バス憧れの大地へ

世界への旅(旅行記)

ラダック、北インド(2011年)

ダラムサラ(3)~コルラ道

2011年10月 7日

昼食時、「ルンタ・プロジェクト」の中原一博氏にお会いする。最近チベット本土で続いているチベット人の抗議の焼身自殺という悲しい出来事の話、新たに亡命してくるチベット人の動向、チベット子供村(TCV)のこと、ダラムサラのことなど、貴重なお話を聞かせて頂いた。

その後、中原氏に行き方を教えて頂いたダラムサラの「コルラ道」を歩いてみた。
コルラとは、仏教の聖地を時計回りに巡礼することで、ダラムサラでは中心寺院のツクラカン周りにコルラ道が設けられている。

実は、2007年に旅の途中の予定外の思い付きから予備知識ゼロの状態でダラムサラを訪れた時、私はこのコルラ道の存在を知らずに過ごしてしまっていた。
それから3年経ったある日のことである。
ダラムサラを訪れたばかりの知人にその時の写真を見せてもらった中に、無数のタルチョがたなびく風景を撮ったものがあった。
「これ、どこですか?」
「え、(ダラムサラに行ったことがあるのに)知らないんですか!? コルラ道ですよ!」

――非常に恥ずかしい思いをした。肝心な場所を訪れていなかったようである。

[次にダラムサラを訪れた時には行かないと・・・]

その埋め合わせの時が来たということだ。

ルンタGHから中心街とは逆の方向に急な坂を下り、三叉路のカーブを通過して今度は急な坂を上り、そのまま真っ直ぐ行くとツクラカンに行き着くのだが、その途中にある細道の入り口を進むと、そこがコルラ道だ。
コルラ道入り口

道中には、無数のタルチョ(五色の祈祷旗)と、タルチョ色に文字が色分けされたマニ石(経文や真言等が刻まれた石)を見ることができる。
マニ石とタルチョ

街中では見られない大型マニ車やチョルテン(仏塔)もある。
大型マニ車とチョルテン

そして、その大型マニ車やチョルテンのある場所を過ぎた後のことだった。

タルチョの“海”と言っていいだろう。その“海”に埋め尽くされるように、廟とその左右にチョルテンが建っているではないか。
タルチョの“海”とチョルテン

――出るのは、溜め息ばかりだった。
これでもかと押し寄せてくるチベット仏教の薫りに、私は祈りを捧げずにはいられなかった。

この時、気づいたことがあった。
ダラムサラに“チベットの空気”が希薄であると感じたのは、「借り物の地」「バターの匂いがしない」ということばかりが理由ではなかったのだ。
寺院を除いて、大型マニ車、チョルテンなどといったチベット仏教の施設が街の中心に見当たらないことも大きな原因の一つだったのだ。(タルチョは街中にあることはあるが、そんなに多くもない)

その証拠に、
ここには間違いなく、“チベットの空気”が漂っていた。

ほんの少し、心に少しあいていた穴が埋められた思いだった。

それにしても、前回の訪問でこんな重大な場所を見落としていたとは、恥ずかしい。
もはや、「ダラムサラは2度目」などと大きな顔をして言えない・・・

コルラ道のゴール地点は、朝にも訪れたツクラカンである。
ツクラカンに近づくと、問答をやっている熱気を帯びた声が聞こえてきた。これだけはラダックでもお目にかかることができていなかったので、急いで中に入ろうとしたが、
「ここは出口です」
と門番に押し留められ、入り口に回ってセキュリティチェックを受けてから入場する頃には、問答は終わっていた。
とはいえ、その後のお経の合唱だけは拝見することができた。僧侶だけではなく、俗人、しかも女性も交じって行っているのが他では見たことのない光景だった。
お経の合唱

――決めた。
コルラ道とツクラカンは、毎日巡礼しよう。

その後、街中に戻るが、先程のコルラ道で心に飛び込んできたものの余韻が残ったのか、前にダラムサラに対して感じた違和感は少し緩和されたようだった。

※一部写真を後日撮影したものに差し替えています。

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