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雑記ブログ

旅のこと、写真のこと、チベットのこと――日々の雑感をつれづれなるままに書いています。
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【オンライン署名アクション】天安門にバラの花束を

間もなく天安門事件20周年――もう20年になるのか。

そんな折、アムネスティ様が粋なアクションを展開している。

天安門にバラの花束を
http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=2369

1989年6月3日の夜から4日にかけて、天安門広場で行なわれていた民主化を求める平和的なデモに対し、激しい弾圧が行なわれました。その結果、市民数百人が死亡し、数千人が負傷しました。

その後、数万人が逮捕され、数十人はいまだに拘禁されていると見られています。中国政府は、事件の真相究明を拒否し、加害者の処罰を行なっていません。それどころか、公の場で天安門事件について議論することを禁止し、「天安門の母たち」など犠牲者遺族に嫌がらせをし、逮捕・拘禁するなど、圧力をかけています。犠牲者の家族は、公の場で亡くなった娘や息子を追悼することができずにいます。

2009年6月4日は天安門事件20周年です。

あの日、平和的なデモに参加しただけでいまだに拘禁されつづけている人たちの釈放、徹底かつ独立した公正な調査、加害者への法的処罰、犠牲者やその家族への賠償を求めて、天安門広場をバラで埋め尽くすアクションに参加してください。

署名に参加していただくと、上の画像の天安門広場にバラが飾られます。
白いバラ(清らかな心)、または 赤いバラ(中国の民主化への思い)を、選んでクリックしてください。オンライン署名ページにジャンプします。

実際に天安門広場にバラの花が飾られる訳ではないのだが(そりゃ無理だって)、署名が増えればリンク先のページに掲載されている写真にバラの花が追加される(さすがにリアルタイムではないだろうが)という寸法だ。
見たところ、赤いバラ、即ち、「中国の民主化への思い」の方が多いようである。私も赤いバラをクリックした。

♪百万本のバラの花を
 あなたにあなたに あなたにあげる♪

てな歌があったが・・・

目指せ100万本!!
天安門広場をバラの花で埋め尽くせ!!

宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会

昨日(5月23日)のことになるが、「宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会」にボランティアスタッフとして参加。東京・護国寺に仏教各宗派のお坊さんや俗世間のチベットサポーターが参加し、チベットの平和を祈る。

本尊法楽、代表挨拶等の後、特別ゲスト・ダライ・ラマ法王特使ケルサン・ギャルツェン氏の講演。私は雑務や写真撮影に追われて断片的にしかお話を聞けなかったのだが、どうやら5月21日の講演とほぼ同じ内容だったようだ。とはいえ、21日にはいなかった顔ぶれの方が多かったので初めての方には貴重な話を聞く機会になったことだろう。
熱弁するケルサン氏
熱弁するケルサン氏(右から3人目)
続いて、早大教授・石濱裕美子氏のお話。こちらも断片的にしか聞けなかったが、欧米で仏教が、ダライ・ラマ法王がいかに受け入れられてきたか、などのお話をいただいた。

最後に、チベット語による読経。チベット人の若者たちも集まり、まさに「宗派を超えた祈り」が会場内に響く。
チベット語による読経
チベット語による読経

今回のテーマは「聞・思・修 ~学び、考える、行動する~?」というものだった。今回のイベント告知のページによると、

三慧、聞・思・修 ―。学び、論理的に考えて、繰り返す瞑想実修により「正しい理解」を身につける。このプロセスから生じる仏陀の叡智が、慈悲(共感共苦)による「行動」へ、そして「社会参加する仏教」へ。宗派を超える思いが、今、一歩踏み出します。

とのこと。チベットのことを「学び、考える、行動する」こともまさに仏教的プロセスであるということになる。
この呼び掛けは仏教界にのみ向けられたものではないだろう。私のような俗人にも、仏教的アプローチで、チベット問題を学び、チベット問題を自分の頭で論理的に考え、また自分に何ができるかを考え、そしてそれを実践する、ということが求められる。
今回のイベントの質疑応答で、「正しい理解」が足りないまま全く的外れな質問をして参加者たちから大ひんしゅくを買った質問者がいた。
かくいう私も、「聞・思・修」―全てにおいてまだまだ全く不足している。今後も様々なアプローチで、チベット問題に関する「聞・思・修」の修養を重ねていく所存なので、何卒各方面からご鞭撻いただきたく思う。

