バス憧れの大地へ

雑記ブログ

海外からのコメントについて―続報・解決しました

今年初め、海外からのコメントが受け付けられないということを書きましたが、Movable TypeからWordpressに乗り換えても症状は変わらず、暫く根本的解決に至らないままそのまま放置されていましたが、ようやく解決策が見つかりました!
Free Template Garden様、参考になりました。ありがとうございます!

うちのサイトも上記のサイトも同じハッスルサーバーを利用していて、どうやらサーバ側の問題だったようなのですが、WPのディレクトリに

<Files *>
<Limit POST>
order allow,deny
allow from all
</Limit>
</Files>

と、全てのPOST送信を許可する設定をした.htaccessファイルをアップロード。
試しに、海外のプロキシを経由してコメントしてみたら・・・

できました!!

これで海外からのコメントもOKです。
スパムやここで激しく非難している亡国からの嫌がらせが懸念されはしますが、コメントやトラックバックは承認制にしているし、WPそのものにスパム振り分け機能があるので、ま、大丈夫でしょう。

【書評】『チベット真実の時Q&A』(フレデリック・ルノワール)

先日書店で見つけたこの本。巻末を見ると、「2009年3月25日 初版発行」となっている。つい最近発売されたばかりだ。
興味深かったので購入して読んでみた。

作者のフレデリック・ルノワール氏はフランス国立社会科学高等研究院客員研究員、『宗教の世界』誌編集長という肩書きを持つフランス人。

同書では、チベット問題に関する28の疑問に対して答える形式をとっている。
Q1 チベットはどこにある?
Q2 この国はいつ、どうやって成立した?
Q3 チベット人と中国人の類似点と相違点は?
Q4 なぜ仏教がチベットのアイデンティティーの核なのか?
Q5 なぜチベット人は一人の僧侶によって統治されてきたか?
Q6 ダライ・ラマ一四世はどんな人?
Q7 伝統的なチベットは農奴制度を持つ封建社会だったのか?
Q8 中国がチベットの領有権を主張している根拠は何か?
Q9 中国にとってのチベットの重要性とは?
Q10 1950年の中国によるチベット侵略の経緯は?
Q11 なぜ国際社会は反応を示さなかったのか?
Q12 中国がチベットにもたらした変化とは?
Q13 なぜ“文化的ジェノサイド”と表現されるのか?
Q14 なぜ2008年3月に反乱が起きたのか?
Q15 中国で自治権拡大や独立を求めている民族は他にあるか?
Q16 チベット危機は中国解体の引き金となるか?
Q17 なぜダライ・ラマはチベットの独立を要求しないのか?
Q18 もっと過激な動きはあるのか?
Q19 ダライ・ラマは退位できるのか?
Q20 誰が後継者となるか?
Q21 ダライ・ラマは生まれ変わるのか?
Q22 中国人はチベット問題や人権についてどう考えているのか?
Q23 中国による圧制の犠牲者は他にあるか?
Q24 中国の経済的成功は民主主義をもたらすか?
Q25 なぜ国際社会はチベット支持を強く打ち出せないのか?
Q26 なぜ欧米世論はチベットの主張に同情的なのか?
Q27 チベットはどうなる?
Q28 何をするべきか?

例えば、封建制と農奴制について。「この点(チベットは、[欧米人が想像するような]融和と社会的平等が確立した国だったのだろうか、それとも社会的にも政治的にもきわめて閉塞的で封建制に凝り固まった国だったのだろうか、という疑問)については、中国当局の主張が正しい」と、総論ではかつてのチベットに封建制が存在したことそのものは認めている。この点については、チベット人の中には異論を唱える者もいることだろう。
一方、農奴の待遇については「領主が豊かな生活を享受するためには、農奴にできるだけ快適な暮らしを保証してやらなければならなかった」「大貴族や僧院を除けば、事実上領主と農奴との間には一種の連帯感があった」としており、苛烈な農奴制を主張する中国当局とは意見を異にしている。

また、中国の侵略による犠牲者について、チベット亡命政府が概算する120万人という人数のほか、イギリスの歴史家などが推定した「50万人から60万人の間」という説も併記しつつ、「だがこの数字でさえもぞっとさせられる」としている。

このように、中国側にもチベット側にも偏らない極めて客観的な観点から論証を進めているが、結果としては(当然のことながら)中国のチベット支配を非難する内容になっている。
つまり、極めて中立的な目で見て、中国のチベット併合が侵略でありその支配が抑圧であるということは客観的な事実であるということを同書はあらためて明らかにしているのだ。

上記のような客観性と、文章の分かり易さと、掲げられた28の問題がいずれもチベット問題を考える上で欠かせない基本的なものであることから、チベット問題を知るための1冊目としてお勧めできる一書である。

