バス憧れの大地へ

雑記ブログ

猊下の御守り

チベット本土にいる子どもたちの就学を支援する草の根活動の方々が池袋でフリーマーケットを出展しているとの話を聞きつけ、そういう趣旨ならぜひ協力したいと、出かけてみた。

池袋のサンシャインビル内のフリマスペースの一角にお店を発見。チベット人の女性もいらしていた。
主催者によると、ネパール・ポカラにある難民キャンプ(私が行った所とは別)で作られた布製品やアクセサリーが今回の主な売り物。その中で、今回の目玉は・・・

ダライ・ラマ法王の御守り

2cmほどのマニ車をペンダントヘッドにした小さなものだが、中には

猊下直筆のマントラ[1]

が収められているという。

値札を見ると、結構なお値段・・・

――しかし・・・
――猊下直筆のマントラ・・・

そう考えると、金をケチるのが余りに罰当たりに思えてきた。

買います!!

その場の勢いとは恐ろしい。こうして、猊下の御守りは私のものになった。
ダライ・ラマ法王の御守り
「その場の勢い」などと書いたが、全く後悔は無い。むしろ、時間が経つごとに有難さがひしひしと感じられてくる。

私にとって、最高の宝物になることだろう。

私はいいから、チベットの人々を御守りくださりますように・・・

[1]正確には、「猊下直筆のマントラを顕微鏡でないと見えないほどに小さく複製したもの」。それでも中に入っているマントラが猊下の文字であることには違いない。

めでたく・・・

2009年1月28日午前零時。

この瞬間・・・
めでたく・・・

40歳になりました。

うーーーむ。
気持ちはまだまだ若いのだが・・・。

「四十にして惑わず」即ち、「不惑」の年なのだが、
惑いっぱなし。
今いる所が自分のいるべき場所とは全然思っていない。

元々、”安定志向”が皆無なものだから・・・(40にして未だ独身なのもそのへんが一因)
きっと、”生涯チャレンジャー”であり続けることだろう。

心は相変わらず放浪を続けている。

Yahooカテゴリに掲載!!

ドメイン変更前、当サイトはYahoo!Japanカテゴリの「中国旅行」「大連」に掲載されていた。しかし、昨年のサイト運営方針とドメイン変更で掲載されているカテゴリ、URL、紹介文いずれも適切ではなくなった。これだけ変わるのなら修正よりも新たにチャレンジした方がいいだろうと考え、今年1月15日、前のドメイン契約が切れると同時に、まずYahooに「リンク切れ」の報告をする。数日後、「中国旅行」と「大連」のカテゴリから「憧れの大地」は消えた。

そして本日、
新しいカテゴリ、URL、紹介文で再度掲載されました!!

今回掲載されたのは、
 アジア > 旅行記
 2008年チベット問題
の2つのカテゴリ。いずれも今の運営方針にぴったりのカテゴリである。
紹介文は、
 「中国、チベット、インド、ネパール等の旅行記、チベットについて。
本当は中国よりもチベットの方が先に来てほしかったが――まあ、現状では中国の旅行記が分量的に一番多い訳だからやむを得まい。それよりも、「中国、チベット」ときっちりと分けてくれているのがありがたかった。
ただ、「2008年チベット問題」っていうカテゴリ名は何とかならんものか? チベット問題は別に2008年に降ってわいたものではなく、1951年から現在に至るまでずっと継続している長期的な問題なのだから・・・。

覚悟はしていたが、移転以後は嘘のようにアクセス数が激減したが、これでGoogleのPagerankも上がるだろうし、注目もされるようになろだろうし、アクセス数の回復が期待される。

