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雑記ブログ

今年の100名城-愛媛

今年の100名城巡り。夏にはGoToを利用して愛媛へ。
松山には以前来たことがあり、松山城はその時訪れたが、それ以外は今回が初訪問になる。

松山城(100名城No.81)
2度めの訪問。
松山市内中心の城山の上に佇む平山城。
江戸時代初期に加藤嘉明によって築城が開始され、その後を受け継いた蒲生氏・松平氏によって築城が継続された。
市電県庁前駅から徒歩。もしくは同大街道駅から徒歩5分の城山ロープウエイでアクセスすることもできる。
松山城
過去に何度も火災があり、現在のものは再建になるが、立派な石垣や天守閣が目を引く。

湯築城(100名城No.80)
道後温泉近くにある、豪族河野氏が室町時代初期に築いた平城。
市電道後公園駅下車すぐ。
湯築城
外堀、内堀、土塁などが残り、当時の様子をしのぶことができる。再現された武家屋敷に設けられた湯築城資料館で当時のことを詳しく知ることができる。

河後森城(続100名城No.179)
高知県との境近くにある山城跡。永禄・天正の時代には河原渕家が居城としていた。
JR予土線松丸駅から徒歩15分ほど。徒歩のコースはこちら
河後森城跡
山の上の曲輪をたどって歩き、山の北から南に抜けるコースがお勧め。

宇和島城(100名城No.83)
宇和島市にある、藤堂高虎が築いた平山城。
JR予讃線宇和島駅から徒歩30分ほど。
宇和島城
現在の天守閣は17世紀に伊達宗利が再建したもの。江戸の平和な時期に築かれたものなので、軍事性は無く装飾性が強い。

大洲城(100名城No.82)
大洲市の肱川ほとりに鎮座する平山城。
16世紀末に藤堂高虎によって近世城郭へと改築が始まり、天守が築かれた。(現在のものは再建)
JR予讃線伊予大洲駅から徒歩30分ほど。
大洲城
天守閣、台所櫓、高欄櫓の組み合わせが、均整が取れていて美しい。

能島城(続100名城No.178)
広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶしまなみ海道の、最も今治寄りの大島北部の海辺から400mほど沖の能島に築かれた、日本海に浮かぶ砦。村上海賊の一派能島村上氏によって築かれた。
JR予讃線今治駅からバスを乗り継いで宮窪桟橋下車。上陸するにはクルーズに参加することが必要。しかし、私が訪れたお盆休み期間はクルーズが休みで、上陸は叶わず、近くのカレイ山展望公園や海辺からその姿を遠目に見るに留まった。
能島城
クルーズに参加しない場合、100名城のスタンプは村上海賊ミュージアムで。ここでは村上水軍や能島城について詳しく知ることができるので、この地に来たなら必見。

今治城(100名城No.79)
今治市の港近くにある「海城」。藤堂高虎が関ヶ原の戦い後に築いたもので、当時は城のすぐ近くの「舟入」まで軍船が乗り入れ、堀は今も海と繋がっている。
JR予讃線今治駅から徒歩25分ほど。私は能島城からバスを乗り継いで今治バスセンターに到着し、そこから港を経由してアクセスしたが、港経由で行った方が「海城」であることをより実感できるかもしれない。
今治城
天守閣をはじめとする建造物のほか、藤堂高虎の銅像も見もの。

今年の100名城-尾張・美濃

今年はコロナ禍の下、殆ど旅をすることができませんでしたが、細々と2回だけ、国内100名城巡りの旅をしてきました。
こういう状況下なので、リアルタイムで公表することは憚られて、報告していませんでしたが、幸いにもそれが原因で感染することも無かったので、年末のタイミングで事後報告させて頂きます。

今回は、2月某日に訪れた、尾張・美濃の4城。名古屋に用事があったついでに巡ってきました。
ただ、名古屋は以前住んでいたことがあったので、既に訪れていてスタンプだけ貰いに行った所が殆どでした。

