被災のラダックとドゥクチュへ支援のお願い

2010年8月17日

震災のジェクンド、先日第一報を書いた地滑り被害のドゥクチュのほか、チベット文化が伝わるインド・ラダックでは洪水が発生と、ここのところチベットで天災が相次いでいます。

今月発生したラダックとドゥクチュの被災に関し、ダライ・ラマ法王事務所から支援のお願いのアナウンスがありました。
http://www.tibethouse.jp/news_release/2010/100816_bokin.html

何卒ご協力お願い致します。

今度はチベット・ドゥクチュで地滑り災害

2010年8月8日

先日東チベットのジェクンドで地震災害がありましたが、またしても東チベットで災害が・・・。
今度はアムドのドゥクチュで地滑り災害――なぜこんなに立て続けにチベットに災難が訪れるのでしょうか。

中国甘粛省の地滑りで死者数80人、行方不明者2000人
http://www.cnn.co.jp/world/AIC201008080008.html

(CNN) 中国北部の甘粛省甘南チベット族自治州舟曲県で8日午前0時過ぎに発生した大規模な地滑りで、この影響による死者数が8日、少なくとも80人に増加した。この他約2000人が行方不明になっている。新華社電が伝えた。
8日の早い時点では死者65人が確認されたほか、多くの人が行方不明となっていると伝えられていた。
地滑りが起きる前日、同地域は激しい集中豪雨に見舞われていた。地滑りの影響で付近の河川がせき止められて洪水が発生し、周辺地域では水位が5分ごとに1メートル上昇した。
谷間の住民の一部は、家屋の屋根に上って救助隊を待ち、周囲の山岳地帯に避難した。政府は住民の救助活動を最優先に進められている。

まだ詳しいことは分かりませんが、取りあえず一報です。
詳細な情報が入ったらまた追記します。また、続報に気づかれた方がいらっしゃいましたらコメント欄にご記入いただけるとありがたいです。

※「甘粛省甘南チベット族自治州舟曲県」は必ず「チベット・アムド地区ドゥクチュ」と読み替えて下さい。

江東花火大会(2010)

2010年8月1日

ここ1か月ほど、昨年の「江東花火大会」へのアクセスがやたら多いな、と思ったら、今年もそんな季節。今年の情報が書かれていると勘違いしてアクセスしてくる方も多かったのかもしれない。

さて、今年も勿論、カメラの練習にと撮影してきました。
静止画ではありますが、しばしの納涼気分をお楽しみあれ。

※カメラの設定は常にマニュアルで「bulb」(シャッター開けっ放し)。同時ではない幾つかの連続した花火をシャッター開けっ放しで撮影したものも含まれています。

花火  花火

花火  花火

花火  花火

花火  花火

花火  花火

夏本番。これからまた暑くなるんだろうなあ・・・

100人100旅写真展開催中!

2010年7月19日

先日、「だから僕らは旅に出る―100人の旅日記」の出版についてお知らせしましたが、今度はその執筆者陣による写真展のご案内です。

100人100旅写真展

「100人100旅写真展」
日時:~2010年7月31日(土)※土曜午後には私も現地にいる予定
場所:旅茶箱(西荻窪駅徒歩5分) http://ameblo.jp/greenbazaar/ (以前のチベット写真展と同じ場所です)

世界各地の選りすぐり写真が揃っています! ぜひお越しを。

東京ミッドタウンにリキシャ参上!

2010年7月19日

休日の昼下がり。
東京・六本木の東京ミッドタウンに・・・
リキシャ
リキシャ参上!!

