バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

大陸中国・重慶―三峡―赤壁

巫峡-西陵峡 ~「大地の子」


巫山の港を起って程なくすると、進行方向の河幅が突然、狭くなっているのが見えてきた。
いよいよ、お待ちかねの三峡下り。 瞿塘峡は既に過ぎていたので、向こうに見えるのは、 2つ目の巫峡の入り口だ。
巫峡
巫峡の光景

神女峰を左手に、船は巫峡へと滑り込んでいく。それは正に、中国の大地に吸い込まれていく、否、呑み込まれていくような感覚だ。そして、その後の光景も“大地の体内”を進んでいくという形容がぴったりとくる。
切り立った高い山に挟まれた狭い河、という点では小三峡と同じだが、やはり本流と支流とでは、当然の事ながらスケールが違う。
河の遊覧ということなら、以前に桂林で漓江上りをしたことがあるが、河の表情が全く対照的だ。漓江が女性的で自然の美しさを感じさせてくれる河だとすれば、長江・三峡は男性的で自然の圧倒的な迫力を感じさせる河だと言えるだろう。
巫峡を抜けてしばらく広い長江を下ると、再び河幅が狭くなろうとしている所が見える。「船頭泣かせの難所」と言われる西陵峡だ。ここは既に重慶市を離れ、湖北省に属している。
巫峡とどこが違うかと聞かれたら、それは正直なところ、分からないが、いずれにしても、自然の偉大さを感じさせる、素晴らしい景観であることは確かだ。
西陵峡
西陵峡の光景
この光景を見ているうちに、テレビドラマにもなった山崎豊子の小説「大地の子」のラストシーンを思い出した。
戦時中の東北地方(旧満州)で父や妹と生き別れた中国残留孤児の主人公・陸一心は、生みの父の松本耕次とこの三峡を旅行している最中、「日本に戻って来ないか」と誘われる。しかし、一心は三峡の光景を目にして、自分を育んだのはこの中国の大地であると再確認し、「私は、大地の子です」と、松本に決別を告げる。
私は、残留孤児でも中国人でもないが、この光景を目の当たりにして、陸一心の気持ちが、少しばかりだが分かるような気がした。
日本人の富士山に対する思いと同じように、これを見て、自分が中国人であることを誇りに思わない中国人は、まずいないのではないだろうか。
峨眉山や黄山など、まだ見ていない景勝地も多いのだが、この三峡は間違いなく、中国、そして中国の“大地”を最も感じさせてくれる場所の一つだと、私は断言できる。

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