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「08憲章」起草者に有罪判決

2009年12月25日 金曜日

当サイトのアクセスログを見ていると、検索エンジンで「08憲章 全文」をキーワードに「08憲章全文(日本語)」のページを訪れてくれる方が昨日から急増している。このキーワードで検索するとGoogleでは1位、Yahoo Japanでは2位に表示されるのでアクセスアップに繋がっているが、このキーワードからのアクセスが急増したのはどういうことか。
昨日から、中国当局に拘束されている「08憲章」起草者劉暁波氏の初公判が行われる、という記事がニュースで流れ、この日判決を伝える報道がされたことから、「08憲章」というキーフレーズに関心を抱いた方が増えた、ということだろう。

さて、この劉暁波という方、六四天安門事件の際に拘束され、釈放後も労働改造所に入れられたりと苦難を強いられてきたが、それでも民主化運動をやめなかった気骨の人である。「08憲章」起草でも中心的存在となり、同憲章公開直前に身柄を拘束されている。

本日出された、その判決は・・・

国家政権転覆扇動罪で、懲役11年

「11年」という刑期が長いか短いか、という問題ではない。有罪判決が出たことそのものが問題なのだ。
まともな国なら罪にすらならない行為である。中国共産党は見せしめにすることで体制維持を図ろうとしているようだが、逆に自らのファッショ性を見事に暴露する結果となっており、内外からの反発が一層強まることは避けられないだろう。
中国にも早いところ、専制君主制から脱するための「市民革命」が起きてほしいものだ。(←仮にマルクス主義の史観に照らし合わせたとしても、私には今の中国が、中国共産党という暴君が君臨する『専制君主制』の段階にあるとしか思えない)

以下、この件に関する報道を幾つか紹介。

反体制作家に懲役11年=「08憲章」で国家転覆扇動罪-中国
(2009/12/25-13:30 時事通信)

 【北京時事】中国共産党独裁を批判し民主化を求めた声明「08憲章」を起草したなどとして、国家政権転覆扇動罪(最高刑は懲役15年)に問われた反体制作家の劉暁波氏(53)に対し、北京市第一中級人民法院(地裁)は25日、懲役11年、政治権利剥奪(はくだつ)2年の判決を言い渡した。
 中国当局は今年、建国60周年のほか、民族暴動もあって、治安維持と社会安定を優先し、人権活動への締め付けを強化してきたが、それを反映して、党批判に厳しい判決となった。欧米諸国の大使館員が傍聴を求めたが認められず、米大使館員は法院前で「平和的に政見を発表する人を迫害するのは人権の国際的な基準に反する」と判決を批判し即時釈放を求める声明を発表した。
 判決は劉氏が同憲章のほか、海外で発表した六つの論文で、一党独裁を批判し、多党制導入を主張したことなどが、デマや誹謗(ひぼう)などを通じて政権転覆を扇動した罪に当たると認定した。
 被告側は憲法で保障された言論の自由を根拠に無罪を主張していた。弁護人は「予想以上に重い判決」とし、劉氏は控訴する意向を明らかにした。

中国、反体制作家に懲役11年 「08憲章」起草
(2009/12/25-22:02 日本経済新聞)

 【北京=佐藤賢】中国の北京市第1中級人民法院(地裁)が25日、反体制作家の劉暁波氏(53)に国家政権転覆扇動罪での懲役11年の実刑判決を言い渡し、中国当局は民主化運動の締め付けを強化する姿勢を誇示した。一方、米国務省は判決に対して「深い懸念」を表明、人権問題が国際社会との火種として再燃しつつある。

 劉氏は中国共産党の独裁廃止などを求めた「08憲章」の起草にも参加した中国の民主化運動の象徴的存在。中国では住宅立ち退き問題や失業などで民衆の抗議行動が頻発しており、民主化運動と連動すれば、共産党の一党支配を揺るがしかねない。劉氏への重罰は、体制維持への共産党の強い危機感を浮かび上がらせた。

 中国国営の新華社は判決を英文では報じたが、中国語の記事は配信していない。海外向けには透明性がある姿勢を示す一方、国内向けには当局への反発を招かないよう情報を統制している。インターネット上で発表された08憲章も大半が削除されている。

見せしめか 著名反体制作家に懲役11年 中国
(2009/12/25-12:02 産経新聞)

 【北京=野口東秀】北京市第1中級人民法院(地裁)は25日、中国共産党の一党独裁体制の変更を求めた「08憲章」を起草したとして国家政権転覆扇動罪に問われた著名な反体制派作家、劉暁波氏(53)に対する判決公判を開き、懲役11年の実刑判決を言い渡した。中国当局には、劉氏を重罪に処すことで、民主活動家や知識人に対する見せしめとする狙いがあるとみられている。

 検察側は劉氏が「08憲章」のほか、海外で発表した六つの論文で、一党独裁を批判し、多党制導入を主張したことなどについて、「デマや誹謗(ひぼう)などを通じて政権転覆を扇動した」と指摘。これに対して劉氏側は「言論の自由」を根拠に無罪を主張していた。

 法院を訪れた米大使館員(人権担当)は「判決に強い懸念を表明する。中国政府に対し即時釈放を改めて要求する」と述べた。「08憲章」にも署名した劉氏の支援者は「中国に言論の自由がないことを証明した」と話した。

 劉氏は1989年の天安門事件の際、米国留学から帰国して民主化運動に参加、事件後に逮捕され、1年8カ月間投獄された。釈放後も96年から99年まで3年間、労働改造所に送られたが、文筆活動で中国の民主化を主張し続けてきた。

 しかし「08憲章」がインターネット上で発表された昨年12月に拘束され、今年6月、正式に逮捕された。「08憲章」への署名は当局によるネット規制にもかかわらず、1万人前後になったとされる。

裁判所周辺は、公安当局が厳戒態勢を敷き、裁判所前に「記者エリア」を設置、外国人記者の取材活動を規制する措置を講じた。

体制維持へ危機感=「08憲章」拒絶、活動家に厳罰−中国
(2009/12/25-12:02 とれまがニュース)
※時事通信配信の記事らしいが、なぜか時事のサイトには見当たらない

