バス憧れの大地へ

雑記ブログ

那覇-1(2012年5月3日)

正午すぎ、雨に濡れた羽田空港の滑走路をANA1407便が飛び立つ。臨時便とのことだったが、ゴールデンウィーク(GW)の後半4連休の初日とあって席は全て埋め尽くされていた。
2時間45分のフライトの後、東京の悪天候が嘘のようなすっきりとした天気の中、真っ青な海を眼下に機体が降下していく。目的地の空港はその真っ青な海のすぐ側にあった。

到着した場所は…

那覇!

那覇空港
那覇空港

はい、すみません。今回は4連休しか取れなかったので、国内旅行です。まあ、国内の中でも最果ての地ではあるが。
実は、私にとって沖縄は今回が初の訪問となる。

空港から街へはモノレールの「ゆいレール」で移動。
ゆいレール

今回お世話になる宿は、目抜き通りの国際通りから平和通りの商店街を抜けた場所にあるステラリゾート。名前だけ聞くと豪華なリゾートホテルを思い浮かべるかもしれないが、実は格安のゲストハウス(私がそんな所に泊まる訳が無いw)。ドミトリー(壁とカーテンで仕切られていて限りなく個室に近い)なら1500円の格安宿だ。
ステラリゾート
ステラリゾート内部
ステラリゾートのドミトリー
ステラリゾート内部のドミトリー

ここを拠点に、いざ沖縄巡り開始だ。

長野紀行(3)

善光寺参拝の後は、長野駅の方向へ戻った場所にあるもんぜんぷら座地下BOX (長野県長野市新田町1485) にて開かれていた(5月5日まで開催)「チベットウィーク2009春 in 長野」の展示会場へ。会場近くで、東京でお目にかかったことのあるスタッフの方にお目にかかり、場所を確認して会場に赴きました。
会場会場
限られたスペースの中、チベット問題の説明、写真、子供たちの絵、関連書籍、リーフレットの展示や折鶴コーナーなどが効率よく設置されていました。

その後、バスで川中島古戦場へ。上杉謙信と武田信玄が激闘を繰り広げた場所が長野市だったことを今回初めて知りました(長野県であることは知っていたのですが・・・)。公園内の神社には、当時の一騎打ちを偲ばせる謙信vs信玄の像や首塚、当時の陣立てを説明するパネルなどが置かれていました。
謙信・信玄の像
その隣にあった長野市博物館を見学後、市内から更に離れた松代にある松代城海津城)跡へ。バスが一向に来ないのでしびれを切らし、40分ほど歩いて行ってしまいました(バスには目的地手前500mほどで追い抜かれた)。
松代城
松代城は、真田信之に始まる真田氏松代藩の居城。当時の石垣が残り、太鼓門(再現)や戌亥隅櫓台(事実上の天守台)が立派でした。

バスで長野市内に戻り、チベット問題アピールのリンカ(ピクニック)がしばしば行われる若里公園をウロウロした後、再びチベットウィーク2009の会場へ。東トルキスタンの核実験被害を訴える映像を見させていただきました。
その後もスタッフの方々と懇談し、気がつけば夜の飲み会にまで参加――長野の熱く、濃いチベットサポーターの方々と実りのある時間を過ごさせていただきました。

関連ページ

長野紀行(2)

提灯

2泊3日とはいえ、長野の街を歩けるのはこの日1日だけ。朝早くから行動しました。

まず訪れたのが、長野の代名詞と言ってもいい、善光寺。今年は7年に一度の「御開帳」の年。町全体が御開帳ムード一色になっていました。参道にはあちこちで、御開帳を祝う提灯などが飾られていました。

駅前の宿から(私らしく)歩いて善光寺へ。

善光寺大門
8時20分。善光寺大門着。
長蛇の列
8時25分、仁王門で長蛇の列の最後尾に。


境内着
8時52分、やっと境内へ。
人だかり
笑いたくなるほどの人だかり。



三門通過
9時22分、やっと三門通過。

導師様の道が開く

暫く歩き進んだところで・・・
「これから導師様がご退場しますので、道をお開け下さい!」
とのアナウンス。「モーゼの十戒」の場面のように、人波が左右に分かれて道ができました。(右写真。残念ながら退場時は撮影禁止でした)
その間を、善光寺の導師様が歩いていきます。この時、有難い「お数珠頂戴」が行われたのですが、それを受けることができたのは私がいた反対側の人たちだけで、残念ながら私はお数珠を受けることができませんでした。


柱に到着
9時48分、やっとのことで回向柱(えこうばしら)に到着。
(写真で柱に触れているのはカズではありません)

こうして善光寺本堂前に辿り着いた訳ですが、私はそこを後回しにして、境内北西にある日本忠霊殿へと足を向けました。
日本忠霊殿
なぜ本堂よりもそちらを優先させたのか・・・下の写真をご覧ください。
ダライラマ御寄進仏
ダライラマ御寄進仏!!