チベットの声を聞いてください

mixiで、抑圧を受けるチベット人の痛ましい声が掲載されていました。ここに転載します。

はっきり言います。これを読んで心を痛めない人は人間ではありません。

チベットを愛しているみなさんへ
私はチベット人の代表として日本全国のみなさんに心から感謝いたします。これからもよろしくお願いいたします。

日本のみなさんへ、本当にありがとうございます。たくさんの人がチベットのために今までいろんなことやってきました。これからももっとやっていく人まだ
まだたくさんいると思います。

私は中国の中で育ったチベット人でございます。黒暗の社会です。これを思うたびに涙が出てきます。私の家族だけでいっても、59年私のお爺さん政治犯で刑務所に入った。当時私のお父さんは2歳になっていない。家全部壊され、財産、家具すべて持ち出されました。残されたのはお婆さんと二人の子供だけでした。食べ物、着るもの一切なし。そのとき何を食べてきたのか、草です。私の家族は59年から草をたべって育ってきました。私のお父さんは自分のお父さんの顔も知らない。刑務所から帰ってきて、すぐなくなりました。生まれる前の年になくなりました。それからお婆さんは私が21歳のときになくなりました。
わたしが子供のときお婆さんは毎日泣いて当時のことを話しました。

残った三人の生活、なくなったお爺さんの刑務所での生活、これを考えると私の心臓動かない。この悲しみは一生消えない。

昨日テレビを見ました、中国の大使館の人と中央テレビのアナウンサ、大学の教授ら三人いました。最初は日中関係を話しましたが、途中からチベット問題をはなしました。そのときのあいつらの発言は私の心を射しました。何であんな発言するのか。その場で殺したかった。日本人に”あなた達はチベットのことわかっていません。もっと勉強してください”こんな自慢の発言もしました。一人だけじゃない三人とも、これで見ると、中国人が傲慢な人間なのがわかります。自分の上には何もないと思っています。本当にありえないですよね。中国人には人権があります、自由を知っています。

私はひとつの例を挙げます。中国のすべての番組で毎日日中戦争が放送されています。今でも放送しています。中国の13億の人の中で半分以上の人は日本という国の事はわからないと思いますが、日本語というと「馬鹿やろ」これは誰でもわかります。何でこんなことになるの、これは中国教育問題です。

じゃ それでは チベットは?何でチベットと中国の戦争は放送できないの。なんで、理由は????これは自由ですか。これは人権あるのか。こんな例はたくさんあります。

中国は世界に”チベットは発展しています”って言っています。本当にそうですか。日本のみなさんそう思いますか。もし思っていれば大間違いです。”チベット鉄道はチベットのためです。”いいえ、違いますよ。チベットを漢化させるための第一歩です。中国の資源の50%はチベットにあります。それの運送のためです。または今回のように軍人移動のためであります。それでチベット鉄道を建設のためにその周辺と駅だけ、観光客の目の前だけきれいにしているだけです。それを世界に大きく広げています。中国のやり方を見ると心が止まらない。

チベットのみんな苦しんでいます。助けて下さい。

Free Tibet !!

アースデイ東京2009 2日目

「アースデイ東京2009」2日目。本日は午後から会場入りしました。

本日は晴天。日曜日ということもあって、昨日に勝る大賑わいとなりました。
チベットブースも昨日に引き続き元気で、歩道橋から見えるチベット国旗も大きなものにバージョンアップです。
アースデイ会場

この日はチベットブースだけでなく、いろいろなブースやイベントを
アースデイのブース アースデイのイベント
見たいと・・・
思っていたのですが・・・

結局、殆どは写真を置かせていただいたStudents for a Free Tibet Japanさんのお手伝いに終始しました。

私がお手伝いしたのは、2つの署名(死刑判決撤回とパンチェン・ラマ11世解放を求めるもの)への協力を道行く人たちにお願いしたり、チベット問題についての質問に答えたり、が主な内容。
最初は署名の趣旨がよく分からなかった人たちもスタッフや私(私は”スタッフ”ではなく”助っ人”)が説明すると快く署名に応じてくれていました。
中には「チベットでは何が問題になっているのですか?」「なぜチベットはこんなことになっているのですか?」「チベットってこんなに大きかったのですか?」といった――1年前の私を見ているような――基本的な質問もあり、それに答えることでチベット問題への理解を広げていきます。私もようやく、そうした質問に答えられるようになりました。

午後5時、撤収開始。2日間にわたったアースデイが終了しました。
署名も集まり、チベット問題に対する認識とチベットサポートの底辺を広げることもできたのではないかと思っています。

※参考ページ
 ⇒弊サイト「チベットの環境破壊

関連コンテンツ

アースデイ東京2009

4月18、19日の両日、東京・代々木公園で「アースデイ東京2009」のイベントが行われました。
この日はその初日。午前はまだ人もまばらでしたが、午後には大勢の人で賑わいました。

多くの団体がブースを出し、いろいろな形で「地球」「環境」をアピールしています。
アースデイ会場
・・・あれ?
何か見覚えのあるものが・・・
チベット国旗が
あ! チベット国旗

