河口湖周遊(2)

河口湖周遊は後半の北岸へ。

湖北ビューラインより望む富士山
【湖北ビューラインより(1)】山陰に隠れていた富士山がちらりと見えた。

湖北ビューラインより望む富士山
【湖北ビューラインより(2)】
湖北ビューラインより望む富士山
【湖北ビューラインより(3)】

次第にその姿を現していく。

湖北ビューラインより望む富士山
【湖北ビューラインより(4)】東側の稜線がほぼあらわになった
湖北ビューラインより望む富士山
【湖北ビューラインより(4)】と思ったらまた少し死角に入った

留守が岩西より望む富士山
【留守が岩西】東の稜線が美しい

鵜ノ島と富士山
【河口湖林間学園わきより】鵜ノ島とツーショット

河口湖林間学園裏手より望む富士山
【河口湖林間学園裏手より(1)】木の桟道。この下は湿地らしい
河口湖林間学園裏手より望む富士山
【河口湖林間学園裏手より(2)】

富士山と鳥のサンクチュアリ
【鳥のサンクチュアリ(1)】
この場所に限らず、河口湖は鳥の保護区域になっていて、鳥たちがゆったりと飛んだり泳いだり捕食したりくつろいだりしていた。

葦原の向こうに見える富士山
【葦原の向こうに(1)】
葦原の向こうに見える富士山
【葦原の向こうに(2)】
いずれも河口湖自然生活館から少し西のポイント。

富士山と鳥のサンクチュアリ
【鳥のサンクチュアリ(2)】右下の船着き場に注目
少し空が赤くなってきた。

富士山と河口湖大橋
【河口湖大橋が見えてきた】

一富士二鷹?
【一富士二鷹?】あとはなすびがあれば・・・
実はここ、朝に逆さ富士を撮った時と同じポイント。ここまで来ればゴールは見えたも同然。

河口湖大橋
【河口湖北詰をくぐる】

夕陽に染まる富士山
【夕陽に染まる富士山】
とはいえ、昨日同様「夕富士」と呼ぶには上空が青すぎる。

夕闇の富士山
【夕焼けと夜闇の狭間で】
これはこれで美しいが、ピンク一色の空を背景にした富士山はこれでは無理。これにて撮影終了。あとはゴール地点を目指すばかり。

そして、17時31分・・・
スタート地点でもある船津の河口湖東南端に到着し、

河口湖周回達成!!

25km、31000歩に及ぶ挑戦が完了した。

河口湖駅から高速バスで東京に戻る前に、富士山写真ミュージアムに立ち寄る。ここは食堂にもなっていて、またも甲府名物ほうとうに舌鼓を打ちながら富士山の写真の数々を楽しむ。
どの写真も個性的だ。
富士山の写真って、本当にたくさんの人が撮るから、余程工夫しないと個性的な写真を撮るのは難しいですね・・・
ミュージアムの職員に語ったその言葉は、それらの写真を見た私の偽らざる印象だった。
今回も沢山の富士山写真を撮ったが、いずれも「どこかで見たような写真」ばかりで自分の個性が出ているとは言い難い。

よし。
今年の目標ができた。
・自分ならではの富士山の写真を少なくとも1枚撮る
そして・・・
・富士五湖周回全制覇!!
チャレンジしてみるか。

 

<後日談>

「一面の夕焼けを背景にした富士山」の写真だが、むしろ東京からうまく撮ることができた。
東京から見た夕富士
今回の河口湖周遊から一夜明けた1月10日、東京・江戸川区臨海町の荒川堤防より撮影

やはり富士山を西に臨む方向(東京のほか山中湖とか)からでないとこういう写真は難しい。

 

<撮影ポイント等map>

より大きな地図で 河口湖撮影ポイント を表示

河口湖周遊(1)

河口湖北岸にて朝を迎える。天気は雲一つ無い快晴。

逆さ富士
【逆さ富士(1)】宿の近くの北岸から。富士山が河口湖にくっきりと映っている。

今日は河口湖を一周する予定。余計な荷物をコインロッカーに預けるためまずは河口湖駅へ向かうことにする。

最寄りのオルゴールの森のバス停に到着し、時刻表を見ると・・・

始発が9時36分

現在の時刻は・・・9時。

この寒い中じっと待っているのは苦痛だ。動いた方がましである。
歩こう

という訳で、駅まで歩くことにする。
途中、河口湖大橋の東側を歩く。
20110109_2
【逆さ富士(2)】河口湖大橋からも見事な逆さ富士を拝むことができた。

駅のコインロッカーに荷物を預け、船津の河口湖東南端に出たところで、10時10分、いざ河口湖周遊開始! 時計回りの方向で進み始める。

暫くの間、富士山は死角に入ってその姿を拝むことはできない。先ほど渡った河口湖大橋の南詰を越え、八木崎公園に入ったところでようやく見えてきた。
八木崎公園から見る富士山
【八木崎公園から見る富士山(1)】
八木崎公園から見る富士山
【八木崎公園から見る富士山(2)】
八木崎公園から見る富士山
【八木崎公園から見る富士山(3)】