ベロタクシーではない。
正真正銘、バングラデシュ直輸入のリキシャである。

このリキシャワラー、バングラデシュ人ではなく、日本人写真家でWebサイト「たびそら」を運営している三井昌志さん。現在、「リキシャで日本縦断!」という、その名の通り沖縄から北海道までリキシャで縦断(海路はフェリー等を利用。ちなみにこの大きさでも自転車扱いなので料金は自転車料金とのこと)しつつ、日本の「はたらきもの」たちをカメラに収めている。「ご縁を大切に」とのことで道行く人に5円でリキシャに試乗してもらうということもしている。当サイトと相互リンクさせていただいている縁からその動向は以前からチェックしていたが、今回私の行動範囲内にやって来たので挨拶に伺わせていただいた。
普段は1人でリキシャをこいでいるのだが、ここ2日は別の変わり種チャリダーの2人も合流していて、東京ミッドタウンの一段下がった場所には変わった自転車がずらり・・・
リキシャなど
三井さんは近々、この東京ミッドタウンで写真展をやるとのことで、ギャラリーの視察のためにここを訪れたのだった。わたしもちゃっかりと着いて行ってしばし屋内で彼らと談笑しながら涼をとる。
サッカー代表の遠藤に似てますね
三井さんの同行者に突如言われた。いや、そんなこと言われたのは――初めてではありません。そんなに似ているのかな?

視察・休憩が終わったところで、リキシャに戻る。
「では、遠藤さん、リキシャにどうぞ」
せっかくリキシャにお目にかかったのだから乗せてもらわない手はない。私は表通りまで「5円タクシー」に乗せていただいた。
三井さん
しかし、表通りまでには結構な坂道がある。三井さんは途中で「すみません。一度下りて下さい」と私を下ろすと全身でリキシャを押し、坂が緩やかになったところでもう一度私を乗せてくれた。
普通の平地で速度15km/h程度というリキシャ。バングラデシュ製の自転車のスペックが余り高くないことに加え、荷台だけでも重いのにそこに人を乗せたりすれば相当な重さになってしまう。リキシャには以前インドを訪れた時に乗ったことがあるが、その時にもリキシャワラーが細身の爺さんだったりすると「大丈夫なのか?」と思わせられたことがある。三井さんはまだまだ若いが、それでもこのリキシャのペダルをこぐ脚には相当な負担がかかっているようである。

表通りで老夫婦を1人ずつ乗せて六本木の道を走った後、三井さんはこの日の目的地である亀戸に向かって再び、リキシャを前に進めて行った。
三井さんとリキシャ
去りゆくリキシャ
北へと向かえばすこしずつ涼しくはなるだろうが、梅雨明けして暑さが厳しさを増す今、リキシャをこぐことは相当なエネルギーを要することだろう。
体と事故にはくれぐれも気を付けて、目標へ向けて突き進んでいってください。

<三井さんのサイト・ブログ>
・「たびそら
・「リキシャで日本縦断!

第9回「チベットの歴史と文化学習会」

2010年7月18日

いつも東京・春日で開催されている「チベットの歴史と文化学習会」に参加してきました。

今回の特別講義のテーマは「チベット“解放”の言説をめぐって」というもの。私が当サイトの「嘘八百 中国官製『チベットの50年』」で疑問を投げかけた中国共産党の「農奴解放言説」について社会人類学者の大川謙作氏が語って下さいました。

要点を言いますと、

  • 「農奴解放言説」とは、1959年の動乱後の「民主改革」の強行=ダライ・ラマ政権解体とチベット旧社会の崩壊 を指す用法
  • 中国共産党の言う「解放」とは1950~1959年の間は「海外帝国主義の解放」だったのが1959年以降は「封建農奴制からの解放」に変わり、1959年から意味が変化・混乱した。
  • 1951年の「17か条協約」(1959年に解消)では「チベットの現行政治体制に変更を加えない」「チベットに関する各種の改革は、中央は強制しない」と定められていて、1951年~1959年の間は今日の香港のような「チベット版一国家二制度」とも言うべき共存が存在していた

