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世界への旅(旅行記)

モロッコ

メクネス-3 ~「風の道」を抜けて

2013年11月1日

風の道
風の道。この右側に王宮がある
ララ・アウダ広場から南東方向に、気持ちのいいくらい一直線の道路が延びている。一直線の道路はこの世に幾らでもあるのだが、この道路は両側がともに城壁で、建物の1つも、交差点の1つも見えることなく、そのことが一直線感をより強調している。
風の道」と呼ばれるこの道は、その名の通りに風が一直線に吹き抜けていく通り道であるようにも思われる。
この道をララ・アウダ広場から進んだ場合、右手(南側)にあるのが宮殿エリアだが、文字通り高い壁に阻まれてその様子を覗うことはできない。

その一直線も1km弱で終わり、右へと大きくカーブする。そこから更に10分ほど歩くと、観光バスから下りてきた一団が壁にあけられた扉の中に入っていく。どうやら目指していた場所に着いたようだ。

ダル・エル・マ(水の館)
ダル・エル・マ(水の館)
ダル・エル・マ
ここから水が汲まれていた

扉の向こう側にあったのは、ダル・エル・マ水の館)という遺跡だった。王都で必要とされていた水を地下40mから汲み上げていた施設だという。確かに、40mもの深さから水を汲み上げるには相当な技術が必要だし、穀物や、メクネス名産であるワインの原料となるブドウを育てたりする農業にも水は必要だっただろう。
それにしても、考えてみれば、たかだか井戸にこれだけの施設面積が必要だったのだろうか?――そんなことが奇異に思われるくらい大規模な遺跡だった。
アグダルの貯水池とヘリ(ムーレイ・イスマイルの穀物倉)
アグダルの貯水池。後ろに見えるのが
ヘリ(ムーレイ・イスマイルの穀物倉)
水の館を通り抜けてその背後に出ると、これまた広大な施設跡があった。ヘリムーレイ・イスマイルの穀物倉)というその名の通り、ムーレイ・イスマイルが建てた王都の穀物倉である。今は廃墟が残るばかりだが、当時の王都にいた人々の胃袋を満たすためにどれだけの穀物が必要だったのか、即ち、王都にどれだけの人々がいたのか、想像力がかき立てられる。
これらの遺跡の隣には、汲み上げられた水をここに貯めていたのだろうか、アグダルの貯水池と呼ばれる長方形の大きな池がある。決してきれいな水とは言い難いが、先日見たマラケシュのメナラ庭園に比べればまだましだ。たまたまそこにいたモロッコ人女子大生たちがたたずむ姿も絵になっていたし、ここなら十分にデートスポットにもなり得るだろう。

「風の道」を引き返してメディナ(旧市街)に戻る。
メクネス旧市街の“へそ”エディム広場の入り口にある屋上カフェに上がり、ミントティーを飲みながら広場を見下ろしてみた。この広場も夕方にさしかかって活気を増している様子で、昼間にも増してあちこちで大道芸が行われ、大勢の見物客で賑わっている。

エディム広場
エディム広場で、大道芸に人だかりが
夕日に染まるメクネスの街とエディム広場
夕日に染まるメクネスの街とエディム広場

今朝までいたフェズは大規模でメクネスの何倍も活気に満ち溢れた魅力的な街だったが、蟻の巣のような細く入り組んだ路地ばかりでこうした広場が足りず、閉塞感のようなものが否めなかった。それに対し、ここメクネスは路地よりも広場に存在感があり、ゆったりとした開放感があって、こうして眺めていると心も解き放たれるような思いになった。
やがて、メクネスの街を、エディム広場を、夕日が染め上げていく。それでも、マラケシュのジャマ・エル・フナ広場ほどの夜行性ぶりではないにせよ、メクネスの街もまだ眠りに就くには早いようで、人々の活気と熱気はなかなか止む様子を見せない。

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