小牧山城(続100名城No.149)
ここは初めての訪問。
名古屋空港に程近い小牧山の上に佇む、織田信長が美濃攻めのために築いた山城。
名鉄小牧線小牧駅から徒歩20分。
小牧山城
天守閣(模擬天守=実際には無かった)は工事中だったが、中に入ることは出来た。その周りでは折しも、発掘調査が絶賛実施中だった。

犬山城(100名城No.43)
(多分)2度めの訪問。
長良川を背に、小高い丘の上に建てられている。小高い応仁の乱の時期に織田広近が築いた砦がはじめとされる。
名鉄犬山線犬山遊園駅から徒歩15分。
犬山城
江戸時代初期に建てられた天守閣は当時のものが現存し、国宝に指定されている。比較的小ぶりな天守だが、それを考えると輝いて見える。

岐阜城(100名城No.39)
何回か訪れたことのある城。
岐阜市内の金華山の上に佇む、典型的な山城。折しも雨天で、城の下に雲がかかっているという位置の高さ。かつては稲葉山城と呼ばれ、斎藤道三など斎藤家が居城としていたが、織田信長が斎藤龍興を追い落としてこの城を居城とし、「岐阜城」と改名してここを天下取りの足がかりにした。
JR岐阜駅、名鉄岐阜駅からバスで岐阜公園歴史博物館前まで乗り(15分)、岐阜公園内を出発する金華山ロープウェーで山頂に上り(3分)、山頂駅から徒歩10分。
岐阜城
信長の天下取りの始まりの地ということで、天守閣は模擬天守であるとはいえ、私にとってかなりお気に入りの城だ。

名古屋城(100名城No.44)
もう何度訪れたことか。スタンプを貰うためだけに訪れた。
名古屋市内にある平城。江戸時代に徳川家康によって築かれ、尾張徳川家の居城となった、言わずとしれた名城。天守閣や本丸御殿(いずれも再建)等が見どころ。
名古屋地下鉄市役所駅から徒歩10分。
名古屋城

バンクーバー(2020年1月3日)

※この記事は後日、別ページでより詳しい内容でリライトします。

前日日中の便で、ホワイトホースからバンクーバーに戻る。この日は先日の滞在でまだ訪れていない場所を足早に訪れる。

バンクーバー博物館
バンクーバー博物館
先住民の時代から西洋人移民の時代、2つの大戦の時代、現代に至るバンクーバーの歴史が簡潔に纏められている。
西海岸の街なので日本人移民もいたのではないかと思ったら、やはり、この地に渡ってきた日系カナダ人の苦難の歴史についても、1つの区画で紹介がされていた。
バンクーバー博物館の日系カナダ人に関する展示

先日も訪れたウォーターフロントへ。見逃していたのが、
オリンピック聖火台
オリンピック聖火台
バンクーバー五輪の時に使われていたものを、コンベンションセンター西側広場に移設して保存されている。
あの五輪が開かれたのが、2010年。今年は、まだなったばかりだが、2020年――もう10年にもなるのか。

ウォーターフロントの鉄道駅から、西へ少し歩いた所にある、
ギャスタウン
ギャスタウン。おしゃれな店が立ち並ぶ若者の街だ。その一角に、この地を開拓した立役者を称えるギャシー・ジャックの像がある。
ギャシー・ジャックの像

ギャスタウンに隣接する場所には、チャイナタウンもある。
チャイナタウンの中華門

チャイナタウンの南側に足を運ぶと、ここにもオリンピックの舞台となった場所があった。
B.C.プレイス
B.C.プレイス。カナディアンフットボールのBCライオンズの本拠地のスタジアムで、五輪の際には開会式と閉会式の開催場所でもある。

B.C.プレイスを去ろうとしたところで、雨が本降りになってきた。ダウンタウン一の目抜き通りであるロブソン通りなどを通って、宿に戻る。
ロブソン通り

取りあえずこれで、バンクーバー巡りも終了。明日の帰国を待つばかりとなった。

100名城巡り・小机城、石垣山城、小田原城

2019年8月31日

この夏は青春18きっぷを使って静岡、東京、山梨の日本100名城を巡ってきたが、きっぷがまだ1日分残っている。
現在の地元・神奈川の城にまだ行けていない。青春18きっぷで巡るのにちょうどいい電車賃になるので、行くことにした。