つまりは、中国共産党の言う「封建農奴制からの解放」という口実はチベット侵略当初から言われていたものではなく、完全な後付けだった、ということです。

では、「農奴」をめぐって

  • チベット語で「農奴」は「zhing bran(シンテン)」。但し、これは新しい造語で、「農奴」という漢字にチベット語の発音を当てはめたものにすぎない。
  • 旧社会で使われていた言葉は「ミセー」。これは人口の80~90%を占める貴族でも僧侶でもない平民を指していたが、中国共産党の理解ではこれが「農奴」だった。
  • ミセーは少額の現金を支払うことで好きな場所に赴いて好きな職業を選択することが可能だった
  • 当時のチベットは中央集権的で、封建制=分権的状況と見れば不適当。

ということ。即ち、従来言われている「農奴制」「封建制」とは異質なものだったということになります。

その後は、イギリスBBSが作成した1949年~1980年代のチベットの様子を映し出した映像を見たり、チベット漫談テカルや民族楽器の演奏でちょっと一息ついたり。

最後に、ジェクンド大地震の被災地映像を見ながら私たちに何ができるかについて考えました。
「現地で支援をしたい」と勢いで行ってしまっても結局は何もできずに足手まといになることも少なからずあるようです(阪神大震災の時にもそういうことがあったらしい)。現状で自分ができることと言えば、現地で救援活動をしている方々に送られる募金に力を貸すぐらいのことしか無いのだろうか――そう思うと、無力感に打ちひしがれもします。

現在のチベット本土の様子

2010年7月12日

チベット本土に行った知人がその時の様子をブログに書いています。

http://ameblo.jp/dream-for-children/entry-10588498434.html

ここに書かれている大体のことは既に耳に入ってきていますが、知人の現地レポートということで生々しさを感じました。

私が2007年に訪れた時には、コピーも自由にできたし、セラ僧院にも個人で行くことができたことを考えると、かなり締め付けは強くなってきているようです。

ここまで無理をしないと保つことができない支配なんて、
いずれ破綻するでしょうね。

ダライ・ラマ法王75歳のご生誕の日

2010年7月6日

ダライ・ラマ法王

本日はダライ・ラマ14世猊下75歳のお誕生日。
75歳ともなるとどうしても○○(不謹慎なので伏字)が気になってしまう。昨年の両国国技館の講演ではいつものお元気さが感じられず、途中でお薬をのまれていたりもして本気で心配してしまった。
しかし、今年の長野横浜での講演会でそんな懸念は払拭! 今年の法王様はすこぶるお元気でした。

来年も、再来年も、その先もずっと、そのお元気さをどうか保ってください。

チベットが自由が取り戻すその時を
どうぞお見届けになってください。

Long Live, Dalai Lama !!

※写真は、2010年2月27日のロサル・パーティーの時のもの

ダライ・ラマ法王 横浜法話・講演 2010

2010年6月26日

平日の出勤時間よりも早いペースで、日本橋にて東京メトロ東西線から銀座線に乗り換える。銀座線の車内では、台湾のお坊さんの集団が瞑想するかのように静かに座っていた。

渋谷で東急東横線―みなとみらい線に乗り換え、横浜のみなとみらいへ。海辺にでんと横たわるパシフィコ横浜展示会場が・・・

ダライ・ラマ法王 横浜法話・講演

の会場だ。前回予告した通り、2週連続でダライ・ラマ14世猊下のお話を拝聴する。今回は午前の部・午後の部2回に分けて10:00~16:00という長丁場の法話・講演会だ。

10:00。司会・進行役の進藤晶子さんの紹介のあいさつで、ダライ・ラマ法王がご入場。万雷の拍手で出迎えられる。

午前の部は仏教法話「20世紀までは科学・技術の発展が重視されたが、それだけでは人の心を育むことができない、ということに皆気づき始めた※1。今の時代は心を高めることが重視されるようになり、その上で宗教が重要な役割を果たすことになる」という話をされた後、ツォンカパ(チベット仏教ゲルク派の創始者)の「縁起賛と発菩提心」について解説された(詳しい内容は省略――と言うか・・・今の私には書けないT_T)。

休憩を挟んで13:00。法王様のお話第2部――の前に、世界各国のお坊さんたちによる声明(しょうみょう)・お祈りが行われた。

インド
いでたちが仏教っぽくなく、声明の声の響きもインドそのものなのだが、何を言っているか分からない言葉の内容を聞けばきっと仏教なのだろう。

中華民国・台湾
って・・・

さっき銀座線で一緒になったお坊さんたちじゃん!!