ただ、一点気になる点が。

実は・・・
私は、新ドメインでYahoo!Japanにカテゴリ登録申請した覚えがないのだ。

と言うか、今はまだ時期尚早だと考え、「フリー・チベット!」コンテンツの内容がもっと充実するのを待ってから申請するつもりだったのだ。

Yahooカテゴリの掲載は、原則申請もしくは推薦されたサイトをYahoo! JAPANのスタッフが審査してそれを通って初めて掲載されるのである。

となると・・・

1) どなたか奇特な方が私に代わって申請してくれた。

もう一つ考えられるのは、

2) 私が送った「リンク切れ」の通知を、Yahoo! JAPANのスタッフが閉鎖ではなく移転・内容の変更であると気づき、現在の内容に沿って掲載し直してくれた。

このどちらかだろう。

いずれにしても、手間が一つ省けたのはありがたい。

それでも、「まだ早いのにな」という気持ちがいまだにあるのは否めない。
Yahoo!Japanカテゴリ掲載サイトの名に恥じぬよう、もっともっと充実させなければ――ちょっとプレッシャーも感じている。

The International Campaign for Tibet 拷問禁止委員会提出資料

一昨日、政治犯として31年間拘束され、拷問・虐待を受けたチベット人パルデン・ギャツォさんの著書のレビューを書きました。
同書で描かれたのは獄中の様子のみでしたが、チベットの至る所で人権侵害が行われている実態を伝えるドキュメントがネット上に公開されました。

The International Campaign for Tibet 拷問禁止委員会提出資料

http://www27.atwiki.jp/ictreport/

2008年11月3~21日の日程で行われた国連拷問禁止委員会の第41回審議に提出された報告書を約1か月かけて大勢の人々の手で日本語訳したものです。
パルデンさんが著書で書いているように、抑圧者は自らの抑圧を隠そうとするものですが、今回の審議では、侵略国のこうした不誠実な態度が問題視されたようです。

報告書では、過度の強制行為、勾留中の処置と拷問の使用、監禁と拷問、精神的・心理的な虐待、反ダライ・ラマ政策の実施と弾圧を原因とする自殺、治療の拒否、報復的実力行使と強制連行(失踪)問題、刑事免責と法的代理人を得る権利の拒否――について言及されています。
チベットの人権侵害の場は、何も獄中だけではありません。市中で人が銃殺され、僧院でダライ・ラマを公に非難するよう強いられるという嫌がらせが行われ、病院で治療を拒否するなどのことが日常的に行われているのです。

文中で、こうした行為を「文化大革命当時の暴挙を彷彿とさせ」と表現しています。また、3月14日(2008年のチベット大弾圧の日)以降のラサに於いてほとんどのチベット人の家庭で誰かしらが失踪している事態を「第二次文化大革命」と評する証言者の声も書かれていますが、この評価は違うと思います。チベットでは50年の間がずっと文革状態にあるのです

17年前に釈放されたパルデンさんが著書で描いた地獄絵図が現在に至っても何ら変わっていないことが、この報告書でよく分かります。

太古の昔でもなく別の星でもありません。人権が重視される現代のこの地球において、こうした蛮行は続けられているのです。

書評「雪の下の炎」(パルデン・ギャツォ)

31年――何の年月かによってそれが長いのか短いのかは変わろうが、それが「獄中にいた期間」となると、「長い」ということになるだろう。しかもその人物は政府の思想に従わないという理由で拘束され、服役期間を度々延長され、釈放されたかと思うとまた拘束されてきた”良心の囚人”だった。それを考えると余りに長すぎると言わざるを得ない。

彼の名は、パルデン・ギャツォ。チベット・ラサ近郊のデプン僧院で仏教を学んでいた僧侶である。

自分の師がインドのスパイと疑われたこと、1959年3月10日、ラサで「チベット騒乱」の発端となった群衆行為が発生した際にたまたまラサに来ていて現場を通りかかったことが、彼の人生を狂わせた。獄中に繋がれた彼は、富裕層の家に生まれたこともあって、侵略国当局の執拗な拷問を受け、”思想改造”を迫られる。手枷足枷をはめられたまま殴る蹴るの暴行を受け、電気棒を口に押し込まれて歯をほぼ全て失ってしまう。
拷問を行った者の中には時として洗脳されたチベット人も含まれていた。また「タムジン」で同じ(そうすることを強要された)チベット人囚人たちから吊るし上げを受けることもあり、同胞が同胞を虐げるという悲劇さえ繰り返された。
同書には彼のみならず、その他チベット人の”良心の囚人”の悲劇が幾つも記されている。

