荻窪駅徒歩5分) http://ameblo.jp/greenbazaar/

主催:Students for a Free Tibet 日本(SFTJ)
協力:チベタン・チルドレンズ・プロジェクト(TCP)、チベコロ

※会場はカフェの為、ワンドリンク以上のオーダーをお願い致します。
※毎週土曜日 18-23:00はイベント「出張旅人の夜」の為チャージ300円をいただいております。
※会期中に別のイベントのお客様もいらっしゃっています。詳細は旅茶箱ページでご確認下さい。

旅茶箱

何卒お誘い合わせの上ご来場お願い申し上げます。

チベット・カム地区のジェクンドで大地震

2008年のアバ大地震からほぼ2年。またしてもチベット東部で大地震が起きてしまった。
場所は、ウ・ツァン、アムド、カムのチベット3地域が接する地点の近くにあるジェクンド(ケグドゥ)。山奥ながらかなり規模の大きな街だ。


より大きな地図で チベット・カム地区ジェクンド を表示

中国西部でM7・1の地震 学校倒れ児童生き埋め(中日新聞 2010年4月14日)
http://www.chunichi.co.jp/article/world/news/CK2010041402000205.html

 【北京=朝田憲祐】中国中央テレビなどによると、中国青海省南部の玉樹チベット族自治州玉樹県で14日午前7時49分(日本時間同8時49分)、マグニチュード(M)7・1の地震が発生した。震源の深さは約33キロ。木造家屋はほとんど倒壊し、同日午前11時(日本時間正午)までに、少なくとも67人の死亡が確認された。
 死傷者はさらに増えるとみられる。米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は死者が300人を超えたと報じた。一部の学校が倒壊し、小学生らが生き埋めになっているという。中国地震局は、災害救援隊を現地に派遣した。
 地元テレビ局の担当者は「地震発生と同時に、建物が激しく揺れたかと思うと、一瞬にして倒れた」と興奮気味に話し、「就寝中だった住民も少なくなく、被害はかなり大きくなるだろう」との見通しを示した。
 地元政府は、M4~6規模の余震が続く中、緊急対応指揮部を設置。軍や警察などの治安部隊が、家屋の下敷きになっている被災者の救助作業に当たっているほか、臨時の医療用テントも設けた。
 一方で、同省を管轄する蘭州軍区に出動を要請したが、現場は、チベット自治区や四川省に近い中国西部の、平均標高4000メートル以上の山間地帯で、道路条件も悪く、約800キロ離れた省都西寧からは少なくとも丸1日かかるという。このためパラシュート部隊の出動を求めている。

4月15日の段階で、死者は617人にまで増えてしまったと報道されている。

M7.1と言うと、M7.3だった阪神・淡路大震災と同等の規模である。1995年1月17日のあの日、私は震源地から170kmも離れた広島県尾道市に旅行で来ていたのだが、それでも震度4の大きな揺れに叩き起こされ、恐怖の余りに机の下に隠れて小さくなったことを今もはっきりと覚えている。今回ジェクンドを襲った地震は震度4どころではなかろうから、人々がどれ程の恐怖に陥ったか、想像するに余りある。

学校倒壊と聞くと、やはり2年前の大地震が思い出されてしまう。TVの報道によると、倒壊していない建物と倒壊した建物の差がはっきりしているという。
あの時の教訓から耐震性の強化などの措置は取られていなかったのだろうか。同じことの繰り返しが起きてしまったとすると余りにやりきれない。

どうして立て続けにこの一帯で大地震が発生するのか――どうやら原因は同じところにあるらしい。

地元で近年最大級=「08年四川」と同じプレート-青海地震(時事通信  2010年4月15日)
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2010041500067

 【北京時事】中国地震台ネットセンターは、中国青海省玉樹チベット自治州玉樹県で14日に起きたマグニチュード(M)7.1の地震について、同じ地区で2006年7月18日に起きたM5.6の地震を上回り、地元では近年最大級の地震だと指摘した。中国新聞社電が報じた。
 同センターによると、今回の地震は四川省甘孜-玉樹-風火山を結ぶ断層で発生。この断層はバヤンカラ山脈が乗るプレートの南端を通っているが、08年5月12日の四川大地震(M8.0)も同プレートの東南端で発生したという。
 同センター予報部の劉傑主任は今回の地震について、本震の前にM4.7の前震があり、余震も続く「前震-主震-余震型」と指摘。「四川大地震と比べると余震の数は少ないかもしれないが、強い余震が起きる可能性もある」と警戒を呼び掛けている。