公園を出ると富士山はまた死角に入ってしまうが、シッコゴ公園の横で南に方向が変わったところで、再び民家の上に壮大な白峰が姿を見せる。
民家の向こうに見える富士山

しかし、ここを越えるとまた富士の峰は死角に。再び見えたのは遊歩道の途中にある谷崎潤一郎文学碑を過ぎた地点。緑の森の上に白い頂がちらりと顔を見せる。
谷崎潤一郎文学碑近くから見えた富士山
ここが南岸で富士山が見える最後のポイントだった。次に富士山が見えるのは北岸へ移ってからとなる。

暫く遊歩道を歩くと国道沿いに道の駅が見えてきた。ちょうど腹が減っていたのでここで昼食。富士吉田では有名らしい「イトリキカレー」が出されていたので注文してみた。小麦粉を使わずに塩とカレー粉だけで作っているのが売りらしいが、粘り気の強いキーマカレーを頼んでしまったので小麦粉を使っていないという特性は余り伝わってこなかった。味は上々。

胃袋を満たしたところで再び出発。程なくして「奥河口湖」の看板が見えてくる。ここが河口湖の西端だ。
奥河口湖

取りあえずここが中間チェックポイント。ここから先が後半戦だ。

(長くなるので2回に分けます)

>>後半に続く

<撮影ポイント等map>

より大きな地図で 河口湖撮影ポイント を表示

衝動的に・・・河口湖

午前。自宅から富士山が(ビルに邪魔されながらも)くっきりと見える。

連休…
いい天気…

あの富士山を間近に見たい!

ということで・・・
衝動的に・・・
河口湖に来てしまいました!

新宿から高速バスで2時間弱で河口湖駅に到着。駅舎の向こうに逆光ながら富士山がくっきりと見える。
河口湖駅
湖畔に出て、湖の向こうに富士山が見えるロケーションを求めて北岸へと足を進める。やがて、山の陰に隠れていた富士山が顔を出した。
河口湖大橋の下を抜け、オルゴールの森を過ぎたあたりで撮影心をくすぐる景色になってきた。ちょうどいい所に民宿があったので素泊まり4700円で泊めてもらうことにする。窓から富士山と河口湖がしっかりと見える。

宿で荷物を下ろした頃には陽が大きく西に傾いていた。
富士山
少し早いが、夕富士を撮りに行くことにした。
しかし、少し出るのが早すぎた。空が赤くなるまで少し待たなければならなかったのだが、先ほどまでとは比べ物にならないほど冷え込んできた。かじかむ指をこすりながらカメラのシャッターを切る。
雲ひとつ無い空の西側が赤く染まってきた。しかし、空全体を染めるまでには至らず、真南にある富士山の周りは、山裾こそ赤く染まっているものの頂の更に上は青さを留めていて期待していた「赤富士」とまではいかなかった(写真はホワイトバランスを調整=色温度を高くしたもの)。
夕富士
明日は周囲約20kmの河口湖をコルラする予定。

↓夕食にいただいた甲府名物・ほうとう。冷えた体が温まる。
ほうとう

>>2日目に続く

長野紀行(3)

善光寺参拝の後は、長野駅の方向へ戻った場所にあるもんぜんぷら座地下BOX (長野県長野市新田町1485) にて開かれていた(5月5日まで開催)「チベットウィーク2009春 in 長野」の展示会場へ。会場近くで、東京でお目にかかったことのあるスタッフの方にお目にかかり、場所を確認して会場に赴きました。
会場会場
限られたスペースの中、チベット問題の説明、写真、子供たちの絵、関連書籍、リーフレットの展示や折鶴コーナーなどが効率よく設置されていました。

その後、バスで川中島古戦場へ。上杉謙信と武田信玄が激闘を繰り広げた場所が長野市だったことを今回初めて知りました(長野県であることは知っていたのですが・・・)。公園内の神社には、当時の一騎打ちを偲ばせる謙信vs信玄の像や首塚、当時の陣立てを説明するパネルなどが置かれていました。
謙信・信玄の像
その隣にあった長野市博物館を見学後、市内から更に離れた松代にある松代城海津城)跡へ。バスが一向に来ないのでしびれを切らし、40分ほど歩いて行ってしまいました(バスには目的地手前500mほどで追い抜かれた)。
松代城
松代城は、外から見た石垣や城門は立派でしたが、中に入ってみると広場があるだけで少々がっかりでした。