実は、チベット支援団体もアースデイに参加していたのです。

参加したのは、

Student for a Free Tibet Japan
Students for a Free Tibet Japan
チベット教育サポート基金
チベット教育サポート基金


チベットサポートグループKIKU
チベットサポートグループKIKU
チベコロ
チベコロ



の4団体。それ以外にも、チベット関連では、ジュレーラダック(インド北部ラダック地方のサポートをしている。ラダック地方はチベット文化圏のひとつ)、アップリンク(チベット関連の映画を上映中) が出展しました。

チベットブースには、こんな素晴らしい目印も・・・
素晴らしい目印

各ブースとも、グッズを販売したり、チラシを配ったり、写真を展示したりして「チベット」をアピール。チベット人死刑判決撤回とパンチェン・ラマ11世の解放を求める署名活動も行われました。
私はどの団体にも属していませんが、チベットで撮った写真の中からチベット問題をアピールできる写真を選んでA4に引き伸ばしたものを持参し、SFTJさんのブースに置いてもらいました。

アースデイのイベントは19日(日)も行われますので、ぜひチベットブースに足をお運び下さい。
チベットブースは会場北側、陸橋の西側になります。渋谷・NHKホール側からだとケヤキ並木が大変混雑しますので、JR原宿駅、東京メトロ千代田線・副都心線明治神宮前駅、千代田線代々木公園駅、小田急小田原線代々木八幡駅からのアクセスが比較的便利です。
(イベントは終了しました)

※参考ページ
 ⇒弊サイト「チベットの環境破壊

関連コンテンツ

殺生戒を踏みにじるチベットの文革―「看不見的西蔵」より

チベット問題を訴えるサイトやブログは数あまたあるが、中国発(サーバはアメリカに置かれているが)の中国語によるという、稀有なブログがある。

看不見的西蔵 ― Invisible Tibet (見えざるチベット)

作者は、ツェリン・ウーセル
北京にいながらチベット現地とコンタクトを取り続けて真実の情報を収集し、世に訴えるチベット人女流作家である。
ウーセル女史の詳しいプロフィールはこちら

前々から存在は気にしていたが、今や衰えを隠せない私の中国語力では読むのがしんどく、きちんと読まずに過ごしてきた。
ところが先日、「チベットNOW@ルンタ」さんでこのブログの翻訳をお願いする記事が掲載されているを見かけ、「ここは一肌脱ごう」と考え、「看不見的西蔵」のある記事の翻訳に取り掛かった。
今年1月に「08憲章」の翻訳をやって以来の中文和訳となったが、あの時よりも文章がやや難しく、辞書に首っ引きとなった。また、チベット人の名前について漢字からなかなか正確な発音が掴めず、苦労した。いずれも、mixiで交流のあったチベットサポーターの方の多大な協力もあってようやくクリアし、翻訳を完了させることができた。

既に「チベットNOW@ルンタ」さんに全訳が掲載されているが、折角なのでここでも紹介することにする。

記事の内容は、文化大革命時におけるチベットでの迫害の様子を描いたものである。

2009年4月9日
殺生戒を踏みにじるチベットの文革

ここに掲載した文と写真は、以前のブログ「深紅色の地図」で発表したことのあるものである。あれは昨年の4月24日のことだった。
今回、再度ここに掲載する。歴史は忘れてはならない。なぜなら、歴史は繰り返されているのだから…

ウーセル:

1957年―1959年の間にチベット全土で絶えることなく発生したチベット人による反中国共産党政権武装反抗が鎮圧された後、文化大革命の期間中、中国共産党軍は各地で殺生戒を踏みにじる。

当時、まず行われたのが「反乱分子」の殺害だった。例えば、1969年3月に端を発した、チベット・チャムド地区、ラサ市近郊の県、シガツェ地区、ナクチュ地区等の地で相次いで発生した暴力事件がある。これらの事件は「反革命暴乱事件」と呼ばれ、当時「再叛」(1957年―1959年の反抗が第1 次”叛乱”とされる)と位置づけられた。これは「再叛」ではなく文革期間中の造反派組織間の武力闘争だとする見方もあるものの、軍隊は「叛乱平定」の名の下で鎮圧を行っていた。いわゆる「再叛」平定は実際のところ、殺戮の軍事行動が終了した後、即ち大規模な逮捕・拘禁・処刑だった。ニェモ県でのチベット人抗争を指導した尼僧ティンレー・チュドゥンはチベット人に知らぬもののいない「反動分子」とされた。1970年2月上旬あたりだったか、この日ラサ中の人々が公判大会の「会場」と南郊外の川原の処刑場に連れ出され、目も覆わんばかりの「階級教育」を受けさせられた。暗い赤色のプル(チベット産毛織物)のチベット民族衣装をまとったティンレー・チュドゥンは、体はやせ衰えていた。彼女は批判闘争にかけられ、その後彼女と17人のチベット人に第1回の公判判決が言い渡された。この写真はまさにその時の公判と処刑の現場のものである。

公判大会
(『看不見的西蔵』より)

