バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

韓国、モンゴル

ウランバートル-4 ~スリ要注意

都心のスフバートル広場から南へ3kmの場所にあるザイサン丘。次に目指すはそこだが、問題は行き方だ。いつもなら3km程度は余裕の徒歩圏内だ。 ザイサン・トルゴイとソ連兵の像
ザイサン・トルゴイ。背後に見えるのがソ連兵の像
ザイサン・トルゴイからの風景
ザイサン・トルゴイから見るウランバートルの街並み
しかし今回は、雪で足元が極めて滑りやすくなっており、長時間の徒歩は避けたいところである。あとは市バスかタクシーだが、市バスはスリがよく出没するというし、タクシーは料金が恐ろしく高いことを既に経験で知っている。
考えた結果、デイパックを前に回してスリに細心の注意を払うことにして、バスに乗ることを選んだ。それさえ気をつければ、600Tgという格安の運賃が魅力の移動手段である。

広場近くから7番のバスで15分。下車すると左手に、頂に記念碑の建つ丘がすぐ目に入った。
金色の巨大な仏像を右手に見ながら、足元に気をつけつつ階段を上る。それ程高い丘ではなかったので、頂にはすぐに到着した。
番をするように立つソ連兵の像の後ろには、山頂広場を取り囲む壁がある。これが、ザイサン・トルゴイと呼ばれる戦勝記念碑だ。壁の内側には絵が描かれている。モンゴル兵とソ連兵を讃え、日本帝国軍とナチス・ドイツ軍を打ちのめす内容だ。
ソ連が崩壊し、モンゴルで社会主義が終わった今なおこうしたものが残っていることに、時代錯誤的なものが感じられて仕方がない。私はこの記念碑そのものは殆どそっちのけにして、専らそこから見えるウランバートルの街並みの風景ばかりを楽しんでいた。

再びバスで街中へ。下車してすぐ、先ほどは近くを通りかかっただけのスフバートル広場に立ち寄る。
広場の名の由来は、モンゴル革命の指導者だったスフバートルであり、広場の中央には彼の騎馬像が建っている。
先ほどのザイサン・トルゴイの時と同じ違和感が感じられた。レーニン像が倒されたソ連とは対照的に、この国では未だに社会主義の亡霊が彷徨っているのだろうか…。
ところが、この広場には現在、新しく作られたと思われる立派な像が奥の方に座っている。
モンゴル人にとって英雄の中の英雄チンギス・ハーンだ。後で知ったところによると2006年11月、チンギス・ハーン生誕800周年を記念して作られたものだという。
社会主義の"亡霊"は消えていないにせよ、このチンギス・ハーン像がスフバートル像の存在感を僅かながら薄くしている格好だ。

スフバートル像
スフバートル像
チンギス・ハーン像
チンギス・ハーン像

さて、そろそろ昼食にするかと、広場からノミンデパートの方面へと歩く。ところがもう少しでデパートというところで、背後に嫌な気配を感じた。
[これは…]
私は勢いよく振り返り、デイパックを体の前に回した。下のポケットのファスナーが開いている。
  スリだ。
この時、下のポケットの一番手が届きやすい場所にはたまたま空のポシェットが入っていて、それを抜き取られただけで済んだ。
私はデイパックを背負い直し、再び歩き始めた。
すると、再び背後に嫌な気配が来た。先ほど空のものを掴まされて、気に入らずにまたよからぬことをしに来たに相違ない。
今度は先ほどよりも素早く振り返った。するとそこには割と身なりのいい中年女性が立っていた。
[こんな貧しさの感じられない女が、白昼の街中で堂々とスリかよ。世も末だな]
そう思ってそのまま行こうともしたが、女の全く悪びれない表情に、一言怒鳴りつけずにはいられなかった。
「(日本語で)泥棒が!!
女は逆ギレして何か怒鳴り返してきたが、私がその場を立ち去るとそれ以上構ってこようとはしなかった。

バスに乗っている間は細心の注意を払っていたが、まさか昼間の天下の往来でスリが出てこようとは思わず、私も少し油断をしていた。
この日は気分を悪くし、昼食をとった後は買い物に出た以外、ゲストハウスに篭もりきりになってしまった。また、この日を境にデイパックの下のポケットには着脱式のリングをつけて簡単には開かないようにし、バランスの取りやすい場所、後ろに人がいる場所では極力デイパックを体の前に回すようになった。

ノミンデパート周辺は、スリに要注意である。

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