バスで長野市内に戻り、チベット問題アピールのリンカ(ピクニック)がしばしば行われる若里公園をウロウロした後、再びチベットウィーク2009の会場へ。東トルキスタンの核実験被害を訴える映像を見させていただきました。
その後もスタッフの方々と懇談し、気がつけば夜の飲み会にまで参加――長野の熱く、濃いチベットサポーターの方々と実りのある時間を過ごさせていただきました。

関連ページ

長野紀行(2)

提灯

2泊3日とはいえ、長野の街を歩けるのはこの日1日だけ。朝早くから行動しました。

まず訪れたのが、長野の代名詞と言ってもいい、善光寺。今年は7年に一度の「御開帳」の年。町全体が御開帳ムード一色になっていました。参道にはあちこちで、御開帳を祝う提灯などが飾られていました。

駅前の宿から(私らしく)歩いて善光寺へ。

善光寺大門
8時20分。善光寺大門着。
長蛇の列
8時25分、仁王門で長蛇の列の最後尾に。


境内着
8時52分、やっと境内へ。
人だかり
笑いたくなるほどの人だかり。



三門通過
9時22分、やっと三門通過。

導師様の道が開く

暫く歩き進んだところで・・・
「これから導師様がご退場しますので、道をお開け下さい!」
とのアナウンス。「モーゼの十戒」の場面のように、人波が左右に分かれて道ができました。(右写真。残念ながら退場時は撮影禁止でした)
その間を、善光寺の導師様が歩いていきます。この時、有難い「お数珠頂戴」が行われたのですが、それを受けることができたのは私がいた反対側の人たちだけで、残念ながら私はお数珠を受けることができませんでした。


柱に到着
9時48分、やっとのことで回向柱(えこうばしら)に到着。
(写真で柱に触れているのはカズではありません)

こうして善光寺本堂前に辿り着いた訳ですが、私はそこを後回しにして、境内北西にある日本忠霊殿へと足を向けました。
日本忠霊殿
なぜ本堂よりもそちらを優先させたのか・・・下の写真をご覧ください。
ダライラマ御寄進仏
ダライラマ御寄進仏!!

私が長野を訪れた最大の理由がこれでした。

昨年(2008年)のことを思い出して下さい。
ペキンペテン五輪の穢れた聖火が長野でリレーする際、スタート地点の指名を返上し、同年3月の騒乱で亡くなったチベットの人たちの法要を行ったお寺がありました。
その素晴らしいお寺こそ、この善光寺さんでした。
ダライ・ラマ猊下はそれに感謝の意を込めて善光寺さんに仏像を寄贈したのです。
高さ21センチの小さな仏像でしたが、金色の見た目や大きさ以上に神々しさが感じられ、私はその小さな仏像に深く深く祈りを捧げました。
(撮影禁止だったのが残念! 写真をご覧になりたい方はこちらから[産経新聞ニュース])

猊下寄贈の仏像に拝謁して既に満足感を得た私は、開帳された前立本尊を間近に見られるものの4時間もかかる内陣参拝は敢えてせず、遠くからながらも前立本尊が見える外陣参拝と、御印文頂戴と、その他のお堂を巡るだけにとどめました。
これで十分・・・11時半、私は善光寺の境内を離れた後、昼食にまたしても信州そばを頂いた後、次の場所へと向かいました。

長野紀行(1)

今・・・
東京を離れて長野に遊びに来ています。

最初はバイクで行くつもりだったのですが、ETCが在庫切れで間に合わなかったことと、高速道路デビューに東京―長野はちと長すぎたことから、今回は大人しく高速バスで長野入りしました。
バスは12時半、新宿を出発。ゴールデンウィーク(GW)なので渋滞が気になりましたが、1回事故渋滞があったくらいで、16時10分着予定だったのが、16時半前着と、20分遅れただけで済みました(インドとかに比べればこの程度の遅れなんぞかわいいものです)。
ただ、到着した場所が長野市内ではなく、長野インターチェンジ・・・
バスで市内に移動しようと思ったが、近くにあったバス停は高速バスの降り場。近くにいた地元のおばあちゃんに
「すいません。長野市内に行くバスありますか?」
と聞いてみたら
「そこから出ていますよ」
とのこと。
下車専用の高速バス時刻表の裏側をよく見たら・・・