今度は私の中で確立されている仏教のイメージぴったりの声明・お祈りだった。

韓国
こちらも、スタイルは極めてオーソドックス。
客席の応援団の人数・熱気の方が印象に残っていたりする。

モンゴル
こちらは音楽の披露。歌手の方がモンゴルのガンタン寺で法王様にお会いした時等の映像を流しながら2曲演奏してくれた。

チベット
これもオーソドックスな声明・お祈りだったが、チベット語だったのでダライ・ラマ法王も一緒に唱えられていたのが印象に残った。

日本
激しい和太鼓のリズムに合わせてシャープに唱えられる般若心経!!
あんなに熱い般若心経は初めてだ――日本仏教のともすれば暗いイメージを完全に覆してくれたぞ。

渡辺貞夫
高校時代ブラスバンドでアルトサックスをやっていた私にとっては嬉しいサプライズだったが・・・
なぜ、ナベサダ?※2
なぜ、サックス?

14:00。今度こそ法王様のお話第2部が始まった。
今回は比較的平易な内容なので、チベット語ではなく英語で話し始めるが、どうしたことか、第1部ほどの勢いが感じられない。心なしか、声もかすれて聞こえる。
[1週間で3回の講演というタイトなスケジュールでお疲れなのかな? 今回は更にロングランの講演だし・・・]
などと思っていたところ、法王様は最初の一節が終わるとすぐに
「今回は(同時通訳機による)英語の通訳もあることなので、ここからはチベット語で」
とお断りを入れ、そこから先はチベット語でお話しされた。
すると・・・

 復 活(笑)

いつもの法王様が戻ってきた。

その後は、
「心の平和を保てば体が健康になり、幸せや家族の平和も導かれる」
「全ての幸せの源は愛と思いやり」
「親の愛情を受けずに育った子供は、心の奥で他の人を信じられなくなる」
「以前は『私たち』『わが国』と『彼ら』『他の国』との間にバリアのようなものがあったが、国と国とが依存し合う今、自国のことばかり考えている訳にはいかない。『一つの人間家族』という意識が必要だ」
と、いつものように「愛」「利他」などをテーマにした内容をいつもの明調子でお話になった。

法王様がお元気だと聴衆も元気だ。最後の質疑応答にはいつもにも増して多くの人々が並び、日本人以外の姿も目立った。法王様が時間を30分延長してできる限り多くの方が質問できるようの計らってくださったが、それでも並んだ全員が質問、とはいかなかった。

講演、質疑応答を通じて少し印象的だったのが、ダライ・ラマ法王が
「仏教は『学ぶ』ことが重要。例えば般若心経も、唱えるだけでは駄目で、どのような意味なのかを学ぶところまで要求される」
と繰り返しおっしゃっていたことだった。そろそろ私も、本腰で仏教を「学ぶ」ことをしてみるかな。

16:30。講演終了。開始時と同じく、拍手に送られて法王様がステージを後にする。

いつもながら、ダライ・ラマ法王のお話を拝聴していると穏やかで温かな心になることができる。
ここ数年で、私の心は以前よりも穏やかに、でありながら強くなり、なお且つゆとりができてきたように何となく思われる(自画自賛?)のだが、2007年のダラムサラ以来、法王様の講演、法話を6度に亘って拝聴してきたことと無関係ではあるまい。

