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日本100名城

100名城探訪記

琵琶湖周辺100名城(3)―観音寺城

2023年9月2日

観音寺城が建つ繖山
観音寺城が建つ繖山
安土城の次に目指すは、JR東海道線を挟んでそのすぐ隣にある繖山(きぬがさやま)上の観音寺城(100名城 No.52)。織田信長が安土城を築く前に近江国守護としてこの地を支配していた佐々木六角氏の居城だ。総石垣造りで、「日本五大山城」の1つにも数えられる巨大さを誇った山城である。
応仁の乱の際には3度にわたる攻城戦が繰り広げられる。その1世紀後、信長が足利義昭を擁して上洛した際に六角氏は信長と争うも支城を落とされると逃走し、観音寺城は無血開城。その後廃城となったとされる。

観音寺城の曲輪に至る道は幾つかある。

  1. 桑實寺山門から桑實寺(拝観料300円)経由で石段・山道を40分ほど歩いて伝本丸へ
  2. 石寺楽市から日吉神社、観音正寺(拝観料500円)経由で坂道・石段・山道を50分ほど歩いて伝本丸へ
  3. 石寺楽市から日吉神社、御屋形跡、追手道経由で坂道・山道を50分ほど歩いて大石垣へ
  4. 自動車で観音正寺表参道駐車場へ移動後、徒歩で観音正寺経由で石段・山道を20分ほど歩いて伝本丸へ
今回は自転車で巡っているので4. は無し。先ほど訪れた「安土城天主 信長の館」からは桑實寺山門が近いのだが、桑實寺と観音正寺はいずれも営業時間が17時まで。計画を立てていて、17時までに城を巡り終えて山門を抜けられるか微妙だったため、今回は往復とも時間に縛られない3. のルートを採ることにした。
「安土城天主 信長の館」から石寺楽市までは自転車で約20分。日吉神社の近くに自転車を置けるスペースがあるという情報があったので、急坂を途中から自転車を押し歩きして日吉神社まで行ってここをスタート地点とした。山道に備え、トレッキングポール(ストック)などの登山装備を整える。
日吉神社からは、正面から鳥居の横をまっすぐ延びる坂道(2. のルート)と、左側に延びる道(3. のルート)があった。ほぼスケジュール通りの15時少しすぎ、私は左側に延びる道へと繰り出した。 観音寺城への入り口・日吉神社
観音寺城への入り口・日吉神社
佐々木六角氏御屋形跡の石垣
佐々木六角氏御屋形跡の石垣
間もなく山側の右手の藪の奥に石垣が見えた。佐々木六角氏の居館があった御屋形跡の石垣である。ここで右に曲がり、御屋形跡の上を歩いた先に、追手道が待ち構えていた。
これまで幾つもの山城を攻めてきたが、観音寺城の追手道は有子山城あたりと1、2を争う険しさだった。時には垂直とも思える岩場が、時にはマーキングが無ければ道を見失いそうな場所もあった。トレッキングポール、トレイルランニングシューズなどの装備と、登山の経験を備えていてよかった。
山登りの経験が浅い人は御屋形跡・追手道のルートに手を出してはならない。
その上、夏のこの時期は薮蚊が多発。途中で持っていた防虫グッズを仕込むという場面もあった。
一旦舗装道路に出て、少し下ってまた山道に入る。
急登を這うように上り続け、山の装備と普段から鍛えていた健脚のお陰で、日吉神社から30分ほどで大石垣のある曲輪に辿り着くことができた。
絶壁の上、間近に見る大石垣は、一番高い所で高さ5mほどにもなり、武骨な野面積みで迫力がある。 観音寺城大石垣
観音寺城大石垣
観音寺城の女郎岩
観音寺城の女郎岩
よく見ると「←大石垣」の看板がまだある。もしかしてと思い、大石垣の上に鎮座する巨大な女郎岩の脇を通って先に進んでみると、下り坂になっている。そこを下った先には... 下から見上げた観音寺城大石垣
下から見上げた観音寺城大石垣
大石垣を下から眺めることができるビュースポットがあった。
これこそ、私が求めていた大石垣の景色だった。

大石垣の上に戻り、更に城内奥へと歩みを進める。その先には、六角氏家臣の池田氏、落合氏、平井氏の邸宅があったとされる伝池田丸伝落合丸伝平井丸といった曲輪が並ぶ。 観音寺城池田丸
観音寺城伝池田丸
観音寺城伝平井丸
観音寺城伝平井丸
特に伝平井丸は、立派な石垣の間に石段が通る保存状態の良い虎口が、観音寺城全体のアイコン的存在になっている。 観音寺城伝平井丸の虎口
観音寺城伝平井丸の虎口
平井丸から三の丸へ移動し、「←本丸」の看板の指す先を見ると、急峻な上り階段――追手道の急勾配を上らされた後で更に追い打ちをかけるような上りで、一瞬気持ちが萎えたが、ここまで来たら本丸まで上るしかない。
階段を上った先にあった観音寺城本丸は、木々が生い茂っていてここに建物が建っていたとはイメージしにくい状態だったが、周りを囲む石垣の強固さが、ここが観音寺城の核心部分であることを物語っていた。 観音寺城本丸
観音寺城本丸
観音寺城本丸の石垣・虎口
観音寺城本丸の石垣・虎口
奥の方に行くと、虎口が口を開いていた。この「裏虎口」は屈曲した「食い違い虎口」になっていて、ここが桑實寺からのルートの終着点になる。
整備されて観光に適した曲輪は大体ここまでだが、観音寺城にはこれ以外にもおびただしい数の曲輪(屋敷跡)があり、全体面積は私が巡った核心部分の数倍にも及ぶのだから、「日本五大山城」の1つというのもうなずける。

さて、当初の計画では上りも下りも追手道を歩くつもりだったが、上った時の余りの急峻さに感じたのが「これはむしろ下りの方が滑落の恐れがあり危険」ということだった。追手道のルートにしようと思った理由は、寺院経由だと開業時間の17時までに出られないかもしれない、ということだったが、時計を見るとまだ16時――山登りも城巡りも鍛えた脚で早め早めにと頑張ったお陰で、麓のスタート地点を出発してから僅か1時間で城巡りを終えることができたのだった。
それなら、拝観料は必要だが、下りは観音正寺を通るルートにしよう。このルートなら自転車を置いてきた同じ場所に出ることができる。
本丸跡から観音正寺にはものの5分程度で歩き着くことができた。本堂を拝んで、境内を出る際に拝観料を支払い、下山にかかる。 観音正寺本堂
観音正寺本堂
観音正寺の石段もまた、長く険しい。確かにこれを上るのはきついだろうが、整備が行き届いている分、追手道に比べれば遥かに歩きやすい。今回は下りなので楽は楽だが、傾斜がきついので急ぐのは危険。ペースは控えめに下った。
やがて石段は終わり、日吉神社横の坂道を下ったところで、無事スタート地点に戻ることができた。
自転車で安土駅への帰途に就く。17時半を過ぎるかと思っていたが、17時少しすぎに戻ることができた。
駅北口の店に自転車を返却して、予定より早い電車で安土駅を出発。この日の宿がある米原に辿り着き、ようやく疲れた体を癒すことができた。
その途中にも有名な城があったのだが、既に開業時間は終わっていたので、明日に持ち越し。

明日はその城を訪れた後、琵琶湖北部の城を巡る予定だ。

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