川中島バス 長野県庁行き

ちゃんとあるじゃないか・・・ XD

16時40分。いいタイミングで川中島バスが来た。500円あれば十分だろうと準備して乗り込んだが、整理券式のバス料金はどんどん上がっていき、約30分後、長野駅に着く頃には530円・・・
ちょっと高くないですか?
(名古屋、京都、東京で一律料金に慣れ切ってしまったカズであった)

長野駅に着いたところで、その正面にあるネットで予約しておいたホテルサンルート長野にチェックイン。インターネット接続キットの貸出サービスがあったので借りてきた。ノートPCを持ってきておいてよかった。
(現在、ホテルの部屋からブログ更新中)

今日はもう遅いので、駅地下の蕎麦屋で名物信州そばをいただくだけで終わり。
明日1日だけですが、長野の街を楽しんできます。

※              ※              ※

やっとチベットやチャイナと関係ない記事を書いたか、と思われたあなた、

    甘い!!

チベットサポーターの方や、昨年のことをよく覚えている方はお分かりでしょうが、チベットと関係大ありなのです!!

なぜか分からない方は、明日の書き込みをお待ち下さい。

山中湖コルラ

暫くツーリングに行ってませんでしたが、連休の後ろ2日を利用して山中湖に行ってきました。

行きの高尾山口で渋滞に見舞われ、道志道の上り坂でバイクを止めて立ちゴケし(この立ちコケの影響で2日目の朝JAFを呼ぶ羽目になったり帰り道の途中で右ミラーが吹っ飛ぶなどの軽いハプニングもあった)、脚はガクガクになり――と苦労しましたが、何とか山中湖に到着。

しかし、予報とは裏腹に、空はどんより。一瞬、富士山のシルエットが見えましたが湖岸に近づきながらカメラをバッグから出していざ!と富士山の方を見たら、あっという間に雲の向こう…。暫く待ってようやく夕日を背景に裾だけが見えましたが、結局、初日のベストショットは[写真1]に終わってしまいました。(宿のおばさんによると、この日の朝はよく見えていたとか)

DSC_0197.jpg

2日目。
早朝こそどんよりとしていましたが、10時すぎにはお日様と青空が見えてきました。
リュックに雪山獅子旗をつけ、それを風にはためかせながら、山中湖をコルラ(歩きではなくバイクでですが)。その途中、出発時には雲に隠れていた富士山がようやく、頂を顕わにしてくれました[写真2、写真3]。

DSC_0215.jpg
DSC_0217.jpg

コルラが終わったところで、帰途に就きました。

まさに、行って帰ってくるだけ…。
ツーリングには最低2泊3日は必要だと思いました。

今度はもっと時間をかけて出かけ、いつか富士山をコルラしたい…。

箱根へツーリング・2

箱根2日目。

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箱根登山鉄道 ケーブルカー

午前中はバイクには乗らず、小涌谷駅まで歩いて行って、そこから箱根登山鉄道に乗る。
山の上の終着駅・強羅駅に到着して、そこからケーブルカーに――と思っていたのだが余りの人の多さに乗るのは諦め、近くの強羅公園で花などを楽しんだ後、坂道を歩いて宿に戻った。
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強羅公園

午後はバイク。すっかり気に入った芦ノ湖に出て、昼食にニジマスのフライを食べた後、箱根駅伝ミュージアムを見学。日本で正月を過ごす時には必ず見ていた同駅伝だが、その歴史は余りよく知らなかった。戦前から続いてきた大会の参加校・記録・コースの変遷、名選手・名勝負――来年からはこれまで以上に箱根駅伝を楽しんで見ることができそうだ。

それから、近年再現された箱根の関を訪れた。シンプルな造りだが、これが江戸時代の旅人の前に大きく立ちはだかっていた関所なのだ。少し不思議な感じがする。
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箱根の関

歴史の次は自然を、と、バイクで大涌谷へ。中学の時に修学旅行で来たことがあるので、2度目の訪問になる。
私は嗅覚が弱いのだが、それでも硫黄のにおいが強烈に鼻につく。来て暫くは霧が出ていて、湯気なのか霧なのかがよく分からなかったが、やがて霧が晴れると、においの元である湯気がくっきりと分かるようになる。この一帯が富士火山帯に属していることを象徴する光景だ。
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大涌谷

それからまた芦ノ湖に戻り、蕎麦屋に入って夕食にするが、食べ終わって外に出てみると結構濃い霧になっていた。初めて霧の中をバイクで走ることになり、しかも山中のワインディングロード。霧が気にならなくなったかと思うと渋滞で、暗い中でのすり抜け。かなり気を遣わさせられた。