6万人が死亡したアバ大地震よりも死者が少ないのが不幸中の幸い――などと思ってはいけない。600人だろうと6万人だろうと、大勢の尊い命が奪われたことに変わりは無いのである。
命を落とした方々には哀悼の意を示し、生き延びたものの余震に怯えながら氷点下にもなる寒さの下苦しい生活を強いられている人々には支援の手を差し伸べたい。

しかし、支援するにしても支援先に注意が必要だ。例えば、以前のアバ大地震の時にも支援物資を中国人が横流しするなどの問題が発生している。
信頼できる団体の支援活動を以下に。

最後に・・・
必ず「中国青海省」は「チベット・カム地区」に、「玉樹」は「ジェクンド」に置き換えて読んでいただきたい。

当時の現地の写真

「雪の下の炎」(樂真琴監督)DVDリリース!

セブン・イヤーズ・イン・チベット」「クンドゥン」「ヒマラヤを越える子供たち[DVD]」「チベットチベット」「風の馬 」等、チベット関連のDVDをいろいろ集めていますが、ついに待ち望んでいたあの名作がDVD化されました!
雪の下の炎「雪の下の炎」(樂真琴監督)
以前にも紹介した、チベット僧パルデン・ギャツォ師の33年間に及ぶ理不尽な獄中生活とインド亡命後の活動を描いた作品です。

昨日、4月8日のリリース日を前にNYから樂監督(どーでもいいことですが、カズのマイミクさんでもあります)が駆けつけて記念上映会が行われました。
作品の内容紹介と感想は以前に書いたものを参照していただきたく思いますが、挿入歌に使われているテチュンさんの歌に関しては、テチュンさんのリサイタルを観賞後初めて見た今回、歌っている彼の顔が思い浮かんでこれまでとはまた違った感慨もわきました。

上映後には樂監督と「I Love Tibet」主宰者のライター長田幸康さんによるトークイベント。元気でハキハキとした樂監督とチベットを知り尽くした長田さんとの間で軽妙なトークが展開されました。パルデンさんが最初に入ったお寺のこと、撮影秘話、プライベート秘話(笑)、メーキング映像の一部紹介、そして「チベット政府は独立を放棄して『高度な自治』を求めているが、チベット人の本音は本土の人も亡命社会の人も『独立』なのである」(このギャップについては映画の中でも垣間見ることができる)、「このDVDをお知り合いの中国人に見せてあげて下さい。彼らは(2008年に聖火リレーが行われた時の)長野の時みたいに集団になるとダメですが、個々人は話せば分かります」などのお話がありました。

終了後も、DVDの先行販売と樂監督のサイン会。しかし、「サインなんてしたことがない・・・」と樂監督。私もDVDに書いていただきましたが、とてもシンプルで初々しいサインでした♪。

上にも書きましたが、DVDは4月8日に発売開始となります。映画館で見損ねた方は勿論、既に見たという方も、DVDでしか見られない撮影秘話も含まれていますので、ぜひお買い求めを!
購入ページはこちら

ダライ・ラマ法王長野講演チケット

チベット民族蜂起記念日のこの日に合わせたという訳でもないが、6月20日に長野で行われるダライ・ラマ法王講演のチケット購入に動き出す。

チケット発売開始は3月1日。
まだ10日しかたっていないな♪
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まだ10日・・・
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うそ・・・
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ネットでチケットぴあ、ローソンチケット、その他いずれを見ても・・・
完売。

前言撤回。

もう10日・・・ (T_T)

どこかないか?
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あった!
e+(イープラス)で3階A席だけ、わずかながら残っていた。
ショボイ席だが、この際仕方が無い。
勿論、
即購入!