まず、目指したのは、JR横浜線小机駅から徒歩10分ほどの小高い山の上にある小机城(続日本100名城No.125)。15世紀に関東管領上杉氏が築き、長尾景春の乱の際に攻城戦の舞台となった城だ。その後いったん廃城となり北条氏の統治下で再建されたが、徳川家康の関東入府後、再び廃城となる。現在は小机城址市民の森として保存されているが、第三京浜道路の建設で一部壊されてしまっている。
駅南口にある「城郷小机地区センター」で100名城のスタンプを頂いた後、北口に回って、そこから歩いて公園入口へ向かう。
小机城本丸入り口
小机城本丸入り口
小机城本丸
小机城本丸
坂道を上った先の門をくぐると、そこが本丸。他にも二の丸、土塁、井楼跡、櫓台など、ここが城であった痕跡が幾つも残っている。
小机城の空堀
小机城の空堀
特に印象的なのが、深くえぐられた「空堀」。この場所が戦いの要塞であったことを最も雄弁に物語っている。中でも本丸~二の丸の北側の空堀は現在、両側に竹林が茂る小道になっていて、非常に風情がある場所だ。
小机城の空堀
竹林の中を抜ける小机城の空堀

小机から横浜線、京浜東北線、東海道線とJR路線を乗り継いで、1時間20分ほどかけて、小田原へ。この街で最も有名な城は後に回すことにして、私はまず別の城を目指した。
向かったのは、石垣山城(続日本100名城No.126)。小田原攻めの際、豊臣秀吉勢が笠懸山の山頂に秘密裏に建て、突如その姿を見せて北条方の士気を失わせたことで有名な、「一夜城」の異名を持つ城だ。土日祝日なら小田原駅から出ている小田原宿観光回遊バス「うめまる号」で直接行くことができる(1日乗車券がお得)。
石垣山城の南曲輪石垣
石垣山城の南曲輪石垣
その名の通り、今も残る石垣が特徴の城で、入り口そばの南曲輪をはじめ、馬屋曲輪(二の丸)、井戸曲輪などに立派な石垣が残っている。
石垣山城の井戸曲輪
石垣山城の井戸曲輪
入り口から暫く坂を上ると、広々とした二の丸に行き着く。そこから更に坂を上った先に本丸があり、その一角には天守台もある。「一夜城」という異名から簡易な城を想像していたが、実際には80日かけて築城したもので、かなり本格的な城だったことが覗える。
石垣山城馬屋曲輪(二の丸)
石垣山城馬屋曲輪(二の丸)
石垣山城の天守台
石垣山城の天守台
本丸のへりの方に展望台があった。小田原の街と駿河湾を一望することができる。
ビルが立ち並ぶ中に埋もれて少し分かりにくいが、小田原城の姿も見えた。秀吉もここから、小田原城に向けて睨みをきかせていたのだろう。

石垣山城からの眺望
石垣山城からの眺望。小田原城も見える(クリックで拡大)
石垣山城の駐車場で100名城のスタンプを頂いた後、循環バスで小田原の市街地へ移動。向かうは勿論、先程石垣山城からもその姿を捉えた小田原城(日本100名城No.23)である。北条早雲をはじめとした北条氏の本拠となった城だ。9kmもの総構えで知られる難攻不落の城だったが、先述した秀吉の小田原攻めで遂に落ちる。明治になって天守閣や櫓は一旦解体されるが、1960年に天守閣が再建され、その後門が復元された。
小田原城天守閣
小田原城天守閣
天守閣入り口で100名城のスタンプを頂き、展示物を見ながら最上階に向かう。
廻縁から西側を眺めると、箱根の山が見えるが、その手前に見えるのが笠懸山――そう、石垣山城が築かれた山だ。石垣山城から小田原城を眺めた時は結構遠く思えたのだが、小田原城から笠懸山を眺めるとかなり近く感じられる。この感覚が、北条方を降伏へと向かわせたのだろうか。
小田原城から見る笠懸山
小田原城から見る笠懸山。赤丸の辺りに石垣山城がある

これで、今回の名城巡りは終了。神奈川県の100名城制覇となった。

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