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日本100名城

100名城探訪記

関西中部100名城(6)―和歌山城ほか

2024年3月31日

和歌山城すぐ横のホテルで一夜を明かして、早朝、和歌山城周回のジョギング。1周ちょうど2㎞あるところを2周した。
追廻門、不明御門、南東から北側に延びる堀、一の橋と大手門、御橋廊下など、いろいろな角度からの和歌山城の気色を楽しみながら走る。満開ではないものの、桜もちらほら見ることができた。 南東隅から見る和歌山城
南東隅から見る和歌山城
和歌山城 一の橋と大手門
和歌山城 一の橋と大手門
ランニングの後、追廻門から入城して丘の上の本丸広場まで上がってみる。
石垣の上に建つ連立式天守閣は第2次大戦の空襲で焼失し、戦後に外観復興されたものだ。南東隅に建つ3層の天守を筆頭に石垣の四隅に櫓が建てられ、白壁の廊下で四角く繋がれている格好になっている。
朝早かったのでまだ中に入ることはできず、100名城スタンプも頂くこともできない。後で改めて訪れることにする。 和歌山城本丸広場と天守
和歌山城本丸広場と天守
ホテルの最上階で城を眺めながら朝食を頂き、城を再訪――の前に、和歌山市の南部にある、奈良時代に為光上人によって創建された救世観音宗の寺院・紀三井寺を訪れることにした。実は和歌山には幼少の頃4年間、雑賀で暮らしたことがあったのだが、紀三井寺は訪れた記憶が無かったので今回の和歌山訪問でぜひ行ってみたいと思っていたのだ。
和歌山城の横からバスに乗って、まず高松で途中下車して幼少期を過ごした場所をぶらぶらと散歩する。その後、和歌浦口のバス停から再びバスに乗り。和歌川を渡って紀三井寺へ。
本堂は山門をくぐって「結縁厄除の坂」の231段の階段を上った先にあり、和歌浦を一望することができる。本堂を参拝した後、階段を挟んで反対側にある仏堂を訪れてみると、金色の大きな「大千手十一面観世音菩薩像」が安置されていた。 紀三井寺
紀三井寺
紀三井寺の大千手十一面観世音菩薩像
紀三井寺の大千手十一面観世音菩薩像
紀三井寺から戻る頃には、和歌山城は既に大勢の来客で賑わっていた。
朝訪れた本丸広場を再訪して、今度こそ入城。チケット売り場近くで100名城のスタンプを頂く。
坂を上って二ノ門(楠門)から天守エリアに入城。中庭の桜は3分咲きといったところか。満開であればさぞかし美しい景色だったろう。 中庭から見る和歌山城天守
中庭から見る和歌山城天守
和歌山城天守から望む街並みと紀ノ川と紀伊水道
和歌山城天守から望む街並みと紀ノ川と紀伊水道
天守に入り、最上階に上がる。和歌山の街並みの向こうに紀ノ川が、そしてその河口の先に紀伊水道を望むことができる。こうして見ると、紀ノ川はまさに和歌山城の「天然の堀」だ。そしてすぐ近くに海がある様子は、和歌山城は「海城」の要素も持ち合わせていたのではないかと思えてくる。
和歌山城は地形の都合で、本丸御殿を天守と同じ広場に造ることができず、本丸御殿跡は隣の高台の上だ。
江戸時代初期には藩政と生活の拠点は麓の二の丸に移ったというが、さすがは殿様の御殿があった場所。ここは天守をいい感じで眺めることができるスポットだ。 和歌山城本丸御殿跡の石垣
和歌山城本丸御殿跡の石垣
本丸御殿跡から望む和歌山城天守
本丸御殿跡から望む和歌山城天守
本丸御殿跡からその二の丸に下りると、外側から食い込んできている堀に御橋廊下が西の丸へと斜めに架けられている。北側の堀端からこの御橋廊下越しに天守を望むのが、和歌山城随一の撮影スポットとなっている。
このスポットは前日から何度も訪れていたが、この日の朝まで続いていた曇り空から晴天に変わってくれて、ようやく満足のいく写真を撮ることができた。 北側の堀端から望む和歌山城の御橋廊下と天守
北側の堀端から望む和歌山城の御橋廊下と天守
今回の城巡りはこれで終了。南海電鉄で関西空港に移動して、羽田行きの便で帰途に就く。

アルファポリス

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