 【北京時事】中国の著名な反体制作家の劉暁波氏(53)に、国家政権転覆扇動罪で懲役11年を言い渡した25日の判決は、共産党体制への批判は許さないという中国当局の意向を反映したものだ。劉氏らが「08憲章」で要求した民主化を厳罰をもって拒絶したことは、それだけ中国当局が体制維持に危機感を強めていることを浮き彫りにしたと言える。

 中国では、リストラや立ち退きといったさまざまな問題で住民の不満が高まっており、官民の衝突や民衆暴動が各地で頻発している。胡錦濤政権は社会の安定を最優先に、党・政府幹部への監督強化や法整備などで解決を図る一方、党や政府に対する批判は厳しく取り締まり、人権活動も締め付けている。

 昨年の四川大地震で校舎が倒壊して子供が死亡した遺族らを支援していた人権活動家の黄※氏(※=王ヘンに奇)は先月、国家機密文書の不法所持罪で懲役3年の判決を受けた。汚染粉ミルク事件で損害賠償訴訟を起こした人や、政府への陳情者も相次いで拘束されている。

 1989年の天安門事件で息子を亡くした女性は「中国政府は北京五輪前に人権の改善をアピールしていたが、建国60周年で締め付けが強まり、民主化はむしろ後退している」と指摘する。

 08憲章は、中国社会の現状について「官僚は腐敗し、法治は実現せず、人権は色あせている」とした上で、「時代遅れの現行体制は、直ちに改めざるを得ない状態に陥っている」と警告した。こうした主張に耳を傾けず、厳しく処罰して言論を封じ込めようとする中国当局の姿勢は、同憲章が的を射た批判であることを裏付けている。

案の定、海外からは批判の声が出ている。判決そのものに対してもさることながら、裁判の海外に対する非公開性にも批判が集まっている。

「中国語の記事は配信していない」という部分には、ヤブヘビを恐れる当局の余裕の無さがありありと表れている。日経や最後の時事の記事にも垣間見えるが、市民の中共に対する不満は既にかなりのレベルに達していると考えられるのではないか。

そして、「デマや誹謗」を行った、という言いがかり。
もう一度、「08憲章の全文」を読んでいただきたい。
どこに「デマ」があるというのか。
どのあたりが「誹謗」だというのか。

むしろ、劉暁波氏への判決の方にこそ「デマや誹謗」が含まれていないか?
中共はチベットを侵略する際にも、欧米人がチベットに殆どいないにもかかわらず「帝国主義列強を追い出す」と言ったり、その後後付けで「農奴を解放する」と言ったりと、言いがかりをつけている。
今はその経済力に各国が媚びているが、こうした客観性の無い言いがかりばかりつける体質だと、そのうち本当に信用を失って相手にされなくなってしまいますよ(もう遅いか)。

08憲章ですらまだもの足りないが、最低でも憲章で謳われている「中華連邦共和国」レベルまでは行ってほしいものだ。

六四前夜

2009年6月3日 水曜日

天安門事件20周年前夜・・・

中国本土では、当局が当時のことをを必死で隠蔽しようとしており、事件以後に生まれた若者たちに事件の存在そのものを知られないようにするという愚民化政策がとられているが、日本を含めた海外ではここ最近、盛んに報道が行われている。
(Googleニュースで『天安門事件』を検索すると、出るわ出るわ・・・)
当局は遂にHotmailを封鎖するなどの暴挙で必死になって情報を水際で止めようとしているが、何とかそれらのニュースに接している中国人もいるだろう。

さて、最新のニュース。これを当局お抱えプロパガンダ機関がどう報道するか(あるいは報道そのものをするかどうか)、また中国の人々がどう受け取るか、興味深いところだ。

天安門事件のリーダーの一人、ウアルカイシ氏(ウイグル人)が“出陣”である。

天安門事件のウアルカイシ氏連行 民主化運動の主役を中国当局
http://www.47news.jp/CN/200906/CN2009060301000843.html

 【台北3日共同】89年の天安門事件で民主化運動の主役の一人となり、中国公安省から「反革命宣伝扇動罪」で指名手配され、亡命生活を送っていた元学生リーダー、ウアルカイシ氏(41)が3日午後、出頭するため、亡命先の台北から空路で中国特別行政区マカオに入り、入国管理当局に連行された。関係者が明らかにした。

 同氏は事前に台北で、共同通信に対し「公開裁判で中国共産党の事件の責任を追及する」と述べており、4日に事件から20年を迎えるのに合わせ、中国の民主化をあらためて迫る狙いだ。

 ウアルカイシ氏は、指名手配リストで王丹氏(40)に次ぎ、2番目に挙げられた当時の学生運動リーダー。国際的に名が知られ、拘束されれば、国際社会から批判が高まるのは必至。国内でも抗議活動が予想され、中国政府としては対応に苦慮することになる。

 同氏は「出頭は罪を認めるのではない」と強調していた。
2009/06/03 20:10 【共同通信】

見出しが不満である。これではウアルカイシ氏が自らの意思で出頭したことが伝わらない。
恥ずかしながら新聞記事に見出しをつけることを一時仕事としていた過去のある私としては、

 天安門事件のウアルカイシ氏出頭 『公開裁判で中国共産党の責任追及』

とでもしたいところだ。

ウアルカイシ氏の拘束は国内の民主化の火を刺激すること必至である。20周年前夜という日を選んで出頭したのもその効果を狙ってのことだろう。

ウアルカイシ氏の捨て身の出陣は功を奏すか。

チベット民族蜂起50周年の記念日を封じ込めたように、中共当局の愚民化政策と恐怖政治が勝利してしまうのか、本土で民主化の火が消えずに残っていて再燃するのか。
明日の動きに注目したい。

明日は喪章を付けて出勤しよう。

【オンライン署名アクション】天安門にバラの花束を

2009年5月27日 水曜日

間もなく天安門事件20周年――もう20年になるのか。

そんな折、アムネスティ様が粋なアクションを展開している。

天安門にバラの花束を
http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=2369

1989年6月3日の夜から4日にかけて、天安門広場で行なわれていた民主化を求める平和的なデモに対し、激しい弾圧が行なわれました。その結果、市民数百人が死亡し、数千人が負傷しました。

その後、数万人が逮捕され、数十人はいまだに拘禁されていると見られています。中国政府は、事件の真相究明を拒否し、加害者の処罰を行なっていません。それどころか、公の場で天安門事件について議論することを禁止し、「天安門の母たち」など犠牲者遺族に嫌がらせをし、逮捕・拘禁するなど、圧力をかけています。犠牲者の家族は、公の場で亡くなった娘や息子を追悼することができずにいます。

