ラサ-15 ~イスラム街と夜のポタラ宮
2007年7月14日
ヨージ、ナナ夫妻もプンツォカサン・ユースホステル(以下『P.K.YH』)に移ってくる。これで南行きの打ち合わせ等がより便利になった。
ラサのイスラム寺院
チベットといえば勿論、チベット仏教なのだが、ラサには小さいながらもイスラム街がある。バナクショーホテル南側にあるイスラム寺院を中心とした小さなエリアだが、ここではムスリム独特の白い帽子を被った男たちの方がチベット人の民族衣装よりも目立つ。
同じチベットのシリンにもイスラム寺院があった。チベットはイスラム圏である東トルキスタン(ウイグル)に隣接しているのだから、こうしたエリアが形成されるのも自然なことと言えるだろう。
夕方、キレーホテルに行ってみると、中国・成都のシムズゲストハウスで一緒だったタカユキが来ていた。2週間ぶりの再会である。
来る人がいれば、去ろうとしている者もいる。ワタル、ヨシヒロ、タカシといった親しい面々が明日の出発に備えて、ランドクルーザーの後部に5人分の荷物が収まるかどうか試している。
それが終わったところで、旅行社の所長にガイドの手配について確認する。所長氏が電話で本人に最終確認してOKの返事を頂いた。これでギャンツェ・シガツェ・EBC行きは全ての条件をクリアしたことになる。
ワタルらとは今日が最後となる。夕食はポタラ宮近くのファストフード式中華料理屋に行くが、高いわ料理は少ないわで最悪だった。 ワタルらにとってラサでの最後の夕食がこんなものになってしまったのはかなり気の毒だった。
近くまで来たついでに、夜のポタラ宮を見に行く。
21時半。なぜか北京時間が使用されているので、この時間になってようやく空が暗くなる。そして、ポタラ宮のライトアップが始まった。漆黒の空を背景に、白と赤のポタラ宮外壁が幻想的に浮かんで見える。
正面から見た夜のポタラ宮
これは本当に、地上の人間が造ったものなのだろうか?異星人か何か、別の世界の者が造り上げたのではないだろうか。いやそれ以上に、これは単なる無機質な建築物以上のものではないのか?何か生命の息吹のようなものすら感じられる ―― そんな馬鹿なことを考えさせられるほど、この宮殿は異質で荘厳な迫力を示しながら私たちの前に立ちはだかっている。
一方正面広場では、やかましい音楽に乗せて、明らかに中国人趣味である醜悪な噴水ショーが行われている。ポタラ宮の荘厳な迫力をぶち壊しにする邪魔以外の何物でもない見世物だ。
既に十分に気がついていたが、中国式の都市計画によってチベット的風情は確実にラサから失われてきている。
YHに戻って階段を上っていると、壁に落書きが沢山書かれているのが目に入る。その多くが中国語だ。このYHは悪くない宿なのだが、一つだけ気に入らなかったのが、ここでは中国人を除く外国人の割合が少なく、チベットの侵略者・中国人の巣窟と化していたことだった。
落書きの中に、
「漢人が入ってきて、チベットは風情を失った」
という意味の中国語が書かれていた。恐らくチベット人の手によるものだろう。
全くその通りである。先ほどポタラ宮広場で見た醜悪な噴水の風景はその象徴だ。
その下には、やはり中国語で
「我強烈地不同意!」(断固として同意しない)
と書かれていた。これは間違いなく中国人の手によるものである。
私はペンを手にし、その"不"の字の上に大きく"×"を書き足した。
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