チケットを受け取ったところ、3階席の最前列。まあ、最前列ならいいだろう。

まだ購入されていない皆さん、こちらであと少し売ってますよ!!
http://eplus.jp/sys/T1U89P0101P006001P0050001P002038659P0030001P0006
――と、そのURLを貼り付けようとしてイープラスのサイトにアクセスしてみたら・・・

アリーナSS席 ×
アリーナS席   ○
2階席      ○
3階席A     ○
3階席B     ×
※3月10日22:20現在

補充されとるやん!!
チケットぴあでもほぼ同様の状況だった。

即、アリーナS席を申し込み直したのは言うまでもない。

<補足(2010年5月17日)>
どうやら「完売御礼」のようです。

という訳で、現在3階席Aのチケットが宙に浮いている。

最後に、講演会情報を。

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■日時
平成22年6月20日(日) 14:00~16:00(開場11:00)
■場所
ビッグハット(長野市若里多目的スポーツアリーナ)
長野市若里3-22-2
■テーマ
善き光に導かれて-今、伝えたい心-
(日本語通訳付)
■主催
善光寺
■共催
ダライ・ラマ法王日本代表部事務所(チベットハウス)
http://www.tibethouse.jp/
■後援
全日本仏教会、長野県仏教会、長野市仏教会、全国善光寺会
■協力
長野県仏教青年会
=================

ロサル・パーティー~チベット料理の夜

ロサル・パーティー会場
ロサル・パーティー会場
2月14日に「本日はチベット正月ロサル」という記事を書いたが、この日は2週間遅れ(会場確保などの都合でこの日にずれ込んだとのこと)でロサル・パーティーが東京都内で開かれ、在日チベット人の方々がチベット料理を作って私たち日本人をもてなしてくれた。

会場に来てみると、祭壇が設けられてダライ・ラマ14世猊下のお写真が飾られている。来訪者は一人ひとり、その祭壇に相対してチベットの伝統的な作法で法皇様に祈りを捧げる。
そして会場中央のテーブルにはモモ(チベットのギョーザ)、チョメイン(チベット式焼きそば)、フィンシャ(春雨と野菜のスープ料理)、シャドクツォ(ゆで肉)、スウェン(肉団子)、カプセ(チベットのクッキー)、ツァンパ(麦こがし)、バター茶など、ロサルに欠かせないチベット料理の数々が並んだ。

モモ
モモ
チョメイン
チョメイン
フィンシャ
フィンシャ
カプセ
カプセ

立食式のアットホームな雰囲気の中、日本人とチベット人で、日本人同士で、楽しく会話を弾ませながらチベット料理に舌鼓。

立食形式で会話を楽しみつつ食事
立食形式で会話を楽しみつつ食事
盛り付け一例
盛り付け一例

中でも私が注目したのが、今回初めてお目にかかる「ザ・主食・オブ・チベタンツァンパだった。日本で言えばはったい粉みたいなもので、そのまま食べると粉っぽさばかりが感じられる。そこで、現地で行われるように、バター茶を混ぜて練りながら食べてみると、これがなかなかいける。
そんなマニアック?なことをやっているのを見た知人(女子)が、
きゃーーー!!
ツァンパをバター茶でコネコネするのが夢だったんですよ♪

――ここにもマニアが一人(-_-;

ツァンパ
「ザ・主食・オブ・チベタン」ツァンパ
バター茶でこねたツァンパ
バター茶でこねたツァンパ

ところがこのツァンパ、ゴルフボール1個分ぐらいの大きさだけでも満腹感がかなりくる。少量で満腹になるのは省エネ的でいいのかもしれないが、他の料理ももっと味わいたい今回の食事会ではちょっと障害になってしまった。
チベット風赤飯追加!
チベット風赤飯追加!

料理はたっぷりと出され、8時前ぐらいになると皆さん満腹気味。
そこへ・・・
チベット風赤飯(チベット名失念デシー*)炊けましたよ! 皆さんどんどん食べてください!
――いえ、お気持ちは嬉しいですが、もうお腹いっぱいです・・・
ということで、おにぎりにしてお持ち帰りとなった。

料理は勿論美味しかったが、それより何より、もてなしてくれたチベット人の皆さんの心遣いが嬉しかった。
「彼らをこれからも支援していきたい」
そんな気持ちを新たにさせられた、心の温まる食事会だった。

*ヌーhiron様、ツァンパコネコネまにあ様、情報ありがとうございました!

Happy Losar !