しかし、彼の思想は決して”改造”させられることはなかった。

「人間の肉体ははかりしれないほどの苦痛にも耐えることができ、しかも回復する。傷は癒える。だが、精神が挫けてしまったら、すべては壊れてしまうのだ」

鋼のような強靭な精神力――これが彼に生きる力を与えてくれていた。彼だけではない。侵略国当局が抑圧すればするほど、チベット人を分断しようとすればするほど、政治囚たちは反発を強め、団結を固めていく。力と脅しによる抑圧で仮に土地を支配できたとしても、人の心と誇りは支配できないのである。

同書はパルデン氏の悲劇の人生を描き、侵略国当局の悪逆非道さ、抑圧による人権無視の支配のむごたらしさと虚しさを訴えるものであると同時に、そうした数多くの”良心の囚人”たちの群像劇でもある。

1992年、59歳になった彼はようやく自由の身となった。しかし彼は故郷にとどまらず、亡命の道を選ぶ。彼の強く熱い心は、彼が受けた非道な行為を全世界に訴えることを決意させたのである。
ラサからシガツェ、ニャラム、ダムを経て、カトマンズへ――その道筋は奇しくも、私が2007年のアジア旅行で辿ったネパール行きの道筋とほぼ一致していた。私がオフロード車でチベットの景色を楽しみながら通った道は、パルデン氏にとっては自由への、そして世界に向けての訴えへの、決死の道だったのだ。

彼はインド・ダラムサラでダライ・ラマ14世との謁見を果たす。そしてついに1995年、国連人権委員会の会場で、侵略国代表も出席する目の前で証言を行う。力による抑圧に対する言葉による反撃が始まったのだ。同書を世に出したのもその一環である。

彼の闘いは、拷問と脅迫から解き放たれた今もなお、続いているのである。

先述したように、侵略国の抑圧に抗う”良心の囚人”は彼だけではない。彼が去った後の獄中でも、自由を求める闘いはなおも続いているだろう。”雪の国”チベットで自由を求める熱い思い――「雪の下の炎」は消えることはない。

※            ※           ※

同書は1998年に出版されたものの一度は絶版となった。2008年、mixiを中心に復刊運動が展開され、「復刊ドットコム」にリクエストが集まった結果同年12月、めでたく復刊が実現し、2009年1月には書店店頭にも並ぶに至った。

再び絶版とならないようにするためにも、このブログを読んでいる皆さんにもご協力お願いしたく存じます。右上にアマゾンのバナーが設置してあるので、そこから購入することができます。

※            ※           ※

尚、蛇足だが、パルデン氏が逮捕される前の1951年の出来事として、以下のような記述があった。

「中国側は、張経武の到着に際して集まったギャンツェの群衆という写真を発表した。その説明には『中国政府代表を歓迎するチベットの民衆』と書かれていた。とんでもない大嘘である。私たちは私たちの指導者であるダライ・ラマのお姿を一目見ようと集まったのだ。」

もしかするとその写真とは、私が「嘘八百 中国官製『チベットの50年』」でその信憑性に疑いの目を向けたあの写真と同じものかもしれない。

<追記>
『雪の下の炎』 を口コミで広めよう! - “Fire under the Snow” by Palden Gyatso –」にて当エントリーをご紹介いただきました。
http://www.palden.info/?p=356

中国の知識人ら「中央テレビボイコット、洗脳拒絶」

今朝、東京新聞の国際面を見ると、トップで次のような記事が掲載されていた。

「中国人の知識人ら22人『国営TVの洗脳拒絶』
視聴ボイコット宣言」

【北京=池田実、平岩勇治】中国の学者や弁護士ら二十二人が、国営の中央テレビ(CCTV)に対し「洗脳を拒絶する」などとして視聴ボイコット宣言をインターネット上で発表した。(以下はリンク先にてご覧下さい)

