バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

香港―大陸中国南部

香港 ~初めての異国

1991年3月15日

当時自宅のあった京都から、大阪国際空港のある伊丹へ向かう(関西空港は当時、まだ無かった)。人生初の海外旅行に出発するためだ。目指すは、私が一番興味を持っている国・中国
形式的には、大学生協内の旅行社で香港イン・上海アウトのパック旅行に参加したのだが、パックとは言っても、行き帰りの航空券、香港―広州への列車、最初の2泊のホテルが決まっているだけで、あとは帰りの飛行機に間に合えばいいというだけの、実質的な自由旅行だ。今思えば、最初の海外旅行からこんなディープな個人旅行をしてしまったことが、以後の私の旅のスタイルを決定付けたのは間違いない。

国内の一人旅はこれまでもやってきたが、飛行機を利用したことは無い。しかも、パスポートを片手に国境を越えるとなると、緊張感と昂揚感は嫌が応にも高まってくる。出国カウンターで手続きを、そして安全検査を済ませると、そこはもう海外への入り口だ。

大韓航空で、まずはソウルへ。そこで飛行機を乗り換え、当時まだ返還前だった香港へ向かう。しかしその途中、台北にも立ち寄ったため、中国本土に入る前に、3つの国と地域に立ち寄ったことになる。

飛行機が香港に到着したのは、夜。
着陸直前、窓の外に目をやる。私が初めて見た“大地”の光景は、あの100万ドルの夜景だった。ほんの短い間では会ったが、噂に違わぬ美しさに魅入られた。

現在では既に無くなっている啓徳(カイタック)空港に着くと、出迎えにきた現地旅行社の職員の案内で、用意された車に乗ってホテルに直行する。(どのホテルだったかは覚えていない。ただ、香港島であったことは確かだ)。この職員が話す言葉は、全て英語。そう、ここは紛れもなく、日本ではない異国の地だった
その道中、東工大院生の Iさんという男性と知り合いになった。「明日一緒に香港の街を回ろう」ということになり、その日はもう遅かったので、それぞれの部屋で休みをとった。

いよいよ、初の海外旅行の始まりだ。

緊張と興奮はあったが、長い機上の旅の疲れからか、すぐに寝入ってしまった。

1991年3月16日

翌朝、Iさんと街へ繰り出した。
まずは、ファストフード店で朝食。初めて外国の貨幣を使う。、外国に来たんだな、と実感を新たにした。
しかし、その日のうちにすぐ、大陸中国本土の広州に行かねばならず、ろくに観光も出来なかったのは、心残りだった。
この後桂林を経由して雲南へ向かうという Iさんとも、ここでお別れだ。

ところが、いざ出発というところで、国境までの案内役がなかなか現れない。“老女”にさしかかりかけていたその女性は、予定の時間から1時間も遅れて来た。しかし、彼女はわびる様子も無く「急げ!」私を私をせかす。
確かに、この頃の中国にはまだまだアバウトであることが当たり前のような風潮が幅を利かせていた。しかし、1時間というのは度を越している。しかも海外、そして“中国”初体験の私にとって、これは焦りと怒りを引き起こすもの以外の何物でもなかった。
その上、羅湖から深圳への国境越えが長蛇の列で3時間も並ぶ羽目になってしまう。

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