明けましておめでとうございます。

ってこの時期に何を言うか?という声が聞こえてきそうだが・・・。

最初に断わっておくが、旧暦の正月だからではない。中国で暮らしていた数年前ならまだしも、今や旧暦の正月を祝う理由は完全に無くなった。

では、なぜ「明けましておめでとう」なのかというと・・・

本日はチベット暦の正月=ロサル(Losar)なのである☆

ihearttibet

チベットが、そしてチベットの人々が、新しい年を迎えたわけだ。
チベットの新しい1年は、どのようなものになるか――チベットは相変わらず難しい状況に置かれているが、ほんの少しでも、いやできれば劇的に、昨年よりもいい1年になってほしいと願うばかりである。

ところが・・・
冒頭でも書いたが、今年はたまたまロサルが旧暦の正月=春節と重なってしまった。それをいいことに、中国共産党お抱え報道機関は、チベット人が春節を祝っているかのように見せる記事を躍起になって報道している。
例:http://japanese.cri.cn/881/2010/02/12/144s154727.htm
チベット文化と中国文化は全く別ものなのだし、今年ロサルと春節が同日になったのはあくまで偶然なのだから、リンクさせるのはやめていただきたい。
チベットの人々が祝うのは、あくまでロサルであり、春節ではないのだから。

さて、年明け早々、ビッグイベントが開催される。
ダライ・ラマ法皇とオバマ米大統領の会談だ。
チベットのリーダーとアメリカのリーダーとの会談、ということ以外に、この会談はもう一つ、重要な意味がある。
ダライ・ラマ法王は1989年の、オバマ大統領は2009年の、ともにノーベル平和賞受賞者であるという点だ。
ちょうど20年の時を経て同じ平和賞を受賞した者同士の会談ということで、このイベントは単に世界に影響力を持つリーダー同士の会談、ということにとどまらず、平和イベントとしての会談たり得ることが期待される。
案の定、中国共産党が横やりを展開しているが、これに屈することなく、実りある会談を実現させてほしい。


        チベットに平和を!
        世界に平和を!

<ロサルの歌>

歌うはあのTechungさんです!

「聖地チベット展」最終日をチベット人と参観(2)

さて、「聖地チベット展」参観後の懇親会。時間ぎりぎりで到着してみたら私たちが最後だった。
「あれ? 人数増えてる?」
と、よく見たら、赤い袈裟を着たお坊さんたちが加わっていた。そう言えば展覧会会場で、口を何かでふさぎながら(なぜ口をふさいでいたかということについてはこちらの記事をご参照ください)参観していたお姿をお見かけした。
「ブータンの一番大きなお寺のお坊さんだそうですよ」
と、今回の主催者が言う。会場で見た時はチベット人かと思ったが、ブータン人だったか。ブータンの方とお会いするのはこれが初めてのことだった。
お坊さんたちは食事が終わったらすぐに引き揚げたが、私たちは食後が本番だ。「聖地チベット展」の感想を話し合う。

今回参加してくださったチベット人は、
・Around 30?の男性。インド・ダラムサラの亡命社会出身。
・Around 20の女性。中国支配下の“チベット自治区”出身。
の2人。チベット人以外にも、チベットを知り尽くした作家・渡辺一枝さんらが参加された。

男性の方は2度目の参観だったが、2度目となる今回は前回にも増して時間をかけたという(それより遅れた私たちって、一体・・・)。
彼の感想は
悔しい、悲しい
ということだった。
まず、このブログでも既に何度か書いてきたことだが、仏様が丸裸で展示されていたことが悲しかったという。
それ以外にも、
仏像があるのに、お坊さんがいなかった
並べ方がめちゃめちゃだった
展示の冒頭がソンツェン・ガムポのことから始まっていたけれど、チベットはいきなりソンツェン・ガムポから始まったのではない。チベットの歴史も仏教も、ソンツェン・ガムポより前からあったのです
「中国からお妃を迎えたソンツェン・ガムポを最初にもってくることで、中国と結び付けたかったのでしょうね」(一枝さん)
などと、悔しさをにじませながら語ってくれた。

女の子の方は、日本に来た経緯について話題が集中しがちだったが、その中で誰かが、
「今回見た仏像の中で、本土で見たことがあるものってありましたか?」
と彼女に尋ねた。彼女は「うーん・・・」と首をかしげる。と、一枝さんがこう言った。
「仏像の前に立ったことがあったとしても、見ていないかもね。チベットでは仏様の顔をまじまじと見たりしないから
――そう。
そこも「聖地チベット展」の問題の一つなのだ。
日本でも仏教徒なら仏様の前では手を合わせて頭を下げるが、チベットでは仏様のお顔を見ることすら避けるのである。
然るに、この展覧会では、展示する方は仏様を美術品としてしか扱わず、見る方もそれにまんまとはまって、仏様を展示品として、好奇の対象としてまじまじとガン見してしまう。そこにはやはり、信仰の対象に対する敬意が欠如してしまっている。