ついに、中央電視台を「洗脳」と公に言い切る中国人が出たか。

私も中国在住時代(江沢民の頃)、CCTVのニュースは見る機会が少なくなかったが、トップニュースは9割方、この日の江沢民、この日の李鵬、この日の朱鎔基といった感じで、更に当時スローガンとして掲げられてた「三つの代表」の言葉がこれでもかと言わんばかりに連呼され、本当に知りたいニュースは後の方。うんざりしていたものだ。
しかも、このCCTVのニュース、午後7時になるとCCTVのみならず、全国の地方局の第1チャンネルでも同時放送されるのだ。洗脳体制は万全である。

[しかし、本当に「洗脳」という言葉を使っているのか? センセーショナルに意訳しているだけでは?]

と、気になって帰宅後、調べてみた。「宣言を発表したサイトは既に削除されたが、多くのウェブサイトに転載され反響も呼んでいる」とのことだったので検索してみると、確かにかなり転載されている
タイトルは、《抵制央?,拒?洗?》。確かに「洗脳」という言葉を使っている。

原文の中国語はやや小難しい。手元の辞書にも無いような単語が幾つか出てくる。

分かる範囲で主な部分をピックアップすると・・・

「CCTVのニュース番組は、中国の転換期の社会的矛盾に口を閉ざし、多くの突発的事件や群集事件をスルーしている」
「国内ニュースは喜ばしいことばかり報じて喜ばしくないことを報じず、国際ニュースは喜ばしくないことばかり報じて喜ばしいことを報じない。ニュース番組というよりも宣伝番組だ」
「言論弾圧を行った(清の皇帝)康熙帝、雍正帝、乾隆帝を美化し、歴史の真相を歪曲し、公正で率直な人々から広く反感を買った」
など。

彼らはCCTVがひた隠しにしてきた情報をきちんとキャッチしていた訳だ。インターネット全盛の昨今、いかに政策的に情報を操作しようとしても無理だということをよく表している。時代の変化が彼らに広い視野と自律的思考力を与え、今回の行動に出たということになるだろう。
上記のように、声明の元サイトは既に閉鎖されてしまったが、声明そのもの、そしてそれ以上に、それを報じたニュースはものすごい勢いで転載されている。そして意外や意外、それらのニュースの中にはこの声明に「支持」を表明するコメントが殺到している所もあるのだ。声明を出した22人だけではない。中国人の現状に対する不満は想像以上なのだ。

もはや、情報を統制して人民の考え方を誘導することは不可能な段階にまで至っていると言えそうである。中国共産党の体制を維持してきた”洗脳”の綻びがこれほどまでに大きくなっているとなると、中国共産党一党独裁ももはや末期を迎えているのかもしれない。

チベットの心@銀座

銀座にて開かれた「チベットの心」という集まりに参加してきました。
映画、チベット民族音楽、座談会と、割と肩の凝らない内容になっていました。

映画は、「モゥモ チェンガ―満月ばあちゃんチベット望郷の物語」と「ヒマラヤを越える子供たち」の2本。

「モゥモ チェンガ」は、ネパール在住の難民であるかわいいおばあちゃんがダラムサラへ行って、生き別れになっていた兄や姪と再会し、ダライ・ラマ法王と謁見する様子をカメラに収めたドキュメンタリー。時間の都合で全編は放映されず、即売会でDVDを買ってきたのでまたじっくり見るつもりですが、今回見ただけでも、チベットが侵略されたことで引き裂かれた一族の悲哀、ダラムサラに行くこと、ダライ・ラマ法王と謁見することがチベット人にとっていかに特別なことであるか(ダラムサラに行くというだけで村中の人から祝福を受け、体が見えなくなるのではと思えるほどカタをかけてもらっていた)が分かる内容になっていました。