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ダライ・ラマ法王特使ケルサン・ギャルツェン氏来日講演会

先日告知したダライ・ラマ法王特使ケルサン・ギャルツェン氏の来日講演会を拝聴させていただいた。

あらためて、ケルサン氏のプロフィールを以下に掲載。

<ダライ・ラマ法王特使(使節員) ケルサン・ギャルツェン氏 経歴>
1951年 チベット・カム地方に生まれる
1963年 勉学のためスイスへ。ビジネスおよび事務管理を学んだ後、 1983年までスイスの大手銀行に幹部として勤務
1983年 インド・ダラムサラの中央チベット行政府の情報・国際関係省(外務省)において1年間のボランティアに従事
1985年 スイスにあるチベット事務所においてダライ・ラマ法王の代表者に任命
1992年 ダライ・ラマ法王の秘書官としてインド・ダラムサラにあるダライ・ラマ法王事務所に異動
1999年 ダライ・ラマ法王の駐欧州連合特使として再び欧州へ異動
2005年 スイス・ジュネーブにあるチベット事務所の代表となり2008年春まで兼任。現在は、ダライ・ラマ法王により任命されたチベット代表団特使のひとりとして中国政府との交渉にあたっている

<職責>
ダライ・ラマ法王の駐欧州特使として、チベット亡命政府と中華人民共和国との対話の促進を図ることを主要な職責とし、これを全うすべく、ダライ・ラマ法王の中道政策を欧州諸国に伝え広め、支援を得、チベット問題が平和的に解決するよう取り組んでいる。
ダライ・ラマ法王は、チベットの分離独立を求めているのではないことを明確に表明しておられ、中華人民共和国という枠組みのなかで名実を共にする自治権を得るべくご尽力されている。
これを伝えるための中国政府代表団との対話にあたり、ダライ・ラマ法王が委任された2名の高官特使のうちのひとりとして、2002年以降、中国指導部との8回の公式協議と1回の非公式協議に臨むとともにチベット交渉対策本部のメンバーも務めてきた。
ダライ・ラマ法王の特使という立場から、チベットに関する講演やインタビューにも精力的に取り組み、チベットの人々の悲劇に光をあてるべく尽力している。

会場は東京・代々木の国立オリンピック記念青少年総合センター国際会議室。通訳機による同時通訳付きと、結構本格的である。

19時、ケルサン氏入場。TVニュースなどで既に登場しているのでご覧になった方もいらっしゃるかもしれないが、ケルサン氏は穏やかな表情をした、スーツの似合うジェントルマンだった。

講演が始まり、まず出たのがチベット問題に対する日本への期待感。
「日本はアジアで非常に重要な国です。日本は完全な民主主義、自由、開かれた情報、モラルのある国であり、大きな役割を果たすことができます」

それから、チベットの歴史において「最も闇の時代」である中共侵略以来の60年におけるチベットの問題を語った後、
「なぜ中国政府はこのような政策を用いているのか。それはチベットに対する理解が無いことに起因します。また、(中国とは違う)ユニークなチベットの文化・言語・地理、そしてアイデンティティが脅威になることを恐れているから、抑圧を続けているのです。現在の状況は中国人の利にもチベット人の利にもなっていません」
と語る。

そして、中国共産党政府との交渉に携わってきたケルサン氏ならではのお話――交渉の様子に話が及ぶ。
ケルサン氏は独立を求めず、両者にとってメリットがあり同意できる中道のアプローチの姿勢を以て交渉に当たる。
亡命チベット人が帰省する、また亡命チベット人を家族に持つ本土のチベット人が亡命者と会うために海外に行くことを認めてください
ダライ・ラマ法王の写真を禁止することをやめてください
年に1度程度の対話の機会をもっと増やしてください
法王のチベット巡礼を許可してください
などのことを要求するが、視点・立場の違いから中国共産党政府はそれらをことごとく拒否する。

そして、2008年11月。
前回の会談で「『真の自治』ということを言うのならそれがどんなものか見せてみろ」と言われたことから、代表団はチベット人にどのようなニーズがあるか、中国の憲法の枠内で実現できるか、を考慮した上で草案をまとめ、提出した。
しかし、中国側は
草案のタイトルさえも容認できない。ダライにチベットのことを語る権利は無い!!
と一蹴。
「ならなぜ提出しろと言ったのですか?」
と尋ねると、
これはお前らの中国に対する態度のテストだ。お前らはテストに無残に落ちたのだ