チベット展に対する印象のほか、亡命社会で育ったチベット人と中国支配下のチベット本土で育ったチベット人との微妙な差も感じられた。
例えば、
「こんな会に参加して大丈夫?」
「日本にも中国の公安が少なからず紛れ込んでいるようだけど、怖くない?」
と聞かれた本土出身の女の子は
「怖いです」
と認める。試しに私は、亡命社会出身の男性に「あなたはどうですか?」と振ってみたが、
「そういうことは全然ないです」
との答えだった。

思えば、私の知り合いのチベット人は、これまでほとんどが亡命社会出身者で、本土出身のチベット人と話したことは殆ど無かった。
今後は本土出身のチベット人と知り合いになることもあるだろうが、そうした微妙な差を考えつつ接する必要があるかもしれない。

同展に対するチベットの方の考え方を聞くことができたのも貴重だったが、今回は「チベットの方との親交」そのものが大きな収穫だった。男性の方とは既知の仲であるが、これまでよりも何倍も彼を「チベット人として」感じることができた。

そして、一番強く感じたことは、
チベット人の方に心が向いていないチベット支援などあり得ない。自己満足だけでやっているのならそんなものはチベット支援ではない
ということの再認識だった。至極当たり前のことだが、一番大切なことである。

自分がチベット支援をする上での大きな指標を確認できた思いだった。

     チベット人と共に・・・
     チベットと共に・・・

「聖地チベット展」最終日をチベット人と参観(1)

チベット人やチベット支援者を中心に大ひんしゅくを買った「聖地チベット展」がこの日、やっと最終日を迎えた。チベットサポート仲間の知人に誘われたこともあり、私は同展最終日をチベット人と参観する企画に参加した。

混雑はイベント最終日の常である。私が参加した企画は混雑のピークを避けるため?に午前10時という割と早い時間の集合で始まったが、それでも入り口には既に行列ができていて、中に入るまでに10分ほどかかった。午後はどのくらい混雑したやら・・・。
10人以上で入場したが、中に入ると人波の中、案の定バラバラに。私は上記の知人とペアでWツッコミ体制にて参観する。
会場内ではチベットの方とご一緒できなかったのが残念。

ツッコミ入れつつの参観はにもやったことがあり、知人も既に何回か参観していたのでツッコミどころは分かっており、人の多さもあって少しばかり端折りながらの参観になってしまったが、今回も新たなツッコミどころ(ということは、前回気づかなかった、見落としていた、気に留めていなかったということですね・・・)が出るわ出るわ。

『中国、インド、ネパールの影響』とか書かれていますけど、中国系の仏像って展示されてないですよね
「あ、この間来たときに音声ガイドを借りて聞いたら、『実は(この展覧会では)中国の仏像はとても少ないです』って白状していました(笑)」
(その他、知人は音声ガイドについて『何か』『どこか』という曖昧な言い方や、やたらと過去形が使われていたことにツッコミを入れていた)

よく見ると――この仏様の顔、厚化粧で胴体と色がアンバランスですね
(これに関しては、『チベット仏教ではお坊さんが仏像に寄進された金粉を上から塗っていく習慣があるが、塗るのは着衣が無く露わになっている顔だけなのでこうなった』との説明が後の懇談会であった。ちなみに、以前にも書いたがチベット仏教では仏像に衣服を着せるのが正しい安置のし方であり、丸裸のままという同展の展示方法はチベット仏教の伝統に反する神仏への侮辱である

おっぱい丸出しだし、お腹丸出しだし・・・
(上記参照)

“チベット仏教”ではなく“チベット密教”とばかり表現しているのも気になりますね。チベット仏教は顕密両面の要素があるのに、これでは来館者に『チベット仏教=密教』っていう誤解を植え付けてしまいませんかね
(ついでに言うと『父母仏』=男尊(父)と女尊(母)が抱き合って何かをしている=がやたら強調されているように思われたのも気になった)

(十一面千手千眼観音菩薩立像を裏から見ながら)
こうやって裏側から仏様を見るなんて、本来あり得ないですよね
しかも木のつっかい棒で支えられていますし・・・

そして例の「盗作地図」の前でほぼ前回同様のツッコミを入れた後、2階へ。

「元・明・清の往来」の部分では、またまた前回同様のツッコミを入れたほか、新たなツッコミ(=うかつにも前回スルーしてしまっていた)が!