2009年6月4日は天安門事件20周年です。

あの日、平和的なデモに参加しただけでいまだに拘禁されつづけている人たちの釈放、徹底かつ独立した公正な調査、加害者への法的処罰、犠牲者やその家族への賠償を求めて、天安門広場をバラで埋め尽くすアクションに参加してください。

署名に参加していただくと、上の画像の天安門広場にバラが飾られます。
白いバラ(清らかな心)、または 赤いバラ(中国の民主化への思い)を、選んでクリックしてください。オンライン署名ページにジャンプします。

実際に天安門広場にバラの花が飾られる訳ではないのだが(そりゃ無理だって)、署名が増えればリンク先のページに掲載されている写真にバラの花が追加される(さすがにリアルタイムではないだろうが)という寸法だ。
見たところ、赤いバラ、即ち、「中国の民主化への思い」の方が多いようである。私も赤いバラをクリックした。

♪百万本のバラの花を
 あなたにあなたに あなたにあげる♪

てな歌があったが・・・

目指せ100万本!!
天安門広場をバラの花で埋め尽くせ!!

人権も犬権もなし――中国・黒河で「殺犬令」

2009年5月26日 火曜日

あきれてものが言えないニュースが・・・

見つけ次第撲殺! 突然の犬禁止令の背景は? 中国の地方都市
http://sankei.jp.msn.com/world/china/090525/chn0905250941001-n1.htm

 【北京=矢板明夫】中国の地方都市でこのほど、「市内を犬禁止区域と指定し、犬は見つけ次第撲殺する」との強烈な内容の「犬類管理規定」が発表され、犬を飼っている市民が強く反発している。

 この都市は中国の東北部にあり、ロシアと国境を接する黒竜江省の黒河市。古くから犬を飼う習慣があるため、これまでに観光客や小中学生が犬にかまれた事件は時折あったが、野犬はともかく、当局が「飼い犬」を問題視することはとくになかった。今回は何の前触れもなく「犬のない町」を目指すことを宣言、市政府の男性職員らで構成し、犬を撲殺する「打狗(狗は中国語で犬のこと)隊」は今月中にも市内でパトロールを開始するという。

 多くの市民は戸惑い、農村部に親戚(しんせき)がある家は慌てて犬を避難させるなど混乱した。ある年配の女性は「子供はみんな遠くへ出稼ぎに行ったので、唯一の家族の犬がいなければ生きていけない」と、規定撤廃を地元メディアに訴えている。

 インターネットの書き込みでは現地政府を「独裁者」「ナチス」などとする批判が殺到する一方、この規定が突然発表された背景について多くの憶測が寄せられた。「市が観光都市の認定を国に申請したためだ。犬を一掃すれば認可が下りやすくなる」という説のほか、「市の指導者が最近、川の近くで犬にかまれた個人的な恨みからだ」との未確認情報も寄せられた。

別の報道によれば、背景にあるのは狂犬病。そのために「中国政府は無認可のペット犬の捕獲、殺処分を進めて」いるという。

おいおい・・・
余りに安直で短絡的。
仮に背景に狂犬病があったとしても、白か黒かも分からないのに「見つけ次第撲殺」とは乱暴にも程がある。

市が観光都市の認定を国に申請したためだ。犬を一掃すれば認可が下りやすくなる
市の指導者が最近、川の近くで犬にかまれた個人的な恨みからだ
これらの説が本当だとすれば、論外。カネほしさとか個人的な恨みとか、自然の摂理に反した人間の勝手な都合で奪っていい命など無い。

文革で、チベットで、東トルキスタンで、大勢の人を殺している中共に人権や人命を尊重する気持ちが欠けていることは既に周知の通りだが、ヒトに対してまでかくの如きであれば犬を殺すなど、そういう奴らにとっては何のためらいも無いかも知れない。
人権も犬権もあったものではない。

愛犬家だけではない。まともな感覚の持ち主なら反発して当然だ。「批判が殺到」しているのが救いである。文革の折には紅衛兵に好き勝手をさせてしまったが、「打狗隊」という名の紅衛兵は世論によって阻止されるか。

最後に、一言。

独裁者」「ナチス

現地政府だけでなく、北京政府にも言ってやってください・・・

チベットの人道的侵害でスペイン最高裁が判決

2009年5月12日 火曜日

「普遍的管轄権」という言葉をご存じだろうか。私はつい最近になって初めて知った。

国際法によれば、国家は、国際法上の犯罪の加害者を訴追することが可能であり、場合によってはそれを要求されている。この管轄権は、どこで、いつ犯罪が起きたかに関わらず、また被疑者あるいは被害者の国籍に関わらず、また、法廷が設置されている国に何か特別な関係、例えば当該国家の安全保障など、があるかどうかに関係なく存在する。
普遍的管轄権は、国際法上もっとも重大な犯罪として、ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪、拷問、超法規的処刑および「失踪」に適用される。国内法の犯罪である、殺人、誘拐、暗殺および強かんなどにも同様に適用される。

(アムネスティの資料より
PDFファイル:http://www.amnesty.or.jp/modules/mydownloads/visit.php?cid=13&lid=35

これまでに、ピノチェト事件(後述)で普遍的管轄権によってチリのピノチェト元大統領がスペインでの判決に基づきイギリスで逮捕された例や、グァテマラの虐殺や拷問に対しスペイン憲法裁判所が普遍的管轄権を認めた例があり、日本でも日本の法輪功愛好者が中国大使館と江沢民・前中国国家主席らに対し集団虐殺罪と名誉棄損で損害賠償を求めて大阪地裁に訴えたことがあった(これは却下された)。

先日、ロンドン在住の日本人チベットサポーターのWさんから興味深い情報が流れてきた。
またもスペインで、チベットの虐殺・拷問の問題で最高裁が中国法務部代表8人に判決を通達したというのである。(これが、私が『普遍的管轄権』という言葉を初めて知ったきっかけだった)