「ラサ競技場」の名を持つ「ポ・リンカ」。その広大な空き地は数万人を収容できる公判大会会場となった。殺人の刑場は幾つもあった。セラ寺の鳥葬場、シェンド発電所隣の鳥葬場、蔡公塘の鳥葬場、グツァ刑務所隣の鳥葬場、南郊外の川一帯だ。説明しよう。鳥葬場近くで死刑を実行するのは死者をチベット伝統の葬儀の習慣に則って鳥葬に付すことができるからではない。なぜなら、鳥葬の習慣は「四旧」の一つとされてとうに禁止されていたのである。解放軍軍人による銃声の中、彼らが前もって掘っていた穴の中に一人の「先発反革命分子」が倒れ、その後土で蓋をされる――即ち土の下に埋葬された。中には足の裏が外にむき出しになっていて野良犬に食いつかれた者もいた。

公判大会
(『看不見的西蔵』より)

当時、「叛乱分子」殺害のほか、「叛国分子」殺害も行われていた。当時、文革の恐怖と貧困に耐えられず近隣国に逃れる人々が少なくなく、不幸にして捕まり「叛国分子」の罪名で罰せられる者がいた。トゥプテン・ジグメという名の若者――ラサ高校66班の学生――とその恋人の華小青(チベット人と漢人のハーフ)が逃亡の際に捕らえられた。華小青は獄中で所員に強姦され、その夜自殺した。トゥプテン・ジグメは公判にかけられ処刑された。彼の同級生の一人は当時の目を覆いたくなる光景を今も忘れられずにいる。「トゥプテン・ジグメが銃殺されたあの日、私たちは見ました。彼が街中を引きずり回されている時、私たちはこの目で、彼ががんじがらめに縛り上げられ、背中にプラカードを掛けられ、首に縄をかけられて今にも絞め殺されそうになるのを見てしまったのです。その実、彼はもう絞め殺されていました。処刑場に着いた時にはもう死んでいたのです。顔は膨れ上がって青白くなっていました。あの時の彼は、まだ20歳になったばかりぐらいだったのに」

かつては中国共産党の協力者だったのが文革時には「妖怪変化(文革時に旧地主や旧資本家、学会の権威などがこう例えられた)」におとしめられた貴族官員サンポ・ツェワン・リクジンの息子も「叛国」の罪で銃殺された。彼は20歳前後の足の不自由な青年だった。彼と一緒に逃亡を試みた2人の若者も銃殺された。やはり「ラサ競技場」で公判にかけられた後判決を受けた。聞くところによると、彼は銃殺前に既に撲殺されていた。ある者は自殺だと言う。いずれにせよそれにもかかわらず、彼の遺体はなお銃殺にかけられたのである。

いわゆる「叛国分子」の中には、海外に逃れようと計画しただけで殺害の憂き目に遭う者もいた。ロカ地区ギャツァ―チュスム間のポータンラ山での道路工事の際、「領主」或いは「代理人」に属する家庭出身の何人かの若者が苦しい生活と精神への圧迫に耐えられず、国境を越えてインドに逃れようかという考えを会話の中で吐露したところ、一人の同僚に密告され、道路工事班の指導者が即座に上へ報告し、ラサから派遣された解放軍軍人がその何人かの若者を全員逮捕した。程なくして、ドンジュ(16歳)とツドゥ(14歳)が公判にかけられて銃殺され、ソナム・ロツァ(18歳)が獄中で撲殺された。1950年代の間、中国共産党に「愛国上層人士」と讃えられた活仏ツァワの外甥(16歳前後)は20年の判決を受け、のちに釈放された後インドへと去り、それ以来戻っていない。

見せしめの様子
(『看不見的西蔵』より)

一人を殺して大勢の見せしめにする効果を挙げるため、当時盛んに行われていた方法に以下がある。
1. 死刑判決の布告を至る所に貼り出し、判決を受けた者の写真或いは名前の上に人の目を引く赤い×印を描く。
2. 群衆の面前で公判大会を行い、判決を受ける者の親族は必ず最前列に立たせ、公判後は警察と兵士の手でトラックに乗せられ沿道にさらし者にされ、それから刑場に戻って銃殺に処される。中には刑場に着く前に首にかけられた縄でしめられて死んでしまう者もいた。親族は遺体を引き取ることを許されず、それどころか銃弾代を支払わされ、挙句には党が「階級の敵」を消滅させてくれたことに対して公開で感謝の意を表しなければならなかった。多くの人は虐待に耐えられず獄中で自殺し、また酷い刑罰を受けて死ぬものも多くいた。

1970年及び1971年に銃殺された人の人数について、私が以前取材したチベット造反派「造総」司令の陶長松が語った。銃殺された人のうち1969年のいわゆる「再叛」で法廷から銃殺の判決を下された者は295人。後にその295人のうち、誤って殺されたと認められた者が出て名誉を回復され、その家族に 200元、800元の「慰謝料」が支払われた。これについて、元「造総」司令の陶長松は聞くに悲しい話を語った。

