バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

韓国、エジプト

カイロ、帰国 ~帰途でもちょっとしたハプニング

1995年6月23日

くだんの旅行社の男が車で迎えに来た。この日で帰国、ということで私を空港まで送りに来たのである。
ピラミッド巡りの時に土産屋に連れて行かされたり、アレクサンドリアを訪れた時には公私混同の家族連れで来たりと多少の問題もあったが、彼のお陰で短い期間の間に効率よくエジプトを楽しむことができた。
しかし、空港に到着した時、最後のちょっとしたハプニングが発生した。
「『バクシーシ』って知っますか?」
そら来た。知っているとも。アラブほかインドあたりでも使われている言葉で、「施し」といった意味合い。「富める者が貧しい者に施しを与える」という教えがこれらのエリアでは根付いているのだ。
彼には本当にお世話になったのでサービス料として心付を渡すのはやぶさかではなく、きっちりと渡しはしたが、こんな風に露骨に要求されると余りいい気分にはなれない。

空港の入り口でパスポートを提示。係員から「コンニチワ」と挨拶をされ、ターミナルビルに入る。
イミグレーションを通過して、来る時と同じ大韓航空の便に搭乗。3日半楽しんできたエジプトを後にする。

しかし、帰国の途上でもちょっとしたハプニングは発生した。

大韓航空便とあって、周囲の乗客のほとんどは韓国人。客室乗務員も乗客とはほとんど韓国語で会話をしており、私に声をかける時は英語だ。
そんな中、隣の席から日本語が聞こえてきた。
「ビール飲みますか?」
60歳は過ぎている感じの年配の韓国人男性だった。ありがたくビールをいただき、暫く彼と日本語で話をする。
会話の中で、彼が尋ねてくる。
「関西新聞って新聞、知ってますか?」
「ああ、聞いたことがあります。確か、イトマン事件で倒産した新聞社でしたよね」
「私の弟が、あの新聞社だったんです」
あ、まずいことを言ってしまったかな?と思ったが、次の瞬間、彼の口からそれ以上にやばい言葉が飛び出した。
「私、許永中の兄なんです」



何だって??
私の驚きをよそに、彼はやや興奮気味に話し続ける。
「弟は何も悪いことやってないんです!」
 ―― いや、悪いことやってるじゃないか。
それにしても、この口ぶり、この興奮ぶり ―― もしかしたら本当なのかもしれない。
やがて、飛行機は経由地であるドバイに到着。暫くラウンジで休憩し、再度乗り込むと ―― 隣の男はいなくなっていた。ドバイで降りたのか、それとも、気まずくなって席を移ったのか…。
とにもかくにも、今回の旅で一番の謎の人物だった。

翌日、ソウルを経由して日本に戻る。
その2日後、エチオピアでエジプトのムバラク大統領暗殺未遂事件が発生。私の旅とは直接関係無い事件だが、数日前にいた国の元首の身にふりかかった災難に、関心を抱かずにはいられなかった。

*             *             *

取りあえず、憧れだったピラミッドを見ることができ、イスラムの文化に初めて触れることができたのは大満足だった。
しかし、期間の都合でルクソールやアブ・シンベルに行くことができなかったり、アレクサンドリアで見逃した名所があったりしたのは悔いが残る。

もう一度、必ず

<完>

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