「ヒマラヤを越える子供たち」は既にDVDも持っている映画でしたが、子供たちの心身両面での辛さが伝わってきて、何度見ても泣けます。子供たちの未来が明るいものになることを願わずにはいられません。

(どちらの映画も、後日詳しくレビューを書こうかと考えています)

チベット民族音楽は、ダムニェン(ギター?三味線?)、ヤンチン(琴。指ではなく両手に1本ずつ持ったばちで演奏)、リンプー(竹笛)を1人でこなすマルチアーティストの登場。チベットの高原や競馬の情景が目に浮かぶような演奏を楽しませていただきました。

座談会では、作詞家の湯川れい子さん、「地球交響曲」の龍村仁監督、NPOガイアホリスティック代表龍村和子さん、ダライ・ラマ法王 日本代表部事務所の方(お名前失念。申し訳ありません)の4方によるもの。
「チベット問題は他人事ではなく、地球そのものの危機の表れである」
「インド東部には学校が一つも無い難民キャンプが存在します」
「チベットでは今や、至る所で監視の目が光ってます」
「オバマ氏が大統領になり、ダライ・ラマ14世のファンであるヒラリー・クリントン氏が国務長官になることでアメリカのチベット政策は間違いなく好転する」
などの言葉が交換されました。

今回のイベントは、私には初の映画を除いて特別目新しいものは無かったですが、初心者でも割と入りやすいものだった気がしました。
今後もこのようなイベントが開催されることでチベットに、チベット問題に関心を持つ人が増えることを期待したいものです。

2009年――ただでは済まない中国

今年は2009年。
チベット、そして中国にとって重要な1年となりそうである。というのは、いろいろな意味で何十周年というアニバーサリーの年になるからだ。

まず、最初に挙げられるのが
1.チベット蜂起、ダライ・ラマ法王亡命50周年

1959年3月10日。中国共産党が観劇をダシにダライ・ラマ法王を拉致するのではないかとの噂が広がり、ラサのチベット人たちが法王を守らんとラサのノルブリンカ周辺に集まって抗議行動を行った。中国共産党軍はそれを武力を以て排除し、ダライ・ラマはインドへと亡命する。
3月10日はチベット人にとって特別な意味を持つ記念日である。増してや50周年となると、昨年3月以上の大きなムーブメントが起こるであろうことは十分に予想できる。

2.六四天安門事件20周年

1989年6月4日。民主化を求める中国人のデモを中国共産党軍が踏み潰す惨事が起きた。自国の国民を自国の軍隊が攻撃し、殺戮する光景が全世界からひんしゅくを買ったあの事件である。
これに関連する動きも必ず何か起きることだろう。節目の年という以外にもそう予想する根拠がある。
2008年12月10日、ある文書がネットを賑わせた。
自由・人権・平等・共和・民主・憲政を理念に、立憲民主制の枠組みの下に「中華連邦共和国」樹立を目指すことをうたった08憲章である。20周年記念日のほぼ半年前となる時期にこの憲章が発表されたのは偶然ではなく、このタイミングで出すことで20周年のその日に向けて中国国民の意識を高める狙いがあったのではないか。
「何が」までは言えないが、やはり6月4日前後に「何か」がありそうな予感がする。

3.法輪功弾圧10周年

気功団体・法輪功が中国共産党政府により”邪教”扱いされ弾圧を受け始めたのがちょうど10年前のことだ。法輪功が宗教団体か否か(本人たちは宗教性を否定しているし、日本では普通にNPO法人格で活動している)はここでは論じないが、今や反中国共産党の一大勢力になっているのは事実だ。
10年という節目の年で独自の動きを見せる可能性もあるだろうし、六四天安門事件に関わる動きがあればそれに呼応することも考えられなくない。

