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世界への旅(旅行記)

韓国、モンゴル

ソウル-2 ~朝の市場とトクスグン

2008年12月27日

ナムデムン市場
早朝のナムデムン(南大門)市場
夜も明けやらぬ早朝、空気の冷たいソウルの街に出た。
チョンノ(鍾路)から歩いて15分ほどで、ナムデムン南大門)に到着。ナムデムン市場で有名な場所である。
ソウル市民の生活感に満ちた活気を期待して来てみたが、さすがに早すぎたか、食料品街を除くとまだ開いていない店も多く、特にビルディング内部は殆どの店が開店前でひっそりとしていた。それでも、路地を歩いているとキムチなどの食料品、高麗人参などの薬品、チョゴリなどの衣類等々、ソウル市民の衣食生活を垣間見ることはできる。
食料品街の裏路地に入ってみると、庶民的な食堂街があった。今回、韓国での食事の機会はこの日の朝しかなかったのでここで本場の韓国料理を味わうことにする。
どこで食べようかと歩き回っていると、日本語のグルメサイトをプリントアウトしたものが目に入る。メニューを見ると、私が求めていたピリ辛料理があるようだ。タットリタンという名前で、チキンを使ったピリ辛鍋らしい。少し高めの値段だったが、この料理を試してみることにしよう。
ナムデムン跡
囲いで覆われたナムデムン(南大門)跡
タットリタンは確かに辛く、冷えた体が芯から温まるような感触だったが、辛さの中にも甘味がほんのりと感じられる。日本で食べるピリ辛韓国料理とは微妙に味が違う。
店内には別の日本人グループもいた。
「ソウルに来ると朝食はいつもここでね。ここのお粥が朝にちょうどいいんですよ」
小さな店ながら日本のサイトでも紹介されているだけあって、人気は上々のようである。

辺りが明るくなり、営業を始める店も次第に増えてくる。これから賑わい始めるというところだったが、余り時間が無い。他にも訪れたい場所もあったのでこのあたりで市場を後にすることにした。
市場を出ると、ナムデムンが目の前にある  ――  はずだった。しかし、韓国の国宝第一号だった同門は、この年の2月、放火で跡形もなくなってしまった。今は、在りし日の門の写真が取り込まれた囲いが門の跡を隠しているばかりだ。
ソウルのシンボルが再びこの場所に姿を見せることはあるのだろうか。しかし、例え再建されたとしてもそれはレプリカにすぎず、もはや国宝ではあり得ない。個人の身勝手な感情から歴史ある貴重な宝が失われたことに、遺憾さと同時に怒りがこみ上げてくる。

来た道を10分ほど北へ戻ると、左手にトクスグン徳寿宮)がある。「大漢門」と書かれた看板のある門から中に入ってみる。
トクスグンは、李氏朝鮮時代、1600年前後と1900年前後に王宮として使われた場所である。しかし、1897年に王宮の地位を取り戻したのもつかの間、火災が起きるわ日韓保護条約締結の舞台となるわで李氏朝鮮末期の悲劇の舞台となった印象が強い。
敷地内には、チュンファジョン(中和殿)など韓国らしい瓦葺き屋根の木造建築もあれば、ソクチョジョン(石造殿)など西洋風の建築物もある。東西折衷といえば聞こえはいいが、私には異質なものが無理に取り混ぜてあるようにしか見えなかった。それは、李氏朝鮮末期というアンバランスな時代を象徴しているようにも思われた。

チュンファジョン
トクスグン(徳寿宮)のチュンファジョン(中和殿)
ソクチョジョン
ソクチョジョン(石造殿)

今回のソウル巡りはこれで終了。モンゴル・ウランバートルへの便に搭乗するため再びインチョン空港へと向かう。14年前と同様、トランジットついでの街巡りだけで足早に通り過ぎてしまった。

<後日談>
帰国の際にもウランバートル―ソウル―東京というルートをとったが、帰りのソウルは夜遅くに到着してインチョンのホテルに泊まり、翌朝早くに空港へ戻って東京行きの便に乗っただけで、行きよりも足早に通り過ぎてしまった。

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