箱根へツーリング・1

今年もゴールデンウィークが到来したが、現在書いている「アジア周遊」の旅行記が終わるまで海外旅行は自粛と決めている。そこで今年は国内旅行だ。3月にバイク(KAWASAKIバリオス)を購入したことだし、ツーリングに出かけることにしよう――ということで行き先を考えた結果、箱根へ行くことにした。道順は箱根駅伝のコースを辿ることにしよう。

しかし、初日のこの日は午前の間小雨。まだ雨中の運転には自信が無く、雨が止むのを待って正午すぎに出発した。

大手町から品川、田町と走り、第一京浜で川崎へ。横浜・戸塚、藤沢橋とたどって茅ヶ崎の海岸通りに出る。
平塚中継所近くのコンビニで一休みした後、再出発。しかし小田原市に入ったあたりで左太腿に軽く痙攣発生! ニーグリップもままならなくなり、路肩に寄せてエンジンを止め、脚が楽になるのを待ってあらためて出発する。

小田原を過ぎたところからが本番! 最大の難所・箱根の山登りである。
湯本に差し掛かったところで渋滞発生。ま、GWなのでこうなることは予測していた。こういう時にすり抜けのできるバイクは強い――と思いきや、バスに路肩まで塞がれてしまってすり抜けもできない。バスがバス停で思い切り左に寄ったところでようやく、右側をすり抜けることができた。

渋滞のピークは湯本で、そこから先は比較的スムーズに走ることができた。予約していた宿がある小涌園に差し掛かったが、まずは駅伝ゴールを目指してそのまま芦ノ湖を目指した。

まだバイクは初心者で、峠道は勿論これがデビュー。次々と襲い掛かってくる急カーブに、まだ思い切り車体を傾ける度胸も無く、ほとんど最徐行。特に下りではブレーキを使いながら恐る恐るの走行だ。

そうこうしているうちに芦ノ湖に到着。ようやく街乗りモードに戻ることができた。

駅伝ゴール近くのドライブインに入ってバイクを下りる。約110kmの距離を走破した所要時間はおよそ4時間半。箱根駅伝往路のベスト記録より1時間早い程度だ。ずっと一般道で信号待ちがあり、給油、休憩もあるのでまあこのくらいなのだろう。それにしても、バイクでもこれだけ時間がかかって脚の疲れるコースを、箱根ランナーはよくぞあれだけのスピードで走るものである。

駅伝ゴールは少し歩いた所にあった。よく見たらここにもバイクを停めることができたのでここまで来てしまえば一番よかったのだが、知らなかったので仕方が無い。ともかく、駅伝コースを辿るという目標は達成することができた。


箱根駅伝ゴール地点

芦ノ湖湖畔からは、逆行ながらも富士山を見ることができた。

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バイクで来た道を少し戻り、小涌園近くのホテル・B&Bパンシオン箱根に到着した。

それにしても、ニーグリップのしっ放しで脚がかなり疲れた。バイクは脚力が重要!ということがよく分かった。

初 中距離ツーリング

バイク(カワサキ・バリオス2になりました)を買って1か月。これまでは自宅近くを1時間ほど回る程度でしたが、29日、初めてちょっと遠出をしました。


自宅のある東京・江戸川区から、目指すは神奈川県藤沢市江ノ島。

道筋はネットで調べた箱根駅伝のコース図を参考にしました。

(以下、コースは全て一般道です)

往路:

既に土地勘のあるお台場からレインボーブリッジを通り、第一京浜を通って神奈川県へ。

横浜に入ってからちょっと迷って、コンビニに飛び込んで地図を立ち読みし、現在地とその後のコースを確認して再出発。無事江ノ島に到着しました。

時折こんでいる所もありましたが、そこはバイクの”強み”を発揮。車の間をすり抜けて行きました。

復路:

行きと同じルートで帰ろうかと思いつつ出発したのですが、

「鎌倉」

という標識の文字に魅かれて

「よし、鎌倉経由で帰ってみようか」

と思ってルート変更。

ところが、鶴岡八幡宮付近でちょっとした渋滞。すり抜けようにも歩道いっぱいにあふれ返っている歩行者が気になってなかなかすり抜けられませんでした。

そこを何とか通過して東京方面へ向かうも、自分が今どこにいるかがよく分からず、またしてもコンビニに入って地図を立ち読み。

東京都に入ってからも道に迷いまくり。バイクで通ったことのある道の名前を標識で見た時には、マジで「助かった~」と思いました。

そんなこんなことがありつつも、無事帰宅することができました。