バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

ラダック、北インド(2011年)

農村」の記事

マト・ゴンパと農村風景

2011年10月 3日

昨日タクシーの中から見えた、インダス川南岸のはるか彼方にあるゴンパが気になり、この日朝からそのマト・ゴンパへ向かうことにした。
古い情報だと7時30分にマト行きのバスがあるとのことだったが、やはり古い情報。現在では9時発になっており、しかも既に他の場所からの途上で客を大勢乗せたバスは9時20分になってようやくレーのバスターミナルに到着。それからマト・ゴンパに到着まで1時間。奇跡的に座席を確保できて助かった、という混雑ぶりだった。

間近から見るマト・ゴンパは、回収されたためか割と真新しい印象を受けた。向かって左側の堂の白と、右側の堂の赤、そして背後の青空のコントラストが美しく目に映える。
マト・ゴンパ

しかし、僧侶が誰もおらず、肝心の中に入ることができない。誰かいませんか~と言わんばかりにうろついていたら、奥から英語の話し声が聞こえてきた。声が聞こえてくる部屋の奥を見ると、西洋人の女性が無線を相手に話している。尼僧ではなさそうだが、ここでワーキング(働いている、ということではなくどうやら何か研究をしている様子)をしているとのことだった。そのフランス人女性に案内されて赤い堂の1階の一室に入れてもらったが、美術品制作真っ最中の何も無い部屋だった。
その隣の部屋に大仏が安置されているようだったが、残念ながら鍵がかけられていて、鍵を開けることのできる僧も不在の様子。幸い、フランス人女性が無線で話していた部屋の前の窓からその仏像を見ることができ、その窓を開いて拝ませてもらった。
マト・ゴンパの大仏

次の目的地へは歩いていけそうだったので、そのまま歩き出した。
道中は辺り一面の農村風景。牛などの家畜がのんびりと草をはんでいる。大部分は刈り取りが終わっていたが、一箇所だけ、穀物(時期を考えると恐らく小麦)の収穫作業を行っている場面に出合うことができた。今回の旅では何度も農村を見る機会があったにもかかわらずこうした本格的な農作業を行っている場面に出合ったことがなかっただけに、最終段階でそれらしい場面を見ることができたのは幸運だった。
穀物の刈り取り作業

やがて、次の目的地が見えてきた――のだが、ここから大した傾斜でもないのにダラダラとしたつづら折りの道になってきた。何度か近道をしたものの、目的地はなかなか近づいてくれない。

ザンスカールの朝

2011年9月28日

パドゥムは、ザンスカールの中心の街。
しかし、同じ中心の街とはいえ、レーとはかなり違う。
賑わいのある北のマーケットから一歩足を踏み出すと、そこはもう農村地帯。
雪山がすぐそこに見える田園地帯で、ゾ(ヤクと牛の交配種)、牛、馬、ロバ、ヤギ、羊たちが草をほおばっている。
家畜たち

勿論人間たちも、籠を背に拾い物をしたり、家畜を追ったり、ゾを使って畑を耕したりしている。
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そんな中を歩いていると、実に空気がすがすがしい。深呼吸をしながら「空気がおいしい」と心の底から思えたのなんて、どれだけぶりだろう。

さて、私が今回目指しているのは、パドゥムの北東6kmほどの場所にある(とガイド本にかかれている)ゴンパだ。片道6km程度なら、私の脚なら余裕で歩いて往復できる距離だ――ということで、歩いていくことにした。
上記の田園地帯を過ぎると、荒涼とした荒野となる。しかし、その荒野のすぐそばに、割と大きな川(スル川)が流れているから不思議なものだ。
スル川

その川のほとりに出ると、向こう岸に目標のゴンパはもう見えている――というのに、橋が遠い。一番近い場所ではなく、橋が一番短くて済む場所に造られているのである。おまけに、橋までの道も最短距離ではなくやや遠回りに造られている。ようやく辿り着いた橋の位置は、目標のゴンパを少しだけ過ぎていた。

橋からゴンパまでも結構離れている。おまけに道が曲がりくねっていて随分なロスになるように思われたので、私は道の無い最短距離を進むことにした。
傾斜はそれ程でもないのだが、石がゴロゴロしていて歩きにくい。おまけに、出掛けは寒かった天気がいい陽気になり、暑さと厚着で汗ばんでくる。

パドゥムを7時40分ごろに出発し、橋に到着したのが9時20分。ゴンパの下に到着したのは10時15分――写真を撮りながら歩いたり、坂道を上ったりしたとはいえ、6km程度の歩きにしては余りに時間がかかりすぎている。
私はようやく、ガイド本に書かれていた「6km」というのが直線距離であることに気がついた。

