バス憧れの大地へ

雑記ブログ

モンゴルより

ただ今、モンゴルです。

ウランバートルに到着する直前、飛行機から雪景色が見えて
「こりゃとんでもない所に来てしまったかな?」
と思いましたが、空港から外に出てみたらそれほどでもなく、ほっとしました。

しかし・・・

昨日、今日とウランバートルから南西360kmのハラホリン(カラコルム)に行ってきたのですが、服を着ていた部分は何ともなかったものの、唯一肌がむき出しになっている顔は、風が強いときには冷たいというよりは痛い!! でもちょっと街中に入ると何ともなかったりしました。

ハラホリンはモンゴル帝国時代の古都ですが、ほとんど何も残っていません。
しかし、残っているものの一つ、エルデニ・ゾーは、モンゴルの地にチベット仏教が伝播したことを伝える貴重な遺跡でした。
中にあるチベット寺院に入ってみると、お坊さんたちがお勉強の準備中! 邪魔しないようにご本尊に手を合わせて世界の平和とチベット解放を祈り、お坊さんたちに一礼し、表でマニ車を回しながらコルラするにとどめました。

今は、またウランバートルに戻っています。
ここはハラホリンほど寒くないですが、空気が悪くて・・・。
また、積雪が所々でアイスバーンになっていて今日までに3回も転んでしまいました・・・。

あと、食べるものといえばやはり、です。
私は嫌いではないですが、独特のにおいがあるので、帰国する頃には羊臭くなっているかも・・・

詳しい話は、また帰国後に旅行記でお知らせします。

ソウル着

取りあえずソウルに到着。

到着前のアナウンスで、「現地の気温は-5度」。

どのくらい寒いのだろうと恐る恐るインチョン空港の外に出てみたら・・・

全然大したことなかった。

中国D市の風の強い寒さにもまれてきた私には、風がほとんど無いソウルの寒さは何ということもない。

明日はモンゴル・ウランバートルに移ることになる。
現地は最高気温-15度の寒さだが、風はほとんどないようである。

-5度で「全然大したことない」なら、もう少し厚着すれば「こりゃ寒い」程度で済むかもしれない。

本日は、真露を飲んで一休み・・・

間もなく出発

現在、成田空港のネットカフェ。

間もなく、まずはソウルに向けて出発。ソウルで1泊後、ウランバートルへ向かうことになる。

 

ソウルで既に最高気温0度前後とのこと。ここで少し体を寒さに慣らすことができるが、厳寒のモンゴルは更に別世界となることだろう。

現地では多分、本ブログの更新も無理だろうから、1月4日の帰国後の報告をお待ちください。

 

 

では、行ってきます。

モンゴルビザ取得

※注:現在、モンゴルには、日本国籍で滞在期間30日以内等の条件を満たせばノービザで入国することができる。
https://www.tokutenryoko.com/service/visa/57
=======
この日の午後、渋谷近くにあるモンゴル大使館に出向き、モンゴルのビザが貼り付けられたパスポートを受け取った。幸い職場が渋谷(当時)なので、昼休みついでに行くことができた。
  ・
  ・
  ・
おっと。
肝心な申請時のことを書くのをすっかり忘れていた。

1週間前の、12月15日。
朝一番でモンゴル大使館に出かけてみると、窓口に来訪者は1人しかおらず、すぐに私の順番が回ってきた。
「ビザの申請をしたいんですけど・・・」
すると窓口の女性は、メモ用紙に何かを書いて私に渡してくれた。紙には、どこかのURLと書かれていた。
「申請用紙はオンラインで記入するようになっています。そこからアクセスしてください」
何で手書きじゃ駄目なんだろう――世の中IT全盛だが、別にそこまでハイテクなことをさせなくてもいいじゃないか。
まあ、文句を言ってもしかたがない。今はパソコンが無いので、職場でアクセスして(←不謹慎)書き込んで、午後にもう一度来ることにしよう(職場から近くて本当に助かった)。

さて、職場のパソコンで上記のURLにアクセスしてみると、

CONSULAR SERVICE OF MONGOLIA」(モンゴル領事サービス)

というサイトが表示された。そこから、「VISA」をクリックするとビザ申請画面に移るが、全て英語なので少々手間取った。

まず、最初の画面で国籍、パスポートのタイプ、滞在期間、パスポートに書かれている子供の人数を選択もしくは入力し、「Check Record」のボタンをクリックする。
その先の画面がいよいよ本格的なビザ申請の必要事項記入項目である。