私が長野を訪れた最大の理由がこれでした。

昨年(2008年)のことを思い出して下さい。
ペキンペテン五輪の穢れた聖火が長野でリレーする際、スタート地点の指名を返上し、同年3月の騒乱で亡くなったチベットの人たちの法要を行ったお寺がありました。
その素晴らしいお寺こそ、この善光寺さんでした。
ダライ・ラマ猊下はそれに感謝の意を込めて善光寺さんに仏像を寄贈したのです。
高さ21センチの小さな仏像でしたが、金色の見た目や大きさ以上に神々しさが感じられ、私はその小さな仏像に深く深く祈りを捧げました。(撮影禁止だったのが残念!)

猊下寄贈の仏像に拝謁して既に満足感を得た私は、開帳された前立本尊を間近に見られるものの4時間もかかる内陣参拝は敢えてせず、遠くからながらも前立本尊が見える外陣参拝と、御印文頂戴と、その他のお堂を巡るだけにとどめました。
これで十分・・・11時半、私は善光寺の境内を離れた後、昼食にまたしても信州そばを頂いた後、次の場所へと向かいました。

長野紀行(1)

今・・・
東京を離れて長野に遊びに来ています。

最初はバイクで行くつもりだったのですが、ETCが在庫切れで間に合わなかったことと、高速道路デビューに東京―長野はちと長すぎたことから、今回は大人しく高速バスで長野入りしました。
バスは12時半、新宿を出発。ゴールデンウィーク(GW)なので渋滞が気になりましたが、1回事故渋滞があったくらいで、16時10分着予定だったのが、16時半前着と、20分遅れただけで済みました(インドとかに比べればこの程度の遅れなんぞかわいいものです)。
ただ、到着した場所が長野市内ではなく、長野インターチェンジ・・・
バスで市内に移動しようと思ったが、近くにあったバス停は高速バスの降り場。近くにいた地元のおばあちゃんに
「すいません。長野市内に行くバスありますか?」
と聞いてみたら
「そこから出ていますよ」
とのこと。
下車専用の高速バス時刻表の裏側をよく見たら・・・

川中島バス 長野県庁行き

ちゃんとあるじゃないか・・・ XD

16時40分。いいタイミングで川中島バスが来た。
長野駅に着いたところで、その正面にあるネットで予約しておいたホテルサンルート長野にチェックイン。インターネット接続キットの貸出サービスがあったので借りてきた。ノートPCを持ってきておいてよかった。
(現在、ホテルの部屋からブログ更新中)

今日はもう遅いので、駅地下の蕎麦屋で名物信州そばをいただくだけで終わり。
明日1日だけですが、長野の街を楽しんできます。

やっとチベットやチャイナと関係ない記事を書いたか、と思われたあなた、

    甘い!!

チベットサポーターの方や、昨年のことをよく覚えている方はお分かりでしょうが、チベットと関係大ありなのです!!

なぜか分からない方は、明日の書き込みをお待ち下さい。

箱根へツーリング・2

箱根2日目。

20080504_1.jpg 20080504_2.jpg
箱根登山鉄道 ケーブルカー

午前中はバイクには乗らず、小涌谷駅まで歩いて行って、そこから箱根登山鉄道に乗る。
山の上の終着駅・強羅駅に到着して、そこからケーブルカーに――と思っていたのだが余りの人の多さに乗るのは諦め、近くの強羅公園で花などを楽しんだ後、坂道を歩いて宿に戻った。
20080504_3.jpg
強羅公園

午後はバイク。すっかり気に入った芦ノ湖に出て、昼食にニジマスのフライを食べた後、箱根駅伝ミュージアムを見学。日本で正月を過ごす時には必ず見ていた同駅伝だが、その歴史は余りよく知らなかった。戦前から続いてきた大会の参加校・記録・コースの変遷、名選手・名勝負――来年からはこれまで以上に箱根駅伝を楽しんで見ることができそうだ。

それから、近年再現された箱根の関を訪れた。シンプルな造りだが、これが江戸時代の旅人の前に大きく立ちはだかっていた関所なのだ。少し不思議な感じがする。
20080504_4.jpg
箱根の関

歴史の次は自然を、と、バイクで大涌谷へ。中学の時に修学旅行で来たことがあるので、2度目の訪問になる。
私は嗅覚が弱いのだが、それでも硫黄のにおいが強烈に鼻につく。来て暫くは霧が出ていて、湯気なのか霧なのかがよく分からなかったが、やがて霧が晴れると、においの元である湯気がくっきりと分かるようになる。この一帯が富士火山帯に属していることを象徴する光景だ。
20080504_5.jpg
大涌谷

