バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

韓国、エジプト

カイロ-3 ~黄金のマスクとオールド・カイロ

1995年6月22日

この日の案内人は、昨日までの旅行社の男とは別の男性。私のほかにアジア系の若い男女も一緒になった。案内人がアジア系の男女に「どんな関係ですか?」と尋ねる。おいおい、えらく不躾だな ―― と思っていたら、2人は「友達ですよ」と答えていた。結構仲が良さそうに見えたが、本当のところはいかに…。 エジプト考古学博物館
エジプト考古学博物館

まず訪れたのが、タハリール広場すぐ近くにあるエジプト考古学博物館
エジプトといえば考古学であり、これまでの発掘と研究の成果が、この博物館に集められている。考古学ファンにとっては垂涎の博物館であり、それ程ではない人にとっても、エジプトを訪れたからにはぜひとも訪れたい場所である。
入場する前に、案内人が「カメラを持ち込むと別料金になりますよ」とアドバイス。私はカメラを彼に預けて入場することにした。別料金がかかるということよりも、フラッシュをたいて古代の遺物を撮影することがマナー違反だと考えたからだ。
館内の展示は期待していた通りのものだった。彫刻、石碑、宝物、パピルス文書、そして、ミイラ ―― いずれの遺物も、古代へのロマンを存分にかき立ててくれる。
一番のお目当てはやはり、ツタンカーメンの黄金のマスクだ。思ったよりも小ぶりだったが、それでも存在感は群を抜いている。黄金のまばゆさに、凛とした表情 ―― ツタンカーメン本人もこのような顔立ちだったのだろうか。見ていると引き込まれるような感覚を覚える。"呪い"があったとしても不思議ではないような気がした。 オールド・カイロ
キリスト教エリアであるオールド・カイロ

黄金のマスクから少し離れた所に立っていると、何かが光ったのを感じた。カメラのストロボである。見ると、黄金のマスクをカメラにおさめたり、側に立って記念写真を撮ったりしている集団があった。
 ―― 日本からの団体ツアーだった…。
ストロボが古代の遺物にいい影響を与えないことを知らないのか? 同じ日本人として、非常に恥ずかしい思いがした。

タハリール広場からナイル沿いに南へ。オールド・カイロは東ローマ帝国支配時代に築かれた、カイロ発祥の地と言われるエリアだ。考古学博物館の展示物ほどではないものの、ここもで古きエジプトを感じることができる。
石畳の路地を歩く。カイロ中心街と比べるととても静かで落ち着いていて、ひっそりとした感すらある。
「この一帯は、キリスト教のエリアなんですよ」
案内人の説明に、なるほど、と感じた。
「それであちこちに十字架が掛かっている訳ですね」
「ブラボー!」
やけに大袈裟なお褒めの言葉が、ちょっと照れ臭かった。
先ほどから、十字架の形に穴があけられた小さな板のようなものが建物の入り口の上などに掲げられているのが気になっていたのである。もしやとは思っていたが、やはりここはキリスト教(アレクサンドリアで訪れた教会同様、コプト教)のエリアだったのだ。
ただ、十字架といえば下に延びている部分が長く、上に伸びている部分が短いものが馴染み深いが、ここで見られる十字架はちょうどスイスの国旗のように、4本の部分が全て同じような長さであるのが特徴的だ。これがコプト式なのだろうか。
地下墓地のあるコプト教会のほか、ユダヤ教会(シナゴーグ)も訪れたが、正直、私にはキリスト教会とユダヤ教会の違いがよく分からない。元々根っこは同じと言える宗教なので、キリスト教とイスラム教ほどの明確な違いは感じられにくいのかもしれない。
それにしても、本当に静かなエリアである。キリスト教がエジプトではマイノリティー(少数派)だからなのか、元々キリスト教が静かな宗教だからなのか、はたまたここが"オールド"カイロだからなのか ―― 結論は出ないままだ。

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