一つだけ、今回の講演で残念なことがあった。
「写真撮影はご遠慮ください」と主催者のお断りがあったにもかかわらず、写メを撮る連中が少なからずいたことである。特にひどかったのは、午前の部、午後の部各回の冒頭で報道関係者の方の撮影タイムが設けられたのだが、どさくさに紛れて一般の方が大勢前の方に出てきて写メを撮っていた一幕があったことだ。午後の部ではついに、進行役の進藤さんが「お写真はご遠慮ください」と皆に呼び掛けたのだが、それでも写メを撮る者は後を絶たなかった。
著名人の講演やコンサートでの写真撮影や録音はしない、というのは常識的な最低限のマナーではないのか? お心の広いダライ・ラマ法王だからまだよかったが、気難しいアーティストだったりしたら「もう日本には来ない」ということにもなりかねない。
私もカメラをやるので、撮りたい気持ちは理解できる。しかし、そこはTPOをわきまえて自重していただきたかった。
いや、カメラをやるからこそ、そう思うのである。


※1 未だに気づいていない国があるような気がするのは気のせいだろうか。ほら、日本の隣あたりに・・・
※2 コメント参照

ダライ・ラマ法王長野講演2010

2010年6月21日

(昨日の話になりますが、当日は帰りが遅くなったので本日の更新とさせていただきます)

2010年6月20日午前8時。新宿発の高速バスで長野へ。顔見知りも少なからずいる。どうやら目的は同じようだ。
長野に到着後、目指したのは長野五輪メモリアルアリーナのビッグハット。前日に善光寺を訪問されたダライ・ラマ14世猊下の講演がこの日ここで行われる。
「まさか、今日は赤の軍団が来ることは無いだろうな」
「いや、それは無いでしょう」
長野への道すがら、北京ペテン五輪の聖火リレーで騒然となった2年前の長野のことを思い浮かべながら連れとそんな話をしていたが、さすがに今回はそれは無く、長野は平穏そのものだった。

午前2時。拍手に迎えられてダライ・ラマ法王がビッグハットの壇上に姿を現す。来場者に手を振り、壇上のタンカに向かって五体投地をした後、まずは般若心経を唱える。それが終わるといよいよ、法皇様のお話である。

「先ほど唱えた『般若心経』の中に『照見五蘊皆空』という一節がありますが、これは『実人間の心身を構成している五つの要素=五蘊がいずれも本質的なものではない』という意味であります」
と、まずは般若心経の一部の解釈についてお話しされ、その流れで「自我」と「無我」についてお話しになった。
その後も
「人間は社会の中で生きていく生き物であり、思いやりの心・慈悲が必要とされる」
「世界が経済危機にある中、自国のエゴではなく『普遍的責任感』を持つことが必要」
などのお話があった。
また、
「若い人にお願いがある。英語をしっかり学んでいただきたい。好き嫌いはともかく、英語は今や国際語である。下手でも気にせず、世界に飛び込んでいただきたい。私の英語もブロークンだが、こうして英語を介して世界各国の人々と交流ができている」
と、日本の若者たちに呼びかける一幕もあった。

昨年10月末に東京・両国国技館にお越しいただいた時には、どうしたことかいつもの元気さに欠けていたように思われた法王様だったが、この日はお元気そのもの。慈愛・力強さ・ユーモアを兼ね揃えたダライ・ラマ14世節全開のステージとなった。

2時間強の講演時間はあっという間に感じられた。法王様のお姿とお声に直に接するだけでも十分、という段階は私の場合、既に通り越しているようだった。

[もっとお話をお聴きしたい・・・]
これも煩悩?

しかし、すぐにもっとお話を拝聴することになるのである。

ダライ・ラマ法王 横浜法話・講演
2010年6月26日(土)会場:パシフィコ横浜 展示ホール

関東在住者としては行かずにいられる訳が無い!
中5日で駆けつける予定であるのは言うまでも無い。(6月22日には金沢でも講演があるが、さすがにこれは無理)