それからまた芦ノ湖に戻り、蕎麦屋に入って夕食にするが、食べ終わって外に出てみると結構濃い霧になっていた。初めて霧の中をバイクで走ることになり、しかも山中のワインディングロード。霧が気にならなくなったかと思うと渋滞で、暗い中でのすり抜け。かなり気を遣わさせられた。

箱根へツーリング・1

今年もゴールデンウィークが到来したが、現在書いている「アジア周遊」の旅行記が終わるまで海外旅行は自粛と決めている。そこで今年は国内旅行だ。3月にバイク(KAWASAKIバリオス)を購入したことだし、ツーリングに出かけることにしよう――ということで行き先を考えた結果、箱根へ行くことにした。道順は箱根駅伝のコースを辿ることにしよう。

しかし、初日のこの日は午前の間小雨。まだ雨中の運転には自信が無く、雨が止むのを待って正午すぎに出発した。

大手町から品川、田町と走り、第一京浜で川崎へ。横浜・戸塚、藤沢橋とたどって茅ヶ崎の海岸通りに出る。
平塚中継所近くのコンビニで一休みした後、再出発。しかし小田原市に入ったあたりで左太腿に軽く痙攣発生! ニーグリップもままならなくなり、路肩に寄せてエンジンを止め、脚が楽になるのを待ってあらためて出発する。

小田原を過ぎたところからが本番! 最大の難所・箱根の山登りである。
湯本に差し掛かったところで渋滞発生。ま、GWなのでこうなることは予測していた。こういう時にすり抜けのできるバイクは強い――と思いきや、バスに路肩まで塞がれてしまってすり抜けもできない。バスがバス停で思い切り左に寄ったところでようやく、右側をすり抜けることができた。

渋滞のピークは湯本で、そこから先は比較的スムーズに走ることができた。予約していた宿がある小涌園に差し掛かったが、まずは駅伝ゴールを目指してそのまま芦ノ湖を目指した。

まだバイクは初心者で、峠道は勿論これがデビュー。次々と襲い掛かってくる急カーブに、まだ思い切り車体を傾ける度胸も無く、ほとんど最徐行。特に下りではブレーキを使いながら恐る恐るの走行だ。

そうこうしているうちに芦ノ湖に到着。ようやく街乗りモードに戻ることができた。

駅伝ゴール近くのドライブインに入ってバイクを下りる。約110kmの距離を走破した所要時間はおよそ4時間半。箱根駅伝往路のベスト記録より1時間早い程度だ。ずっと一般道で信号待ちがあり、給油、休憩もあるのでまあこのくらいなのだろう。それにしても、バイクでもこれだけ時間がかかって脚の疲れるコースを、箱根ランナーはよくぞあれだけのスピードで走るものである。

駅伝ゴールは少し歩いた所にあった。よく見たらここにもバイクを停めることができたのでここまで来てしまえば一番よかったのだが、知らなかったので仕方が無い。ともかく、駅伝コースを辿るという目標は達成することができた。


箱根駅伝ゴール地点

芦ノ湖湖畔からは、逆行ながらも富士山を見ることができた。

20080503_2.jpg

バイクで来た道を少し戻り、小涌園近くのホテル・B&Bパンシオン箱根に到着した。

それにしても、ニーグリップのしっ放しで脚がかなり疲れた。バイクは脚力が重要!ということがよく分かった。

初 中距離ツーリング

バイク(カワサキ・バリオス2になりました)を買って1か月。これまでは自宅近くを1時間ほど回る程度でしたが、29日、初めてちょっと遠出をしました。


自宅のある東京・江戸川区から、目指すは神奈川県藤沢市江ノ島。

道筋はネットで調べた箱根駅伝のコース図を参考にしました。

(以下、コースは全て一般道です)

往路:

既に土地勘のあるお台場からレインボーブリッジを通り、第一京浜を通って神奈川県へ。

横浜に入ってからちょっと迷って、コンビニに飛び込んで地図を立ち読みし、現在地とその後のコースを確認して再出発。無事江ノ島に到着しました。

時折こんでいる所もありましたが、そこはバイクの”強み”を発揮。車の間をすり抜けて行きました。

復路:

行きと同じルートで帰ろうかと思いつつ出発したのですが、

「鎌倉」

という標識の文字に魅かれて

「よし、鎌倉経由で帰ってみようか」

と思ってルート変更。

ところが、鶴岡八幡宮付近でちょっとした渋滞。すり抜けようにも歩道いっぱいにあふれ返っている歩行者が気になってなかなかすり抜けられませんでした。

そこを何とか通過して東京方面へ向かうも、自分が今どこにいるかがよく分からず、またしてもコンビニに入って地図を立ち読み。

東京都に入ってからも道に迷いまくり。バイクで通ったことのある道の名前を標識で見た時には、マジで「助かった~」と思いました。

そんなこんなことがありつつも、無事帰宅することができました。

<新着記事>

Google

WWWを検索a-daichi.comを検索
お勧めメディア(Amazon)
100色で描いた世界地図