以下、WさんからTSNJメーリングリスト経由で送られてきた内容を引用。

スペイン最高裁の裁判官はチベット自治区党,張慶黎書記長を含む、中国法務部代表8人に最高裁決定を通達した。決定は2008年3月以降続いているチベット人に対する厳しい取り締まりに関し、チベットの人々に対する犯罪についての調査を懸案事項に含む。
裁判官は中国外務省に対して、もしスペイン国内の裁判所での被告人に対する質問が拒否された場合には、中国国内で行われることができるよう許可の申請をした。
Santiago Pedráz裁判官はまた、チベット内の刑務所と抗議行動の起こった主要地を視察する許可を申請し、インド政府にもダライラマと亡命政府の拠点であるダラムサラでチベット人目撃者に証言をとる許可も申請。

この訴訟は現在スペイン最高裁判所で” 普遍的管轄権” に基づき現在進行中の2つのチベットに関する訴訟のうちの一つで、これによって最高裁はテロや戦争犯罪、拷問の関連が認められた場合には国境を越えてアクセスが可能になる。

特に昨年の武力鎮圧を含む、2006年以降に関するこの訴訟はTibet Support Committee of Spain (CAT) と Fundacion Casa Del Tibet, Barcelona(バルセロナ、チベットハウスファンデーション)から起こされ北京オリンピックの開幕わずか数日前に、裁判所に受理された。

Judge Pedráz裁判官は中国当局に、 AFP通信社 (May 5, 2009)によって指摘され提出された、今訴訟に関する裁判の参考書類によると、2005年に中国はスペインと二国間の司法協力協定に署名したことについて指摘し”私たちのそれぞれの二国間の友好関係を考え,私の要求に対して良い回答をしてくれることを望む”と書面で発表。

裁判官はさらに、これらの告訴内容が実証されれば、人道侵害の罪でスペイン法と国際法の両方で裁かれることになると発言。

”チベット住民は政治的、民族的、文化的、宗教的、国際法のしたで世界的に認められないとされているその他の動機などによって迫害されてるグループのように見えるだろう”と同氏は、書いたとAFP通信の報道。

裁判所によって公表された判決内容では Pedráz裁判官は”現在訴訟手続きの経過で調査中である、チベットの人々に対する人道侵害の犯罪の関与”について” 中国の指導者を質問することの必要性を強調.
また同様の書面の中で訴訟に関する書類のコピーが同封されている事にふれて”スペインの刑事法
と刑法775に乗っ取って弁護する権利を行使するためには、
もし被告人がこの(スペインの)最高裁でそうするのを拒否した際には、中国国内にて中国法務部から中国への被告人質問を行う司法許可を得るため、
スペイン国内で連絡が可能な指定されたアドレスをもつことが必要です。”と
ある。

起訴状によると8名の中国当局関係者、被告人の中には以下の3名も含まれている。

●- チベット自治州チベット自治省の共産党書記Zhang Qingli(張慶黎)
ダライラマに対する悪意に満ちた声明や、チベットにおける愛国教育のキャンペーンなどで知られ、チベットにおいて反感や不安を招いたとされる。

●- 新疆自治区ウイグル自治区トップの共産党委員会書記、
ウイグルの人々に対して、一連の強硬政策の指揮をとった
中国共産党中央政治局Wang Lequan(王楽泉)

●- 前中国少数民族对外交流教会会長、チベットを含む中国の西部地域全体の経済政策の指導計画の実施にしていた Li Dezhu(李匇洙)
  

ICT*International Campain for Tibet も、2週間に渡る裁判の経過で

昨年の動乱後からの経過についてまとめられた資料(2つとも英語、以下からダウンロード可能)
http://www.savetibet.org/media-center/ict-press-releases/a-great-mountain-burned-fire-chinas-crackdown-tibet

‘Tracking the Steel Dragon’,中国政府によるチベットにおける経済、社会的政策についてまとめた資料を、最高裁裁判官に提出した。

http://www.savetibet.org/media-center/ict-news-reports/tracking-steel-dragon-how-chinas-economic-policies-and-railroad-are-transforming-tibet)

今回の訴訟の指揮を執ったのは、
Jose Elias Esteve Moltoバレンシア大学国際法学科教授と、Alan Cantos のSpanish Tibet Support Committee(スペインチベット支援委員会)で海洋学の研究者は、今回の訴訟についてこう語った。

「我々は国際法を用いてチベットの人々に正義を求めると同時に、中国政府指導者に対してはっきりと責任をとうことの出来る方法を調査しました。現段階ではまだわかりませんが、起訴された中国指導者らの証言要求に従うことが彼等によって拒否された場合には、スペインと犯罪者引渡条約を結ぶ国の国内で、彼等を逮捕することができます。これはインターポール(国際刑事警察機構)による規約であり、個々の政府によるものとは関係なく施行されるものです。

スペイン マドリッド訴訟のブログは以下で(英語)
ICT blog on the Madrid lawsuits: http://weblog.savetibet.org/2009/04/30/in-search-of-justice-testifying-on-tibet-in-madrid/
メディアの方などで、もっと詳しく知りたい方は、ICT広報担当までご連絡下さい Kate Saunders ;Communications Director, ICT

Tel: +44 7947 138612
email: press@savetibet.org
press@savetibet.org

ICT広報担当官で今回の裁判にも、スペインに出向いて証言資料等の提出をしたケイト サンダーズの語る所では、

スペインにはチリの独裁者ピノシェ(ピノチェト)逮捕を可能にした裁判官Baltasar Garzónなど参加する『Group of Progressive Persecuters』という司法家の団体があります。
(裁判官Baltasar Garzónについて参照;http://en.wikipedia.org/wiki/Baltasar_Garzón

裁判官Baltasar Garzónはピノシェの” 普遍的管轄権” の行使を可能にしたパイオニアで、1998年にインターポールを通した国際逮捕状の発布により、治療目的でロンドンを訪れたピノシェを逮捕に至リました。この件に関してはアムネスティとメディカルファンデーションがピノシェのスペイン最高裁出頭に対して、かなり運動をしましたね。
(ピノシェの逮捕について参照;http://en.wikipedia.org/wiki/Augusto_Pinochet
==========
※カズ補足
ピノシェの逮捕について参照(日本語):http://www.chunambei.co.jp/pinochet-1.html(中南米新聞)
==========