ハ?? 何これ? 『明代の永楽帝はチベット仏教の各宗派を並立させて均衡を保たせる政策をとった』って!?
そう!!
あたかも明国がチベットをコントロールしていたかのような書き方だが、逆に永楽帝はモンゴルが実現していたような特定の宗派との結びつきを得られず、チベットに影響力を及ぼせていなかった、というのが真相では?

唯一2人してはしゃいだのが、チベット医学のタンカ「四部医典タンカ・樹木比喩図」の部分。というのも、前日チベット芸術フォーラムの講演会で長野のチベット医・小川康氏がこのタンカについて実に面白く、興味深いお話があったのだ(但し、私はスタッフとして写真撮影に集中していて断片的にしかお話を理解できずにいた)。
でも、こういうチベット医学が亜流のようにしか説明されていないのは問題ですよね」(知人)
同感・・・

最後に、前回は見なかったビデオ上演を鑑賞。知人がある話を聞いていて、それってどこだ?2人して目を皿にしていたが・・・
「あ、ここ!!」
ポタラ宮内部の映像が流れる中、そこにダライ・ラマ14世猊下のお写真が!!
現在、中国共産党の占拠下に置かれているチベット本国では法皇様のお写真は所持すら禁止されている。それが映っているということは相当古いフィルムである――いや、ツッコミどころはそこではない。当展覧会がひたすらタブーとしていたダライ・ラマ14世猊下のお顔が思わぬところで出てしまっているあたり、主催者側もおマヌケである。

ようやく全て見終わり、物販エリアへ。しかし、ここではもうツッコミをする余裕が無くなってきた。余りの人の多さに気分が悪くなってきたのだ(いや、気分が悪くなった原因は人の多さ以外にもあったに違いない)。人いきれからくる暑苦しさもあるが、それだけだろうか・・・
「酸欠ですか?」
企画参加者の知人(上記の方とは別の人)が言う。

――そうか。
天空の聖地チベットの展示を見ているうちに酸欠・・・
って、
    高山病ですか(笑)

(次回に続く)

「聖地チベット展」を参観して(まとめ)

6回にわたって「聖地チベット展」参観レビューを書いてきたが、ここでまとめを。

第6回の記事でアンケートに書いた内容が、私の率直な感想である。

 ・信仰の対象としての敬意が払われていない
 ・展示物があった寺院などがどうなったのか説明されていない
 ・チベットの現状について一切触れられていない

(1)信仰の対象としての敬意が払われていない

同展を参観した方々のブログには、
「(芸術品として)素晴らしかった」
という声が多く掲載されている。確かに、同展の出品物はどれも一級品であり、心を奪われる美しさがあることは認める。
しかし、繰り返し書いてきたように、丸裸で展示されている仏様にくさい息がかかってしまうような展示のし方がされているなど、チベット仏教を信仰する者にとっては考えられないやり方で展示されている。
そもそも、当の展覧会を持ち込んだ連中が「宗教はアヘン」という考え方なのだ。こういう風になってしまうのもある意味自然なことか。

この展覧会は、単純に美を鑑賞する、という態度で見ていいものなのか。
それでは足りないだろう。
なぜなら、同展の出品物は信仰の対象だからだ。ほんの少しでも構わない。信仰の心、もしくは神仏を敬う心、あるいは宗教的な関心を持って見る必要があるのではないか。
そうでなければ、信仰心を失った日本人(私もチベット仏教と邂逅するまではその一人だったが)が、この展覧会を持ち込んだ中国当局の罠にまんまとかかってお金を払ってしまった、という図式になりかねない。

(2)展示物があった寺院などがどうなったのか説明されていない

まあ、真実の通りに「人民解放軍はチベットに6000以上あった寺院の99.9%を破壊し、そこにあった仏像・仏具を破壊もしくは略奪していった。ここに展示されているのは、そうした仏像の一部です」なんて書けないわな(笑)。
有難みを感じさせる仏様たちだが、実はそうした侵略・破壊の血に染まっているという風にも言うことができるのである。