――何という傲慢。
――何という不誠実。
完全に上からの目線、自分たちが絶対であるという姿勢で語っている。

「中国政府は最初の交渉の時から変わっていない。政治的な意志も、勇気も、問題を解決する気持ちもありません」
と、ケルサン氏は批判する。

それでも、ケルサン氏は法王譲りの?オプティミズムでこう語る。
私たちはこれからも中道のアプローチを支持します
常に非暴力の道で行くべきです」」
北京政府からゴーサインが出ればいつでもチベット問題に関して話し合う用意があります
政府レベルにとどまらず、違ったレベルでのコンタクト――例えば、チベット人と中国人の学者・専門家との交流、若いチベット人と若い中国人が一堂を会するフォーラムの開催、中国の仏教徒とチベットの仏教徒の交流、中国語の出版物・Webサイトの発行――等の方法もあります。チベットの若者は、中国語・中国文化を学んで直接コンタクトできるようになってください。そして、チベットの視点を相手に分からせてください。
チベット人の声だけでは足りません。国際社会の協力が必要です。日本を訪問したのも、チベット問題がアジアの政治的問題であることを知ってほしかったからです

講演終了後も、質疑応答で会場の熱気はやまない。
質疑応答の最後の方が語った。
チベット問題を(中国の)国内問題として理解してはいけない。国際問題であり、人道問題である。日本人はもっとチベット問題に関心を持たなければならない
この言葉で、講演会は締めくくられた。

実際に中国当局との交渉に挑んだケルサン氏の言葉には重みがあった。
ケルサン氏はアジアの有力国として日本に対して大きな期待を寄せている。如何に小さなことでもいい。その期待に応える努力を続けようではないか。

注:文中のケルサン氏の言葉は、通訳者の言葉をそのまま書いたものではありません。「自分だったらこう訳出する」という思いで書いた部分が少なからずあります。

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【告知】ダライ・ラマ法王特使の来日講演会(終了)

チベット亡命政府特使ケルサン・ギャルツェン氏が来日され、東京で講演会が5月21日(先日告知した「宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会」)及び23日に行われます。
今回は21日の講演会について告知させていただきます。

◆ 日  時:2009年5月21日(木)
◆ 受付開始:午後6:30
◆ 講演開始:午後7:00~
◆ 会  場:国立オリンピック記念青少年総合センター 国際交流課 国際会議室
◆ 参加費用:無料 
◆ 定  員:200名
◆ 講演は英語。150台限定で翻訳機あり

〈内容〉
◆ ダライ・ラマ法王日本代表部事務所ラクパ・ツォコによるご紹介
◆ ダライ・ラマ法王特使ケルサン・ギャルツェン氏 講演
◆ 参加者とケルサン氏によるディスカッションタイム

<ダライ・ラマ法王特使(使節員) ケルサン・ギャルツェン氏 経歴>
1951年 チベット・カム地方に生まれる
1963年 勉学のためスイスへ。ビジネスおよび事務管理を学んだ後、 1983年までスイスの大手銀行に幹部として勤務
1983年 インド・ダラムサラの中央チベット行政府の情報・国際関係省(外務省)において1年間のボランティアに従事
1985年 スイスにあるチベット事務所においてダライ・ラマ法王の代表者に任命
1992年 ダライ・ラマ法王の秘書官としてインド・ダラムサラにあるダライ・ラマ法王事務所に異動
1999年 ダライ・ラマ法王の駐欧州連合特使として再び欧州へ異動
2005年 スイス・ジュネーブにあるチベット事務所の代表となり2008年春まで兼任。現在は、ダライ・ラマ法王により任命されたチベット代表団特使のひとりとして中国政府との交渉にあたっている

<職責>
ダライ・ラマ法王の駐欧州特使として、チベット亡命政府と中華人民共和国との対話の促進を図ることを主要な職責とし、これを全うすべく、ダライ・ラマ法王の中道政策を欧州諸国に伝え広め、支援を得、チベット問題が平和的に解決するよう取り組んでいる。
ダライ・ラマ法王は、チベットの分離独立を求めているのではないことを明確に表明しておられ、中華人民共和国という枠組みのなかで名実を共にする自治権を得るべくご尽力されている。
これを伝えるための中国政府代表団との対話にあたり、ダライ・ラマ法王が委任された2名の高官特使のうちのひとりとして、2002年以降、中国指導部との8回の公式協議と1回の非公式協議に臨むとともにチベット交渉対策本部のメンバーも務めてきた。
ダライ・ラマ法王の特使という立場から、チベットに関する講演やインタビューにも精力的に取り組み、チベットの人々の悲劇に光をあてるべく尽力している。

お申込方法
◆ FAXでのお申し込み
参加希望なさる方は、申込用紙にご記入の上、FAX(03-3225-8013)にてご応募ください。
◆ メールでの申込
以下の事項を明記のうえ、moriya_at_tibethouse.jp (_at_は@に変換ください)に送信してください。
1. お名前
2. お電話番号
3. 翻訳機をご利用されますか(はい/いいえ)
4. 今回のイベントはどこで知りましたか?
①ダライ・ラマ法王日本代表部事務所HPで、②その他のインターネットで、③チラシで、④友人・知人から、⑤その他

大物来日です。Don’t miss your chance!