「チベット族の人々は極めて従順で、彼らを銃殺した時、『トゥジェチェ』(チベット語で『ありがとう』)と言い、200元を支払った時にも『トゥジェチェ』と言い、800元を支払った時もまた『トゥジェチェ』と言っていた。彼らチベット族の人々は実に可哀想だった」

私が以前取材した「再叛」調査グループの責任者ドルジェは、この数字をはるかに越えていると考えていた。彼が言うには、1970年に「毛沢東思想学習班」をやっていた時に多数の人々が殺された。「バンパル、テンチェン2県だけで100人以上に上った……これが第1弾の処刑で、既に死刑判決が下されていたために本来なら2度、3度の処刑でその度に数百人が殺される予定だった。ところが第1弾の処刑後、第2弾は認められなかった。拡大化の傾向が見えていたのかもしれない。73年に私たちが政策を実施しにバンパルに赴いた時、死刑執行を待つ者、既に獄に繋がれて無期懲役の判決を下された者、15年、18年、最低でも10年の判決を下された者は、私が訪れたあの郷だけでも多数いた」。その他、現地で働いていたあるチベット人もこう語っている。「バンパルの再叛と言えば、1回の公判で銃殺されたのは90人以上だった」

しかしながら、銃殺された大多数が未だ名誉回復をされていない。当時の「赤の恐怖」を経験したあるチベット人はこう吐き捨てる。「こんなにたくさんの殺人事件で、私たちチベット人の心は恐怖に打ちひしがれている。私たちが受けた傷は深く、共産党への信頼も無くなった。だから、87年、89年のいわゆる“騒乱”も実際のところ、これらの傷害と関連しているのだ」

文革の酷さは既にいろいろな所で読んでいるので、今更驚きはしない。
ただ、冒頭に書かれている「歴史は忘れてはならない。なぜなら、歴史は繰り返されているのだから…」という一言[※]が意味深長である。

そう。チベットでは同じ位酷い抑圧が今でも続いているのである。
中国共産党の人の命を重んじない体質が今も当時も変わっていないことをこの一言がさりげなく示しているのだ。

チベットだけではない。1989年の天安門事件もその表れだろう。あの事件は既に20年前のものだが、同じようなことが中国共産党政権下で再び行われれば、また「歴史は繰り返される」のではないか。

今の政権の体質を、或いは政権そのものを変えない限り、チベットの、また東トルキスタンの、南モンゴルの、そして中国そのものの人々の前途に光は見えない――あらためてそう思わされた。

 

今回の作業で、ウーセル女史のブログをもっとじっくり読みたい、そして、もう一度中国語を頑張ってみるか、という思いがわいてきた。
せっかく学んだ中国語だ。生かせる所で生かさなければ。

 

[※]白状すると、私は当初、この部分の「在」一文字を見落として「歴史は繰り返すのだから…」と訳していたが、上記の協力者のご指摘でとんでもない誤訳をしていたことに気がつかされた。たった一文字で文の持つ意味は大幅に変わるものである。翻訳するということ、文章を書くということは、げに難しい。

関連コンテンツ

チベットトーク―モーリー・ロバートソン&福島香織

以前お伝えしたチベット映画「雪の下の炎」「風の馬」が昨日10日から東京・渋谷UPLINKにて本公開されました。
本日は「風の馬」の上映+トークイベントがありました。

映画の内容は以前の記事を参照していただければと思いますが、何度見ても胸が痛くなります。

上映終了後すぐ、トークイベントが始まりました。

爆裂トークを展開したのは・・・

モーリー・ロバートソン
日米ハーフの米国籍だが、完璧な日本語でJ-WAVEやポッドキャスト(i-morley)でラジオパーソナリティを務める。
2007年2~3月、チベットに渡って現地から生情報をポッドキャストやインターネットラジオで発信するというプロジェクト・チベトロニカを展開。「3日ぐらいで規制が入るだろう」と思いつつ始めたらそのまま無事プロジェクトを全うする。

福島香織
産経新聞政治部記者。前赴任地は中国・北京総局で、ブログ・北京趣聞博客(ぺきんこねたぶろぐ) [1]でチベット問題に対して鋭い指摘を続け、アンチCNN(http://www.anti-cnn.com/)[2]で中傷を受けるほどの反響を呼ぶ。

トークはチベット問題の報道について、モーリー氏が話題を振って福島氏が報道の表裏について語るという流れが基本で行われました。

福島氏は
「2008年3月の騒乱の時に、チベット人女性とコンタクトから情報をもらうが、余りにもCCTVなどの報道と違い、何が本当なのか分からなくなった」
「公式発表と現場の情報が食い違っているが、調べがつかない。新華社などがはっきりと報道されているのを見ると『一面あり得るかな』と思ってしまう」
「日本の記者は取材妨害に遭っても『中国だから』と諦めてしまうが、欧米人は屈しない」
「圧力を受けた現場の人はそれを報道してほしいが、上層部の判断で報道されないことがある」
「(コキントウが来た時に日本のメディアがチベット問題に触れずに傍観していた、というモーリー氏の指摘に答えて)コキントウが来たとか何をしたとか、公式に発表されることが優先的に報道される。よく分からないチベット問題は後回しにされる」