今回のチベットに関する裁判を担当しているSantiago Pedráz裁判官も、その『Group of Progressive Persecuters』のメンバーの一人で、今回の訴訟の指揮を執った、Jose Elias Esteve Moltoバレンシア大学国際法学科教授と、Alan Cantos の二人は自国の法の枠を越えて普遍的な人道に関する罪を” 普遍的管轄権” の行使によって可能にすることこそが、ダライラマの説く「中道」アプローチだと共感し、10年の歳月をかけて訴訟を起こしました。

現在スペインではチベットに関する2つの個別の訴訟が起こされています。
一つが、この記事に関する去年3月動乱以降に関するもの。
と、もう一つは過去50年にさかのぼって、チベットにおける中国の「人道に関する罪」を問うものです。(労働改造所への強制収容、漢族との通婚の強制などを含む)
なお、2006年9月30日に起きたナンパラ峠での少年・尼僧射殺事件についても、現在準備中だそうです。

この国際法によるアプローチの優位性は、国際法というインターポールを通した刑の行使によって個々の国の法律を乗り越えことを可能にする点です。
ロンドンでピノシェを逮捕可能にしたように、スペインと犯罪者引渡条約を結ぶ国の国内で、起訴された8人の中国人被告人を逮捕することも可能になります。

これに触発されて、様々な国で現在話し合いが始められているようです。

日本でもどのような運動の可能性があるかなど、模索してみたいですね。

日本がスペインとどのような司法協定をもっているか、今回のスペイン最高裁決定に関して、今後どのような運動することが可能かなどについて、日本の司法家でご協力、アドバイスをいただける方、是非とも、ご連絡下さい。

スペインは日本と司法共助条約を結んでいる(参照:外務省公式サイト『スペイン王国』)。その内容によっては上述の被告の身柄を日本からスペインに引き渡すことも可能な訳だ。
「インターポール(国際刑事警察機構)による規約であり、個々の政府によるものとは関係なく施行されるものです」ということだから、つまり、中国の顔色ばかり窺っている腰ぬけ日本政府がどう思おうとインターポールの権限によって施行できるということである。

いずれにせよ、今後の動きに注目。面白いことになるかもしれない。

関連コンテンツ

ソースコードを開示しろ??

2009年4月30日 木曜日

かなり前の記事を今更出してきて恐縮ですが(ここ最近忙しかったもので・・・)
こんなことをしようとしている奴らを信用するなど絶対あってはなりません。

ソースコード開示、中国強行…知財流出の恐れ
新制度、来月実施を日米に通告

中国政府がデジタル家電などの中核情報をメーカーに強制開示させる制度を5月に発足させることが23日、明らかになった。

中国政府は実施規則などを今月中にも公表する方針をすでに日米両政府に伝えた模様だ。当初の制度案を一部見直して適用まで一定の猶予期間を設けるものの、強制開示の根幹は変更しない。日米欧は企業の知的財産が流出する恐れがあるとして制度導入の撤回を強く求めてきたが、中国側の「強行突破」で国際問題に発展する懸念が強まってきた。

制度は、中国で生産・販売する外国製の情報技術(IT)製品について、製品を制御するソフトウエアの設計図である「ソースコード」の開示をメーカーに強制するものだ。中国当局の職員が日本を訪れ製品をチェックする手続きも含まれる。拒否すれば、その製品の現地生産・販売や対中輸出ができなくなる。

どの先進国も採用していない異例の制度で、非接触ICカードやデジタル複写機、金融機関向けの現金自動預け払い機(ATM)システムなど、日本企業が得意な製品も幅広く開示対象になる可能性がある。

中国側は、ソフトの欠陥を狙ったコンピューターウイルスの侵入防止などを制度導入の目的に挙げる。しかし、ソースコードが分かればICカードやATMなどの暗号情報を解読するきっかけとなる。企業の損失につながるだけでなく、国家機密の漏洩(ろうえい)につながる可能性もあるため日米欧の政府が強く反発。日本の経済界も昨秋、中国側に強い懸念を伝えた。

中国は当初、08年5月に実施規則を公表し、09年5月から適用する予定だった。各国からの反対で、中国当局が今年3月、制度実施の延期を表明したが、これは適用開始までの猶予期間を設けることを指していたと見られる。

猶予期間はメーカー側が提出する書類を用意する時間に配慮したものだが、いつまで猶予するかは不明だ。日米欧の政府は詳細が分かり次第、中国側に問題点を指摘し、制度の見直しや撤廃を求めていくことになる。

(2009年4月24日 読売新聞)

ソースコードといえば、メーカーにとっては生命線ですよ。
それを有無を言わさず開示しろって・・・
パクリに全く罪悪感を感じない連中にパクリを助長させることにしかなりません。
それどころか、

ICカードやATMなどの暗号情報を解読するきっかけとなる

金を抜き取られる恐れすらあるのです。

チベット人からチベットを盗み、ウイグル人たちからウイグルを盗み、モンゴル人から南モンゴルを盗み、知的財産を盗み――「お前のものはオレのもの。オレのものはオレのもの」の泥棒国家がいよいよ本領発揮だ。

中国進出という愚行を犯している企業全てに訴えます。


悪いことは言いません。こんな国からは今すぐ撤退して下さい。
インドや東南アジアなど、代わりに拠点となり得る国は幾らでもありますよ!

本年のワーストジョーク決定!

2009年4月24日 金曜日

本日のニュースから・・・
早くも、本年のワーストジョークが決まった。1980年代、そして昨年と2度にわたってチベットを血の海に染めた殺人鬼・コキントウである。

朝日新聞
http://www.asahi.com/international/update/0423/TKY200904230265.html
中国、初の原潜披露 14カ国の艦艇招き国際観艦式

 【青島(中国山東省)=峯村健司】中国海軍は創設60周年を迎えた23日、青島市沖の海上に米国やロシアなど14カ国の艦船21隻を招き、初の国際観艦式を開いた。原子力潜水艦2隻が初めて公開され、外洋進出に力を入れる海軍力を内外にアピールした。

 お披露目されたのは、新型の戦略原潜「夏」型と、攻撃型の「漢」型。最長で射程が8千キロの弾道ミサイルを搭載でき、日本周辺海域などで監視活動を活発化させているとされる。

 観艦式では、駆逐艦などを含めて艦艇計25隻と、爆撃機や偵察機など31機の航空機が、胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席(中央軍事委主席)が乗った駆逐艦「石家荘」の前を約1時間かけて通過した。

 式には米国のゲリー・ラフヘッド海軍大将、日本の加藤耕司・海上幕僚副長ら29カ国の代表団が招かれた。尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有権問題などを抱える日本は、艦艇は招かれなかった。

 観閲官を務めた胡主席は「中国は現在も将来も覇権や軍事拡張路線をとるつもりはない。平和で調和のとれた海洋を築くために、各国海軍との交流を進めていきたい」と、あいさつ。国際協力の姿勢を前面に打ち出すことで、国産空母建造などで高まる「中国脅威論」を打ち消す狙いがうかがえた。

は???

