バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

アジア周遊第8部 カンボジア、ベトナム、ラオス

ホーチミン(サイゴン)-1 ~サイゴン今昔

2007年10月28日

ホーチミンも、カンボジアのプノンペン以上に車やバイクの数が多く、やはり騒音と排ガスだらけの喧騒の街だった。しかし、道が比較的広く、プノンペンでは無いに等しかった歩道もしっかりと整備されていて、歩きにくさはそれほど感じなかった。
「ホーチミン」は北ベトナムのリーダーだったホー・チミンの名をとって付けられた現在の名前。ベトナム戦争最後の砦となった街で、戦争終結前は「サイゴン」と呼ばれていた。しかし、今でもこの「サイゴン」という呼び名は普通に使われている。少年時代にビリー・ジョエルを好んで聞いていた私にとっても、「『グッドナイト・サイゴン』のサイゴンだよな」ということで、「サイゴン」の方が馴染みがある。
人口600万人以上という、首都ハノイと肩を並べるベトナム最大の都市であり、元々南ベトナムの首都だったこともありこちらが首都であるかのような錯覚すら覚えさせる。

着いて早々、中心部の名所を歩いて回る。
統一会堂(旧大統領官邸)
統一会堂(旧大統領官邸)

最初に訪れた、統一会堂(旧大統領官邸)は、その別名通りかつてのベトナム共和国(南ベトナム)の大統領官邸だった建物であり、南ベトナム軍の戦車がここに入ったことで"サイゴン陥落"となったことから今の名前となった。即ち、南ベトナムの首都だったことの名残りであると同時に、南北統一の象徴でもあるのだ。
建物や内部の調度の立派さが目を引き、当時の大統領の執務・生活の様子などが垣間見える。地下には無線機がたくさん展示されており、ベトナム戦争時の情報戦ぶりが目に浮かぶ。
しかし、建物や調度品は西洋的なものが多く、特にベトナムならではというものは感じられない。一番ベトナムらしさが感じられたのは、ガイドの女性が着ていたベトナム民族衣装アオザイという有様だった。

サイゴン大教会
サイゴン大教会
中央郵便局
中央郵便局

次にサイゴン大教会へ。隣接する中央郵便局共々、フランスが支配していた時代の名残があり、ベトナム近代史を少しばかり感じることができる。教会内部では1人の女性が賛美歌を歌っていたが、マイク無しでも教会全体にその歌声は響いていた。
15時30分。中央郵便局から出てきたところで、サイゴン大教会の鐘の音が荘厳に鳴り響いた。

では、現在のベトナムは…。
それを感じることができたのは、チョロン地区。これまで東南アジア各地で見てきたがやはりここにもあった、というチャイナタウンである。
ビンタイ市場
チョロン地区のビンタイ市場
華人率がそれほど高いとも感じなかったが、このエリアの中心であるビンタイ市場中庭の祠や、バンコクのチャイナタウンよりは頻繁に見られる漢字から、やはり華人の街という雰囲気が出ている。
市場内部も活気にあふれている。カンボジアが内戦の後遺症からほぼ脱しつつあると感じたのと同じように、ここでも、ベトナム戦争の暗い影はもはや感じられなかった。

デタム通りに戻り、ユウマ、ワカナら同じ宿の日本人数人と飲みに出かける。飲んだ酒は、ビアホイ。ベトナム独特のビールでかなり安上がりである代わりに、味が薄い。
談笑しているうちに、宿(ほうれん荘)の管理者の話になった。
「新しく管理者になった男、ゲイみたいですよ。この間も、日本人の男が後ろから抱きつかれて乳首を擦り付けられるっていう被害に遭ったみたいです」
後日更に、同じ日本人男性客がノートパソコンを室内で盗まれた、という話を聞く。ついでに言うと、この宿の1階はインターネットカフェになっているのだが、回線がとてつもなく遅く、おまけにパソコンはウイルスに侵されていて、私のメモリーカードも感染してしまった。全てにおいて信頼できない宿である。

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