など、いろいろな問題点を指摘。

モーリー氏が
「報道で『mixiの○○さんによると・・・』とか『i-morleyによると・・・』とかもあってもいい」
と言うと、福島氏が
「そういうのがあっても面白い。『APによると・・・』『ロイターによると・・・』『新華社によると・・・』とかいうのはよくやるけど、『ラジオFree Asia[3]によると・・・』はやらない。でも、情報はこっちの方が早いんですよ。昔は、そんな所からのクオートはできない、という思いがあったけれと、いつか(最初は飛ばしが多かった)『大紀元[4]によると・・・』というニュースが流れる日が来るかもしれない」
と話すなどの一幕もありました。

思わず爆笑の渦となってしまうような裏話もありました。

<本日の最大爆笑>
福島氏
「(中国では)電話の盗聴は基本的には私たちのような仕事には24時間にやっていると思う。(盗聴の結果)ブチッと切れるようなことはしょっちゅうあって、時々盗聴している人から『そんな下らないことを話すな!』という罵声を浴びた後に切られたことがあった(笑)」
(福島氏によると、そうすることで『盗聴しているぞ』という圧力をかける効果もあるのだとか)

話は白熱する一方でしたが、残念ながらあっという間に時間となって終了。

ラウンド2はi-morleyで!!(モーリー氏)

本当ですか?? 期待してますよ!!

※            ※            ※

いやー、痛快だった(^o^)

UPLINKでの「風の馬」トークイベントは今後も何回か行われます。

4月18日(土) 上映 12:30~/ トーク 14:10~ (15:10終了予定)
■ゲスト:
 ツェリン・ドルジェ氏 (在日チベット人・SFTJ代表)
 渡辺一枝氏 (作家)
(終了)

4月19日(日) 上映 12:30~/ トーク 14:10~ (15:10終了予定)
■ゲスト:
 野田雅也氏 (フォトジャーナリスト)
(終了)

5月2日(土) 上映 12:30~/ トーク 14:10~ (15:10終了予定)
■ゲスト:
 石濱裕美子氏 (早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授)

5月3日(日) 上映 12:30~/ トーク 14:10~ (15:10終了予定)
■ゲスト:
 下田昌克氏 (絵描き)、他

詳細はこちらから

<追記>
i-morleyに当日の音声がアップされました!
http://i-morley.com/blog/2009/04/post_305.html

[1]現在のブログ名は「北京・平河趣聞博客(ぺきん・ひらかわこねたぶろぐ) 」
[2]チベット騒乱をきっかけに、北京市民が自主的に立ち上げたとされるウェブサイト。西側メディアの“誤報”を微に入り細をうがち、中には写真までつけて詳しく説明している。西側の報道姿勢を激しく批判する論調は中国政府の最近の主張と、まったく同じだ。(産経新聞)
[3]米国議会の出資によって設立された短波ラジオ放送局。放送局は民間の非営利法人が運営しているが、放送理事会(BBG)の管理下にある。「国内メディアを通じて、完全で均衡のとれた報道へと定期的に接することができないアジアの聴衆者に対し、ニュースとその関連情報を放送する」こと、及びに「放送と聴衆者参加プログラムを通じて、RFAは多くの各アジア人民に欠乏している、ある事物に対する批評意見への見聞きを充足させる」ことを目指している。(Wikipedia
[4]ニューヨークに本部を置き、主に中国語で新聞を出版しているメディア。 大紀元は「気功」などで知られる新興宗教「法輪功」(筆者註:中共当局から『邪教』呼ばわりされて迫害を受けている)と関連した報道機関であり、 同社が発行する大紀元時報新聞では、中国共産党の言論統制に従うことなく、同党に批判的、反体制的な記事を多く掲載している。報道内容は法輪功の主張に沿ったものであり、中国共産党に肯定的な報道は全くない。各国の主要メディアが引用する事は滅多にない。(Wikipedia

関連コンテンツ

チベットの“受難”―歴史と文化学習会

2月8日に続き、チベットの歴史と文化学習会に参加してきました。

今回の内容は、

(1)講座「チベット仏教の潮流」第2回「仏教のチベット的展開」
講師:吉水千鶴子(筑波大学人文社会科学研究科哲学・思想専攻准教授)

(2)チベット報告「受難ということ」
報告:渡辺一枝(作家)

(3)緊急報告「国境線リポート」
報告:野田雅也(フォトジャーナリスト)

(4)基調報告「Tibet2009 vol.2…チベットの政変から60年」
質疑応答:長田幸康(ライター、I love Tibet! ホームページ 主宰)