何のジョークだ?
チベット、東トルキスタン、南モンゴルを侵略下に置いて抑圧し、台湾を虎視眈々と狙っている今の姿が覇権主義でないとでも言うのか? 覇権主義でないというのなら、直ちに上記の”自治区”での抑圧をやめ、とっとと自由にしていただきたい。
自分たちの軍事力を見せ付ける式典でそんなことを言われても、全くもって説得力ゼロである。

ちなみに「覇権主義」の定義は、Wikipediaによると、

覇権主義(はけんしゅぎ)は国家またはそれに準ずるものの、外交・軍事における傾向の一種。当該国の実利的利害関係にのみ基づいて他国に対する対応を決定し、敵対国に対する侵略戦争や先制攻撃によって(若しくは挑発を行なって相手に攻撃させ開戦の正当性や大義を主張し)領土の拡大や自国の安全保障を行い、同盟国や敵対国の反対勢力に対する軍事・経済協力を進める。それを実行し、成功した国を覇権国家と言う。陸軍国家(大陸国家)であることが多い。

完全に今の中国ではないか!!

更に、中共お抱えプロパガンダサイト・レコードチャイナではこの部分をこう報じている。

同日午前、青島市で記者会見を行った胡国家主席は、「中国がどれほど発展したとしても、永遠に侵略国家にはならない。軍拡競争に参加することはなく、いかなる国にとっても軍事的脅威ではない」と発言、平和的な発展を目指すことを強調した。

永遠に侵略国家である」と訂正記事を出していただきたい

間違いなく、この国は脅威である。特に、不幸にして隣国である日本は警戒を強めなければならない。

世界の迷惑・マオイスト

2009年4月23日 木曜日

本日の各紙朝刊には、ダライ・ラマ猊下がトランジットで東京に立ち寄られ、記者会見で全体主義中国を非難された記事が書かれていましたが・・・

ダライ・ラマ「中国は子どもじみている」、少数民族弾圧を非難(AFP)
2009年04月22日 16:55 発信地:東京
http://www.afpbb.com/article/politics/2594867/4058717

【4月22日 AFP】来日中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama)14世は22日、千葉県成田(Narita)市内のホテルで記者会見し、チベット人などの少数民族に対する取り締まりで中国政府が「子供じみた行動をしている」と非難し、真の超大国としての道義的権威に欠けていると述べた。

 欧米歴訪の前に日本を訪れたダライ・ラマは、中国について、強大な軍事力や経済力、人口の多さを誇るにもかかわらず、ささいな反対意見にさえ恐れていると述べ、「大国が子どものような行動をしている」と語った。

 ダライ・ラマは22日に日本を離れる予定。米国やデンマーク、アイスランド、オランダなど欧州を歴訪する。(c)AFP/Kimiko de Freytas-Tamura

もうひとつ、目を引いた記事がありました。
世界の迷惑・マオイストどもが中国以外の国でも迷惑を振りまいている実態を明らかにしたものです。

インドで毛派が列車一時占拠 選挙妨害が目的か(東京新聞)
2009年4月22日 17時11分
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2009042201000597.html

 【ニューデリー22日共同】ロイター通信などによると、インド東部ジャルカンド州で22日、極左武装組織インド共産党毛沢東主義派とみられる約200人が、乗客約500人が乗った列車を襲撃、占拠した。治安当局が乗客救出のため現場に向かい、毛派は約5時間後、乗客全員を無事解放し、近くのジャングルに逃走した。

 インドでは下院議会選挙の投票が16日に始まったが、選挙ボイコットを主張する毛派の襲撃が各地で相次いでいる。AP通信によると同州などを中心に少なくとも17人が死亡。21日には別の線路や行政当局の建物、学校などで爆発があった。

 下院議会選挙の投票は5月13日までの約1カ月間で計5回に分けて実施され、同州では23日から投票が行われる予定。

全く、あっちでもこっちでも。
ネパールでもこんな感じで政権強奪したんじゃないだろうか・・・

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殺生戒を踏みにじるチベットの文革―「看不見的西蔵」より

2009年4月13日 月曜日

チベット問題を訴えるサイトやブログは数あまたあるが、中国発(サーバはアメリカに置かれているが)の中国語によるという、稀有なブログがある。

看不見的西蔵 ― Invisible Tibet (見えざるチベット)

作者は、ツェリン・ウーセル
北京にいながらチベット現地とコンタクトを取り続けて真実の情報を収集し、世に訴えるチベット人女流作家である。
ウーセル女史の詳しいプロフィールはこちら

前々から存在は気にしていたが、今や衰えを隠せない私の中国語力では読むのがしんどく、きちんと読まずに過ごしてきた。
ところが先日、「チベットNOW@ルンタ」さんでこのブログの翻訳をお願いする記事が掲載されているを見かけ、「ここは一肌脱ごう」と考え、「看不見的西蔵」のある記事の翻訳に取り掛かった。
今年1月に「08憲章」の翻訳をやって以来の中文和訳となったが、あの時よりも文章がやや難しく、辞書に首っ引きとなった。また、チベット人の名前について漢字からなかなか正確な発音が掴めず、苦労した。いずれも、mixiで交流のあったチベットサポーターの方の多大な協力もあってようやくクリアし、翻訳を完了させることができた。

既に「チベットNOW@ルンタ」さんに全訳が掲載されているが、折角なのでここでも紹介することにする。

記事の内容は、文化大革命時におけるチベットでの迫害の様子を描いたものである。

2009年4月9日
殺生戒を踏みにじるチベットの文革

ここに掲載した文と写真は、以前のブログ「深紅色の地図」で発表したことのあるものである。あれは昨年の4月24日のことだった。
今回、再度ここに掲載する。歴史は忘れてはならない。なぜなら、歴史は繰り返されているのだから…

ウーセル:

