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世界への旅(旅行記)

アジア周遊第3部 チベット

ラサ-2 ~ポタラ宮、再び

2007年7月3日

パラルプ寺
パラルプ寺
朝食を取ろうと宿の5階から1階に下りるが、食堂が無い。フロントで聞いてみると4階だというのでまた階段を上る。
食事を済ませて部屋に戻り、ツアーの集合時間になったので軽装でまた1階に下りる。ところがこの宿は1泊きりでこの日の夜は別の所に泊るという。また5階まで上って、バックパックを背負って1階に下りる。
チベットのような空気の薄い場所で無駄な階段の上り下りを2度もしてしまうとは、全くもって体に毒だ。とは言え、私もワタルも高山病の兆候は全く無く、快調そのものだ。高山病の予防薬・紅景天が効いたようである。

ツアーの実質的初日は、ポタラ宮近くのパラルプ寺参観から始まった。小さな寺だが、崖にへばりついているような建て方や内部の仏像、そしてダライ・ラマ法王の居室など、見どころは少なくない。
その入り口の傍らで、道行く人に手を差し伸べている初老のチベット人女性がいた。
―― 物乞いである。
チベットでは、中国人が押し寄せて来てチベット人の職を奪い、物乞いでもしないと行きていけないチベット人も出ているのが現状なのだ。

そして次は、ラサのランドマークであり、ラサ一番の見どころであるポタラ宮。いきなりの本命登場だ。

ポタラ宮
ポタラ宮

2度目で感慨もわかないのではないかと危惧していたが、ここは別格だ。外観そのものは前日、チベット鉄道の車窓から、市内を走るバスの車窓から既に見えていたが、間近で見るのは遠目で見るのとは訳が違う。迫力・神々しさ・美しさがひしひしと伝わってくる。
東側の入り口から入場して階段を上り、ホワイトパレス(白宮)から屋上を経てレッドパレス(赤宮)を抜けるコースをたどって参観する。
ポタラ宮屋上部
ポタラ宮屋上部
チベット仏教に対する認識はまだまだ浅い。それでも、1度目の時に比べれば理解は深まっている。その分、より深く感動することができた。
仏像、黄金の曼陀羅、歴代ダライ・ラマの霊塔 ―― 宗教的な意味が余り分からずとも芸術的価値が高いのは一目で分かるし、頭で分からずとも感性がその宗教的価値を受け止めてくれる。どれを取っても、芸術的にも宗教的にも一級品だ。それは内部に展示されている文物のみならず、この建物そのものにも言うことができる。

感動の一方で、前回も感じた一抹の寂しさも再びこみ上げてきた。
ここには今、主であるダライ・ラマ法王がいないのである。その寂しさは先ほど、パラルプ寺でダライ・ラマ居室を訪れた時にも感じられた。
ここラサにダライ・ラマ法王が戻る日はいつか来るのだろうか。
出口へと下るチベット人
ポタラ宮参詣を終え、出口へと下るチベット人たち

レッドパレスを出たところで内部の参観は終了。恐ろしいほど深さのあるトイレ(50mほどの落差があるらしい)で用を足した後、外壁沿いのスロープを下って出口へ向かう。
参観者は外国人(勿論中国人も含む)が多かったが、チベット人も言うまでもなく少なくない。いや、チベット人の場合は、"参観者"と言うより"参詣者"と言った方が適切だろう。聖地・ポタラ宮を訪れたことに対する喜びが、彼らの表情ににじみ出ている。

スロープを下り終え、西側出入り口に着くと、チケット売り場に大勢の人々が並んでいるのが目に留まる。しかし、彼らはこの日のチケットを買い求めているのではない。
ポタラ宮ではこの時、1日の入場者数を2000人に制限しており、この日は既に2000人分のチケットが完売されていた。彼らは翌日のチケットを求めていたのである。
五体投地
五体投地をするチベット僧

門を出たところで、五体投地をするチベット僧の姿があった。道行く人々にお布施をもらいつつ、お経を唱えながら少しずつ前へと進んでいく。
ラサへの巡礼者の中には、何百kmもの距離を五体投地しながら歩く者もいる。彼は一体どこから、どのぐらいの距離を歩いてきたのだろうか。彼の目の前には今まさに、聖地・ポタラ宮がある。目的地に到達したためか、彼のお経を唱える声も力強く聞こえる。

もう一度、振り返ってみる。そこには、寂しげながらも威風堂々とした姿のポタラ宮が、チベット仏教信者たちがひれ伏すのも理解できるような存在感を発しながら屹立していた。

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