といった具合。

吉水先生の講座は、チベット王朝分裂(842年)~ゲルク派の成立(1409年)のチベット仏教史について。この時期の仏教の復興と宗派の成立、仏教の多様化について分かり易く説明していただきました。
(『チベット問題』のコンテンツにいつか追加予定である『チベットの歴史』にこのへんの内容を盛り込んでいく予定です)。

渡辺一枝さんのお話は、今回も印象深かったので締めで紹介することにします。

野田さんの「国境線リポート」は、チベットの人たちが亡命する際に通過するネパール国境を現地取材したリポート。私も通ったことのあるダムコダリの国境の様子や凍傷で足の指や膝から下の脚を失った人たちの話や2008年3月を境に国境を越える人が激減したことなどを交えて国境を越えることの困難さを、またネパールでマオイスト政権が成立したことでネパールのチベット難民たちが危機にさらされていることやチベット人強制送還の”ビジネス”が成り立っている可能性など、亡命後もなお困難が続いている状況を話して下さりました。

そして、質疑応答やTake Actionへの参加呼び掛けなどを行った後、今回の学習会は締めくくられました。

次回は夏ごろに行われるとのことです。

最後に、渡辺一枝さんのお話の一部を要約して紹介させていただきます。

 

あなたの一番大切なものが蹂躙されたということを想像してみて下さい。

チベットでは各地に山や湖など、その地の産土神として崇拝されているものがあります。
それらが今、次々と壊されているのです。

チベット人にとって最も苦しいのは信仰を禁じられていることです。
仏壇を置くな、ダライ・ラマの写真を持つな・・・「~するな」は手を変え品を変え、何とかすることもできます。
しかし、

ダライ・ラマの写真を踏みなさい、破りなさい、燃やしなさい
ダライ・ラマを批判する作文を書きなさい

これを強要されたら死ぬしかない、という、やりたくないことをやらされている、ということが日常頻繁に行われているのです。

これを”受難”と言わずして何と言うのでしょうか!

関連コンテンツ

不当判決を許すな!―2008年3月の騒乱でチベット人4人に死刑

見せしめが行われようとしています。

チベット:ラサ暴動 4人に死刑--地裁判決
http://mainichi.jp/select/world/news/20090409dde007030024000c.html

 【北京・浦松丈二】新華社通信によると、チベット自治区ラサの中級人民法院(地裁)は8日、08年3月のラサ暴動で放火などの罪で起訴されていた被告4人に死刑、別の被告1人に無期懲役の判決を言い渡した。ラサ暴動裁判で死刑判決が言い渡されたのは初めて。

 判決によると、被告5人は3件の放火事件を起こし、店の経営者ら7人を死亡させたとされた。死刑判決を受けた4人のうち2人には2年の執行猶予が付けられた。猶予中に再犯などがなければ、無期懲役に減刑される。

 自治区当局者によると、ラサ暴動では市民18人と警官1人が死亡。2月までに暴動に関与したとして約950人が拘束され、76人に有罪判決が出されていた。

※上記記事の「猶予中に再犯などがなければ、無期懲役に減刑される」の部分だが、どこかで「無期」ではなく「終身刑」になると書かれていたのを読んだ。

 

=============================================
<4月10日追記>
日本の報道は上記のように中共お抱えプロパガンダ垂れ流し機関の言うことを垂れ流す記事ばかりですが、下記のような報道も。死亡者の人数が違うことが一点と、チベット側の立場も書かれていることが一点です。

http://www.guardian.co.uk/world/2009/apr/09/four-tibetans-sentenced-to-death
イギリス ガーディアン紙 北京特派員 Jonathan Watts

中国営放送によると昨年のラサの動乱の際に甚大な被害をもたらした放火犯4人に死刑を言い渡した。
この死刑判決はラサ市中級人民法院が宣告したもので、2002年以降この地域では初めて。

亡命チベット団体はこの判決を政治的な意図のもとに、作為された不当な判決であるとして、抗議。

新華社によれば、ロプサン・ギャルツェンはラサの二つの衣料店を3月14日に放火し商店主を殺害したとして死刑。
ロヤックはディジェン地区の自転車屋に放火し、店主とその妻、息子、二人の従業員を殺害した罪により死刑。
その他、大変危険な放火を自白したという、二人のチベット人テンジン・プンツォックとカンチュックには二年の執行猶予付き死刑。
もう一人の被告は、審議中だという。

新華社には、法廷のスポークスマンによる発表として以下のようなコメントが載せられている。
”これら3件の放火が3月14日暴動の犯罪の中で、もっとも最悪な結果を招くことになった”とし、”これらのの犯罪が多くの人命と不動産を失う結果を招
き、公共の風紀や安全と安定を乱した”

フリーチベットはこれらの判決を、被告は当然の権利である司法上の防衛手段が全く与えられなかったとして、真っ向から攻撃

”本日発表の死刑宣告の報告は、チベット人が最低限の司法上の権利すらも与えられず判決に至る、昨年より引き続き報告されている裁判のプロセスで、中国
の政治的な意図は明らか”とフリーチベット広報官マット ウィタケース。