パンゴン・ツォでホームステイ(2)

2011年9月22日

まだ夜も明けきらぬ薄暗い中、カメラを片手に外に出かける。パンゴン・ツォはまだ黒く染まったままだが、湖の西の向こうにそびえる山とそれにかかる雲は赤く染まり始めていた。
そして、6時半。湖の東の向こうの山の上に明るい光の塊が浮かび始めた。
日の出である。
日の出
折しも、この日は秋分の日の前日。あの太陽はほぼ真東に姿を見せているはずである。

それからは、朝の散歩がてら湖と農村の姿を写真に収めて歩く。
岸辺に近づいたところで、昨日から探してみてありそうでなかなか無かったタルチョ(五色の祈祷旗)をようやく廃屋(もしくは建設中の家屋)の屋根の上にようやく見つけた。やはりチベット文化圏の湖にはこれがなければ様にならない。
パンゴン・ツォとタルチョ
その他、賽の河原に積み上げられるような石の塔が幾つも湖の岸辺にあるのも印象的だった。
パンゴン・ツォと石の塔

午前8時。ホストファミリーの家に戻ってラダック風パンとバター・ジャムとミルクティーという朝食を頂く。簡素な食事だが、この簡素さが田舎でのホームステイらしくていい。

午前9時。車に乗り込んでレーへの帰途に就く。僅か一晩だったが、景色も空気も人も、全てがゆったりとしていて心地の良い一晩だった。ホストファミリーの皆さんには大変お世話になり、別れが名残惜しかった。
ホストファミリーの皆さん
ホストファミリーの皆さん、お世話になりました。

パンゴン・ツォでホームステイ(1)

2011年9月21日

この日はパンゴン・ツォのほとりで一夜を明かす。泊まるのはゲストハウスではなく、民家の一部屋を利用した雑魚寝部屋だ。このような宿泊形態を、ラダックでは「ホームステイ」と呼ぶ。

私たちが泊まったのは、スパンミクの山側の斜面を少し上がった所にある民家だ。若い夫婦と、老夫婦の4人で経営しているアットホームな所だ。皆穏やかないい人柄で、おじいさんは足が悪いものの気持ちはまだまだ元気である。
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日が暮れるまで辺りの写真を撮り歩く。高台から望むパンゴン・ツォとその向こう側に見える山々の景色は雄大であり、その手前に見える農村風景は牧歌的で、自然とスローライフという2つのテーマが実によくマッチしている。
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日が暮れて、食事時となった。台所と居間が一体になった部屋に通され、今回の旅で初めてとなるテレビを見つつ、奥さんが作ってくれた、豆や野菜を炒めたベジ料理をご飯にぶっかけた素朴な料理を頂く。
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民家の台所で料理を準備する奥さん

「おかわりはいかが? どんどん食べてください♪」
こういう温かさもホームステイらしくていい。

食事が終わり、外に出てみると、レーやストクで見る以上に見事な星が空を彩っていた。天の川まではっきりと見ることができる。(写真撮影は失敗)

気がかりだったのは夜寝る時の寒さだった。今回初めての寝袋の出番か?とも思ったが、外の寒さと比べ、室内は暖房も入っていないのに十分に暖かい。服装をしっかり重装備にすれば、備え付けの綿の掛け布団1枚で十分に快眠できた。

ストクの農村生活

2011年9月16日

ちょっとレーの街中から離れて南に約15kmにある、インダス川西側の村・ストクへ赴く。ここで1泊して農村生活を垣間見るプランに参加したのである。

時計の針を9月12日に戻す。
朝食を買いにレーのジャーマン・ベーカリーを訪れた時のことだ。こんな貼り紙が目に入った。

伝統的古民家「にゃむしゃんの館」
日本人の皆様、レーの街の喧騒を離れ、静かな農村を満喫しませんか?  動物、素朴な人々、大自然があなたを待っています。

今回のラダック訪問で、農村訪問はぜひ実現させたいところだったが、どうすればいいのかが分からない状況だった。そんな私にとって、このプランは願ってもない好機だった。
早速、貼り紙に書かれていた「にゃむしゃんの館」経営者の日本人女性エツコさんにメールで連絡を取り、本日の訪問となった次第である。

時計の針を元に戻そう。

レーからストクへはバスで約1時間 。僅か15kmの距離だが、途中満員状態で田舎道を通るものだから、そのくらいかかってしまう。
知っていないとそれとは分からないトレッキングスタート地点の発着点に到着すると、エツコさんが出迎えにきてくれていた。小道を少し上ったところにある「にゃむしゃんの館」に案内された。