(3)チベットの現状について一切触れられていない

これに関しては、連載第6回で

「チベットは中国によって平和的に解放された。ダライ・ラマは悪者である」などと本気で考える者は日本人の中にはいない(真実をきちんと知っているか、チベットことを全く知らないかのいずれか)訳で、この展覧会を日本に持ち込んだ連中の歴史観でこの時代を語れば展覧会も信用を失ってしまう。そこで20世紀後半の歴史には一切触れないでおこうということにした――といったところか。

と書いたとおりである。
危ないのは、上記の「チベットことを全く知らない」方。チベット人とチベット仏教は中国共産党の侵略で虐げられているにもかかわらず、「チベット仏教は中国の統治下で手厚く保護されている」という誤解を植え付けられかねない。

ある方が「思ったほどプロパガンダ色が無くて拍子抜けした」という感想を述べていた。確かに、多くの部分は客観的なことを淡々と述べているように見える。しかし、「語らないことによるプロパガンダ」というのもあり得るのではないだろうか。

※            ※            ※

最後に、この展覧会は見るべきか見ざるべきか。

見に行きたいという方を無理やり止める権利はありません。見に行きたいのであれば行ってください。但し、行くのであれば上記の観点を心の片隅にでも置いていただければと思う。

「聖地チベット展」を参観して(6)

展示の最終部分は「チベットの暮らし」。しかし、展示されているのはチャム(チベットのオペラ)の衣装や楽器、装身具といったものばかり。
おかしいな――ラサのチベット博物館には衣服とか、もっとチベット人の“暮らし”が垣間見えるものがあったはずなのだが・・・
恐らくは、アートとしてビジュアル的に見栄えのあるものだけを選んできたのではないだろうか。
いずれにせよ、これでは「チベットの芸能・芸術」は垣間見えても、「チベットの暮らし」は全く見えてこない。

さて、参観を終えて出口へ。しっかりと物販に誘導される仕組みになっている。物販の売り子は皆、中国人だ。
物販スペースに入るとすぐに、書籍のコーナーがある。仏教に関するもののほか、地図を盗作(あれは『参考』で済むレベルではない)しておきながら図録の「参考文献」にはその書名が掲載されていない「チベット―全チベット文化圏完全ガイド(旅行人ノート)」もなぜか置かれていた。
でも、ダライ・ラマ法王に関する本は無いですね
この件に関しては、物販ばかりではない。展示でも、「ダライ・ラマ」というチベット指導者の名前は「ダライラマ1世坐像」のあたりで使われている以外は一切使われていない。図録の年表には「ダライラマの時代」という時代区分がされているものの、その年表も「ダライラマ14世生まれる(1935)」というよく分からない所で終わっている
「チベットは中国によって平和的に解放された。ダライ・ラマは悪者である」などと本気で考える者は日本人の中にはいない(真実をきちんと知っているか、チベットことを全く知らないかのいずれか)訳で、この展覧会を日本に持ち込んだ連中の歴史観でこの時代を語れば展覧会も信用を失ってしまう。そこで20世紀後半の歴史には一切触れないでおこうということにした――といったところか。

その他、仏像・仏具などが売られていたが、質の低いものが多い、チベット製ではなく中国製のものが多い、偽物が売られている、などと聞いていたので殆ど見向きもしなかった。

さて、これで参観終了。表に出て、抗議活動をしている顔見知りのチベットサポーターと言葉を交わす。
「アンケート書いてきましたか?」
「え?アンケートありましたっけ?」
「出口にありますよ! 戻って書いてきて下さい」
出口から再入場するのは本来、マナーに欠けた行為だが、やはりここはきちんと意見しないと、と思い、出口の内側に入ってアンケートに記入する。
まず、「この展覧会はどうでしたか?」という質問項目だが
  □とても良い □良い □普通 □良くない
なぜか「とても良い」はあって「とても良くない」は無かったので、私は「良くない」の上に「とても」と書き足した上でそこにチェックを入れた。
そして、「感想を具体的に書いてください」との項目には
  信仰の対象としての敬意が払われていない
  展示物があった寺院などがどうなったのか説明されていない
  チベットの現状について一切触れられていない

などと、同展を見て感じたことを率直に書いた。
そして、それを回収箱の中に・・・
いや、それでは面白くない。私は、記入済みの用紙を回収箱の中に入れることはせず、ここを通った人の目に入るように、回収箱の上に置いて会場を後にした