”各国政府は自国の北京総領事を通して、中国人民法院への即時介入と、同時に国際メディアの即時入国(チベット)を要求するべきである。”

なお、中国国営放送は裁判は一般に公開され、被告側は弁護士がついていたとしているが、外国人記者のチベット立ち入りが非常に規正されているため,確か
める手段は皆無である。

<4月10日追記、ここまで>
=============================================

 

「地裁判決」ということで、控訴はできないものか――と、文明国の人の感覚でつい考えてしまうかもしれませんが、敵は正式な手続きを経ずに逮捕ということを平気でやる連中です。今回の裁判もどれほど正当な手続きを経て行われたものだか。不当判決を言い渡されたチベット人たちにも、きちんと弁護人がつけられていたか怪しいものです(形だけはついていたかもしれないが)。

国民のためではなく中共のための政治しか行われないかの国で、国家、というよりは中共に楯突く形になってしまった彼らの前途はかなり絶望的です。
しかし、だからと言ってこのまま黙っている訳には行きません。死刑を阻止しましょう!

Take Action !
ロンドン在住の日本人チベットサポーターWさんより、オンライン署名の情報をいただきました。
http://actionnetwork.org/campaign/stoptheexecutions/
英語ページですが、内容をごく簡単に言えば、死刑執行を中止するよう中国政府に要請する手紙をオンラインで送付するものです。
ページ右側の入力フォームにEメールアドレス、名前、苗字、住所(国、市、町名まででもOK)、郵便番号等を入力してボタンをクリックすれば、ページ左下に表示されているメッセージに名前と住所を添えて送付される、という仕組みです。

また、以下の文章をFAXにて関係当局に送付する行動についても協力が要請されています。

<日本語>
中国のチベット人への死刑宣告に関して

 中国政府が4人のチベット人に死刑を宣告したことを聞いて、私は大変な憤りを感じています。
 私は、猶予なしの死刑判決を受けた洛桑堅才(Lobsang Gyaltsen) と落牙 (Loyak) について、即時の執行停止と各事件に関する独自の再調査とを求めます。
 同時に、死刑まで2年間の猶予が与えられた旦増平措 (Tenzin Phuntsok) と剛組 (Kangtsuk)、終身刑を言い渡された達瓦桑布(Dawa Sangpo) について、処遇を深く憂慮しています。
 彼らの基本的人権は否定されました。また裁判は、国際的な判例に沿ったものでは
ありませんでした。
 昨年のラサでの騒乱に対して中国政府は極端な暴力で応じました。
 これらの判決も政府の方針に異議を唱えるチベット人へのあからさまな脅迫です。
 中国政府がいますぐ執行を停止し、この不当判決を撤回するよう、私は求めます。
 私は日本政府代表にこのことを知らせ、断固とした処置を取るよう、日本政府に求めます。

<あて先>
日本政府・首相官邸メールフォーム
http://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken.html
日本政府・外務省メールフォーム
https://www3.mofa.go.jp/mofaj/mail/qa.html

<英語>
I am outraged to learn that the Chinese government has sentenced four Tibetans
to death and one Tibetan to life imprisonment.
I understand that Lobsang Gyaltsen and Loyak have been sentenced to death
without a reprieve, and I call for an immediate stay of execution and
an independent inquiry into their cases.
I am gravely concerned for Tenzin Phuntsok and Kangtsuk who have also been
sentenced to death with a two-year reprieve, and for Dawa Sangpo
who has been sentenced to life imprisonment.
These individuals were denied their basic legal rights, and the trials
were not conducted in accordance with international judicial standards.
The Chinese government has responded to last year’s protests
with extreme violence, and these harsh sentences are a blatant attempt
to further intimidate Tibetans from speaking out against Chinese rule.
I call on the Chinese government to immediately halt these executions
and reverse these unjust sentences.
I will be notifying my government representatives about this situation,
and I will urge them to take strong action to condemn this travesty of justice.

Sincerely,
[Your name]
[Your address]

<あて先>
Ministry of Justice
Minister: Wu Aiying
No.10 Chaoyangmen Nandajie, Chaoyang District
Beijing 100020, China
Tel: +86 10 8313 9065
Tel: +86 10 6520 6706
Fax: +86 10 8313 9051
Fax: +86 10 6529 2345

Ministry of Foreign Affairs
Minister: Yang Jiechi
No. 2 Chaoyangmen Nandajie, Chaoyang District
Beijing 100701, China
Tel: +86 10 6596 1114
Tel: +86 10 6596 3100
Supreme People’s Procuratorate
Tel: +86 10 6525 2000
Tel: +86 10 6559 2000

LHASAラサ:
Secretary of the Chairman of the Tibet Autonomous Region (TAR)
Tel: +86 89 1632 5889
TAR People’s Government
Tel: +86 89 1633 2067
TAR People’s Congress
Tel: +86 89 1683 2423

※このアクションは終了しました。

不当な死刑を断固として阻止しましょう!

<新着記事>

Google

WWWを検索a-daichi.comを検索