少し休憩をした後、まずは家の中を案内してもらう。最近になって一部修理されたとはいうものの、古き良きラダックの家屋の伝統をしっかりと引き継いでいる。
台所では、牛やゾ(ヤクと普通の牛とを交配させた牛の仲間)の糞を主な燃料として、鍋などを熱するばかりではなく、冷めたものを温め直したり洗濯物を放り込んで乾かしたりもできる機能的なかまど、バターを攪拌するための桶などを紹介してもらう。
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家屋の主な建築材は日干し煉瓦である。この日干し煉瓦、壊れたものは水で戻して煉瓦の間を埋めるセメント役として再利用できるという。天井は、間隔を空けて渡されたポプラの梁(縁起をかついで必ず奇数本)の上に柳(日本でイメージされるしだれ柳とは逆に、枝が上を向いている)の枝を隙間なく敷き詰めて造られている。使われなくなった家屋の建材を再利用するなど、全てに無駄が無い。

人が生活する場は建物の2階から上。1階は家畜小屋になっているのが一般的だ。というのは、家畜の糞が発する熱が階上に上昇することで天然の暖房になるのだという。

表に出て、大麦畑を案内してもらう。畑は緩やかな斜面になっているが、水路から導いた水は下から上に流れるように誘導されるという。
「今はもう大麦の収穫が終わってしまいましたが、ゴールデンウィークあたりに来たら歌を歌いながら種植えをする光景を見ることができますよ」
とエツコさん。なるほど、農村を訪れるにも適した時期があるということだ。この次にはぜひ、その時期を狙って行きたいものだ。

201109160103.jpg
近所の畑で刈り取られた大麦

その後、家から足を延ばして表に出てみる。
まず、山の中腹に案内される。ゴンパのような建物が建っているが、これはこの近辺の集落のコミュニティセンター的な施設だという。近くには精霊を祀ってあるという塚もある。
「写真を撮りに山に登ってみませんか?」
エツコさんが言う。インダス川の向こう側には、昨夜の大雨が山では雪となったのか、昨日よりも雪を頂いた山が増えたようにも思われる。しかし、生憎の曇り空で雪山はその頂を覆い隠されており、今山の上に登っても余りいい被写体にはならないように思われたので、わざわざ体力を消耗するようなことはやめておいた。

その近くにあるチョルテン内部に入ってみると、11世紀前後のものといわれる仏画が壁一面に描かれていた。拝観料も何も無しでこれだけのものを見られるというのはなかなかの穴場だ。ちょっと得をした気分である。

更に村落から離れると、荒涼とした砂漠地帯に入った。夜になると凶暴化して家畜を襲ったりすることもある“ラダックのギャング”野犬や、僅かな牧草地帯で放牧されているゾの群れを見ることもできる。
「塚が見えますよね ―― あれ、お墓です」
確かに、まばらではあるが幾つかの塚を見ることができる。縦長のものや横長のものがあるが、縦長のものは以前遺体を座らせた状態で火葬したもの、横長のものは最近になって遺体を横たえて火葬するようになった後のものだという。
(ちなみに、チベット本土で今なお行われている鳥葬は、ラダックでは全く行われていないという)
近くにある水場には、牛やゾの白骨が転がっていた。こちらは家畜の墓場となっているようである。

「チョグラムサルの向こうを見て下さい。建物が全く無い場所があるのが分かりますか?」
インダス川の向こうを指差しながら、エツコさんが言う。
「昨年の洪水で、あのあたりの家が全部流されてしまったんです・・・」
のどかな場所とはいえ、やはり自然環境の厳しさがラダックの現実。その自然環境と共存し、時には闘いながら、人々は生きているのである。

夕方からはエツコさんの夫・ワンボさんのご家族の家へ行って牛の乳搾りやニンジン・リンゴ等の収穫の様子を見せていただいたほか、細長い筒を使ったバター茶作りの実演も見せていただいた。なお、ここの家で買われているゾは角が立派で、この家の「家宝」と言っても差し支えないかもしれない。
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にゃむしゃんの館に戻り、午後8時から夕食。小麦やジャガイモをふんだんに使ったラダックの家庭料理「スキュー」を頂く。

それから就寝までは、エツコさんたちとラダックの旅やチベットのことについて話に花が咲く。エツコさんはチベット文化がラサよりも残っているアムドやカムに、ワンボさんは巡礼のためにラサに行くのが夢だという。
「チベットの大地へ」を1冊お買い上げ頂いた。これでまた、お2人のチベット行き願望にまた火がつくか(笑)。

※ ちなみに2011年現在、ストクへのバスは観光名所のストク・ゴンパやストク・カルには行かなくなっている。

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