薬物依存のチベットの若者支える人

こんなことをやっている人もいるんだ、という感想と同時に、こういう問題も起きているんだ、という悲しみを禁じ得ないニュースがあった。

ひと:ミシル千世美さん 薬物依存のチベットの若者支える
http://mainichi.jp/select/opinion/hito/news/20090518k0000m070096000c.html

 「異国で自分を見失った若者に寄り添いたい」。6000人以上のチベット難民が暮らすインド北部のダラムサラで、薬物依存に陥る難民を支援するNGO「ツァンオ」(チベット語で「川」)を05年に結成した。チベット民族衣装の店を経営し、売上金で依存症の若者が暮らす施設を運営する。これまで約80人から相談を受け、15人を受け入れた。施設には24時間スタッフが常駐。酒、たばこ、単独の外出は禁止。若者たちの話に耳を傾け、共に料理や掃除をし、日常生活の中で自立へと導く。

 25歳の時、祖母をがんで亡くした。死について考え始め、西欧へ放浪の旅に出た。29歳で初めて教会に行き、「私があなた方を休ませてあげます」という聖書の言葉に、すべてを受け止めてもらえる気がして、肩の荷が下りた。

 01年、教会の活動を通して出会ったインド人のNGO職員(35)と結婚し移住。西欧の援助で建てられた若者の支援センターが、薬物入手の場所になっていることにショックを受け、活動を始めた。

 設立後間もなく駆け込んできた男性は、亡命政府発行の難民証明書まで薬物と交換していた。親身に話を聞くうち、若者が次々と相談に訪れるようになった。さまよう人たちの姿は異国を放浪していた昔の自分に重なる。「人生はいつでもやり直しができるということを伝え続けたい」。今日も若者がドアをノックするのを待ち続ける。【黒岩揺光】

 【略歴】ミシル千世美(みしる・ちよみ)さん。広島県尾道市出身。夫キンサイさんと2人暮らし。NGOのホームページはhttp://tsangwo.org。45歳。

毎日新聞 2009年5月18日 0時21分

記事の中で紹介されていたNGO「ツァンオ」のサイトを覗いてみた。上記の記事を読むと薬物依存の若者に特化したような印象を受けてしまうが、実際にはドラッグのほかにもアルコール依存症、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、HIVなどその他の悪癖・病に悩む人々も受け入れているようである。

こういう支援の仕方もあるのだな――先日の「チベット支援」をテーマとしたシンポジウムを拝聴して以来、どのような形のチベットサポートがあり得るだろうかと考えるようになったところなので、少しばかり感銘のようなものも受けた。

しかし、この記事を読んで真っ先に感じたのは、やはり「悲しさ」だった。
「チベット人のドラッグ問題」――恥ずかしながら殆ど聞いたことのなかった問題だったが、この記事を読む限りでもかなり深刻である。

西欧の援助で建てられた若者の支援センターが、薬物入手の場所になっている
設立後間もなく駆け込んできた男性は、亡命政府発行の難民証明書まで薬物と交換していた

本当なのか?

祖国を奪われ、抑圧され、厳しい生活を強いられ、祖国を離れることすら余儀なくされている人々である。私たちには想像もよらないストレスを抱えているということはよく理解できる。
しかし、亡命政府発行の難民証明書(ダライ・ラマ法王から直接手渡されたものかもしれない可能性すらある)を手放してまで、というのが信じられなかった。
日本でも薬物依存症やギャンブル依存症のために無理矢理金をつくるという話は聞くが、自由を求めて命がけでヒマラヤを越えて、やっとのことで手にした難民証明書を手放してでも、となると「想像もよらない」ストレスではもはや通用しない。

ここまでのストレスを抱えた人々の心のケアとなると、一筋縄ではいかないだろう。こんな大変なことを異国の地で何年も続けているミシル千世美さんには幾ら敬意を表しても足りない。”ダラムサラのマザー・テレサ”と呼ばせていただきたいほどだ。

 

それにしても、彼らにこれ程のストレスを植え付けた張本人たちに憤りを禁じ得ない。
思わず、こんな邪推が頭をよぎった。

まさか、チベット人を廃人にするために当局主導でチベット人に薬物を投与して彼らを薬物依存症にしてはいないだろうな??
――すみません。あくまで”邪推”です。(今のところそういう証言には接したことが無いので、全くの想像でしかない。やりかねない気はするが)

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