1957年―1959年の間にチベット全土で絶えることなく発生したチベット人による反中共政権武装反抗が鎮圧された後、文化大革命の期間中、中共軍は各地で殺生戒を踏みにじる。

当時、まず行われたのが「反乱分子」の殺害だった。例えば、1969年3月に端を発した、チベット・チャムド地区、ラサ市近郊の県、シガツェ地区、ナクチュ地区等の地で相次いで発生した暴力事件がある。これらの事件は「反革命暴乱事件」と呼ばれ、当時「再叛」(1957年―1959年の反抗が第1 次”叛乱”とされる)と位置づけられた。これは「再叛」ではなく文革期間中の造反派組織間の武力闘争だとする見方もあるものの、軍隊は「叛乱平定」の名の下で鎮圧を行っていた。いわゆる「再叛」平定は実際のところ、殺戮の軍事行動が終了した後、即ち大規模な逮捕・拘禁・処刑だった。ニェモ県でのチベット人抗争を指導した尼僧ティンレー・チュドゥンはチベット人に知らぬもののいない「反動分子」とされた。1970年2月上旬あたりだったか、この日ラサ中の人々が公判大会の「会場」と南郊外の川原の処刑場に連れ出され、目も覆わんばかりの「階級教育」を受けさせられた。暗い赤色のプル(チベット産毛織物)のチベット民族衣装をまとったティンレー・チュドゥンは、体はやせ衰えていた。彼女は批判闘争にかけられ、その後彼女と17人のチベット人に第1回の公判判決が言い渡された。この写真はまさにその時の公判と処刑の現場のものである。

公判大会
(『看不見的西蔵』より)

「ラサ競技場」の名を持つ「ポ・リンカ」。その広大な空き地は数万人を収容できる公判大会会場となった。殺人の刑場は幾つもあった。セラ寺の鳥葬場、シェンド発電所隣の鳥葬場、蔡公塘の鳥葬場、グツァ刑務所隣の鳥葬場、南郊外の川一帯だ。説明しよう。鳥葬場近くで死刑を実行するのは死者をチベット伝統の葬儀の習慣に則って鳥葬に付すことができるからではない。なぜなら、鳥葬の習慣は「四旧」の一つとされてとうに禁止されていたのである。解放軍軍人による銃声の中、彼らが前もって掘っていた穴の中に一人の「先発反革命分子」が倒れ、その後土で蓋をされる――即ち土の下に埋葬された。中には足の裏が外にむき出しになっていて野良犬に食いつかれた者もいた。

公判大会
(『看不見的西蔵』より)

当時、「叛乱分子」殺害のほか、「叛国分子」殺害も行われていた。当時、文革の恐怖と貧困に耐えられず近隣国に逃れる人々が少なくなく、不幸にして捕まり「叛国分子」の罪名で罰せられる者がいた。トゥプテン・ジグメという名の若者――ラサ高校66班の学生――とその恋人の華小青(チベット人と漢人のハーフ)が逃亡の際に捕らえられた。華小青は獄中で所員に強姦され、その夜自殺した。トゥプテン・ジグメは公判にかけられ処刑された。彼の同級生の一人は当時の目を覆いたくなる光景を今も忘れられずにいる。「トゥプテン・ジグメが銃殺されたあの日、私たちは見ました。彼が街中を引きずり回されている時、私たちはこの目で、彼ががんじがらめに縛り上げられ、背中にプラカードを掛けられ、首に縄をかけられて今にも絞め殺されそうになるのを見てしまったのです。その実、彼はもう絞め殺されていました。処刑場に着いた時にはもう死んでいたのです。顔は膨れ上がって青白くなっていました。あの時の彼は、まだ20歳になったばかりぐらいだったのに」

かつては中共の協力者だったのが文革時には「妖怪変化(文革時に旧地主や旧資本家、学会の権威などがこう例えられた)」におとしめられた貴族官員サンポ・ツェワン・リクジンの息子も「叛国」の罪で銃殺された。彼は20歳前後の足の不自由な青年だった。彼と一緒に逃亡を試みた2人の若者も銃殺された。やはり「ラサ競技場」で公判にかけられた後判決を受けた。聞くところによると、彼は銃殺前に既に撲殺されていた。ある者は自殺だと言う。いずれにせよそれにもかかわらず、彼の遺体はなお銃殺にかけられたのである。

いわゆる「叛国分子」の中には、海外に逃れようと計画しただけで殺害の憂き目に遭う者もいた。ロカ地区ギャツァ―チュスム間のポータンラ山での道路工事の際、「領主」或いは「代理人」に属する家庭出身の何人かの若者が苦しい生活と精神への圧迫に耐えられず、国境を越えてインドに逃れようかという考えを会話の中で吐露したところ、一人の同僚に密告され、道路工事班の指導者が即座に上へ報告し、ラサから派遣された解放軍軍人がその何人かの若者を全員逮捕した。程なくして、ドンジュ(16歳)とツドゥ(14歳)が公判にかけられて銃殺され、ソナム・ロツァ(18歳)が獄中で撲殺された。1950年代の間、中共に「愛国上層人士」と讃えられた活仏ツァワの外甥(16歳前後)は20年の判決を受け、のちに釈放された後インドへと去り、それ以来戻っていない。

見せしめの様子
(『看不見的西蔵』より)

一人を殺して大勢の見せしめにする効果を挙げるため、当時盛んに行われていた方法に以下がある。
1. 死刑判決の布告を至る所に貼り出し、判決を受けた者の写真或いは名前の上に人の目を引く赤い×印を描く。
2. 群衆の面前で公判大会を行い、判決を受ける者の親族は必ず最前列に立たせ、公判後は警察と兵士の手でトラックに乗せられ沿道にさらし者にされ、それから刑場に戻って銃殺に処される。中には刑場に着く前に首にかけられた縄でしめられて死んでしまう者もいた。親族は遺体を引き取ることを許されず、それどころか銃弾代を支払わされ、挙句には党が「階級の敵」を消滅させてくれたことに対して公開で感謝の意を表しなければならなかった。多くの人は虐待に耐えられず獄中で自殺し、また酷い刑罰を受けて死ぬものも多くいた。