というように、2009年の中国は数々の火種を抱えている。しかし、敵も黙ってはいないだろう。
何しろ、
4.中華人民共和国建国60周年
というメンツがある。
2010年には上海万博を控えていて、普通なら国際社会から更なるひんしゅくは買いたくないだろうが、何せ五輪直前に平気でチベット弾圧を行う集団である。それに、チベットの民族運動弾圧でのし上がってきたような人物を国家主席に頂く集団である。また平気な顔をして装甲車などの過剰な装備を使い全力で踏み潰しにかかることだろう。

自由・人権・平等・共和・民主・憲政の勢力は悲願を達成できるのか。

「中華人民共和国」は無事に10月1日(建国記念日)を迎えることができるのか。

いずれにしても、ただでは済まないだろう。

目が離せない1年になりそうだ。

海外からのコメントについて

無事日本に戻りました。

旅の様子は後日アップするとして・・・。

※               ※               ※

先日、このブログについて気がついたことが一つ。

私がモンゴルへ向けて出発した12月26日。
当時香港にいた知り合いから、このブログのコメントではなくmixiメッセージでお便りが届いた。

この時、「おかしいな・・・」と思い始める。内容的にはブログのコメントに書くのがちょうどいいのに、なぜそうしないんだろう――と。

年が明けて1月1日。中国在住の日本の方が、正月の帰省中にコメントを下さった。
「あれ?日本からか」

そういえば、このブログのコメントって、今まで日本からのものばかりだな・・・。

そしてモンゴルで、上記のコメントへのお返事コメントを送信しようとしたら・・・

Forbidden
You don’t have permission to access /xx/xxxxxxx.cgi on this server.

おい、「権限が無い」ってどういうことだよ!!
日本からだときちんと送信できているのでもしやと思い、日本のプロキシサーバーを経由させてみたら、ようやく送信することができた。

ここで、ようやくはっきりと理解できた。

このブログ(Movable Type)、海外からは普通にコメント送信できない!!

モンゴル旅行を終えて途中で立ち寄った韓国でも、やはり送信できなかった。

帰国してすぐ、海外のプロキシを通じて調べていろいろ試してみたが、どうもうまくいかない。

そこで、海外からコメントをしていただくため、2つの方法をコメント入力欄の下に掲載した。

1.日本のプロキシサーバを経由していただく

プロキシサーバについては、以下のサイトに詳しい。
http://www.cybersyndrome.net/
特に悪名高い「金の盾」がある隠蔽体質の某国では、プロキシ接続が必須になってくるので、この方法を覚えることはここでのコメント以外でも非常に役に立つので、覚えて損は無い。

できればこの方法でやっていただきたいのが本音だが、やり方が分からない、設定が面倒だ、というかたのために、

2.コメント専用のメールフォームを作成
コメント入力欄下の「プロキシの設定が面倒な方はこちらから」というボタン[*]をクリックすると、ブログのコメント専用のメールフォームが別ウインドウで表示されるので、そこから送信していただける仕組みを作った。これを基に、私がコメントを代理で転載する。
但し、この場合送信日時が私の方で転載した日時になってしまうという欠点がある。

いずれにしても、面倒臭い・・・

どなたか、有効な解決方法をご存知の方がいらっしゃったら教えていただければ幸いです。

[追記]
[*]ボタン方式でも駄目だったのでリンクに変更しました。

謹賀新年――モンゴルより

あけましておめでとうございます。
2009年も宜しくお願いします。

今年の元日はモンゴルの草原(というより雪原)で迎えました。宿泊はもちろん、ゲル(モンゴル式移動住居)です。
モンゴルの草原で初日の出を拝みたいとの思惑だったのですが・・・明け方は生憎の曇り。10時ごろになってようやく私にとっての”初日”を山の上、雲の向こうに見ることができました。
雪原を乗馬したり、新年の瞬間を草原の民(といってもかなり現代化していますが)のゲルで地元の人たちと過ごしたりと、貴重な経験をさせていただきました。

今は、ウランバートルに戻ってこのブログを書いています。

今のところ、大きなトラブルはありません。何回か足を滑らせて転んだりスリ未遂に遭った程度です。

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