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世界への旅(旅行記)

韓国、モンゴル

ウランバートル-8 ~再びガンダン寺、そして帰国

2009年1月3日

ガンダン寺観音堂
ガンダン寺観音堂
モンゴル最終日。最後に足を向けたのは4日前にも訪れたガンダン寺だった。いかにモンゴルでチベット仏教が盛んだとはいえ、モンゴル滞在の締めがチベット寺院というのも妙なものである。
前回訪れた時は参詣客もそれ程多くなくひっそりとした感じだったが、今回は土曜日だったこともあってか割と大勢の参詣客が訪れていた。観音堂内では像の周囲に設置されたマニ車を回しながら大勢の人々が列をなしてコルラしている。
僧侶たちも前回よりも多く見受けられた。観音堂を訪れた後、幾つか堂を回ってみると、ツォクチン(大講堂)では通路を挟んで僧侶たちが並び、読経の中儀式を行っている。その儀式を見終わった後、隣の堂に入ろうとすると、ちょうど勤行が終わったところらしく、大勢の僧侶・小僧さんたちが部屋から出てくる。
どの僧侶も真剣な表情だった。私はあわよくば僧侶とお話でもできればと思っていたのだが、彼らの真剣さに圧倒され、とてもではないが話しかけることなどできなかった。
勤行を終えて堂から出てくる僧侶たち
勤行を終えて堂から出てくる僧侶たち
仏教とは祈りや読経や儀式だけの宗教ではない。僧侶たちが真剣に教義を学び、伝授していくことでその歴史は脈々と続いていくのだ  ――  儀式に参加する僧侶たちの姿や平素からの真剣な眼差しを目の当たりにし、そうした認識が一層強くなった。

ただ、お坊さんたちに活気が感じられた一方で、在家信者はどうなのだろうか。チベットのジョカンやバルコルで見られたような、五体投地やらハンディマニ車を回すやらする人々は全く見られなかった。先ほど観音堂で見たコルラする人々も、信者というよりは観光で来たという雰囲気が強かった。
もしかしたら一般の人々の信仰は、共産主義時代のショックから未だ立ち直っていないのだろうか。

ガンダン寺を後にした私は、ゲル村落を突っ切って中心街へと戻る。こうした町並みもこれで歩き収めだ。
しかし、事情をよく知らないよそ者にとってこうした風景は往時のモンゴルをしのばせるノスタルジックな原風景のようにとらえられがちだが、その実はスラムなのである。
モンゴルの社会主義路線から自由主義路線への転換は宗教の自由など多くのポジティブな効果を生み出してきた。しかし一方で、貧富の差の拡大というネガティブな効果も生み出している。
チンギス・ハーンを、草原を、ゲルを、ゴビ砂漠を求めてかの地を訪れる旅行者も、モンゴルが今現在抱えているそうした問題を認識しながら巡り歩く必要があるだろう。いやモンゴルに限らない。外国を訪れる際にはその国の正・負両面の現状を感じながら歩いてこそ来た意味があるというものだ。
観光地ばかり巡り歩いて「わーいい所」と感じるだけでは、旅の意義は半減するのではないだろうか。

いろいろなことを見聞きし、感じたモンゴル巡りもこれで終了。ゲストハウスの車で空港に送ってもらい、まずは韓国へ飛び、インチョン(仁川)のホテルで1泊後、翌朝早くの便で日本へと戻った。

※              ※              ※

厳しい寒さの中だったが、モンゴル帝国の名残り、草原、ゲル、乗馬など、モンゴルの魅力の一部を堪能することができた旅だった。そして同時に、モンゴルの難しい現状を垣間見ることもできた。
しかし、モンゴルを歩きながらも私の心を最もとらえたのはチベット寺院であり、気がつけばその宗教の母国  ――  チベットに思いを馳せていた。

モンゴルで宗教の自由が戻ったのと同じように、
かの国でチベット仏教が蘇るのはいつの日だろうか・・・

(チベットではチベット仏教が信仰されてるじゃないか!とお思いの方、こちらのページをご覧下さい)

<完>

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