必要事項を記入してボタンをクリックすると、自動的に必要事項が記入された申請用紙がPDFファイルで出力されるので、それをプリントアウト。後は写真を貼り付ければ準備完了。何と素晴らしいハイテクだろう!!
最後に、出力されたPDFファイルを忘れずに保存しよう。

午後1時、再度大使館に出向いて書類を提出する。すると、番号札とビザ申請料の振込先が書かれた紙を手渡される。受取日(だいたい5~7日後)までにここに振り込めということだ。
何で窓口で払えないんだろう――と思いつつ、翌日銀行へ振り込みに行く。振り込んだ際の領収書が受け取りの際に必要とのことで、最初は窓口で支払おうとしたが、職員のお姉さんが
「モンゴルビザですか? ATMで大丈夫ですよ。皆さんそうされています」
領収書はATMが吐き出す明細書でOKとのことだ。ということでATMで料金(旅行ビザの場合4400円)を振り込む。

そして本日。
指定された13時半すぎに大使館に出向き、窓口で番号札と振込明細書を渡すと、モンゴルのビザが貼り付けられたパスポートが戻ってきた。

これで、準備はほぼ完了である。

さあ、モンゴル到着まであと5日。
草原、ゲル、星空・・・

いや・・・
それよりも・・・

寒さが気になる。

ネットの天気予報によると、到着日のウランバートルの天気は・・・
晴れ
湿度81%
最高気温 -18度
最低気温 -30度
  ・
  ・
  ・
自分のことながら、もはや、物好きとしか言いようがない・・・

凍え死なないように注意しよう・・・

駐日本モンゴル大使館の公式サイトはこちら。
http://www.embassyin.jp/mongolia/

フリー・チベットデモ納め&チベット本土の「今」

東京・新宿にて(恐らく)今年最後のフリー・チベットデモに参加。
今回の参加者は50人足らずと、1000人以上集まった3月のデモに比べるとかなり人数は少なかったが、在日チベット人の代表の方の言葉を借りると、「これまではブームで参加してきた人も多かったが、今日集まった人たちは本物の支持者」とも言えるだろう。

午後1時40分から約45分間、チベットの自治実現支持を訴えながら、新宿の街中を練り歩く。

デモ終了後は参加者全員で輪になって手を繋ぎ、「フリー・チベット」三唱する。

今回は初めてカルデンさんと言葉を交わすこともできた。また、以前からの顔見知りと言葉を交わしたほか、以前参加した映画の上演会でたまたま隣の席にいた方を参加者の中に見かけて声をかけ、いろいろ話をさせていただいた。
しかし、元来一匹狼なのが災いし、今年はいろいろ参加しながらなかなか強いネットワークを広げられずに終わってしまった。

これで、今年の大きな活動は終了。
こうした活動がいつまでも行われるような状況が続くことは望ましくないのだが、来年も積極的に力を貸し続けていくつもりである。私一人の力など微々たるものだが、”一人”が大勢集まって”手を繋ぐ”ことができれば大きな力になる。私は、手を繋いだ輪の中の一人であり続けたい。そして、来年はもっともっとネットワークを広げていきたい。

その後、新宿で正月休みの旅の準備にと買い物をした後、夜からは短編映画の上映会に参加する。

今回上演された映画は、”LEAVING FEAR BEHIND”「恐怖を乗り越えて」。チベット本国に住む人々の本音を取材した貴重な映像である。チベット難民の声は書籍や映像でこれまで何度も接してきたが、本国で差別と弾圧をリアルに受けている人々の声に接するのはこれが初めてだった。

「オリンピックは素晴らしいイベントだが、中国は『チベットでの人権侵害を改善する』という条件の下でオリンピック開催国にさせてもらったはずなのに、守られていない。私は北京五輪を支持することはできない」
「中国は『宗教の自由を認める』などと言っているが、ダライ・ラマ猊下がここにいらっしゃらない今、宗教の自由など全く無い」
等々。
そして、TVに映った法王のお姿に号泣し、小さな小さなTVに向かって五体投地するチベタンの老人たち――見ていて胸が痛くなった。

「顔は隠してもいい」と言われながらも「顔を出さないと意味が無い」と、堂々と自分の顔をビデオカメラの前に出しながら証言するチベット人の勇気は賛辞に値する。

無事撮影と編集が終わり、公開されたこの映画だが、取材に当たったトンドゥプ・ワンチェン氏とその助手のジグメ・ギャツオ氏は撮影が終わった直後に拘束されたという。取材する側、される側の勇気ある、尊敬に値する行動に比べて、中国共産党の何と卑劣で自己中心的で器の小さいことか

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