1970年及び1971年に銃殺された人の人数について、私が以前取材したチベット造反派「造総」司令の陶長松が語った。銃殺された人のうち1969年のいわゆる「再叛」で法廷から銃殺の判決を下された者は295人。後にその295人のうち、誤って殺されたと認められた者が出て名誉を回復され、その家族に 200元、800元の「慰謝料」が支払われた。これについて、元「造総」司令の陶長松は聞くに悲しい話を語った。

「チベット族の人々は極めて従順で、彼らを銃殺した時、『トゥジェチェ』(チベット語で『ありがとう』)と言い、200元を支払った時にも『トゥジェチェ』と言い、800元を支払った時もまた『トゥジェチェ』と言っていた。彼らチベット族の人々は実に可哀想だった」

私が以前取材した「再叛」調査グループの責任者ドルジェは、この数字をはるかに越えていると考えていた。彼が言うには、1970年に「毛沢東思想学習班」をやっていた時に多数の人々が殺された。「バンパル、テンチェン2県だけで100人以上に上った……これが第1弾の処刑で、既に死刑判決が下されていたために本来なら2度、3度の処刑でその度に数百人が殺される予定だった。ところが第1弾の処刑後、第2弾は認められなかった。拡大化の傾向が見えていたのかもしれない。73年に私たちが政策を実施しにバンパルに赴いた時、死刑執行を待つ者、既に獄に繋がれて無期懲役の判決を下された者、15年、18年、最低でも10年の判決を下された者は、私が訪れたあの郷だけでも多数いた」。その他、現地で働いていたあるチベット人もこう語っている。「バンパルの再叛と言えば、1回の公判で銃殺されたのは90人以上だった」

しかしながら、銃殺された大多数が未だ名誉回復をされていない。当時の「赤の恐怖」を経験したあるチベット人はこう吐き捨てる。「こんなにたくさんの殺人事件で、私たちチベット人の心は恐怖に打ちひしがれている。私たちが受けた傷は深く、共産党への信頼も無くなった。だから、87年、89年のいわゆる“騒乱”も実際のところ、これらの傷害と関連しているのだ」

文革の酷さは既にいろいろな所で読んでいるので、今更驚きはしない。
ただ、冒頭に書かれている「歴史は忘れてはならない。なぜなら、歴史は繰り返されているのだから…」という一言[※]が意味深長である。

そう。チベットでは同じ位酷い抑圧が今でも続いているのである。
中共の人の命を重んじない体質が今も当時も変わっていないことをこの一言がさりげなく示しているのだ。

チベットだけではない。1989年の天安門事件もその表れだろう。あの事件は既に20年前のものだが、同じようなことが中共政権下で再び行われれば、また「歴史は繰り返される」のではないか。

今の政権の体質を、或いは政権そのものを変えない限り、チベットの、また東トルキスタンの、南モンゴルの、そして中国そのものの人々の前途に光は見えない――あらためてそう思わされた。

 

今回の作業で、ウーセル女史のブログをもっとじっくり読みたい、そして、もう一度中国語を頑張ってみるか、という思いがわいてきた。
せっかく学んだ中国語だ。生かせる所で生かさなければ。

 

[※]白状すると、私は当初、この部分の「在」一文字を見落として「歴史は繰り返すのだから…」と訳していたが、上記の協力者のご指摘でとんでもない誤訳をしていたことに気がつかされた。たった一文字で文の持つ意味は大幅に変わるものである。翻訳するということ、文章を書くということは、げに難しい。

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今度はフランスが屈服

2009年4月3日 金曜日

フランスよ、お前もか・・・

イギリスのG20にて、中共に対し毅然とした態度を取ってきたフランスのサルコジ大統領が突然変節。中共に屈服してしまった。

東京新聞紙面より(Webには出ていません)

仏、チベット問題で譲歩
首脳会談 対中関係修復を確認

【ロンドン=池田実】フランスのサルコジ大統領と中国の胡錦濤国家主席は一日夜、金融サミット出席のため訪れているロンドンで会談した。サルコジ大統領は「台湾とチベットは中国不可分の領土の一部だ」などと中国のチベット政策に対し譲歩の姿勢を示し、中国との関係修復を確認した。中国国営の新華社通信が報じた。
会談で胡主席は「中仏関係は一時期大きな困難に直面したが、フランスが今回、いかなる形でもチベット独立を支持しないとの立場を表明したことを評価する」と表明。金融危機克服などの分野で協力していくことで合意した。
両国関係は、昨年三月のチベット暴動をきっかけに険悪化。金融危機の影響で景気後退が深刻になる中、中国はフランス以外の欧州各国と大型商談も結んでおり、サルコジ大統領としては、実利を優先し譲歩したものとみられる。

――転載してて気分が悪くなってきた。

フランスには他の国に範を示してくれるのを期待していたのに…

フランスの及び腰・・・
そして勘違いして増長する中国・・・

どいつもエコノミック・アニマルだ!

しかし・・・
中日新聞・東京新聞編集局もこの記事を流すだけでは気がすまなかったのでしょうか。
見よ!下のスキャン画像のカラー写真を!
東京新聞の紙面
1日、中国の胡錦濤国家主席が宿泊するロンドンのホテル前でチベット独立を求める人たち=AP」

中日新聞・東京新聞GJ!!

 

なお、上記の記事の横にはこんな記事も掲載されていた。

外国人の観光 5月から解禁
  チベット自治区

 【上海=小坂井文彦】中国チベット自治区政府は二日までに、外国人の観光旅行を今月五日から再開すると発表した。既に百以上の団体旅行の申請を受け付けたという。
 チベット動乱から五十年、騒動から一年を迎えた先月、同自治区内には騒動の再発を警戒し、軍と武装警察が警備に当たった。外国人の立ち入りが禁止されていた。
 観光は同自治区の基幹産業の一つ。昨年の観光客は、騒動の影響で〇七年の約四百万人から約二百二十万人に激減した。観光収入も53%減の約二十二億五千万元(約三百二十六億円)になり、地元では、外国人旅行の早期解禁を求める声が強かった。

“解禁”って言ったって、旅行社が主催するツアーで、政府が見せても構わないという場所しか見せてくれないんだろ? つまり北朝鮮ツアーと同じ。しかもガイド=お目付け役orスパイ付きだし。

闇でチベット入りはまだ難しいかな?

(上記の文章は、mixiの『【FREE TIBET】チベット』コミュニティのニューストピックスに投稿したものを加筆・修正したものです)

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